エピローグ
揺ぎない決意・後編その2
PM12:05
救急隊員が言った。
「とりあえず、このまま蘇生術を施しながら病院へ運ぼう。」
「あたしも・・あたしも一緒に・・」
恵美が声にならない言葉で言う。
「あなたは少し落ち着いた方がいいから救急車には乗らない方がいい。行き先はXX病院だから、そこのお知り合いの方に連れて来てもらいなさい。」
「お姉さん。僕が送ります。いったん教会に戻って、荷物をまとめてすぐ病院に向いましょう。」
PM12:25
「早く片付けて急がないと・・」
教会に戻った恵美だったが、いまだ気が動転している上に鼓動もかなり高鳴っていた。
「このままじゃお姉ちゃんの精神もどうかなってしまうわ。」
「うん。そうだな・・」
その光景を見るに見かねた神父が、恵美に声をかけた。
「そこのあなた、とにかくまずは、腰を落ち着けてゆっくりお茶を飲みなさい。」
「こんなこきにお茶なんか・・」
「だから飲むんです。あなたが騒いでもどうにかなるものではありません。」
「でもあたしそんな気には・・」
「いいから飲みなさいっ!」
「・・・・はい。」
恵美は差し出された熱いお茶を飲んだ。
「ゆっくりですよ。ゆっくり。徐々に冷静になれます。落ち着いてくるくと現状をしっかりと把握できますし、正しい判断もできます。」
恵美は言われるがままにゆっくりお茶を飲み干し、大きく深呼吸をした。
「神父さん、ありがとうございます。だいぶ落ち着きました。」
「そうでしょう。こうした方が次の行動も余計に迅速にできるのです。」
PM12:40
宗則は教会に集まってくれたスタッフや友人知人に事情を説明し、教会側にも式の中止を申し入れた。
「ごめんね。。知美・・宗則さん。。そして集まっていただいた皆様。。本当にごめんなさい。」
「お姉ちゃん謝らないで。式より人の命が大事でしょ!さ、そろそろ病院に急ぎましょう。」
「ええ・・どんなことがあっても、もう覚悟はできてるわ。」
恵美は式場となるはずだった会場を見渡した。
「あたしには・・贅沢だわ。。」
身支度も整って、恵美たちが会場から外へ向おうとしたそのとき、入り口のドアが静かに開いた。少し照明が薄暗い会場にドアから細い光が差し込んだ。
ドアからは数人の人間が静かに入って来たが、恵美にはその中のひとりの人間しか目に入らなかった。
「雄介さんっ!!」
そう、まぎれもなく彼は田口雄介だった。
濡れた体で、救急隊員にタオルを巻かれ、両脇を支えられながらも彼は自分の足で立っていた。そしてしっかりとした目で恵美だけをとらえて見据えていた。
「恵美・・遅れてすまない。結婚しよう。今ここで。」
恵美は雄介の元に駆け寄った。
「雄介さん・・良かった。本当に良かった。あたし・・もう生きて行けなくなるところだった。。」溢れんばかりの涙を流す恵美。
救急隊員は言う。
「あのあと、彼はすぐに息を吹き返しましてね。病院へ運ぶ説明をしたんですが、どうしてもここの教会へ行くんだと突っ張ってきかないんですよ。・・私たちの根負けです。」
雄介が言う。
「すいません。でも、どうしても今日、僕たちは結婚しなければならないんです。これが終ったら病院でもどこにでも行きますから許して下さい。」
「ほら。こんな具合に強情なんだ。しかし命にはもう別状ないでしょう。彼に助けられた子供さんも意識が戻りましたし。」
かつての内気で臆病だった姿など、見る影もないほど、雄介は精神的にもたくましくなっていた。
宗則がすぐさまスタッフに声をかける。
「準備はすぐできますか?」
「はい。もちろんです。」
「彼と彼女の衣装も?」
「お任せを!大至急致します。さぁ、みんなもかかれ!」
「はいっ!」
スタッフ全員、いや誰もがみんな満面の笑みで、意気揚々と式の準備にフル回転で動き始めた。
友人たちからは式の決行に歓声があがり、雄介と恵美に拍手喝采を送った。
「お姉ちゃん、良かったね。」
「ありがとう知美。でもごめんね。。」
「何が?」
「あなたたちの結婚式なのに。。」
「いいえ、アタシとたちお姉ちゃんたちの結婚式よ。もうそれ言うのはやめてね。雄介さんはちゃんとお姉ちゃんのために指輪まで用意してるんだからね!」
「え・・?」
「式のために今は神父さんがちゃんと預かってるわ。」
「知美ちゃん、それは式までまだ内緒に・・」雄介が照れながら言う。
「あ、口すべっちゃったw」
「これもみんな宗則さんの協力のおかげなんだ。お金は全て立て替えてもらってるからね。一生かかっても返すよ。」
そばに付き添っている救急隊員が言った。
「君は本当は点滴や手当てをしなきゃならないんだ。あまりしゃべらないで大人しくしてなさい。」
「はい・・すみません。」
「全く・・こんなケース初めてだ。」
PM2:30
二組の合同結婚式は、終始最高潮を保ち続けながら終了した。
少ない人数でありながら、まるで500人分もいるかのような歓声と祝福で盛り上がったのだった。
「雄介さん。」
「ん?なに?」
「どうして今日の日にこだわったの?」
「あぁ、それはね。」
「うん。」
「僕と恵美が初めて出会った日だからさ。」
「あ・・あのときの・・」
「うん。君が電車の中で僕のシャツに口紅をつけた日。」
↑第1話参照
「あのときは・・すごく恥ずかしかったわ。」
「でもそのお陰で恵美に出会えた。」
「そうね。。長かったわねここまで。。」
「うん・・でもこの長かった期間以上に、これから恵美と一緒にいるよ。ずーっとね。」
「ええ。」
「恵美・・愛してる。」
「言葉で言ってくれたの初めてね。。嬉しい。」
恵美の目にうっすらと涙が光る。
「どうしても言えなかった・・」
「あたしも愛してるわ。雄介さん。」
やっとふたりに安穏とした日々が巡ってきていた。
(完)
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