04
「じゃ、行ってきます」
「はい、いってらっしゃいませ。デューイ様」
背後から甘ったるい声が追ってきた。案の定というか、なんというか。昨夜の宴でデューイを一目見たこの館の愛娘、ユリス嬢はいとも簡単に陥落なさってしまいました。話しかけずともその効果が発揮されると身を以て知った神官さまは頭を抱えていらっしゃる。わたしは知っていたけど。そしてその元凶たる勇者さまと言えば、どうやら昨夜お楽しみだったらしい。
今朝、朝食前にわたしを起こしに来たのは館に勤める侍女ではなく、ユリス嬢であり、「同じデューイ様を愛するもの同士、彼を支えていきましょう」と昨夜の名残か艶っぽい表情でのたまった。
いろいろおかしなところはあるけれど、いいのか、子爵令嬢! 貴族ってこわい。改めてそう思う。
勘違いしてほしくないけれど、わたしとデューイはそんな関係ではない。デューイに好意を寄せる女の子を星の数ほど見てきたけれど、どうにもこうにもわたしとウマが合いそうにない。デューイ至上主義とでも言うのか、デューイのやることなすことすべて肯定してしまうのだ。つまりは、男の夢、とやらが形成されていた。
よくよく考えると、お父様の言いつけとはいえ、よくこんな男と婚約交わしてたな。
「サラ?」
「あんまり、迷惑かけないでよ」
わたしの言葉の意味を分かりかねるのか、首をかしげる。非公式ではあるとはいえ姫様と婚約を交わしている身であっちへふらふらこっちへふらふら、フェロモンを垂れ流しにするのはよろしくない。とはいえ、今までの経験上、複雑なことにならず、すべて収まるところに収まってしまうと知っているのだけれど。
「さ、おしゃべりはそれくらいにして。とっとと魔王とやらをぶちのめして差し上げましょう」
神官さま、心の声がこぼれてますよ。教えて差し上げたいのだけど、護衛の剣士のテオトバルトさんが無言で首を振るのが見える。何も言わないほうがいいのですね。
昨日の宣言通り、どこかにピクニックでも行くような装いでお昼前に館を発つ。いまだに背後にはきらきらとデューイを見つめる甘ったるい視線が追ってくるものの、誰もそれを気にしている様子はない。デューイはともかく、神官さまはあえて見えないふりをしているような。残り2人は興味がなさそうだ。
「ヨシュカ、面倒なので一足飛びに魔王城まで行きましょう」
それでいいのか、魔王退治! 庶民に伝わる勇者の魔王退治物語とは天と地とも離れたこの流れに唖然とする。そもそも、勇者の剣に選ばれたデューイや剣士であるテオトバルトさん、大掛かりな魔法をいとも簡単に行うヨシュカさん、そして言わずもがな、ヨシカワを名乗る神官さま。この人たちのなかに、ちょっと人より商才のあるくらいのわたしが混じって魔王退治に行くこと自体おかしい。
「そうですね、3日も離れてるとロイが新しい女の子を捕まえてもおかしくないですし」
「何を言ってるんです、ヨシュカ。ロイであれば……」
「1日で十分だ」
なんだろう、この息の合った間抜けな会話は。ロイってだれ、そんなに節操のない男なんだろうか。
再び、自分の身体が心もとなくなる。存在がなくなるような不思議な感覚に、あぁまた身体が構築されなおされるわけね、と思い至る。
当初のイメージとはかけ離れ、豹変したヨシュカさんの反芻するには下品すぎる言葉を聞きながら目を閉じた。きっと次に目を開けた時には噂の魔王城にいるのだろう。
詳しいことは一切書かずに勢いとノリだけでお送りしております。