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短編集完結済

今、君はしあわせかい?

 私たちはあるお墓の前で、目をふせ、手を合わせる。お墓には、今しがたあげたお線香の香りが漂っていた。

 目を開けると、いくつかあるお供え物が映り込む。その中には、私が供えた物もあった。


「それじゃ、そろそろ行こうか?」


 そう言って、婚約者である彼が立ち上がる。私も同じように立ち上がった。

 何も言わず、ただ来た道を歩く私たち。

 霊園の外には彼の車がある。そこへ戻るのにひたすら無言で歩く。


 今日は七回忌。

 そう、私が昔愛していた彼の――――――――――あれから、六年が経ったのだ。

 彼はとてもよく笑う人だった。その笑顔に何度救われたことだろう。


 彼と付き合うようになったのは、私がまだ若かった頃で、大学生ニ年の時。

 彼とは友人と飲みに行った先で、知り合った。

 最初の内だけだったお互いが気を使っていたのは、何度か友達を通じて会う内に、彼の明るい性格や、物の言い方、考え方に触れて行くうちに、私は惹かれ始めていた。

 好きという感情が、それから確信に変わるのに時間は、それ程かからなかった。

 ある日、彼とふたりで会う事になった時、思い切って私の心の内を、彼に打ち明けた。


 今思えば、彼は少し驚いたような、嬉しそうな表情をしてた気がする。

 でも、あの時の私には、彼に想いを伝える事が精一杯だった。

 彼の言葉と笑顔が今でも思い出される。


「ありがとう、俺も君が好きだよ」


 そう言った彼はとても幸福に満ちた笑顔で、その笑顔が嬉しくてか、ホッとしたのか、私は気が付いたら、目にいっぱいの涙を浮かべていた。

 嬉し泣きのような、なんとも表現しがたい気持ちで涙をポロポロと――――――

 そして、その時初めて見た彼の困った顔。

 それがすごく私には可笑しくて涙を流したまま、クスクスと笑ったっけかな。そしたら、彼が困った顔でこう言った。


「泣くか笑うかどっちかにしてよ。どうしたらいいかわからないよ、俺は」


 彼は手に持っていたハンカチをもてあましている。

 私は出そうか出すまいか、オロオロする彼の姿に、また可笑しくなるのだった。



 霊園から出ると、青く広がった空の入道雲が、私たちの暑さを増幅させた。

 車に乗り込もうとした時、彼の声で動きを止める。


「なぁ喉、渇いてない? 自販機でなんか買ってくるな」

「そうだね、お願い」


 彼にそう言ってから、車の助手席に乗り込んだ。

 両手にジュースを持った彼も、車に乗ると、ベージュ色した方のペットボトルを渡してくれる。


「これでよかったかな?」

「うん、ありがとう」


 私は受け取ると、それをひと口飲んでから、彼をみる。同じ様に彼もゴクゴクとジュースを飲む。その姿を黙って、日差しがジリジリ差し込む助手席でみつめるのだった。

 勢い余って飲み物が気管に入ったらしく、彼がゴホゴホと咳き込んだ。そんな苦しそうな彼の背中をいたたまれなくなって擦る私。


「大丈夫? 勢いよく飲むからだよ」

「んっケホケホッ……大丈夫」


 そう苦しそうな表情で彼が答えた。


「ならいいけど…………あのさ、今日は付き合ってくれて、ありがとう」


 彼の様子をうかがいながら、ぽつりぽつり私はそう言った。すると、不思議と彼の咳が止まる。

 そして、小さくうなずき彼は私を見て微笑むのだった。



 今の彼と出会ったのは今から三年前で、会社の同僚だった。彼の部署が変わって私のいる部署へと移動してきた時が、初めての出会いだった。


 私は大学を卒業してから就職した会社に、今も尚、勤めている。


 社会人になった私は入社してから二年目に、大学ニ年から付き合っていた彼に思いもよらないプロポーズをされた。だって、彼は仕事にとても意欲的だったし、結婚のけの字も感じさせない程で、まずは仕事を頑張らなきゃって、口癖のように言っていたんだもの。

 だから、私にとっては、あり得ない事が起きたのだった。

 それでも、彼の気が変わったらって、こわくて私は彼のプロポーズを受ける事に。

 それからは、結婚式を迎えるのをあの頃の私は、どれほど心待ちしていただろうか。でも、結婚式目前、彼は、不運にも事故に巻き込まれ、永遠に帰らぬ人となった。 

 それから、生きた屍のような私は誰かと深く関わる事を避けて、人生を無気力に、毎日無難にやり過ごすようになるのだった。


 そして、彼が亡くなってから二年が過ぎようとした時、今の婚約者が目の前に現われた。

 もちろん、初めはお互いただの同僚にすぎなかったし、今思えば、彼の方からこんな私に好意を抱いたのも不思議だった。

 後から聞いた話だけど、今の彼は、私と初めて出会ったのは入社式の時だったらしく、そこで彼は私にひと目惚れしたらしい。

 でも、部署が違うのでなかなか、それから会う事もなく、私への好意をずっと消化できないで、心に留まったまま、二年後の私に再開したそうだ。


 あの頃の私は亡くなった彼の事を、時間が経っても、忘れる事ができずにいたし、また自分と関わった人はが亡くなるんじゃという、恐怖もあった。

 だから、どうしても私はすんなりと、誰かと付き合う事はできなかったし、事情を知った婚約者の彼もあの頃の私を理解しようと努力してくれた。

 そのおかげで、私たちの今がある。

 私たちは友達からの付き合いから始まって、私たちの関係をゆっくりと築きあげてきた。

 でも、今現在でも、私は亡くなった彼の死を、受け止めているのかは、怪しいかもしれない。

 だって……彼は突然私の前からいなくなった。ずっと何が起きたのか理解できないでいた。

 時間が経つにつれ、少しずつ彼はもうこの世界にはいないという事を思い知らされるのだった。そして、自分の中で“忘れちゃいけない、と、忘れなくちゃ”の狭間で、今もそれを繰り返している。

 彼の事を忘れそうになる事がある、その度に忘れちゃいけないと、自分の中の強迫観念が迫ってきた。

 自分だけが幸せになっていいのか。彼を想い続けるべき事が、彼へのけじめとでも言えばいいんだろうか。

 それは私が二十四歳に一生彼と生きて行こうと決めたのに、他の誰かを好きになるなんて、許されるべきことじゃないような気がして、自分の中で、ずっと引っかかっている。

 亡くなった彼じゃない他の誰かに、恋をしてしまった自分が最低な人間としか思えなくなっていた。

 ものすごくこわいのだ――――――――――

 彼を忘れてしまう自分が―――――――そして、変わってしまった自分が、今の婚約者の彼と一緒にいて、幸せだと思う私自身が。



 助手席の私は車窓からながれる景色を見ていたけど、程なく運転席の彼に声をかけるのだった。


「ありがとう、その少し先で止まってくれる?」

「ああ、わかったよ」


 彼は真っ直ぐに前を向いたままそう言った。

 車がゆっくりと道路に止まると、助手席の私に彼が声をかける。


「迎えに来ようか?」

「ううん、大丈夫。でも、ありがとう」

「うん、じゃあ……その、なんだ……気を付けて」


 私はクスクスッと笑うのだった。きっと何を言えばいいのか、彼はわからなかったんだと思う。

 たぶん、これから私が行く場所は、昔の彼との思い出が詰まった場所だからだ。

 私も彼と同じ気持ち。

 なんて送り出してもらえばいいのか、わからなかったから。彼の言葉が肩に力の入った私を、リラックスさせてくれた。


「うん、じゃ」


 最後にそう言った私は彼の車が見えなくなるまで、見送ったのだった。


 車を見送って独りになった私は、道路を歩き、少し進んでいくと土手が見えた。そこへ迷う事無く私は歩いて行く。

 亡くなった彼との思い出と共に――――――――


 土手を歩く私に、やわらかい風が身体を優しくなでていく。

 視界の先には、昔私が学生だった頃、亡くなった彼と共に過ごした川が見える。

 ここにはたくさんの思い出があった。昔の彼とのデートはお金がないといつもここ。そして、講義の合間の時間も。

 さむい季節以外はほとんどを、ココで過ごした。

 冷たい空気にかわる頃、土手を上がって行った先にある、道路の向こう側のファミレスで、よく話し込んだりしたのを今でも憶えている。

 土手を下りた私は雑草が生えて芝生のようになった平らな河原で、川をみるのだった。

 夕暮れの河原は時間がとてもゆっくり流れている気がした。

 キラキラと光を反射する水面。

 そして、真っ青な空を映し出していたかと思えば、今水面は赤橙とまじり合っている。その情景はとても私には幻想的で刹那的だった。


 夕暮れせまる河原で、私はそっと瞳を閉じてみた。瞼を閉じれば、あの頃の彼に会える。


 温かい日差しと美しく咲き誇った桜。風で、時折花びらが散るなか、河原の芝生の上での昼寝。隙をついて、私からのキス。

 鋭い太陽の光が差す川での水遊び。帰りの電車はふたり揃ってビショ濡れの服で帰った事。

 時々、夜にはコンビニで買ったビール片手に花火。そして、彼のやさしい口づけ。

 涼しい風が足元を通りすぎて行く頃には、座って読書。読む事に夢中になっていた真剣な彼の横顔。時々それが原因でケンカもしたね。でも、いつも最後に謝って、私を抱きしめてくれる彼。

 雪が舞う頃には積もった雪で、雪合戦。子供みたくはしゃぐ彼。帰る時には寒さと冷たさで赤くなった手を、お互いの手で温めあったね。

 たくさんたくさん今でも憶えてる――――――社会人になってからも、何度もここへ来た事も。

 休日の混雑を避けての、のんびりデート、ケンカした時の仲直りデートも。

 忙しくて会えない時に、不安で一杯になると、寂しくて彼を感じたい時、独りで来た事。

 そして、彼の突然のプロポーズ。


「ずっと、一緒にいたい、一緒に幸せになろう」


 彼の言葉や表情、顔色が鮮やか過ぎるほど、鮮明にはっきりと、私のこの瞳に焼き付いている。

 しばらくして、結婚式目前に突然いなくなってしまった彼。

 私は何度もそれからここへ来た、彼の姿や声を求めるのに。今も尚、迷い続け悩む私。

 今もまだここにいるのは、もしかしたら彼じゃなく、私自身なのかもしれない。

 それでも、ここには求めていた彼の最後の言葉もある――――――――



 彼が亡くなってから、私は最後の彼の言葉をどうしても受け止める覚悟ができなかった。

 受け止めたら、それが私と彼との最後になるような気がしたから。

 でも、今、私はやっと前に進まないとダメだと、今の彼と出会い、彼を好きになって気がつかされた。そう、それは今の彼と一緒に生きていく事を決めた時だった。

 彼が好き、そんなシンプルで、簡単で、大切な事を、私は亡くなった彼に悪い事だと思っていた。


 ここへ来たのは、やっと覚悟を決めたから。

 最後の彼の言葉になってしまった手紙を読むために。

 ホントは結婚十周年に開けよう、と言ってた彼。それはいわゆるタイムカプセルだ。

 彼が亡くなる前に埋めていたもの。


 たった一本だけが、河原に取り残されたような大きな大木の前に私はいる。

 この場所は、彼が埋めたタイムカプセルがある場所。

 木の下の土を掘って、私は取り出した。

 手にはシルバー色のカンカンの箱。そして、箱には埋めた日付と、彼の名前が書いてあった。

 恐る恐る私はそれを開ける。

 中からは、一枚の手紙が入っていた。


 見覚えのある彼の字で書かれた手紙にはこう書かれている。



――――――――――まず、十年を迎えられておめでとう。


僕たちは付き合ってからだと、約十三年が経つね。きっと早いようで長かっただろうね。

時にはお互い理解できなくてケンカをする事もあるかもしれない、でもこれを読んでるって事はふたりはちゃんとうまくいっているようだね。

実はさ、結婚して十年経っているはずだから、もう済んだ事だと思うけど。

あの時の事は許してほしいんだ。海外に単身で転勤する事を、プロポーズしたばかりの君に内緒にしていた事。

海外に配偶者じゃないと一緒にはいけないと会社から言われた。それで漠然としていた結婚が、ハッキリとした形に変わって――――――だから、君に結婚を申し込んだんだ。

三年も離れ離れだなんて、考えられなかった。

でも、結局は仕事を頑張っている君に、結婚を申し込む事ができても、仕事を辞めて一緒に来い、とは言えなかった。

離れている時間、とても不安だっただろう? 

どうしていいか悩んだんじゃないかな?

突然の離れ離れで、お互いの気持ちがわからなくなる事も、あったのかもしれない。

離れる事でうまく気持ちを伝えられないで、ケンカする事も。

それでも、君が好きだ。今も君が好きだ、

今日よりも明日よりもずっと君が好きだ。

時に、お互い気持ちが通じ合えなくても、わかりあえなかったとしても、ふたりなら、いつかは乗り越えられてるって。


どうしてかって?

だって、決まってるじゃないか。

君が誰よりも何よりも大切な人だから。

どんな事があっても、理解し合えるまで、焦らず俺たちの間をゆっくり築いて行こう。


今、君はここに誰といるの? ひとりでかな? 子供とかな? 

それとも・・・・・・これを読んでないとか? 

でも、ここにいないとしても――――――――――――――――

君がしあわせだったら、俺もしあわせだよ。

ずっと一緒にいてくれてありがとう、これからもずっと大好きな君へ。





P.S 

十年後の未来は、今よりも、もっとしあわせになってるよね?

だから、あえて俺は、君にきくよ。



―――――――――――――――――――――今、君はしあわせかい?



そしたら、君が今までにない最高の笑顔で、俺に答えてくれるんだ。

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