第12話〜14話
第12話
狂い始めた歯車
雄介はいつものように、朝の駅のホームで電車を待ちながら恵美を待っていた。だが、恵美は現れなかった。電車に乗り込む寸前まで雄介はホームを見渡したが、恵美らしき女性は見当たらない。
「彼女、風邪でもひいたんだろうか。。」
雄介は最初はそう軽く考えていた。
なにせ二人とも内気で奥手どうしなので、未だにお互い携帯の登録もしていなかった。連絡のしようもないし、事情もわからぬままだ。
「しまった。。もっと早く携帯聞いとけばよかった。。」
と、今更言ってもただの結果論だった。
帰宅の電車にも恵美はいなかった。朝もいなかったのだから、帰りもいないことなど予想はできたが、雄介は少しでも期待せずにはいられなかった。
しかし、2日目の朝も恵美は駅に現れず、3日目。。4日目。。そして5日目。。やはり恵美は来なかった。
雄介はいてもたってもいられなくなり、退社後、彼女のアパートの前から2階を見上げていた。しかし、玄関をノックするわけにはいかない。雄介が恵美の家を知ってるはずがないのだ。恵美を尾行して、家がわかったなどど知られるわけにはいかないのだ。
だが、その事実は良太の策略によって、すでに恵美の耳には届いていることなど、雄介は知るよしもない。逆に雄介はこの日、ここに来てしまったばかりに、ストーカー行為をしていた確たる証拠を見られてしまったのである。
ちょうど会社から、バスで帰宅して来た恵美と鉢合わせしたのだった。。。
「あ。。。恵美さん。。」
雄介は顔面蒼白になった。頭をかなづちで叩かれたような衝撃が走った。『しまったぁぁぁ。。。』この気持ち意外、何も浮かんでこなかった。
一方、恵美は、雄介の姿を見た瞬間、彼がストーカーだという事実を確信し、更なるショックが襲った。
『信じていたのに。。信じたかったのに。。。」
恵美は雄介を驚愕のまなざしで見たあと、彼と言葉を交わすこともなく、駆け込むようにして自分のアパートの中へ消えた。
雄介も彼女に言葉をかける余裕など全くなかった。
恵美が、自分をまるで殺人者でも見るかのような恐怖に満ちた表情で、逃げるように遠のいて行った姿だけが目に焼きついていた。
「あああああぁぁぁ〜!俺ってバカだぁぁぁ〜!!」
反省しても悔いが残りすぎる瞬間であった。
「田口さん、こんなところでどうしたの?」
突然、どこからともなく現れた知美が話しかけてきた。
「あ・・君は・・」
「知美です。お久しぶりです。田口さん、うちをご存知だったんですね?」
「・・・・・・」
「イケナイわね。お姉ちゃんをずっと尾行してたんでしょ?」
「・・いやそういうわけじゃ・・」
「隠さなくていいわよ。もうわかってるから。アタシは田口さんを悪い人だとは思わないわ。」
「・・・え?」
「だって・・お姉ちゃんへの情熱がそうさせたんだもの。それに田口さんは紳士だし。待ち伏せして人を襲うような人には見えないわ。」
「そりゃもちろん・・そんなこととんでもない・・」
「でも、お姉ちゃんとはもうダメね。前にも説明したでしょ。お姉ちゃんの過去。お姉ちゃんに恐怖を与えたら絶対ダメなの!立ち直ろうとしているお姉ちゃんに対して、田口さんはそれをしたの!わかる?」
「・・・・・すまない・・」
「お姉ちゃんを思う気持ちがあるんなら、もうそっとしてあげて。お姉ちゃんに関わらないで。」
「でも僕は・・このままでは・・」
「今は何も言っても無駄よ。」
「しかし・・確かに僕はストーカー行為はしたかもしれない・・」
「かもしれないじゃなくて、したのよ!」
「あ、あぁ・・したよ・・僕はとんでもないことをした。でも僕は、恵美さんを襲ったり、観察したりするような・・そんなマネは絶対する気はなかったんだ!それを彼女にはわかってほしいんだ。」
「アタシはわかるわよ。田口さんはいい人よ。思いが募りすぎてしてしまったことなのよね?」
「・・・うん・・・」
「じゃあ、アタシからそれとなく田口さんへの誤解を解いてあげるわ。でも急には無理よ。もっと時間がたってお姉ちゃんが落ち着いてからね。」
「ありがとう。。感謝するよ。」
「でも条件があるわ。」
「???」
「お姉ちゃんは諦めて、アタシと付き合ってよ!」
「・・・・」
「1度植えつけた恐怖は元に戻らないの。いつまでもトラウマになるわ。田口さんとお姉ちゃんはうまくいかない。でもアタシは違う。田口さんは怖くない。怖いどころかあなたはむしろ純粋。気持ちをわかってあげられるわ!」
「知美ちゃん・・・」
雄介は、知美の半ば強引だが、何か惹きつけられるものを感じていた。
『俺のことをここまで思ってくれる子もいるんだ。。』
「最初からデートしてとか言わないわ。お話し相手からでもいいの。お願い田口さん・・それに・・お姉ちゃんの様子も逐一教えてあげることができるわよアタシ。」
知美は最後の切り札のセリフとして恵美のことを持ち出した。なるべくなら言いたくはなかったのだが、雄介と確実に付き合うのにはこの方法しかないと確信したのだった。そしてそれは功を奏した。
「うん・・いいよ。知美ちゃん・・僕で良かったら・・」
こうして知美と良太の思惑が1歩1歩着実に進んでいるのであった。
雄介がアパート前から立ち去ったあと、路地の陰から良太が現れ、知美に声をかけた。
「よぉ、いいのか?あれで。田口は恵美さんの様子を聞きたいがためにお前と付き合うのを承知したようなもんだぞ。」
「わかってるわよ。そのくらい。でも絶対アタシだけに気持ちを切り替えさせて見せるわ!絶対に!!」
「( ̄ー ̄; ヒヤリ・・同じ姉妹でこうも性格が違うとはな。。」
第13話
それぞれのカップル
恵美がバス通勤になったとわかった翌日から、雄介はとなりの駅まで通う意味を失い、毎朝脱力感と共に、通常の駅から電車に乗っていた。
恵美がいないと自分でもわかっているのに、乗り込むとつい、あたりを見回してしまう自分が情けなかった。
そんな中、この前携帯メールアドレスを交換した知美からは、常にメッセージが着信されていた。返信するにはあまり気乗りはしなかったが、雄介はまめにその都度返事を書いていた。知美と縁が切れると恵美とのつながりも遮断されてしまうかもしれない。。そんな思いが雄介の頭の中にはいつもあったからである。
知美も馬鹿ではないので、雄介の気のない返信メールにはすぐに気づいていたが、それももちろん承知の上。常に積極的な彼女は、とにかく自分の情熱を伝え続けていこうと躍起になっていた。
それが功を奏してか、毎回週末には雄介とデートができるようになった。
雄介は知美とデート中も、恵美のことがどうしても頭をよぎったが、自分の口から恵美の様子を知美に聞くことはできなかった。
それを察知していた知美は、適度に姉が元気で生活していることだけは報告していた。雄介をあまりイライラさせるわけにもいかないと思ったからである。
知美と雄介のデートは常に動いていた。1箇所でのんびりするのではなく、あちこちのデートスポットや名所を巡ったり、レンタカーで更に遠出をしたりして楽しんだ。
会話はもちろん知美が中心だが、雄介が黙ってしまわないように、彼の言葉を引き出すような質問を交えながら、知美は知的に行動した。
デートの内容すべてが知美の計算ずくだった。まったりすると、雄介が恵美のことを考え出すと思ったからだ。
男性によっては、これらの知美の行動がうっとうしいと思うかもしれない。だが、雄介は自分から積極的に女性をリードできるタイプではないので、笑顔を振りまいてグイグイ引っ張ってくれている知美に、徐々に心惹かれるようになってきた。
『俺みたいな男には知美ちゃんの方が合ってるのかもしれないな。。』
一方、福永良太も積極的に、週末になると恵美の家を訪問した。
知美が毎週末には雄介とデートのため、家には恵美しかいないのを熟知しているからである。
「恵美さん、今日は天気がいい。外に出ませんか?」
「え・・でも、あたし出不精なので。。」
「じゃ僕と部屋で二人っきりがいいんですか?僕・・我慢できるかなぁ・・?」
「!!」
恵美はビクッと強く反応した。
良太はすぐさまそれを察知した。
「あ・・・ごめんなさい、ごめんなさい。冗談ですよ冗談。そんなに怖がらないで。。ね、恵美さん。たまには外に出て、公園でも散歩しましょう。」
「そう・・ですね・・」
恵美はまだ心癒えてはいなかった。良太はいろいろ気を遣ってはくれるが、どうしても今の自分にはまだ、明るくなれる要素がなかった。
そんな恵美を見て、良太にも焦りが見え始めた。
『ヤバイヤバイ、まずいこと言っちまったぜ・・しかしこうも奥手だとは・・マジやりずれぇな・・・顔は可愛くて申し分ないんだが、ちょっとめんどくさそうだ。。これからどうすっか考えもんだなぁ・・』
良太の思惑の歯車が狂い始めた。
第14話
ぎこちない恋人たち
良太が、毎週積極的に恵美を訪問してから、およそ2ヶ月が経過した。
だが、いまだに恵美は良太に対して、打ち解けた態度にはなっていなかった。
いくら話術の得意な良太であっても、ほとんど自分がしゃべりっぱなし。話題に対しての反応も鈍い。しかも恵美が愛想笑いしてるのがよくわかる。
良太には益々苛立ちがつのっていった。
『こんな女は初めてだ。うまく落とせると思ったんだがなぁ。。俺が嫌なら誘いを断ればいいのにそれさえしない。一体何考えてるんだこいつは!この俺が2ヶ月経っても抱くことさえできないでいるとは。。このままずっとこんな感じだったらそろそろ別な女でも捜しとくかな。。』
そしてこの日も恵美を食事に誘い、良太のしゃべり中心で話が進んでいた。
「恵美さん今日は何食べたい?」
「・・なんでもいいです。」
「えと・・じゃ中華がいい?和食にする?パスタなんかもまだ食べてないよね?」
「はい・・」
「じゃパスタ食べようか?」
「はい・・」
いつもこうだった。良太にしてみると、最初のデートのうちは確かに恵美の遠慮がちな態度は、けなげで可愛らしく思えたが、時が経つと徐々に、恵美がいつもどうでもいいような返事をしているとしか思えなくなっていた。
そして、いざ席についてメニューを選ぶときも、恵美はすぐには決まらない。見かねた良太は助け舟を出す。これがもうパターン化していた。
「恵美さん、この店長のおすすめってのがおいしそうだよ。季節限定だから今しか食べられないかも。」
「・・はい。。じゃそれで。」
良太は自分の髪の毛を掻きむしりたいほどの心境だった。
これがきっと雄介だったら、なんとも思わないのだろう。
お互いメニューを見て悩みまくったあげくに、たいしたものはオーダーしない。そんなカップルも確かにいる。
だが、良太には限界が近づいてきていた。
彼は決して一途ではない。これまでGETしたい女はほとんどモノにしてきた。そして、落としに成功して自らが満足するとすぐ飽きる。二股、三股も当然だった。そんな良太が恵美落としにこんなにも時間をかけてきたのは、やはり雄介への嫉妬心とライバル心。
なんで雄介みたいなウジウジした男が、こんな可愛い女と一緒にいるのか!それだけで腹が立った。しかも良太と雄介は、仕事上でもお互い成績を争っている間柄である。
「恵美さん、僕と一緒にいて楽しい?」
「え・・?あの・・いつも気を遣っていただいてありがたいと思っています。。」
「ありがたいって・・別に僕は君に感謝してもらうために誘ってるんじゃないよ?」
「・・・」
「もっとフランクに話そうと思ってたのに・・君にはできないみたいだね?」
「あの・・でもあたしには・・」
「こんなに長く付き合ってきたのに、君はよそよそしいままだ。もっと打ち解けて欲しかったよ。」
「・・ごめんなさい・・」
「いや、謝らなくてもいいんだけどね。君の性格だし、しょうがない部分もある。でもね、それじゃこの先大変だよ?」
「ごめんなさい・・どうしても警戒してしまうの・・」
「君の過去に何があったかは詳しく知らないけどさ、警戒してるばかりじゃどうしようもないよ。それにそればかりじゃないし。」
「あたしには決断力がないってことですね・・?いつもメニュー選びには福永さんを困らせてしまうし・・自分でもわかってるの。」
「いや、だからそれが悪いってわけじゃない。そんな人も他にたくさんいるし・・ただ・・はっきり言わせてもらうと、僕にはそれが苦痛のひとつでもある。性格上我慢できないんだ。」
恵美はショックを受けた。しかしそれは比較的軽いショックだった。
なぜならこのことは、自分の中で予測できていたことだからだ。
『福永さんのような人なら、あたしとなんかうまくいきっこない。いずれお付き合いを絶たれるわ・・』
予測していたとはいえ、良太の『苦痛』という言葉に恵美は傷ついた。
『あたしは・・人を苦痛にさせるほどダメな女なの・・?あたしは・・もう生きていてはいけない人間なの・・?』
自分に自問自答する恵美。
「君と僕は単なる性格の不一致だよ。そんなに悩まなくていい。性格の違いは誰でもあることだから悩む必要なんてないさ。
来週もう1度、君の家に誘いに行くよ。僕と今後、フランクに付き合えるかどうか決断してみて。僕からフッたんじゃ、君はショックが大きいでしょう?君が自分で決断して、嫌だったら君から僕をフルんだよ。わかるかい?」
「でもそれって・・福永さんはあたしにフッて欲しいって言ってるんでしょう?」
「いや、そうとも限らないよ。君が勇気を持って決断できたら僕は改めて考え直すよ。」
そうは言ったが、考え直すつもりなど毛頭ない良太であった。
一方、知美と雄介は順調に付き合っているかのように見えた。
確かに雄介は以前より口数が増えた。知美の笑顔に対して、優しい自然な笑顔で答えてくれた。知美にはそれが何より嬉しかった。
だが、雄介が話す言葉に度々、恵美のことが絡んでくるのが気になっていた。
「恵美さんと同じ場所にホクロがあるんだね。」
「恵美さんとどっちが料理上手?」
「知美ちゃんお酒強いんだねw 恵美さんもそうなの?」
「知美ちゃん予備校頑張ってるんだね。恵美さんも1浪したって聞いてたよ。」
雄介自身は軽く話しているつもりだった。知美もそれは理解していた。でもこう何度も恵美のことが言葉として出てくると、さすがに強気の知美も気落ちするのだった。
『雄介さんの中ではまだお姉ちゃんのことが頭から離れないのかしら。。アタシではやっぱり役不足ってこと。。。?
(続く)