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第6話〜8話

 第6話

 恵美の過去

 

 それから数週間が経ち、まだ正式に付き合っている雄介と恵美ではなかったが、お互いを下の名前で呼ぶようにはなっていた。

 雄介もいまいち度胸のある性格ではないので、デートに誘うタイミングも逃し、今だに駅と通勤電車の中だけの付き合いだった。

 

 そんな朝の出勤時、恵美と駅で別れた雄介は職場に向って歩いていた。

「田口さん田口さん。」

「σ(・_・)ン?」 雄介が振り返るとそこには知美がいた。

「あ。。君は恵美さんの妹の。。知美ちゃんだっけ?」

「はいっ!当たりw ごめんなさい。あとをついて来ちゃって。」

「何か僕に用事でも?」

 雄介はふと思った。

 『ひょっとしたらこの妹は、恵美さんの伝言でも聞いてきたのかもしれないな。。よし!うまくいけば。。』

 

「あの。。ですね。姉のことなんですけど。」

 『ほらきた!』 雄介の鼓動が高鳴った。


「田口さん、姉とまだデートもしてないんでしょ?」

「うん。。そうなんだ。でもそれは僕の勇気がないからさ。情けない話だよ。」

「ううん。そうじゃなくて。。実は姉の方こそもう、男性と付き合う勇気がなくなっているんです。」

「Σ('◇'*エェッ!?そ、それはどうして?大失恋でもしたのかな?」

「そういうことになるかもしれないけど、もっと最悪の事態になって、ショックから姉は立ち直れないでいるんです。」

「。。。僕がその理由を聞いてもいいのかい?」

「はい。だってもうこんなに長い間、電車だけの付き合いなんて、妹として田口さんに申し訳なくて。。」

「なにも君が気にしなくてもいいんだよ。」

「いえ、気にします。姉が男性と付き合えない事情を知っていながら見て見ぬふりをしてたんですもの。」

「。。。。。」

「姉は。。。姉は。。。人を殺したんです。」


「。。。。。。。。。。えっ!?。。。。。。。。」

 

「姉には以前、付き合ってる人がいました。普段はすごく優しい人だったんですけど、お酒が入るとわけがわからないほど酒乱になって。。」

「。。。。。」

「姉は毎回暴力に悩まされていました。激しくののしられたり、命令に従わないと物も飛んで来たし、ちょっと気に入らないことがあったら怒鳴りまくられていました。」

 

 雄介はふと気が付いた。

『そうか。。それでだったのか。電車で彼女の口紅が俺のシャツについたとき、あんなに泣きそうな顔で必死に謝ってたのは。。怒られることへの恐怖。暴力への恐怖。』


「随分ひどい目にあったんですね。恵美さん。。」

「ええ。それであの運命の日、その男は酒に酔って包丁を持ち出しました。『俺に逆らうとどんな目にあうか教えてやる!』って姉を羽交い絞めにして首に包丁をつきつけました。」

「。。。。。。」

「あまりの恐怖に姉は大声を出して、それにびっくりした男は手にしていた包丁を落として後ずさりしました。『このアマーふざけやがってぇ!』男は再び姉に飛びかかって行きました。その瞬間、男の動きが止まって。。。。。男の胸には包丁が突き刺さっていました。」


「。。。でも。。でもそれは恵美さんが悪いわけじゃない。」

「ええ。ですから姉は正当防衛が成立して逮捕はされなかったんです。」

「当然ですよ。」

「でも。。それ以来姉は男の人と付き合えなくなったんです。田口さん、姉のことはもう諦めてくれませんか?このままではいつまでたっても歯がゆい思いをするだけですよ?」


「僕の力で助けてあげることは不可能なのかな?」

「だって。。姉はいろいろプロの方にカウンセリングもしてもらってるのに、全然効果なかったんですよ。」

「しかし。。」


 ついにしびれを切らした知美は衝動的な行動に出た。


「田口さんっ!姉なんかじゃなくてあたしと付き合って!恵美は自分が人殺しであることから逃れられないの!精神的にも治らない!あたしがいなきゃダメなの。でもあたしは。。。あたしは田口さんがいなきゃダメなのっ!」

「。。。。知美ちゃん。。。。」




 第7話

 告白


 突然の知美の告白に戸惑いを隠しきれずにいた雄介は、その場を凌ぐのに必死だった。

「知美ちゃんごめん。。もう出勤時間ギリギリだからこの話はまたあらためてじっくり話そう。」

 雄介は知美に次のセリフを言われる前に急いでその場を去るしかなかった。


 そうか。。俺が恵美さんを何とかしてあげないと。。

 彼女の心は恐怖でいっぱいだ。俺が優しく包んであげよう。


 雄介の頭にはそれしかなかった。

 

 仕事が終わり、雄介は意を決して帰りの電車に乗り込んだ。

 そして恵美もいつものように雄介の待つ電車の扉へやって来た。


「お疲れさま、恵美さん。」

「お疲れさま。雄介さん。」

 毎度ながら恵美はいつも挨拶するときに顔を下向き加減にして、はにかむ。

 雄介にはそれが可愛くてたまらなかった。


 二人一緒に下車した駅で、雄介は切り出した。

「恵美さん。僕はあなたの不安を取り除いてあげたいと思っています。」

「え。。。。?」

「僕は決して暴力なんてしない。恵美さんと毎日楽しくゆったりとした時間の中で時を過ごしたいんですよ。」

。。。。。。」恵美の顔がこわばった。

 「あの。。すいません。事情は知美ちゃんから聞きました。過去の嫌な出来事まで。。」

 恵美は衝撃的なショックを受けた。

「知美が言ったの?本当にそんなこと言ったの?絶対人に知られたくないあたしの秘密を。。」

「はい。。でも怒らないであげて下さい。知美ちゃんはお姉さん思いの優しい子ですから。」

「あたし。。あたし。。せっかく誰にも知られない別の街に来たのに。。なんで。。なんでなのよぉぉぉ〜!」


 恵美は人目もはばからず、いきなり号泣し出した。

 雄介は駅で突然泣き出した恵美を、慌てて肩を抱きかかえながらその場をあとにして、近くの公園のベンチに座らせた。


「恵美さん、ごめん。僕が聞くべきことじゃなかったかもしれないけど、僕にできることなら何でもするから。」

「。。。。。。」

「恵美さんが悪いんじゃない!自分を責めるのはもうやめよう。これからは過去を忘れて楽しい日々を送るんだよ。僕の恵美さんに対する気持ちはこれっぽっちも変わってないんだよ。」

「。。。。。」

「気持ちはじゅうぶんわかるよ。恵美さん。」


 今の雄介の言葉に恵美はベンチから立ち上がってキレた。

「何がわかるっていうの!!?そんな簡単に言わないで!!あたしが人を殺したのには変わりないのよ!人ひとりの命をこの世から消したの!」

「でもそれは正当防衛です。」

「法律上はそうよ。でも。。でも。。世間はそうは見てくれない。職場にもいられないし、近所からも白い目で見られるし。。」

「。。。。。」雄介は返答できずにいた。

「あの瞬間の光景が目に焼きついて離れないの!どうしても離れないの!必ず浮かんでくるの!一生忘れることなんか無理なのよ!雄介さんは人ごとだから簡単に言えるの!正当防衛だからって殺人は殺人!絶対にあたしからは消えない出来事なのよ!この傷は一生背負っていかなくてはならないの。嫌な過去は忘れてだなんて、できるものならしたいわよ!でも実際はそんな口先で言うほど容易いものじゃないわ。あたしがどんな気持ちで引っ越して来たと思ってるの?あなたにあたしの気持ちが本当にわかるって言えるの!!?」

 恵美は半泣き状態で一気にしゃべった。


 雄介は頭をかなづちで殴られたような衝撃が走った。

 『俺は甘かった。。。表向きの体裁だけで恵美さんをなぐさめていただけだった。俺は彼女の気持ちをわかりもしないで思い出したくもない彼女の過去をほじくり出してしまったんだ。。俺は馬鹿だ。本当に馬鹿だ。』


「ごめん。。恵美さん。僕が軽率だったよ。返す言葉もないよ。。」

 恵美はさっきの自分の猛烈な発言で、一気に力が抜けたようにベンチに座りこんだ。

「でもね、恵美さん。僕はあなたを助けたい。いや、助けてあげることができないかもしれないけど、あなたの気持ちが少しでも楽になれるような努力をしていきたい。僕は恵美さんの口から今、過去の忌まわしい出来事を聞きました。それでも僕の恵美さんに対する気持ちには、一片の揺るぎがないのも事実です。これだけはわかって下さい。」

「。。。はい。。。」

「さぁ、家まで送りましょう。」


 雄介は落ち着きの取り戻した恵美と、無言のままでゆっくりと歩きながら彼女をアパート前まで送り届けた。


 その光景をアパートのカーテン越しに見ている知美がいた。

 そしてまた、アパート近くの影からもそれを見ている良太がいた。




 第8話

 知美と良太


 「ちょっとすいませんが、君は高瀬恵美さんの妹さんだよね?」

 「え?は、はい。そうですが。。」と少しびっくりした様子の知美。


 福永良太は予備校から帰宅途中の知美に声をかけたのだった。

 「突然びっくりさせてすいません。僕は田口雄介の知り合いの者です。彼は知ってますよね?」

 「はい。それは。。」

 「で、彼が君のお姉さんが好きなのも当然知ってるわけでしょ?」

 「。。。。。」

 「いや、警戒しなくていいですよ。僕は別に探偵ってわけじゃないんだから。」

 「はぁ。。」

 「でも君は雄介とお姉さんが付き合うのには反対だと思っている。」

 「どうしてそんなこと言うんですか?あたしは姉の恋を応援しています。そんなことを他人に言われる筋合いはありませんが?」


 良太は深いため息をついた。

 「あのねぇ、僕は遠まわしの言い方が嫌いだから、ぶっちゃけ言うけど、君も雄介が好きだよね?」

 「ヘ( ̄ω ̄|||)ヘぎくッ!。。。」

 「隠さなくていいよ。見てればわかるから。」

 「そんなこと。。あなたはどこで見ていたんですか?」

 「僕も電車での通勤社員でしてね。悪いがこの間、君と雄介の会話を聞いてしまったんですよ。」

 「勝手に人の会話を盗み聞きするなんて。。」

 「それについては申し訳ない。本当に悪いと思ってます。でもね、それにもちゃんとした理由があるんですよ。」

 「ウソよ。あなたストーカーね!警察呼ぶわよ。」

 「ちょっちょっちょ。。慌てない慌てない。俺をストーカーって言うんだったら雄介はもっとひどい奴じゃないか!」

 「。。。え?どういうこと?意味がわからないわ。」

 「雄介はずっとあなたのお姉さんの跡をつけて家を調べていたんですよ。」

 「Σ('◇'*エェッ!?そんな。。信じられない!」

 「それは君の勝手だけどね。実際に雄介の家はいつも降りる駅のひとつ手前なんですよ。このことは知ってた?」

 「Σ|ll( ̄▽ ̄;)||l。。。」

 「やっぱり知らなかったようだね。彼はお姉さんと毎日接触したいがためにわざわざ自転車でこの駅までとなり町から来るのさ。」

 「。。。。。」

 「それなのに俺をストーカー呼ばわりするなんて。本当のストーカーは一体どっちだと思うんだ?え?妹さんよ。」


 知美は震え出した。

 

 「あ〜ごめんごめん。脅かすつもりはなかったんだ。別に怖がらないでいいんだ。俺は君とタッグを組もうと思って話かけたのさ。」

 「え。。。?タッグって?」

 「率直に言うと、実は僕も君のお姉さんに一目ぼれしたんだ。雄介なんかと彼女をつき合わせたくない。」

 「。。。つまり。。。?」

 「つまり、君も雄介が好きなら、お互い協力して、あのふたりが付き合わないようにするのさ。それが君にとっても僕にとっても好都合だと思わないかい?」

 「そ、そりゅあ。。」

 「それとも今の話を聞いて雄介を軽蔑したかい?」

 「いえ。。そんなことは。。それが本当なら逆に、雄介さんはよっぽど姉が心から好きなんだなぁって。。思うわ。」

 「じゃ君はそれで諦めるのかい?」

 「いやよそんなの。。。雄介さんの思いをあたしに向けさせたいわ。」

 「だろー。このままじゃ悔しいだろが。」

 「ええ。悔しいし、せつないわ。」

 「だからこうして僕たちが組めば、君と雄介、俺と彼女がペアになって丸くおさまるのさ。わかるね?」

 「うん。。あたし。。どうすればいい?」

 「お、乗り気になってきたね。じゃまずね、僕を君のお姉さんに紹介するんだ。そうしたらまず僕は彼女と普通に話し始める。そのうち会話の自然な流れの中で、僕は雄介のストーカー行為をつい口走ったように言う。」

 「うん。。(ゴクッ)」 

 知美は生唾を飲み込んで真剣に良太の話を聞いていた。

 「これで雄介は嫌われたも同然だろ。なんせストーカーなんだから。君のお姉さんもわけありで心を痛めてるようだし、少しショックを与えるのは気の毒だが、そこは僕の話術で何とかカバーするさ。」

 「それであたしの役目は姉にあなたを会わせるだけ?」

 「いや違う。君の役目はそれからが大事だ。お姉さんにフラれたショックで落ち込んだ雄介を、親身になってめんどう見てやるんだ。自分の気持ちを前面に出してね。そのうち必ず君に情がうつるに違いない。」

 「うまくいくかしら。。。?」

 「いやならこのまま黙って静観してるかい?」

 

 「。。。。。。いえ。。。。。するわ!あたし、行動する!!」

 「よし決まった。じゃ詳しい打ち合わせはあとで。メルアド交換しよう。」


 一方、何も知らない恵美と雄介は、今日も微笑ましく挨拶を交しているのだった。

 「昨日はごめんなさい。雄介さん。」

 「いえ、こちらこそです。きれいごとばかり言って申し訳ありませんでした。」

 恵美は雄介を信用し始めていた。

 『この人なら。。。あたしを本当に守ってくれるかもしれない』


 そう信用し始めた矢先だった。

             (続く)


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