第1話〜5話
第1話
きっかけ
雄介はいつも仕事帰りに降りる駅を乗り越した。でもそれは居眠りいていたのでもなく、考え事をしてるうちに通り越したわけでもなかった。
原因は・・・そう、あの彼女だった。
雄介の帰りの電車にはいつも彼女が乗っていた。そして雄介が降りたあとでも彼女はそのまま電車と共に去って行った。
そんな状態が3ヶ月ほど続いていた中、雄介はついに意を決し、彼女のことをもっと詳しく知りたい一心で、最後まで跡をつけてみることにしたのだった。なかばストーカー的な行為に雄介自身の心の葛藤もあったが、好奇心と彼女への憧れの気持ちが勝っていたのである。
いわゆる一目ぼれ。。。でもそれにはきっかけがあった。
第2話
尾行
彼女は雄介の降りる1つ先の駅で電車から降りた。
雄介は気づかれないように、別な扉から外へ出て、彼女の跡を追った。
こんなことをして後ろめたい気持ちもあるが、好奇心を抑えきれずにはいられなかった。
最初は同じ方向へ帰り道を急ぐサラリーマンたちも数人いたが、歩いて5分ほどたつ2人減り、3人減り、ついに彼女ひとりだけが細い路地を歩いていた。閑静な住宅街を過ぎ、アパートの密集地域にやってきた。
雄介はある程度、距離をおいて歩いてはいたが、彼女が何かの拍子で振り向けば、目に付かないはずはないので、極度の緊張状態になっていた。
あたりはもう薄暗くなっていた。彼女は車のメイン通りからわき道にそれて、50mくらい歩いたところにある2階建てのアパートの階段を上って行った。
「ほほぅ。。。ここなんだ。。ひとり暮らしかもしれないな。。」
雄介は心持ち安堵した。もしも彼女の行き着く先が大豪邸で、そこのお嬢様だったらどうしよう。。。あるいは、誰か他の男と待ち合わせの約束でもしていたら。。。でも良かった。庶民的な家に住んでいるようだ。
雄介は自分勝手な判断で、彼女に親近感を覚えていた。
アパートの2階の一室に明かりがついた。
なぜか言いようもないほどの満足感に満ちた雄介は、一気に緊張もほぐれ、自分の自宅へ帰る決意をした。
「こんなことで嬉しいなんて。。俺も小っちぇな。あー腹減った。。」
帰り道の途中にコンビニがあった。小腹のすいていた雄介は店内に入り、食べ物を物色した。
「なんだよ。明太子マヨネーズがないじゃんか。。」
これは雄介の大好きなおにぎりであった。多少はがっかりしたものの、
カルビ焼肉があったので、それほど落胆せずに買い物を終えた。
そして自動ドアを出ようとしたとき、まさにそのとき、偶然にも「あの彼女」と鉢合わせになった。雄介の鼓動が大きくドクンと波打った。
「あ。。。」
「あ。。。」お互い同じセリフ。
「ど、どうも。。おひさしぶりです。。」と雄介。
「は、はい。以前はほんとにすみませんでした。ご自宅はこのお近くなんですか?」
「え?あ。。はい。そうなんですよ。」
「ではいつも同じ駅で降りてたんですね私たち。」彼女は少し微笑みながらそう言った。
「そうだったんですねぇ。人が多いから全然気づきませんでした。」
「うふ。じゃ今度から駅で気づいたら挨拶しますね。」
「は、はいっ!!じ、じゃこれで失礼します。」
雄介はコンビニを飛び出るとなぜか一目散に全力疾走で駅まで走った。
このような些細な会話でも、彼女と話せたことが嬉しくて嬉しくて、走らずにはいられなかったのである。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!!」
その後、雄介がとった行動は、朝の出勤時に自転車でとなりの駅前まで行き、通勤時間の彼女を見つけてホームで挨拶をしながら職場へ向う変則的な日々を送るのだった。
第3話
気になる人
「ただいま。。」恵美はアパートの玄関に着くと一息ため息をついてつぶやいた。
「おかえり、お姉ちゃん。どうしたの?体調悪い?。」
「ううん。別に。。」
「お姉ちゃん、隠し事はダメだよ。悩んでたっていいことないから、何でもあたしには言ってよね。すっきりするよ。」
「うん。ありがとう知美。ちょっとね。。」
「ほらほら、そのちょっとが考え込む原因を作るのよ。また鬱になっちゃうよ!」
「人のことそんな簡単に鬱って言わないで!!」恵美の態度は急変した。
「あ。。。ごめんね。。お姉ちゃん。あたしつい。。」
知美は姉を監視し、見守る役目で実家から離れて同居していた。
姉の恵美もそのことはうすうす気づいてはいたが、自分も実家から出て生活する決心をしたとき、ひとりで暮らすのは正直自信がなかった。しかし、そうするしか方法がなかった。もう実家には。。いや、この町にはいられなかった。だから知美が一緒に暮らしてくれるのを聞いたとき、心底嬉しくて安心もした。
「お姉ちゃん、ホントにごめん。でもお姉ちゃんにはいつも元気でいてほしいの。今までいっぱい苦しんだんだからこれからはもっと元気になってほしのよ。」
「うん。。わかってる。。でももう少し時間がかかるわ。。」
「急がなくていいよ。でも最近なんかあったの?おせっかいかもしれないけど、お姉ちゃん、ため息の回数が多くなったように思う。。」
いつもつい一言多くなってしまう知美だったが、姉に対する思いは人一倍強かった。
「あのね。。知美。最近ちょっと気になる人がいるんだけど。。」
「Σ('◇'*エェッ!??それってまた変態ってこと?怪しい人?」
「ううん。そうじゃなくて、好感持てる人ってことよ。」
「あ〜びっくりした。。。いい人ってことね。」
「ええ、悪い人には思えないけど。。毎日駅のホームで会うのよ。」
「駅員さん?」
「いいえ、同じ電車で出勤するサラリーマンだと思うわ。」
「へぇ〜、お姉ちゃんナンパされたってこと?」
「違うわよ。最初はあたしがその人に失礼をしたのが始まりで。。その後しばらくたってから、偶然そこのコンビニで鉢合わせしてから毎日駅で会うようになったの。」
「じゃその人もこのへんに住んでるのね?」
「聞いてないけど、多分そうだと思うわ。」
「でもちょっと変。。なんでコンビニで会ってから駅でも会うようになったの?もっと前から駅でわかっててもおかしくないのに?」
「あたしが前しか見てないからだと思うわ。他に関心なんてないから。知ってる人に偶然会うのも怖いし。今はまだ。。誰とも知り合いには会いたくないの。」
「でもそんなお姉ちゃんが気になる男の人ってあたしも気になるなぁ。。ね?どんな人?かっこいい?」
ごく普通の人よ。でも優しくてすごくさわやかそう。」
「(!o!)オオ! (!o!)オオ!いいじゃんいいじゃん!お姉ちゃんに春が来そうね。」
「まだそんな段階じゃないわよw知美ったらもう。」
「あたしも早く彼氏作ろっと。」
「知美は彼氏より先に大学受験があるでしょ!勉強しなさい。」
「彼と一緒に勉強すればもっとはかどるわよ。」
「ものは言いようねw」
2階のアパートの一室で、こんな姉妹の会話が流れているさなか、外では雄介が灯りのついた窓を眺めていた。
「よし!明日彼女に言おう。俺と付き合ってくれるだろうか。。。」
こうして雄介はまた駅の駐輪場から自分の自転車に乗り、帰途につくのだった。
第4話
悪しき同僚
「雄介、今夜飲みに行かねぇか?」
職場での昼休み。家も近所で同僚の福永良太が声をかけてきた。
「あー。。。えと。。今日はちょっと。。」
「なんだよ、付き合いわりぃな。もう何回断ってんだよ。お前飲めるやつじゃん。体調でも悪いのか?」
「いや別に。。あ、ちょ、ちょっと疲れ気味かな。」
「だから飲んで気分転換しようってんじゃん!あんなぁ、雄介。俺だからお前を誘ってるんだぜ?他の連中だったら2回も3回も断られたら、もう2度と話しかけねぇぞ!」
「うん。。。それはわかるけど。。」
「全く煮え切らない奴だな。お前オタクだったのか?家に帰って着せ替え人形の世話でもしてんのかよ?」
さすがの温厚な雄介も今の良太の発言にはムッとなった。
「あんなぁ、人には誰にも言えない事情があんだよ!何でもかんでも人に言えたらこの世に悩みなんてねぇんだよ!!」
「雄介お前、今悩んでるのか?」
「悪いけど今はノーコメントとしか言えない。」
「わかったよ。もう聞かない。何か事情があることさえわかれば納得したさ。じゃな。。」
と言って、良太は自分のデスクに戻っていった。
午後からの雄介は仕事にならなかった。頭の中で今夜どう告白するか、自問自答しながら、あーでもないこーでもないと繰り返し思いを巡らせていた。
『ストレートに言って断られたらどうしよう。。じゃそのときは友達でいいからお願いします!。って言おうか。。それとも最初でのうちに、友達からお願いします!って言った方がいいのか。。いやダメだそんなんじゃ。きっと後悔する。あ、しまった!そういえば彼女に彼氏がいるかどうかもまだ知らないのにこんなこと言っていいのか。。。ヤバイ、全然確認してなかった。。』
雄介がデスクでぼーっと考えごとをしているのに気づいた良太は、けっこうカンが鋭い人間であった。
「ははぁ。。雄介のやつ。。女だな。。よし、帰りに跡をつけてみるとするか。」
雄介と違い、良太はマイカー通勤だったので、自宅が近所であっても二人は、出勤時や退社時に一緒の道を帰ることはなかったが、この日良太はマイカーを会社の駐車場に停めたまま、気づかれないように雄介から間隔をあけて、電車に乗り込んだ。
雄介はいつも彼女が乗り込んで来る車両を熟知していた。以前からそれは知っていたが、その時は近寄れなかった。でも最近は、例のコンビニで彼女と偶然鉢合わせになって以来、車両の入り口付近に立って挨拶をすることができるようになっていた。
そして今日もその瞬間が来た。良太が遠くから見ているとも知らずに。
「こんばんわ。お疲れさま高瀬(←恵美のこと)さん。」
「こんばんわ。お疲れ様です。田口(←雄介のこと)さん。」
二人はお互い苗字を交せる程度にはなっていた。
「田口さんていつもまっすぐ帰宅されるんですね。寄り道とか、飲んで帰ったりしないんですか?」
「あぁ、僕はあんまり酒は特別好きというわけじゃないんですよ。」
『うそつけ!酒飲むと態度でかくなるじゃねぇか雄介め!』
良太は帰宅ラッシュの満員電車のかげから耳を大きくして聞いていた。
「しかし予想は図星だったな。雄介のやつやっぱり。。しかもすげぇ可愛いじゃんか。。雄介にはもったいない。。どうやらまだ深く付き合ってないようだし。。俺にもチャンスあり。。だな。( ̄ー ̄)フフフ」
自宅の駅に近づいたのに、雄介が降りる気配すらないので、良太の好奇心は益々膨らみ、彼もまた行動を共にするのだった。
いつものように、恵美の降りる駅で一緒に雄介も降り、そのあとを良太も追った。
改札口を出たところで、恵美と雄介は立ち止まってお互い今日のお別れを言うのが恒例になっていた。
「それじゃさよなら。田口さん。」
「あ、高瀬さんちょっと。。」
「え?はい?」
「あの。。えと。。高瀬さんは彼氏とかいるんですか?」
「。。。いえ。。今は。。誰も。。」
雄介の鼓動の高鳴りは最高潮に達した。そして自分に言い聞かせた。
『ここでかんだらいかん。絶対いかん!しっかり自分の気持ちを言わないと。』
一方、良太は改札口付近の柱のかげから様子を伺っていた。
「高瀬さん。もし僕で良かったら。。お付き合いしてもらえませんか?」
「。。。。。」
彼女の反応の遅さに雄介は心臓が飛び出そうになっていた。
『この瞬間の時間は長い!長すぎる!!』
そして恵美はようやく重たい口を開いた。
「すみません。。そのことはもう少し考えさせて下さい。。」
「え。。。?」
「あ、いえその、田口さんがイヤっていうんじゃなくて。。あたしの気持ちがまだ不安定なんです。」
「はぁ。。」
こう彼女に言われては、雄介はどう言葉を返したらいいのか全くわからなかった。緊張とショックで頭の中も真っ白だ。
「でもあたしの気持ちが不安定なのは、田口さんのせいではないんです。いろいろあって。。ごめんなさい。お気持ちとっても嬉しいです。でもあと少し時間を下さい。じゃさようなら。。」
そう言うと恵美は足早にその場から去って行った。
「。。これって、フラレたわけじゃないよな?うん、確かに彼女は嬉しいって言った!きっと何か事情があるに違いない。相談にのってあげたらいいかもしれないな。。」
今日の結果は出なかったが、雄介はある程度の自信を得た。
そして彼女の言ってくれた『嬉しいです。』の言葉を頭の中で何度もリピートしながら、彼も足早に自転車で帰途に急いで行った。
ひとりその場に残って考えていた福永良太。
「(* ̄ー ̄*)フフ。。雄介め。わざわざ自転車をとなりの駅まで置きやがって。。しかしあの彼女。。本当に可愛いぜ。。絶対俺のものにしてやるさ!(☆∇☆) キッラ-ン!」
不敵な笑みを浮かべながら良太も駅を後にした。
第5話
小悪魔の陰謀
恵美は自宅で深いため息をついていた。このため息がいつものものとは違うことを妹の知美は見逃さなかった。
「お姉ちゃん、何かあったの?職場のこと?それとも例の気になる男の人のこと?」
「うん。。あのね知美。。告白されちゃった。」
「Σ('◇'*エェッ!?やったじゃないお姉ちゃん。これで片思いじゃないことがわかったし、悩む必要ないじゃないの。」
「そうなんだけどね。。でも田口さんのことよく知らないもの。。」
「(・〜・) ふぅん。田口さんって言うんだ。最初から何でも知ってるわけないでしょ。付き合ってみて初めてわかるもんじゃない?」
「そんなこと理屈ではわかってるんだけど。」
姉が煮え切らない理由を知美はもちろん知ってはいたが、それではいつまでたっても先に進まない。姉の病んだ精神は何かきっかけがなければならないと知美は考えていた。
「お姉ちゃんの不安な気持ちはよくわかるわ。じゃ明日お姉ちゃんの出勤のときあたしも一緒について行ってあげる。」
「なんで知美が?」
「こう見えてもあたしって結構男の見る目あるのよ。その田口さんて人を査定してあげるわよ。」
「外見だけじゃわかるはずないでしょ。」
「そりゃそうだけど、ある程度は表情の豊かさとか、話し方の物腰とかで判断できるものよ。」
「へぇ。。知美、占い師にでもなったら?」
「ちょっとはそれも頭にあるんだけどねwま、あたしの予備校も明日は午後からってこともあるしね。」
「それが理由?彼を見たくてしょうがないからじゃないの?」
「う!図星w」
恵美は妹の知美を頼もしいと思っていた。自分と違って気が強いし、物事をはっきり言えるタイプだからだ。
『姉と妹が逆転してくれたら良かったのに。。』恵美はいつもそう思っていた。
翌日の朝、いつものように駅のホームで雄介と恵美は挨拶を交わした。
「高瀬さん、おはようございます。昨日は突然びっくりさせてすみませんでした。」
「いえ、私こそ田口さんが気を悪くしたのではないかと。。」
「そ、そんなこと全然ないです。あの。。返事はゆっくりでいいですから。こうしてあなたと普通に会話するだけでも僕は嬉しいんです。」
恵美は真っ赤になって、雄介と目を合わせることができなくなった。
そのとき、その場から少し距離をおいてついて来ていた知美が二人の間に立った。
「はい、お姉ちゃん。家に携帯忘れてたよ。」
「あ。。ほんとだ、ないわ。。ありがとう知美。」
「お姉ちゃん、そそっかしいから気をつけてよね。」
しかし事実は違っていた。恵美が携帯を忘れたのではなく、まだ家を出る前に、知美が恵美のバッグから携帯を抜き取ったのであった。
それは雄介と恵美の間を割って、話すきっかけを作る口実であった。
「はじめまして。妹の高瀬知美と言います。いつも田口さんのことは姉から聞いてます。」
「は、はぁ。」
「知美!恥ずかしいからそんなこと言わないで!」
「あ、ごめんお姉ちゃん。でも田口さんて、すごくいい人そう。」
「あはは。。なんかそんなこと言われると僕の方が恥ずかしいですよ。」
「お姉ちゃん、今度うちに遊びに来てもらったら?あたしもいるんだし、安全よw」
「もう。。知美ったら。。」
そのとき恵美は思った。『知美はどうしてここまでおせっかいなんだろう?心配してくれるのは嬉しいんだけど。。話が急に進みすぎる。。あたしがモタモタしすぎてるのかしら?知美があたしを立ち直らせるために、きっかけを作ってくれてるのかしら?』
しかし、恵美の予想は違っていた。
知美はなんと、雄介を見たその瞬間、彼に好意を抱いてしまった。
以前から恵美に、雄介のことを色々聞かされて、知美のイメージの中で彼に対する創造がどんどん膨らんでいった。
するとそのうちに、このまま姉がいつまでも煮え切らないのなら、自分が彼と付き合ってしまおうと思い始めていたのである。
決して姉に敵意などない知美でだったが、今現在、恋に飢えている自分を隠せなかった。そして、抱いていたイメージと、雄介が合致してしまったのである。
さらに、知美には小悪魔的要素があった。
姉の恋を応援はしているものの、それが徐々に自分に取って代わるためにはどうしたらいいのか、考えはじめていた。
その駅での光景をそばから見ている福永良太がいた。
「妹か。。利用できるな。。よし!」
恵美と雄介は予想もしない渦に巻き込まれてゆく。。。。
(続く。。。)