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(2)

「やぁ、いらっしゃい。珍しいね。セララさんではなく、今日はアシュリンが班長と一緒なんだ」

 シロエは微笑み、突然の来訪を歓迎してくれた。


 にゃん太に案内されてアシュリンがたどり着いたのは、<記録の地平線>のギルドホール。そしてその中のシロエの仕事場だった。


 にゃん太に事の次第を話すと、シロエの協力が必要だと彼は言い、ここまで案内してくれたのだ。


「シロエち。ひとまず話を聞いて頂けませんかにゃ。彼女から一つ依頼をされたのですが、吾輩だけでは役者不足なのですにゃ」

 にゃん太はそうシロエに告げると、アシュリンのための椅子を部屋に持込んで、そこに座るよう勧めてくれる。


 にゃん太の回復アイテムで足の痛みは癒やされていたが、アシュリンは素直にその厚意に甘える事にした。


「……班長で役者不足ですか。分かりました。話を聞かせてもらいます」

 穏やかな笑みを浮かべていたシロエの顔が、引き締まったものに変わる。


「何度も話をして頂くのは酷な内容ですので、我輩から概略を説明させていただきますのにゃ」

 アシュリンの事を慮って、にゃん太は分かりやすくこの一連の出来事をシロエに説明する。涙ながらに話した要点を得ない説明を、きちんと聞き取ってくれたことにアシュリンは驚き、そして心のうちでにゃん太に深く感謝する。


「……なるほど。これでようやく話が繋がった」

 にゃん太の説明を聞き終えると、シロエは合点が言ったとばかりに頷く。そして視線をにゃん太からアシュリンに移し、


「でも、アシュリン。君は随分と無茶をしたんだね。同じギルドメンバーとはいえ、さして面識のなかった人の家に通ったり、疲れ果てるまで街を歩き回って情報を集めたりするなんて……」 

 そう言って苦笑する。


「あっ、あの、すみません……」

 シロエさんの様な頭のいい人にとっては、自分の行動は浅はかなものに見えたのだとアシュリンは思った。


「あっ、ごめん。責めているわけじゃないんだ。気にしないで……」

 そう言って、一瞬シロエが憂いを含んだ顔をしたことにアシュリンは気づく。だが、それが何故なのかは分からない。


「どうですかにゃ、シロエち。この一件、力を貸して頂けませんかにゃ?」

 にゃん太がそう言ってシロエに協力するよう促してくれたが、シロエは直ぐには首を縦に振らない。


「『<三日月同盟>の仲間を助けて欲しい』というのが、君の依頼だよね。でも、そこまで僕達が関与してしまってもいいのかな? <三日月同盟>の内部のことに、他所のギルドが首を突っ込むのは望ましいことではないと思うんだけど……」


 物言いは穏やかだが、シロエは困り顔で正論を言い、


「それに、僕はマリ姉から今の話を聞いている。『話を聞くだけでいいから』と言われて相談を受けていたんだ。もっとも、こんなに詳しい内容は聞いていなかったけどね」


 そう付け加えた。


 シロエの言葉に、アシュリンはようやく自分のしている事の重大さに気づく。


 マリエールが、ギルドマスターが求めている以上のことを求め、そのために自分たちのギルドの情報を他所のギルドに漏らしている。「越権行為」と言う単語は分からずとも、アシュリンにも自分のしていることが良くないことだということは理解できた。


 だが、リオンとヘンリエッタの事を思いだし、アシュリンは素直な思いを口にする。


「それでも、それでも私は二人を助けたいんです。私は何も出来ないかもしれませんけれど、それでも何かをしたいんです。これ以上、リオンさんにも、ヘンリエッタさんにも悲しい思いをしてほしくないから……。

 私が勝手なことをしていることは分かります。そのことについてはきちんと後でマリエさん達に叱られて、許してもらえるまで謝ります。ですから、どうかお願いします。力を貸してください!」

 アシュリンはそう言って席を立ち、頭を下げて懸命に頼み込む。


「……どうして、どうして君はそこまでしようとするのかな? 君がマリ姉やヘンリエッタさんに助けてもらった恩がある事は知っているけれど、リオンさんとは最近親しく話すようになったばかりなんだよね? なのに……」

 シロエが何故そのようなことを聞くのか、アシュリンには分からない。


「私にとても優しくしてくれたんです。同じギルドの仲間なんです。そして今、苦しんでいるんです。だから助けたいと、どうにかしてあげたいと思うのは当たり前のことじゃないですか?」

 失礼だとは思ったが、他にどんな理由が必要なのか分からず、そうアシュリンは尋ね返す。


「……そうか。うん。そうだね。……当たり前のことだね……」

 シロエは一瞬言葉に詰まり、そう言って何故か寂しげに微笑んだ。


 そんなシロエに、にゃん太が言葉をかける。


「シロエち。もう一度お願いしますにゃ。力を貸してもらえませんかにゃ? 吾輩が今朝、街の入口でヘンリエッタさんを見かけたのも、買い出しの途中でこうしてアシュリンと出会ったのもまったくの偶然ですにゃ。ですが、偶然も二度続くと、これは何かの天啓に思えるのですにゃ。

 そしてなにより、吾輩はこの少女の真摯な姿と想いに心を打たれましたのにゃ。それ故に、この身は魔法を使えぬ、年老いた『気球乗り』なれど、何とか彼女の手助けをしたいと思ったのですにゃ」

「……気球?」

 にゃん太の口から、どうして「気球乗り」などという単語が出てきたのか、アシュリンには全く理解できない。<エルダー・テイル>のサブ職業にもそんなものはなかったはずだ。


「……気球乗り? ……ああっ、なるほど。そういうことか……」

 アシュリンとは対称的に、シロエは意味がわかったのか、そう言って苦笑いする。


 にゃん太はその反応に口元を緩め、「流石はシロエちですにゃ」と彼を讃えるが、やはりアシュリンには二人のやりとりが分からない。


「シロエちには役不足なのは重々承知していますにゃ。しかし、先ほども言ったとおり『役者不足』なのですにゃ。申し訳ありませんが、頼まれてもらえませんかにゃ?」

 にゃん太の頼みに、シロエは頷く。


「分かりました。それじゃあ、僕のやることは、『考える』ことですね」

「そうですにゃ。無理難題とは理解していますが、なんとかよろしくお願いしますにゃ」

 アシュリンを蚊帳の外に、シロエは一人で納得したかと思うと、席を立ってアシュリンの眼前で頭を下げた。


「ごめん。いろいろ失礼なことを聞いてしまった。さっきも言った理由で、ギルドとして表立って協力することは出来ないけれど、僕個人、マリ姉達の友人の一人の冒険者として、君に協力させてもらえないかな? どうか、このとおり」

「いっ、いえ、そんな! 頭を上げて下さい。私、全然失礼なんて思っていませんから。あっ、あの、こちらこそよろしくお願いします。どうか力を貸してください」

 この<アキバ>の街を一変させた人物にとんでもないことをさせていることに、アシュリンは大慌てで自分も頭を下げる。


「ありがとう。それじゃあ、どうすればいいのか考えてみるよ。少し時間をもらえるかな?」

「はっ、はい。ありがとうございます」

 アシュリンは返事を返しながらも、不思議な気持ちでいっぱいだった。


 シロエさんが何故寂しげな顔をしたのかも、何故にゃん太さんが「気球乗り」などと言ったのかも、そしてそれを聞いたシロエさんがどうして積極的に協力を申し出てくれたのかもまるで分からない。分からないことばかりで、困惑することしか出来ない。


 そして、数日後、シロエから伝えられた策も非常に断片的で、やはりアシュリンにはその意図がまるで分からないものだった。





 少し相談したいことがあるんだけれど、との連絡を寄越した後に、<三日月同盟>のギルドホールを訪ねてきたシロエは、マリエールに思わぬ話を持ちかけてきた。


「ケーキコンテスト? それをうちが主催で行うん?」

 突飛な提案に、マリエールは思わず声を上げる。


「うん。食材の調理法が広まって、そろそろ、誰もが工夫をこらした自信作を作り出している頃じゃないかと思うんだ。そこで、そんな企画も面白いかと思ったんだけど……」

 苦笑交じりにシロエは言う。そしてそれを更にヘンリエッタが補足する。


「この<アキバ>の街において、正しい調理法で調理された料理を最初に販売した、我々<三日月同盟>の主催で行う事に意義があると思います。

 加えて、今後、<円卓会議>における我々のギルドの影響力を確かなものにするためにも、うちが主催で、他の<円卓会議>に名を連ねるギルドとともに何かを成したという実績を得ることは重要な事ですわ」


 そこまで言うと、ヘンリエッタは手にしていた書類をマリエールに手渡す。


「シロエ様から事前に私に相談がありましたので、簡単にですが計画書を作成してみました。費用の面で見ればマイナスですが、その宣伝効果はそれを補って余りあるものと推測されますわ」

「ほうほう、なるほどなるほど。なかなか面白そうやな。参加資格は、<料理人>のサブ職業を有している事と、ギルドに所属している事なんか……」

「それに加えて、各ギルドからの参加者は一名のみとしようと思っているんだ。大手のギルドが何人も腕自慢の<料理人>を参加させて上位を独占なんて事にならないようにね」

「それでも、傘下の別のギルドから出場させる事も考えられるんやないの?」


 マリエールの問に、ヘンリエッタは困った顔で小さく嘆息し、


「そんなことをする意味はないかと。もしも仮にその傘下のギルドの代表者が優勝ということになれば、そのギルドは一躍名声を集めることとなるはずです。そのような事になれば、独立しようと考えるのではないでしょうか?」


 そう答えた。


「ああっ、せやな。大手ギルドにしてみたら、傘下のギルドがいきなり独立してライバルになられたら目も当てられんな。……せやけど、それやったらほとんど人数が集まらないやない? 食品部門に力を入れとる大手ギルドほど、自分の傘下には圧力をかけるやろうし……」

「うん。でも、それはそれで仕方ないと思うんだ。別に中小ギルドの独立を促したいわけじゃないからね。ただ、この<アキバ>の街が活気づくきっかけにはなると思う。それに何より……」


 シロエは一瞬ヘンリエッタに視線を移し、


「出すぎたことを言うけど、<三日月同盟>のみんなにも気分転換が必要なんじゃないかと思うんだ。だから、あまり良案とは言えない内容だけど、一考してもらえないかな?」


 そうマリエールに判断を委ねてくる。


 シロエの気遣いを理解し、マリエールは微笑む。


 件のヘンリエッタが一人で街の外で大怪我を負って運び込まれてきた事について、詳細な理由を話すわけには行かず、マリエールはギルドのみんなに、ヘンリエッタが単独でクエストをこなそうとして失敗したとしか伝えていない。


 他者からではなく、自身が課した依頼――クエストであることに目をつぶれば、嘘ではないのだが、普段から冷静で計算高いヘンリエッタのイメージとその行動がそぐわずに、それで納得するものは皆無だった。


 マリエールが笑顔で対応をし、また、きっと何か話せない理由があるのだろうと、みんなが気を使ってくれたため、細かい詮索はされずに済んだが、マリエール、そして特にヘンリエッタに対する不信感をギルドメンバーに抱かせる結果となってしまった。


「何を言うとるんや。うちがこないな面白そうなことに反対するはずないやろが」


 みんなが一丸となって何かに取り組むこと。ほころびが生じた団結力を修復するにはうってつけの方法だ。マリエールはシロエの提案を二つ返事で受け入れた。


「ありがとう、マリ姉。それと、何日か前にマリ姉が話していた、リオンって人のことだけど、その人にも参加してもらえるように頼んでもらえないかな?」

「ああ、うん……。ケーキコンテストという内容やから、そういうことだとは思っとったわ。せやけど、リオンさんに参加してもらうのは難しいと思うで……」


 予想通りのシロエの言葉に、マリエール困り顔で答える。リオンが参加してくれれば嬉しいし、頼もしい。さらにそれがリオンの心を癒やすきっかけになるかもしれない。だが、いくら頼み込んだところで、リオンがそのようなコンテストに参加してくれる可能性は低いと思う。


「正直、僕もそう思う。でも、話だけでもしてみたらどうかな? もしかしたら、参加してくれるかもしれない」


 シロエの提案としてはことのほか消極的なものだとマリエールは思ったが、しかし、それもやむを得ないことだろうと思い直す。事はそれほどに複雑なのだ。それに、


「ありがとな、シロ坊。うちは話を聞いてくれるだけでいい言うたのに、ここまで考えてくれて」


 自身も忙しい身であるにも関わらず、<三日月同盟>の、自分たちのためを思って知恵を絞ってくれたのだ。そのことに感謝こそすれ、不満など言っては罰が当たる。


「……立場上、マリエが頼みに言ってはリオンさんも事を重く考えてしまうでしょう。ですから、リオンさんにコンテストへの参加を頼む役目は、アシュリンにお願いしようかと思っています。アシュリンの頼みならば、リオンさんも参加してくれるかもしれませんから」


 先日の一件を思い出しているのだろう。ヘンリエッタはそう言って力なく微笑む。


「せやな。ほんなら、さっそく取り掛かってや。よ~し、うちも気合入れて頑張らなあかんな!」


 努めて明るい声と笑顔でマリエールはそう宣言する。最近の重い雰囲気を何とか変えるきっかけになれば――いや、「なれば」ではなく「しなければ」ならない。不甲斐ないと我ながら思うが、自分はこのギルドのギルドマスターなのだから。ここまでお膳立てをしてもらって失敗する訳にはいかない。


 ……だが、マリエールの決意とは裏腹に、このシロエの提案が思いもしない事態になってしまうことを、この時の彼女は知る由もなかった。





 <記録の地平線>のギルドホールを訪れたアシュリンは、申し訳なさそうにシロエに事の次第を告げた。


「……ごめんなさい、シロエさん」

「いや、アシュリンのせいじゃないよ。僕の考えが甘かったみたいだ」

 シロエは苦笑し、小さく嘆息する。


 アシュリンは申し訳のない気持ちでいっぱいになる。せっかくシロエが、リオンとヘンリエッタを助ける方法を考えてくれたというのに、それは自分の力不足で失敗に終わってしまったのだ。


 もっとも、シロエが何をしようとしていたのかをアシュリンは知らないのだが。


 アシュリンがシロエから聞かされた内容は二つだけ。一つは<三日月同盟>が主催でケーキコンテストを行うということ。そしてもう一つは、そのコンテストにリオンさんが参加してもらう必要が有ること。それ以上のことはそれらが上手く行ってから話すと言われ、アシュリンはシロエが何をしようとしているのかを知らなかった。そして、それが何だったのかは結局分からずに終わってしまったのだ。


 アシュリンはシロエを信じ、彼の指示通りにリオンにケーキコンテストに参加してくれるように懸命に頼みこんだ。だが、彼から返ってきたのは、


「……ごめん。せっかくの申し出だけど……」


 そんな否定の言葉だった。


「リオンさん……」

 アシュリンの悲しげな声に、リオンは顔を曇らせたが、彼の意思は変わらなかった。


「本当にごめん……。その、僕のことを気遣っての申し出だと理解しているし、その気持ちはとてもに嬉しいんだけど……」


「どうしても、ですか?」

 リオンの意思が変わらないことは分かっていたが、それでも一縷の望みを捨てきれず、アシュリンは最後にもう一度考えてくれるように頼んだ。


「ごめん。でも、そもそも<三日月同盟>の代表に新参の僕がなるのは、ギーロフさんとセコンドさんに失礼だよ。それに、まだまだ修行中の身だけれども、一応僕はケーキ作りの専門家だからね。そのコンテストに出るのは場違いだと思うんだ」


 リオンがケーキコンテストに出るのであれば、優勝することができるとアシュリンは思っていた。そして、そのような結果が出せれば、リオンが喜んでくれるのではと期待していた。だが、それは甘い考えだった。


 いくら目標とするケーキを作れずにいるとしても、ケーキ作りの専門家であるリオンにとっては、素人の集まるケーキコンテストに出たとしても、勝って当たり前なのだろう。 

 それではリオンの心を癒やす事は出来ないのだとアシュリンは悟り、結局、申し訳なさそうに謝るリオンを相手にそれ以上参加を無理強いする事は出来なかった。


「……コンテストで優勝してもリオンさんは喜ばない。でも、シロエさんなら……」


 ケーキコンテストで優勝してもリオンの心は癒やされない。だがこれは、シロエが考えてくれた事なのだ。リオンがケーキコンテストに参加さえしてくれれば、自分が思いもつかないような何かが、彼を助ける方法があったのだろうとアシュリンは思う。


 だが、自分がそれを台無しにしてしまった。シロエに任された、リオンにコンテストに参加してもらうという役割を果たせなかった。自身の不甲斐なさにアシュリンは顔を俯けることしか出来なかった。


「すまないけど、また少し時間をもらえないかな。別の方法を考えてみるから。それと、さっきも言ったように、僕の考えが甘かっただけだから、君が責任を感じる必要はないよ、アシュリン」

「……はい。分かりました」

 そう答えながらも、自分がリオンを説得出来なかったせいで、シロエにまた余計な負担をかけることがアシュリンには心苦しかった。


 にゃん太が仕事で忙しいらしく、<記録の地平線>のギルドホールからの帰り道は、シロエがアシュリンに付き添ってくれた。そしてシロエはアシュリンを送り届けると、その足でマリエール達の元を訪ね、事の顛末をみんなに説明して今後のことを話しあった。


 その話し合いをして出た結論は一つだった。それは、リオンは不参加だが、ケーキコンテストは予定どおり執り行うというものだった。


 正式決定ではないにしろ、内々に生産系の大手ギルドである、<海洋機構>、<ロデリック商会>、<第八商店街>に催し物をとり行うことを事前に相談してしまった手前、今更それらを撤回することは出来ないとの判断だった。


 そして、ケーキコンテストは一ヶ月後に開催されることが決定した。





 アシュリンの元にシロエから新たな策が伝えられることがなく、数日が過ぎた。

 予定どおり、マリエール達は<三日月同盟>主催のケーキコンテストを開催する旨を、大々的に宣伝した。


 もっとも、そのケーキコンテストは、<三日月同盟>の人員数などの問題から、一般公開はせずに、<海洋機構>、<ロデリック商会>、<第八商店街>、<グランデール>、<RADIOマーケット>の計五つの大手生産系及び支援ギルドに加えて、主催者である<三日月同盟>から各一名を審査員として選出して採点する方式をとることとなっていたため、お祭り騒ぎとまでは行かなかったが、<アキバ>の街で行われる初めての食のイベントということも有り、それなりの感心を得ることとなった。


 参加者も当初は大手ギルドに所属する者の名しかなかったが、ぽつりぽつりと参加者は増えていき、参加締め切り間際で、実に五十名近い参加者を集めることとなった。


 <アキバ>の街に住む人間の数から考えると随分と少ない参加人数だが、非公開かつ大手ギルドが参加する中での初めての試みとしてはまずまずの人数だとも思えた。



 ……そう、何も問題はないはずだった。そこにとある人物の名さえなければ。





 作ったケーキの箱詰めを全て終え、リオンは安堵の溜息をつく。部屋の時計を確認すると、いつもの店にケーキを届ける時間までにはまだ間がある。どうやら予定よりもずいぶん早くに作業が終わってしまったようだ。


「……何か飲もうかな」

 特にのどが渇いていたわけではないが、手持ち無沙汰を解消するために、リオンは自分のためにお茶を淹れることにした。


 せっかくならと先日から試行錯誤している、ハーブのブレンドティーの試作を試してみる。

 ガラス製の容器に数種類のハーブを混ぜあわせたティーパックを入れてお湯を注ぐと、無色だったお湯が淡い青紫色に染まる。そしてほのかに立ち昇る香りを確認し、リオンは僅かに微笑む。


「うん。悪くない香りだ。……うん。味も悪くない。ただ、アシュリンには、ローズヒップはもう少し減らしてもいいかな?」

 そう口にして、リオンは自嘲する。


「……ははっ。駄目だな。自分も騙せなくなっている……」

 リオンはもう一口ハーブティーを口にする。温度も香りもまださしたる変化はないはずなのに、酷く苦く感じた。


「あの子達のためにと考えていたはずなのに、いつの間にか僕は、アシュリンに喜んでもらえるかどうかだけを考えている。結局、僕はアシュリンに喜んでもらうことで、自己満足しているだけだ……」

 年かさの近い子供に喜んでもらうことで、ずっと自分を慰めてきた。あの子たちのためにケーキを作ると言いながら、アシュリンが喜んでくれるかどうかを第一に考えるようになっていたのだ。


 リオンは静かにティーカップを置くと、両手を組み、そこに頭を置いて目を閉じる。


 そうして浮かんでくるのは、いつも同じ内容。突然この<エルダー・テイル>の世界に閉じ込められて慌てふためく自分。そして、無知であるがゆえに<ハーメルン>などというギルドの誘いに乗ってしまい、あの酷い生活を強いられた日々と、「リオンさん」と自分のことを呼ぶ、まだ中学生だという少年と少女の声。


「情けない……。情けないな、僕は。どうして最後まであの子達の味方でいる事ができなかったんだ。どうして最後に自分の保身を選んでしまったんだ……」

 あんなひどい環境でも、少しでもあの子達を助けたいと思った。そう決意した。だがその決意は薄っぺらで脆いものだった。


 何度も死んだ。殺された。その度に<大神殿>で生き返り、「さぁ、もう一度だぜ、リオン」と下卑た笑みを浮かべる連中に連行されて、また殺された。何度も、何度も、何度も。


「……忘れられない、あいつらの顔が。あの時の恐怖が。そしてそれに膝を折った無様な自分自身を忘れることが出来ない……」


 <ハーメルン>から逃げ出す際に、自分たちを助けるために戦ってくれた、勇敢な<盗剣士>――小竜の姿に憧れを抱き、<三日月同盟>に入会を申し出た。彼のようになりたいと、もう一度自分を鍛え直して再出発したいと思ってのことだった。だが、死の恐怖に怯えた自分は、いつの間にか強要されなければ戦えない様になってしまっていた。


 モンスターとの戦いになると足が震えて動けない。後衛がいつ自分に向けて攻撃をしてくるのかと不安になって戦闘に集中できない。そんな人間が戦闘で成果を上げられるはずもなかった。


 小竜達はそのことを攻めなかった。むしろ励ましてくれた。だが、リオンはそれ以上彼らに迷惑をかける訳にはいかないと思い、戦闘班に参加することを断念した。


「そして、ようやく僕は……」

 食材の正しい調理法を知り、リオンは歓喜した。ケーキ作りであれば自分は人に負けない力を持っているという自負があった。そして、居ても立ってもいられず、<三日月同盟>のギルドホールを飛び出した。


 なけなしの武器防具やアイテムを売り払い、何とか家を借りてケーキを作る環境を整えると、寝る間も惜しんでケーキ作りに没頭した。


 その結果、何とか自分が納得のできるケーキを作ることに成功し、その販売先も見つかった。僅かながらもしっかりとした収入を得る事ができるようになり、日々の生活は安定した。しかし、そうして忙しさから開放された自分を待っていたのは、過去への後悔の日々だった。


 がむしゃらにケーキ作りに没頭している間は考えることもなかったが、それでもずっと、あの<ハーメルン>での日々が、あの幼い子どもたちの事が、心に刺のように突き刺さり続けていたのだ。


 二、三度、トウヤとミノリの二人からと思われる念話での連絡があったが、リオンは忙しさを理由にしてそれを受けなかった。だがそのことも、今こうして後悔として重くリオンに伸し掛かっている。


「……僕は、『特別なケーキ』を作らなくちゃいけないんだ。それを忘れるな。トウヤとミノリが喜んでくれるケーキを作るんだ。味がしなくてもいいから、僕の作るケーキを食べたいと言ってくれたのだから。この上なく美味しいケーキを作って、あの子達に喜んでもらうんだ……」


 リオンはそう自分に言い聞かせる。だが、


「けれど……。もしもそんなケーキが完成したとしても、今更どんな顔をしてあの子達に会えばいいんだ。僕は、あの子達を見捨てて、裏切ってしまったのに……」


 それが結論だった。結局、トウヤとミノリのためのケーキは完成しない。リオン自身が彼らに会うのを拒んでいるから。恐れているから。だから、リオンはどんなに素晴らしいケーキが出来上がっても納得出来ない。しようとしない。


 もっとも、ただ食べてもらうだけなら、アシュリンに頼んで届けてもらうことは可能だろう。二人が<三日月同盟>と懇意の、<記録の地平線>というギルドに入会したことは、リオンも知っていたのだから。


 だが、リオンはケーキを直接彼らに手渡したい。何とも我儘な話だが、あの子達には自分が作ったケーキを手渡して、それを食べて貰いたい。彼らの喜ぶ姿を見たい。そして、不甲斐ない自分を、裏切ってしまった自分を許して欲しいと思っている。


「……ははっ。ヘンリエッタさんにあんなに怒鳴り散らしておいて、結局、僕が一番ケーキを利用しようとしている。あの子達から許してもらうための道具にしようとしているんじゃないか……」


 けれど、そんな都合のいいケーキなどあるはずがない。トウヤとミノリに喜んでもらえることはもちろん、臆病な自分が、勇気を出して二人に会うことができるようになるケーキなんて、そんな魔法のようなケーキなどあるはずがない。


「……んっ?」

 コンコンとドアを叩く音が、リオンを負の思考から呼び戻した。慌てて席を立ち、リオンは玄関に向かうと、「はい、どちら様です?」とドア越しに誰何の声をかける。


「ごめんな、リオンさん。うちや。マリエールや」

「リオンさん……」

 聞こえてきたのは聞き覚えのある二人の声。マリエールとアシュリンに間違いなかった。


「すみません、今開けますから」

 リオンはドアを開け、笑顔で二人を迎えようとしたが、一目で分かるマリエールとアシュリンの暗い表情に、その笑みが戸惑いに変わる。


「……リオンさん、緊急事態なんや。すまんけど話を聞いてくれんか?」

「ごめんなさい、リオンさん……」


 二人の酷く思いつめた表情に、リオンにも何かただ事ではない事は想像できたが、どうして自分などのところに二人が訪ねてきたのか分からない。もっと頼りになる人が<三日月同盟>にも、そして付き合いの深い<記録の地平線>にもいるはずだろうに。


 だが、その理由は二人の話を聞いて直ぐに理解できた。もっとも、それは信じがたい内容の話だった。

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