第30話
第30話
揺るぎない決意・前編
AM9:20
「じゃあ散髪に行ってくるよ。教会まで近いから、散髪終ったら直接行くよ。」
「はい。じゃ時間に遅れないでね。」
「うん。まだ余裕あるから大丈夫。」
今日は知美と宗則の結婚式。しかも彼が言ったように、極々ささやかなもの。招待客にしても、仕事上、独立する上で引き抜いた信頼のあつい部下たちと、わずかな親友のみが呼ばれ、宗則は両親さえも呼ばなかった。
AM10:15
恵美のアパート前に知美と宗則が車でやってきた。
「お姉ちゃん、一緒に行こう。」
「え?あなたたちの方が早く行かないと準備に大変でしょ?あたしはあとで行くから先に行ってて。」
「お姉さん、ダメですよ。早めに行かないとお姉さんだって何かとバタバタしますよ。待ってますから一緒に行きましょう。」
「え、ええ。そう言っていただけるのなら・・すみません。じゃ急いで支度するわね。」
恵美は、知美たちに遠慮していた。自分がなるべく、この二人の時間に入り込まないように、そして邪魔にならないように気をつけていたのだ。今日も本来なら、一歩遅れて教会へ向う予定だった。
数分後、恵美の支度も整って、3人が車に乗り込み式場へと向う。
その車の助手席で知美はうかれ気分で言う。
「昨日までの長雨も、今日はまるでウソのよう。」
「自然も味方してくれたのね。おめでとう。知美。」
「ありがとうお姉ちゃん。そしてお姉ちゃんもね!」
「?」
AM10:50
まさに秋晴れの吸い込まれそうな青色が、空いっぱいに広がっていた。
3人は式場に着くと、待ち構えていたお世話係スタッフが近寄ってきた。
「お待ちしておりました。まずはお茶でも飲んでおくつろぎ下さい。」
3人はスタッフの指示通りに控え室に案内されて、熱いお茶を飲んだ。
知美のハヤる気持ちも落ち着いたようだった。
「じゃ、あたしは向こうにいるから、何か用があったら呼んでね。」
恵美がそう言ってその場を去ろうとする。
「ちょっと待って!お姉ちゃん。」
「どうしたの?知美」
「お姉ちゃんもよ!」
「・・え?どういうこと?」
「お姉ちゃんもこっち来て衣装合わせするのよ!」
「??何の衣装合わせなの?」
「もう、カンが悪いわね。ウェディングドレスに決まってるでしょ!」
「Σ('◇'*エェッ!?でも・・あたしは。。」
宗則が話をきり出した。
「お姉さん。心配ありませんよ。うちのスタイリストが数種類の衣装を持参してきてます。サイズは速攻、補正します。遠慮なくどうぞ。」
「そんな・・でも雄介さんが。。」
「実は雄介さんはもう知ってるんですよ。」
少し遡ることAM10:35
散髪が終った雄介は踊るような気持ちで教会に向っていた。
式場はこののどかな河のほとりにある。天気も今日は最高!時間にもまだ余裕がる。今日という日を噛み締めながら歩いて行こう!
雄介の足取りは軽やかだった。
普段は気にも留めない小鳥のさえずりさえ、今日は祝福の歌に聴こえる。遠くに広がる田園風景はいつにもまして風情がある。そして反対側の河川敷では子供たちが楽しそうに水遊びをしている。
みんな幸せそうだ。。俺も恵美を一生幸せにしないと。。
そしてあんなふうに自分の子供と元気で外で遊べるような・・・
あっ!!
そのとき、河川敷で遊んでいる子供のひとりが深みにハマった。どうやら川の奥へ進みすぎたようだ。
あぶないっ!流されるっ!
折りしも昨日までの長雨で、川は増水していた。しかも流れが速い。
子供はたちまち雄介の予測通り、流されはじめた。
「やばいぞ・・これは!」
雄介は流される子供と平行に走った。
「しまった・・携帯を忘れた!」
雄介は走りながら戸惑った。
「しばらく泳いでないが。。でもこのままだと間違いなくあの子は・・」
まわりを見回しても他に大人は誰も見当たらない。
誰か泳ぎが得意な人がいてくれたら・・
決断が早急に迫られていた。
「もう自分しかいない・・」雄介は意を決した。
「人をアテにしていては俺は恵美さえも守れない!よしっ!」
雄介は川に突進した。
冷たい川の水が思った以上に体力を消耗させる。
泳いで進んでいるというより、雄介も流されながら進んでいる。
「あと・・もう少し・・」
雄介は渾身の力で川の流れに抵抗しながらも子供に追いついた。
「問題はこれからか・・」
抱きかかえた子供と一緒に流されながらも、徐々に川の端へと向かう。
だが、冷たい水は急激に体力を奪ってゆく。
「どこか捕まるところは・・ないのか・・」
雄介のわずかな視界に、赤くチカチカ光るものが見えた。
「しめた・・助けだ。。うっ・・苦しい。でももう少し。。」
薄れゆく意識の中で雄介は懸命に泳いだ。
「死んで・・たまるか。。。恵美・・・恵美・・・」
(続く)