第18話〜20話
第18話
知美の困惑
出かけていた知美が、携帯で呼び出されて警察病院に駆けつけたのは、その日の夕方だった。
急いで恵美が搬送された病室を受付で聞くと、知美はエレベーターも使わずに一目散で階段を駆け上がった。
そして姉の病室の前にたどり着くと、そこには40代くらいの中年男性がひとり、廊下の窓を眺めながら立っていた。
その彼は、知美が来たのに気づくと、おもむろに話しかけてきた。
「あなたが妹の高瀬知美さんですね?」
「はい。あ・・あなたが携帯で知らせていただいた方ですか?」
「ええ。そうです。携帯でも申しましたが、南西部警察署の石原といいます。お姉さんの携帯にあなたの名前が登録されていたのでご連絡しました。」
「私服・・あなたは刑事さんなんですか?」
「ええ。まぁ・・」
「で、姉は?・・姉の状態は今どうなんですか?」
「はい。高瀬恵美さんは今、鎮静剤で眠ってますが、さっきまでは気が動転したままで呼吸困難になりそうなくらい取り乱してましたよ。」
「お姉ちゃん・・ごめんなさい。。アタシが留守にしたばっかりに。。また怖い目に遭わせてしまって。。」
知美はいまにも泣き出しそうだった。
「先ほどの電話でも簡単に説明はしましたが、高瀬恵美さんとあなたの住むアパートで、同じアパートの住人の方が、恵美さんの鳴り響く悲鳴を聞いて駆けつけたところ、茶の間のテーブルに福永良太という男性がぐったりと倒れていて、異変に気づいたその人がすぐ、警察に通報してきたということです。」
「福永さんが急に具合が悪くなって倒れただけじゃないんですね。。」
「はい。残念ながら違いますね。福永良太さんは大量にコーヒーに入っていた薬を飲んでます。しかも他人の家で。とても自然死ではありません。事件性が高いです。」
「刑事さんは姉が福永さんに薬を飲ませたと思ってるんですか?」
「自然に考えればそうなんですけど・・まだちゃんとした調査はしてないんで。お姉さんも本当は警察署で事情聴取するつもりだったんですが、精神的にとても錯乱されてましたんで・・とりあえず病院で安静してもらってから改めて取り調べをするつもりです。」
「取調べって・・まるで犯人扱いじゃないですか!何かの・・何かの間違いです!アタシには信じられない!だって・・姉はすごく臆病者だし、人に薬を飲ませるなんて。。そんな度胸、姉にはありません!絶対に!」
「はい。。気持ちはわかります。ではちょっとお聞きしますが、お姉さんと福永さんはいわゆる恋人と言っていいんでしょうか?」
「はい。。そうです。」
「では最近、その二人は何かぎくしゃくしてたようなことはなかったですか?」
「・・・そ、そんなのアタシの口から言えません!福永さんの体が回復してから聞いて下さい。」
「残念ながら・・さきほど連絡がありまして・・福永良太さんは亡くなられました。」
「ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!そ・・そんな。。薬なんてすぐ胃洗浄とかすれば助かるんじゃないんですか?」
「思ったより消化が早かったようです。お気の毒です。」
知美は思った。姉と良太がうまくいってないことが知れたら恵美は間違いなく犯人にされる。
他人が普通に考えてみると、誰が見ても恵美が犯人だと思うだろう。
でもなぜか知美は、恵美が故意に良太に薬入りのコーヒーを飲ませたなんて、想像すらできなかった。そして絶対そうではないと確信していた。
「雄介さんに連絡しよう。。。」
第19話
雄介の気持ち
「まさか・・そんなことが起きるなんて・・信じられない。」
雄介は知美から事情を聞いて放心状態になった。
「もしもし雄介さん?聞いてる?アタシだって信じられないわ。でもそんなこと言ってる場合じゃないの。現実を考えて!このままだとお姉ちゃんが福永さんを殺したことになるのよ!それこそあり得ないわ!」
「う、うん。。」
「雄介さん、まさかお姉ちゃんを疑ってないでしょうね?」
「いや、そんなことは全然思っちゃいないよ。まだ事実を聞いたショックで頭の中の整理がつかないんだよ。」
「そりゃわかるけど、警察って人を疑うことから始めるでしょ?お姉ちゃんもこれから事情聴取で根掘り葉掘り聞かれたり、責められたりしたらきっと精神状態がどうかなってしまうわ。」
「そうだね・・でも僕が今恵美さんの所に行っても信用してもらえないだろうし・・こんなことがある前に早く恵美さんの所に行って正直に謝れば良かった。。」
「それは結果論でしょ雄介さん!何かいい方法考えて。アタシひとりの知恵じゃどうにもならないもの。」
「うん。でも警察だってバカじゃないし、人ひとり殺すのって、ものすごい勇気と決断力がいると思うんだ。簡単にできるもんじゃない。だから恵美さん自身のことを警察に知ってもらえたら、きっと疑いは晴れると思うんだ。」
「だとしてもよ?警察にお姉ちゃんを知ってもらうには、過去の嫌な出来事をほじくり返されることになるのよ。今のお姉ちゃんがそんなことに耐えられるとは思えないわ。」
知美は半泣き状態だった。
アタシが福永なんかを引っ張り込んだばっかりに・・
悔やんでも悔やみきれないでいる知美であった。
「知美ちゃん、僕が恵美さんに手紙を書くよ。書き終えたら連絡するから病室に届けてくれないかな?その上で、恵美さんとの面会を希望するよ。」
「うん。わかったわ。。」
翌日、知美は雄介から預かった手紙を携えて恵美の病室を訪問した。
恵美はベッドから上半身だけ起き上がっていて窓の外を眺めていた。
落ち着きは取り戻してはいたが、目はうつろだった。
「お姉ちゃん、気分はどう?」
「あ、知美。。おはよう。。うん、気分はまぁまぁかな。」
「お姉ちゃん、アタシがそばについてるんだから、ひとりぼっちにならないでね。」
「あたしなんて・・どうでもいい存在だから・・」
「それは違うわ。アタシには絶対必要なお姉ちゃんよ!そして雄介さんも同じように思ってるわ。」
「彼に・・教えたの?」
「うん。前にも言ったでしょ。雄介さんは素直に謝りたいって。お姉ちゃんを思う心は本物だわ。アタシが保障する!」
「でも・・あたしは人殺しよ・・?」
「誰もそんなふうに思ってないわよ。もちろん雄介さんだって。」
「あたしが殺したも同然なのよ。もうどうなったっていいわ。。」
「どうだっていいんなら、さっき雄介さんから手紙を預かって来たからちゃんと読んであげて!」
「手紙・・?あたしに・・?」
恵美は知美から手紙を渡された。
しばらく封筒をじっと見つめているだけだったが、宛名書きに
”恵美さんへ”と書いてある雄介の手書きの字が、あまりにも大きくてすごいクセ字だったので、急におかしくなって笑ってしまった。
「あたしと同じ、気が小さい人なのにこんな大きな字を書くなんてw」
「お姉ちゃん、それはきっと雄介さんの今の気持ちの現れだと思うわ。読んであげて。お願い。」
「・・・・うん・・・」
恵美は封を開いた。
恵美さんへ
僕は恵美さんに大変迷惑をかけました。人のあとを尾行するなんて最低の行為です。
あなたとひょんなことから通勤電車で知り合って、毎日が飛び上がるように嬉しくて楽しい日々でした。でも僕は、それを表に出す表現力がすごく下手なのです。男らしくないのはわかっています。自分はダメ人間だとも思います。でもあなたに僕の気持ちを打ち明ける勇気がありませんでした。それが誤解を招く原因になるストーカー行為へと走って行ってしまったようです。
何度謝っても構いません。本当に申し訳ありませんでした。
決して恵美さんに対して危害を及ぼすようなことは考えていません。
これは絶対誓えます。ただ、純粋にあなたが好きでした。
いや、今もずっと好きです。あなたの偽りのない素直な笑顔、優しい言葉、柔らかな物腰。。
さっきも書きましたが、通勤が毎日楽しくて、乗降する駅まであなたと一緒にいたいがために、隣の駅からあなたの街の駅までずっと通ってました。そのひとときの時間だけでもすごく充実してました。
僕にもっと勇気があったら・・・
今思うと悔やむことばかりです。そう、同僚の福永に隙を与えてしまったことです。今、恵美さんを苦しめている原因を作ったのも僕です。
僕があなたをちゃんとリードするくらいの度量があったら、あなたは苦しまないで済んだ。福永も死ぬことはなかった。知美さんも辛い思いをしないで済んだ。
ひとえに僕の責任なんです。僕がまいた種です。
手紙ではこのように偉そうなことを書いてますが、実際のところ、どう責任を取っていいのかわかりません。
ただ、今僕が決心していることは、この先、どんなことがあっても恵美さんのそばにいてあげたい。今度は絶対にあなたを守りたい。守り続けていきたい。お互い欠点だらけの人間でも、それゆえわかりあえることもあるはずです。
どうかそんなに重荷に感じないで下さい。
あなたは自然なままの恵美さんでいいんです。僕に合わせる必要なんて全然ありません。
今回のこの1件もきっと、優秀な日本警察なら恵美さんが潔白であることは証明してくれるものと確信しています。
取調べは辛いでしょうけど、心からあなたを応援しています。
そしてこれからもあなたを支えて行きたいと思っています。
一方的で勝手な僕の言い分ばかり述べましたが、どうしても今の僕の気持ちをわかってもらいたかったんです。許して下さい。
長々とここまで読んでいただいてありがとうございました。
そして本当に申し訳ありませんでした。
お返事いただけたら、すぐにでも会いに行きます。
田口雄介
恵美の目から涙がひとしずく零れ落ちて手紙に落ちた。
「お姉ちゃん・・雄介さん呼んでもいいわよね?」
恵美は読み終えた手紙を見つめたまま無言で軽くうなずいた。
第20話
抱かれる疑惑
「恵美さん、本当にすいませんでした。そしてこうして僕に遭ってくれて本当に・・本当にありがとうございます。」
恵美の病室を訪ねた雄介は深々と頭を下げた。
「雄介さんが悪い人じゃないのはわかりました。失礼な言い方かもしれないけど、数ヶ月お付き合いしていて、あなたも私と同じように不器用な人間だってことはわかってましたから。そんな人がウソ偽りでこの手紙の文面を書けるはずがないですもの。。」
「はい。。でも僕が不器用なために、言うべきことを先延ばしにしたり、ためらうことで自分のみならず、他人にも迷惑をかけることが身にしみてわかりました。」
「それは・・違うわ。今こんな状態にあるのはあたしの責任なのよ。」
「恵美さん、ご両親は来てないんですか?」
「言ってないの。知美にも口止めしてあるの。以前もゴタゴタがあってすごく心配かけたから、これ以上はとても親には言えないわ。」
以前のゴタゴタ・・・
雄介は以前、知美から聞いた『恵美の正当防衛事件』を思い出した。(←第6話参照)
「恵美さん、過去は過去です。これからを考えましょう。」
「あたしにこれからなんてあるのかしら。。」
うつろに目線を下げる恵美。
「恵美さん、僕も一緒に考えますから!あなたのこれからは僕のこれからでもあるんです。」
「やさしいのね。雄介さん。こんなあたしに。。」
「恵美さんにたまたま悪いことが重なっただけです。」
「人ひとり死んだのよ。あたしが関係してる。。たまたまじゃ済まないわ。」
「でもそれは・・過失です。福永には悪いが、色んな女性を泣かせてきて、自業自得と言うしかありません。」
「でも・・命と引き換えにするほど悪い人かしら?」
「それは・・」
「あたしは・・どんな裁きが下されてもそれに従って罪を償うつもりです。」
「でも・・言いづらいですが、恵美さんは殺意があったと疑われています。殺人と過失では刑が全然違うじゃありませんか!そんなこと認めては絶対ダメです!」
「でも・・・」
そのとき、病室のドアが開いて、ゆっくりと石原刑事が入って来た。
「高瀬さん、ご気分はどうですか?こちらの方は?」
「あ・・その・・知人の田口さんです。」
雄介は石原刑事に軽く会釈をした。
「南西部署の石原といいます。失礼ですが、高瀬さんとのご関係は?」
「僕は・・友達です。」
「そうですか・・まさか恋人のはずもないでしょうしね。高瀬さんの恋人は亡くなられた福永さんなんですから。」
「・・・・」
「ちなみにあなたは・・?」
「田口雄介と言います。」
「はい、その田口さん。あなたは福永さんをご存知で?」
「・・・同僚です。」
「ホホゥ( ̄。 ̄*) 同僚とはねぇ・・で、彼と高瀬さんが付き合っていたことは知ってましたか?」
「はい・・」
「それに対して特別な感情を抱いてなかったですか?」
「・・どういう意味ですか?」
「失礼な質問は勘弁して下さい。これも仕事なもんで。でもですね、あなたと高瀬さんが普通の友達であれば、福永さんとの関係に対しては何の感情も持たないか、友人として微笑ましく応援するかでしょう?」
「・・・・」
「さて、あなたはどう思ってましたか?」
「僕は・・・」
「はい、どうしました?」
「僕は・・・福永が嫌いでした。悪いですか?」
「いえ、別に悪くはありませんがね。なるほど。。」
「なるほどって何ですか?」
「いえ、こちらの聞き込みでですね、以前高瀬さんと毎日電車通勤でいつも親しそうに話していた男性がいましてね。同じ時間にたくさんの通勤している人たちに目撃されています。」
「・・・・」
「それで私はその人たちに福永さんの写真見せたところ、全員が違うって言うんですよねぇ。。おかしいと思いませんか?」
「別におかしくありませんね。誰にだって出会いと別れがあります。いつまでも同じ人と付き合ってるとも限らないんじゃありませんか?」
「こりゃ1本取られましたなwあっははははは!でもですね、その時期から今回の事件までの期間があまりにも短すぎるんですよねぇ。。」
「それは・・僕の考える問題ではありませんので。」
「あ、そうですね。どうもすみまんでした。では、高瀬さんもそろそろ回復してきたようなので、詳しい事情をこれからたっぷり聞かせてもらいますね。ではのちほど。。」
そう言って石原刑事は部屋を出て行った。
「恵美さん、心配することはないよ。人間関係がどうであれ、真実はひとつだよ。」
「ええ。あたしはもう平気。どんなことでも受け入れる。怖くないわ。それより雄介さん、あなた刑事さんとも堂々と話せるなんてすごいわ。」
「僕は今、無理をしてでも自分を変えようとしてるんだ。引っ込み思案なのはもうおしまい!恵美さんを守る決心をしたんだ。強くならないと!」
「ありがとう。。でもなるべく無理はしないでね。緊張の連続が続くと崩れるのはモロいわ。。」
果たして、事件の真相は正しく判断されるのか?
恵美への裁きはどう下されるのか?
そして雄介と恵美のこれからは?
知美の心中はいかに?
(続く)