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「もう。遅いよ、マリエ姉ちゃん、ヘンリエッタ姉ちゃん」

 そんな文句を言うトウヤは、けれど満面の笑みを浮かべている。


 ついさっきまで、みんなで泣いていたのが嘘のように、その笑顔は輝いている。


「マリエさん、ヘンリエッタさん。もう皆さんも待ちきれないみたいですから、早く来て下さい」

 そう言うミノリ自身が一番待ちきれないような、少し高揚した声で、遅れてパーティー会場である<記録の地平線>のギルドホールに戻ってきた、マリエールとヘンリエッタを急かす。


「ごめんな、堪忍してや」

「まっ、マリエ。そんなに引っ張らないで下さいな」

 笑顔で謝罪の言葉を口にするマリエールと、彼女に引っ張られながら困り顔で戻ってきたヘンリエッタ。これでようやく今回のパーティーの参加者が全員そろった。


「ヘンリエッタさん……」

 アシュリンはヘンリエッタが戻ってきたことに安堵した。


「…………」

 リオンは言葉を口に出さなかったが、アシュリンは、彼が自分と同じようにヘンリエッタが戻ってきてくれたことを喜んでいることをその表情で理解した。


「……リオンさん」

 リオンの目は赤い。あれほど泣き続けていたのだからそれもしかたがないとアシュリンは思う。けれど、リオンは笑っていた。憑き物がとれたかのように、今度は逆に嬉し涙で号泣してしまいそうなほどに、瞳を潤ませながら笑顔を浮かべていた。


「アシュリン。申し訳ありませんが、準備をお願いできますかにゃ?」


 アシュリンが「はい」と応えると、にゃん太はアシュリンを軽々と持ち上げて、椅子の上に立たせてくれた。そうしないと小柄なアシュリンでは、高いテーブルの上まで手が届かない。わざわざ自分のために配慮してくれたにゃん太に感謝をし、アシュリンは眼下の大きな箱を見つめる。パーティーの参加者全員の視線がその箱に集まっていることが分かった。


 アシュリンが、ふとテーブルを挟んで向かいに立つリオンに視線を移すと、彼が緊張した面持ちをしていることに気づいた。


「……大丈夫です。リオンさんのケーキは、『魔法のケーキ』。みんな喜んでくれますよ」

 心のうちでリオンにそう言い、アシュリンは笑顔を浮かべる。


「大変お待たせ致しました。参加者全員が揃ったようですので、先のケーキコンテストで見事に優勝された<三日月同盟>のリオンさんが、今回のパーティーの主役二人のために作成したケーキを皆さんに披露し、お召し上がり頂こうと思います」

 シロエがそう告げると、参加者から拍手と歓喜の声が上がる。


「リオンさん、アシュリン。お願いします」

 シロエの声を受け、リオンがケーキの箱の蓋を持ったのを確認し。アシュリンも同じようにもう一つの箱の蓋を掴む。

「アシュリン、準備はいいかな?」

「はい!」

 笑顔で応えて、アシュリンはリオンの合図と同時にケーキの蓋を持ち上げた。すると、参加者から歓声が巻き起こった。


 その大きな二つのケーキには、『みんな』が居た。


「……すっ、すっげー! すっげーよ、リオンさん!」

「……これが、リオンさんが私達のために作ってくれたケーキ……。すごい、すごいです。……ごめんなさい。それ以外に言葉が出てきません……」


 驚きで目を輝かせて嬉しそうにはしゃぐトウヤと、感極まったように涙を浮かべるミノリ。


 純白の生クリームのケーキには、トウヤとミノリ、そしてシロエの<記録の地平線>のメンバーを模して可愛らしくデフォルメされた人形が、もう一つの向日葵を連想させる穏やかな黄色のケーキには、マリエールとヘンリエッタ、小竜といった<三日月同盟>のメンバーを模した人形が中心に集まっている。そしてその他のメンバーたちも、二つのケーキの至る所に配置されていた。


 その可愛らしい人形一つ一つが異なる仕草をしていて、どれひとつとして同じものがない。そしてその仕草や表情が、そのモデルとなった人物の性格を表していた。


 <記録の地平線>のケーキの上では、トウヤとミノリが二人で並んで笑顔を浮かべていて、その二人を見守るシロエが微笑んでいる。そして、そんなシロエ傍らには小柄な黒髪の忍者と大鎧を身につけた戦士が居て、少し離れたところにいるにゃん太が、フライパンを片手に目玉焼きを焼きながらその様子を横目で見て微笑んでいる。


 もう一方の<三日月同盟>のケーキでは、マリエールは満面の笑みを浮かべながらクマのぬいぐるみを抱いて座り、その横では、帳簿を片手に「やれやれ」といった表情でマリエールを見るヘンリエッタがいる。そして、その二人を守るように真剣な眼差しの小竜が立っているかと思えば、少し離れたところには、皮肉めいた笑みを浮かべて逃げる飛燕と、それを追いかける明日架がいて、その傍らには、どうしたものかと戸惑うリリアナがいて……。


「そして、最後にこれを乗せて……完成です」

 リオンは、チョコレートで作られた淡い橙色の橋をその二つのケーキに掛けた。その橋の両端には、橋を作る作業をしている、もう一体のシロエとマリエールの人形が添えられている。


 <記録の地平線>と<三日月同盟>の友好を表し、トウヤとミノリが<三日月同盟>を離れても、そのつながりは消えないという思いが込められたその演出に、参加者から再び歓声と拍手が巻き起こる。


「俺ってこんなに目つき悪いか?」

「ああっ、そっくりだろう」

「ふむ。このトンカチを持った主君も、普段とは違ったイメージで悪くないな」


 ケーキを見つめる人達は、まずケーキの上で自分を探し、その後、友人たちが何処に居るかを探して、その感想を述べ合う。


 箱の蓋をテーブルに置き、にゃん太に椅子から下ろしてもらって、アシュリンはそんなみんなのやりとりに笑顔を浮かべる。


「……良かった。やっぱり、リオンさんのケーキは『魔法のケーキ』なんだ。みんな笑顔になっている。喜んでくれている」

 アシュリンは、視線を移し、トウヤとミノリの二人に囲まれ、彼らにねだられてケーキの解説をしている笑顔のリオンを嬉しそうに見つめる。


「リオンさんが笑顔を取り戻してくれたのは、トウヤ君とミノリちゃんが、リオンさんの気持ちを分かってくれたから。そして……」

 アシュリンは視線を更に移し、リオンのケーキを見て、それを愛おしそうそうに、けれど泣きだしてしまいそうな表情で見つめるヘンリエッタに感謝した。


「ヘンリエッタさんが、そのきっかけを作ってくれた。リオンさんを救ってくれた……」


 突然、トウヤとミノリの二人を連れて現れ、リオンと口論を始めた時には、あまりのことに驚き、オロオロするばかりで何も言えなかった。そして、分からなかった。ヘンリエッタがそのような行動をとった理由が。


「ヘンリエッタさんは、ここまで分かっていたんだ。リオンさんが、トウヤ君とミノリちゃんときちんと話をしないといけない事を分かっていたんだ……。だから、わざとリオンさんに厳しいことを言って……」

 ヘンリエッタは理解していたのだ。リオンをどうすれば救うことが出来るのかを。何も分かっていなかった自分とは違って。


 アシュリンは、リオンの言う『特別なケーキ』が完成して、それをトウヤとミノリに食べてもらうことが出来れば、リオンは笑顔を取り戻せると、彼を助けることが出来ると信じ込んでいた。そしてそれだけでは駄目だという事に気づいても、どうすればいいのか分からなかったのに。


「……凄い。凄いなぁ、ヘンリエッタさんは……」

 これが、子供と大人の違いなのかもしれない。アシュリンもリオンを助けたいと思って全力で頑張った。それなのに、それは何の意味もない事だった。そんな残酷な現実がアシュリンに憂いを抱かせていた。


「アシュリン……」

 背中からかけられた声に、アシュリンは振り向く。するとそこには、神妙な面持ちのシロエが立っていた。


「ごめん、ちょっといいかな?」

「あっ、はい……」

 ケーキに見惚れる人達を尻目に、シロエに連れられて、アシュリンは大広間の隅に場所を移す。


「その、君に謝らなくちゃいけないことがあるんだ……」

 シロエの口から、予想外の言葉が漏れた。


「……謝らなければいけないこと、ですか?」

 思わず疑問の声を上げたアシュリンに、シロエは頷く。


「話そうかどうか迷ったんだけど、君が悲しそうな顔をしているのが見えたから……。すまない。君は何も負い目を感じることはないんだ。すべて、僕の仕組んだことなんだ」


 シロエはそんな前置きをしてから話してくれた。今回の一連の事柄の真実を。ケーキコンテストを開催した本当の目的。そして、<ハーメルン>の復活という虚言とアシュリンを利用してリオンをケーキコンテストに参加させた事を。


「……すまなかった。君を深く傷つけてしまったと理解している。君が責任を感じていることを知りながら、僕はそういう手段を使った。辛い思いをさせた。

 だから、君が責任を感じることは何ひとつない。全て僕が……」


「どうして、シロエさんが謝るんですか?」

 悲痛な面持ちで自分に謝罪するシロエに、アシュリンはそう尋ね、笑顔を浮かべた。


「……えっ?」

 呆然とするシロエに、アシュリンは言葉を続ける。


「シロエさんは、私の無理なお願いを叶えてくれたんですよ。リオンさんとヘンリエッタさんを救ってくれたんです。……私は本当に何もできなかったから、少しでもリオンさんとヘンリエッタさんを助ける役に立てなのなら、それで十分です」

「…………」

 笑顔を浮かべるアシュリンに、シロエはしばらく呆然としていたが、不意に、


「凄いね、君は……」


 そう言って、今回の依頼を頼みに行った時のように、何故か悲しげに微笑んだ。


「……私は、凄くなんてないです。凄いのはシロエさんたちです。子供の私にはできないことを、思いもつかないことをすることが出来るんですから……」


 アシュリンには、シロエが自分の何を褒めるのか分からない。こんなに何もできなくて、周りの人に迷惑をかけて、助けてもらうことしかできない自分の何が凄いのか分からない。


「……『格好悪い』って、思ったんだ……」

「……えっ? シロエさん?」

 唐突にそう言い出すと、シロエはアシュリンに構うこと無く話を続ける。


「<円卓会議>が出来上がる以前の、この<アキバ>の街を。大規模ギルドが小さなギルドを小馬鹿にする様を、みんなが下を向いて歩いている事態を、そう思ったんだ。

 そして、それが嫌だったから、僕はみんなの力を借りて自分の我がままを通した。しかも、もしこの街のみんなが現状から変わることを望んでいないのならば仕方がないと、失敗した際の責任を他人に押し付けてね……」

「シロエさん……」

 アシュリンの呼びかけに、シロエはやはり応えない。


「マリ姉や、トウヤとミノリ達を助けたいという気持ちもなかったわけじゃない。でも、一番の理由は、ただ『格好悪い』のが嫌だったからなんだ。

 そして、幸いな事に、僕にはそれを行うことが出来る仲間がいてくれた。力があった。だから実行した。僕がしたことなんてそれだけの事なんだよ。

 アシュリン。君のように、力がなくても誰かのために何かをしようとしたんじゃない。どんなことがあっても、その誰かを助けたいと強く願っていたわけじゃないんだ。

 今回のこの結末だって、君とヘンリエッタさんが……」


「……あの、その……」

 何と言えばいいのか分からずに困惑するアシュリンに、シロエは苦笑いを浮かべた。


「……ごめん。変な話をしてしまった。……そして、ありがとう。君の依頼を受けられてよかった。いろいろ『考える』ことができたよ」

「そっ、そんな、こちらこそありがとうございました」


 何故、シロエが自分に礼を言ったのか、アシュリンには分からない。シロエが突然あんな話を始めたことも、考えることができた、と言ったのかも分からない。


「主君。これからケーキをカットするようだ。最初に、ミノリとトウヤが味見をする。主君がそれを見届けなくては駄目だ」

 いつの間にか、小柄な少女――アカツキがシロエの背後に回りこみ、そう声を掛けた。


「あっ、ああ。分かっているよ」


 突然背後から声をかけられたことに驚きながらも、シロエはアカツキにそう応え、アシュリンに「戻ろうか?」と声を掛けてくれた。

 アシュリンは「はい」と頷き、アカツキを含めて三人でケーキを載せたテーブルに駆け戻った。


 アシュリン達が戻ったのは、ちょうどリオンがケーキをカットし、それを皿に乗せて、トウヤとミノリに渡すところだった。


「やっと、やっと君たちに僕のケーキを食べてもらうことができる。ありがとう……」

 ケーキを二人に手渡し、リオンは今にも泣き出しそうな声で二人に礼を言う。


「リオンさん。お礼を言うのは私達の方です。ありがとうございます」

「ミノリの言うとおりだぜ。ありがとう、リオンさん」


 ミノリとトウヤは御礼の言葉を返し、二人で合図をして同時にケーキを口に運んだ。そして、二人は満面の笑顔を浮かべた。


「……すっ、凄い……。こんなに、こんなに美味しいケーキを食べたのは生まれて初めてです!」

「すっげー! すっげーよ、リオンさん。本当に、本当に旨い、旨いよ。こんなにすげーケーキを俺たちのために作ってくれて、ありがとう」


 二人の絶賛と感謝の言葉に、リオンは目頭を抑えて懸命に涙を堪えようとしたが、


「ははっ、ありがとう。本当に、ありがとう。僕のケーキを食べてくれて……。喜んでくれて、ありがとう……」


 結局耐え切れずに、涙で顔を濡らしてしまった。


「……よかった、リオンさん……」

 アシュリンも思わずもらい泣きをしてしまった。


 やっと、リオンさんの『魔法のケーキ』が、リオンさんも笑顔にしてくれた。アシュリンはその感動で胸が一杯になった。


 このリオンさんたちの笑顔を見られたのは、みんなのおかげ。シロエさんのような凄い人達が力を貸してくれたおかげなのだ。


 もちろん、みんなを幸せにするケーキを作れるリオンさんも凄い。ヘンリエッタさん、マリエールさんもそうだ。そして、リオンさんのことを分かってくれた、トウヤ君とミノリちゃんも、シロエさんに力を貸してくれたであろう<記録の地平線>の人達も、明日架さん達<三日月同盟>のみんなも凄くて、優しい人たちばかりだ。


 アシュリンは誇りに思う。自分がこんなすごい人たちの一員であることを。でも……。


「すっ、すみませんでした。直ぐに切り分けますので」

 リオンは涙で濡れた顔を洗って再び会場に戻ってくると、大慌てでケーキの切り分けを再開した。


 パーティーの参加者全員分を切り分けなければいけないうえ、ケーキが二種類もあるのだからリオンは手を休める暇もない。


 頑張っているリオンに心のうちで声援を送り、彼の姿を嬉しそうに、そして少し物憂げにアシュリンは見つめていたのだが、


「アシュリン。どうぞですにゃ」


 不意ににゃん太が声を掛けてきて、手にしていた皿をアシュリンに差し出した。そこには、今回のケーキが、<三日月同盟>側の淡い黄色のケーキが乗せられていた。しかも、リオンの人形も一緒だった。


「にゃん太さん……。ありがとうございます」

 アシュリンはそれを受け取り、お礼を言う。


 しかし、アシュリンはすぐに食べようとはせずに、にゃん太が持って来てくれたケーキと、リオンの姿を模した人形を見つめる。


 この、マジパンで作られた<三日月同盟>と<記録の地平線>のメンバーの人形をケーキに乗せる案は、アシュリンが出したもの。そして、リオンがそれを採用し、にゃん太に協力をお願いして、彼に両ギルドのメンバーをイラストにして貰ったものを参考にして作ったのだ。


「……そう言えば、リオンさんは……」

 このケーキを作っている時に、リオンは自分の人形を作るのを拒んでいた。「僕はギルドホールを飛び出た人間だし……」と彼は言い訳をしたが、そこはアシュリンが頑なに譲らなかった。「みんな」が居ること。それが何よりも大事なのだと言って。


「主君、その、ケーキを切り分けてもらってきたぞ」

「シロエさん、ケーキをどうぞ」

 不意に聞こえてきた二人の少女の声に、アシュリンがそちらに目を移すと、シロエに切り分けられたケーキを乗せた皿を差し出す、アカツキとミノリの姿がそこにあった。


「あっ、いや、僕はそんなに……」

 戸惑うシロエにケーキを差し出す二人の少女は、期せずして同じ姿勢だった。

 シロエに差し出すケーキには、彼女たち自身の人形が乗り、自分の背中に隠したケーキにはシロエの人形が乗っている。


「やはり、シロエちとマリエールっちの人形は、二つ作って貰って正解でしたにゃ」

「ふふっ。そうですね」


 にゃん太に同意し、アシュリンは微笑む。にゃん太の提案で、二つのケーキを繋ぐ橋にシロエとマリエールの人形をもう一種類、リオンに追加してもらった。


「うちのギルマスと<三日月同盟>のギルマスは、人気者なのですにゃ」

 怪訝そうだったリオンも、にゃん太のその言葉に事を察して作ってくれたのだ。


「……にゃん太さん。ありがとうございました。にゃん太さんが、あの時私を助けてくれて、力になってくれたお陰で、リオンさんは笑顔を取り戻せました。それに、きっとヘンリエッタさんも……」

 そう御礼の言葉を口にしながらも、アシュリンの顔には憂いが浮かんでいる。


「いやいや、吾輩は何もしておりませんにゃ」

 にゃん太の謙遜に、アシュリンは小さく首を横に振る。


「……シロエさんから今回のケーキコンテストの話は全部聞きました。にゃん太さんがリオンさん達のためにいろいろ頑張ってくれたことは分かっています。本当にありがとうございました」

「……そうですかにゃ。シロエちから話を聞いたのですか。でも、吾輩は大したことは本当にしていませんのにゃ」

 にゃん太の言葉に、アシュリンは顔を俯けた。


 大したことはないと、にゃん太は言う。けれど、リオンを唸らせる程のケーキを作るのは並大抵の苦労ではなかったはずだ。


 やっぱり、にゃん太さんも凄い。自分とは大違いだとアシュリンは思う。


「……脱帽ですにゃ。餅は餅屋。ケーキはケーキ屋さんですにゃ」

 にゃん太はケーキを一口し、苦笑してそんな感想を呟いた。


「…………」

 アシュリンはケーキに手を付けず、ただリオンの人形を見つめる。


「どうしましたにゃ、アシュリン」

 自然と浮かない顔をしてしまっていたのだろう。にゃん太が心配そうに尋ねて来る。全てを受け止めてくれそうな優しい声で。リオンの過去を知って辛くて仕方がなかった、あの時のように。


「……もう少し、何かできなかったのかなって思っていたんです。リオンさんとヘンリエッタさんのために何かできなかったのかなって……。私はほとんど何もできなかったから。それが、悔しくて……」

 その優しい気遣いに感謝し、アシュリンは打ち明けた。自分の素直な気持ちを。


「そんなことは決してありませんにゃ。アシュリン、貴女が頑張ったおかげで、リオンさんとヘンリエッタさんも、そしてあの姉弟も救われたのですにゃ」


 穏やかで温かな声で、にゃん太はそう断言してくれた。だが、


「……私は、自分がどれだけのことができたのか分からないんです。子供の私にできることなんてほとんどなくて。それに、そのできたことなんて、みんな当たり前のことばかりで……」


 にゃん太の言葉を、アシュリンは素直に受け止めることができなかった。自分を気づかって優しい言葉を掛けてくれているようにしか思えなかった。


「……『当たり前の事』ですか……。ふふっ、眩しいですにゃ……」

 にゃん太はそう呟くと、目を細めて笑みを浮かべた。


「……にゃん太さん……」

 そのにゃん太の笑みに、アシュリンは目を奪われた。


 それは、優しさも、嬉しさも、悲しさも、哀れみも、諦めさえ含みながらも、それら全てを愛おしんでいる微笑み。


 幾つもの感情が織り交ぜられたそれが何なのかは見当もつかない。けれど、それがただの微笑みではないことだけはアシュリンにも理解できた。


「……アシュリン。こんなお話をご存知ですかにゃ?」

 突然、にゃん太はそう言って話し始めた。


 それは、とても有名な物語。アシュリンもよく知っている、幼い女の子が主人公の物語だった。

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