第15話〜17話
第15話
雄介の決断
雄介は悩んでいた。
やっぱり恵美のことが頭から離れない。
知美と話しているときも、つい恵美のことを聞いてしまう。
それは知美に失礼なことだとわかっているのに、尋ねてしまうのだ。
それを知美が嫌な顔ひとつせずに話してくれるのは、自分に対する気配りであることを雄介は充分理解していた。
『俺がこんな気持ちのまま、ずっと知美ちゃんと付き合っても迷惑をかけるばかりかもしれないな。。このままだと知美ちゃんの心を傷つけるかもしれない。。』
雄介がいろいろ悩んで出した結論は、やはり知美と別れることだった。
そしてその週末、雄介は意を決して告白すべく、知美との最後の待合場所へと向ったのである。
知美は待合場所のカフェに先に来ていた。
そして雄介を待ちながら、彼のことを考え込んでいた。
たしかに最近の雄介は、話は普通にするようになったが、どこか一瞬うわの空のところがある。恵美のこともいまだに気になるようだし。
自分がいくら頑張っても雄介の心は変えられないかもしれない。。
この数ヶ月のうちに、知美にはだんだんそう思えてきた。
その勘が当たったのかどうか、雄介がいつもより真剣な面持ちでカフェに入ってきて知美の正面に座った。
ふたりで飲み物を注文したあと、一呼吸おいて、雄介の方から切り出した。彼の表情から知美はすでに感じ取っていた。彼が別れを切り出そうとしていることを。
「知美ちゃん、君にはほんとに良くしてもらったよ。こんなに口ベタな僕を今まで毎回リードしてくれて盛り上げてくれた。」
「・・・」
「ほんとに・・感謝してるんだ。楽しかったし、知美ちゃんのおかげで僕も少しは口ベタを解消できるようになったんだ。」
「・・でも・・アタシと別れるのね・・?」
「・・・うん・・ごめん・・」
「お姉ちゃんがそんなに好きなのね・・」
「・・うん。。1度は忘れようとしたけど、どうしても頭から切り離せないんだ。自分が恵美さんから遠ざかるほど、恵美さんへの思いが募っていくんだ。」
「・・・」
「正直に言うと、最近では知美ちゃんの顔を見るだけでも、恵美さんの面影を想像してしまうんだ。。ごめん。。ほんとにごめん。知美ちゃん。」
「(;´Д`)ハァ・・・お姉ちゃんもそこまで思われてるなんて幸せだわね・・」
「だから今度は躊躇なく、恵美さんに告白するつもりだよ。もちろん今までのことは懺悔してね。」
「雄介さんは最初からそれができていれば良かったのよ。何もストーカーまがいのことなんかしなくても。。」
「僕が馬鹿だったんだ。勇気も何もない臆病者だよ。でも恵美さんをつけ狙ったり、危害を加えるようなマネなんか全然する気はなかったんだ。信じてほしい。」
「じゃあ、それをお姉ちゃんにちゃんと説明することね。」
「それにはまず、恵美さんに会ってもらわないと。。今のままでは、僕の顔を見ただけで恵美さんは逃げてしまう。」
「そうよね。。」
「だから勝手なお願いなんだけど、なんとか恵美さんと会えるように取り計らってほしいんだ。」
「う・・ん・・」
「君に別れ話した上に、こんなお願いするのも非常識だとはわかってる。でも、会えないと先に進まないんだ。彼女がおびえてるんなら、知美ちゃんも一緒に同席してもらってもいい。なんとかお願いできないだろうか?」
「そうね・・いいわ。とりあえず雄介さんへの誤解を解くように話してみるわ。でも・・・」
「でも・・?」
「お姉ちゃんね・・今付き合ってる人・・いるのよ。」
「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||lええええええぇぇぇ〜〜!!」
「だから、ストーカー行為の誤解は解けるかもしれないけど、お姉ちゃんと付き合うのは・・今は無理ね。」
「ガ━━ΣΣ(゜Д゜;)━━ン!!そ・そんな・・」
「最初からお姉ちゃんのあとを尾行するようなことなんかしてなければこうはならなかったのよ。」
この知美の発言に雄介はハッとした。
「知美ちゃん・・前から不思議に思ってたんだけど、どうして僕が恵美さんを尾行してるのがわかったんだい?」
「それは福永さんが・・・あ・・」
知美は思わず口をすべらせた。
「え?福永?福永・・まさかあの・・」
一瞬口をつぐんだ知美だったが、雄介にフラれた腹いせもあってか、彼女の思考回路はもうどうでもよくなってきて、逆に開き直ったように発言し始めた。
「アタシは彼の素性はよく知らないわ。でもその福永って人が雄介さんのことを教えてくれたの。確か丸菱商事に勤務してるってことは聞いたわ。そして・・その人が今のお姉ちゃんの彼氏なの。」
「な・・なんだってぇぇぇ〜〜??」
雄介は呆然とした。目の前が真っ白になった。運ばれてきたコーヒーにも全く目が行かなかった。更に時間が経つに連れ、何か心の底から煮えたぎるような感情が沸々と沸いてくるのを感じていた。
「福永のやつ・・・!」
それを見ていた知美もまた、同じような感情の波が押し寄せていた。
そしてそれが言葉となって爆発した。
「雄介さん、あなたはショックかもしれないけど、アタシだって・・アタシだって大好きな雄介さんにフラれてすごくショックなんだからねっ!ほんとは泣きたいのに・・思い切り泣き出したいのに・・ずっとさっきから我慢してるんだからねっ!!アタシのこともわかってよっ!!」
知美が大声で泣き崩れた。。。
第16話
人間関係
雄介は泣きじゃくっている知美をどうすることもできなかった。
ただ、自分のふがいなさと、知美に対する気遣いがなかったことを深く反省していた。
『ほんとバカだなぁ・・俺って。恵美さんのことばかりで知美ちゃんの気持ちを汲んであげることなんて全然考えてなかった・・・』
雄介は自分のハンカチを知美に差し出して謝るしかなかった。
「ごめん・・知美ちゃん。ほんとにごめんね・・みんな僕が悪いんだ・・今ここで殴ったっていいんだよ。」
と、その瞬間いきなりバチーン!!と雄介は平手打ちをくらった。
『すご・・反応はやっ・・』
知美はいつでも行動が機敏だった。それゆえ感情は先行する場合がよくある。ストレスを溜め込まないという意味では良い性格かもしれない。
今、雄介を殴ったのも、いち早くこの悲しみと挫折から少しでも楽になれるのでは?と、瞬時に思った知美の行動の現れだった。
「知美ちゃん・・気の済むまで叩いていいからね・・僕にはそれしかできないし。。」
知美はその後、泣きながら雄介に往復ビンタを3発かませたのだった。
そして、ある程度落ち着きを取り戻すと、自分が雄介や恵美にしてきた策略の数々を後悔していた。
『アタシの自業自得なのかもね・・・』
知美は雄介から差し出されたハンカチで涙を拭いた。
「ありがとう・・雄介さん。これ、洗って返すね・・」
●翌日の日曜日 恵美と知美のアパートにて●
「お姉ちゃんアタシね、雄介さんと話をしたの。」
「え・・?」
「雄介さんはね、お姉ちゃんはすごく好きなのよ。」
「だからってストーカーは・・」
「うん。良くないわ。けど、彼に悪意や変質的なものは考えられなかったわ。ただ、彼が内気すぎただけ。つまりお姉ちゃんと一緒よ。」
「でもあたしは・・人を尾行したりしないわよ。」
「それだけお姉ちゃんが好きだったの。でも気持ちを伝えることが下手なのよ彼は。」
「・・・・・」
「昨日も言ってたわ、雄介さん。勝手に跡をつけたのは本当に悪かったって。でも大好きなお姉ちゃんを少しでも多い時間見ていたかったんですって。」
「でも・・知らないうちにこのアパートまで見られてるのは・・」
「別にいいじゃない。着替えとか見られてるわけじゃないんだから。」
「知美ったらもう・・怖いこと言わないでよ。」
「とにかく雄介さんは、自分の誤解を解きたがっているの。お詫びも言いたいらしいから1度会ってあげて。」
「ええ〜??」
「大丈夫よお姉ちゃん。アタシも一緒にいてあげるから。」
「・・・うん。。それなら。。」
「で、福永さんとはうまくいってるの?」
「・・・それが・・ダメみたい。」
「なんでよ?お姉ちゃんをグイグイ引っ張ってくれそうな人だと思ったのに・・」
「それはそうなんだけど・・あたしあの人のペースについていけないの。」
「お姉ちゃんも努力が必要よ?」
「でも福永さんはあたしと一緒にいると、だんだんイラついてくるのよ。悪いと思ってなんとかしようと思うと余計何も考えられなくなっちゃうし・・」
「で、もう付き合えないって思ったの?」
「それは彼の方がそう思ったのよ。性格の不一致だってはっきり言われたわ。」
「ええっ?それほんとなの?お姉ちゃんにそんなことを。。」
知美にはショックだった。あれほど姉が好きで、雄介から奪い取ることに執念を燃やしていた良太が、付き合い始めると、いとも簡単に姉を捨てようとするなんて。。
『福永・・許さない!きっとお姉ちゃんを幸せにしてくれると思って協力したのに・・もう絶対許さない!』
「知美・どうしたらいい?次の土曜、福永さんが最後の返事を聞きにくるの。付き合う気があるのかどうか・・」
「それっておかしいんじゃない?彼はもうその気がないのにどうしてそんなこと聞きにくるのよ?」
「それは・・あたしがもっと福永さんのペースに合わせれたら、考え直すかもしれないって・・」
「なんなのそれって?人をバカにしてない?お姉ちゃんは福永さんの奴隷じゃないのよ!もっと気配りしてペースを合わせるのは男の方でしょ!」
「どうしよう・・」
「お姉ちゃんの方からフッちゃいなさいよ!それにやっぱり・・彼は頭の回転は確かに早くて言葉も鞭撻だけど、人に対して冷たすぎるわ。それにしたたかだし。」
「なんで彼がしたたかだってわかるの?知美。」
「だって・・雄介さんのことを告げ口みたいに報告してきたのは福永さんじゃない!それに同僚って言ってたけど、きっと雄介さんとは仲が良くないはずよ。だから雄介さんを陥れようとしたのよ!そして自分はお姉ちゃんに近づいた・・」
恵美は再び恐怖に駆られていた。
そしてその感情が言葉となって爆発した。
「もう・・一体誰を信じればいいの?!誰も信じてはいけないの?信じようとしても騙されてばっかり!もうたくさん!たくさんよ!もう誰も信じない!!」
第17話
緊急事態
土曜の昼下がり、恵美は自宅のアパートに引きこもっていた。
知美は友達との約束があるようで、朝から家を出ていた。
そんな中、恵美は時間が経つのも忘れて、ただボーッと窓の外を眺めているだけであった。
なんであたしだけいつもこんな目に遭うんだろう。。
男の人の言葉ってどこまで信じればいいの?
あたしだけに変な人ばかり寄ってくるの?
みんなはそうじゃないの?
思いつくままに自問自答を繰り返す恵美。
でもそれが結論に達することはなかった。
あたしの存在ってなんなんだろう。。。
いじめられて、騙されて、世間からも白い目で見られて。。。
もうあたしなんて世の中に必要ない人間ってこと。。?
以前の忌まわしい過去の出来事以来、鬱気味の恵美が、益々深みにハマっていく一方だった。
こんなことがこれからも続くだけの人生なら。。。
いっそのこと。。。あたし。。。
もう疲れた。。疲れたよ。。。
恵美はおもむろに立ち上がり、沸かしたての熱いコーヒーを入れ、ゆっくりとまた自分の座っていた窓辺の席へ戻り、一口だけコーヒーをすするとテーブルに置いて、また窓を眺めた。
いつもと何も変わらない風景。
いつもと同じ時間の流れ。
犬の散歩をする人やジョギングをしてる人。
いつもと同じ生活のリズム
何も変わらないわ。。変わりっこないのよ。。
これからもずっと。。。
テーブルの前には多数の安定剤が置かれていた。
その中には、錠剤もあれば顆粒タイプもある。
恵美はしばらくそれらをうつろな目で眺めていた。
たくさん飲めば気持ちよく寝れるわよね。。ずっと。。
恵美は顆粒タイプの封を切り。。。それをコーヒーに注いだ。
1袋。。2袋。。3袋。。
それ以上は恵美自身も数えていなかった。
なにげにまた窓の外を眺めると、福永良太が通りの端からこちらに向って歩いて来ているのが見えた。
「そっかぁ。。今日はそんな日だったわね。。」
まるで人事のようにつぶやく恵美。
「人を陥れる男なんて最低。。大っ嫌い。。」
と、そのとき、彼女はふと思った。
あの人はもう時期ここに着く。
あの人をどうにかして、あたしを殺した犯人にするにはどうすればいいんだろう。。。ただの発見者にはさせたくない。。縁が切れてあの人が喜ぶだけだもの。。そうだ!あの人が帰ったと同時にあたしがここから飛び降りればいいんだ!助けてって悲鳴をあげながら。。近所に聴こえるように。。そうだ、そうしよう。。
しかし、恵美の一大決心をよそに事態は別な方向へ進んでいった。
福永良太が恵美のアパートに到着した。
「こんにちは。今日は曇りでちょっと肌寒いね。お邪魔しますよ。」
すでに恵美と付き合う気のない良太は以前にもまして、馴れ馴れしくなっていた。もう恵美に気を遣ったしゃべりなど、無意味だと思っているからである。
一方、恵美の方も何かが割り切れたせいか、良太の前で緊張もせず、けだるい口調ではあるが、対等に返答していた。
「そうね。今日は肌寒いから熱いコーヒーがおいしいわ。福永さんのも入れてきてあげるから待ってて。」
「いや、今日はあんまり時間はないんで。。その君のコーヒーでいいよ。入れたてでしょ?すごい湯気立ってるし。君のを新しく入れてきたらいい。」
「あ、でもこれは。。」
と恵美が言うや否や、良太はテーブルにある恵美のコーヒーをすかざず取って一気に飲み始めた。
「僕、猫舌じゃないんで結構熱いの平気なんスよ。今日は冷えるし、体にしみるね〜!でもこれ。。ブラック。。?にしては味が。。ま、いいや。」
良太はそれから一気に飲み干した。
そしてただひたすら呆然と見ている恵美。
良太がうつぶせに倒れた。。。。
(続く)