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「そうそう、タケル様の再来と言われている新しい勇者様のうわさをご存じか?」
商談を終えたあとの緊張から解放されたところに放り投げられた話題に一瞬固まる。最近、この手の会話を数えきれないほどしたなぁと思いながら。
「残念ながら、私田舎者ですので噂にはあまり……」
それどころか婚約者だったけど、と内心盛大に突っ込みながら何も知りません、と貫いてみる。
「おやおや、ストーニー商会でもつかめぬ情報となれば……王家も侮れないとみるかはたまた単なるうわさに過ぎないのか」
先日、勇者様勇者様とデューイを担ぎ上げていった騎士たちの姿は記憶に新しい。にもかかわらずいまだ噂の域を出ていないところをみると首を傾げざるをえない。
徹底した情報規制の裏にあの得体のしれない神官がいるんだろうなぁ、と遠い目をする。帰っていく商談相手を見送って、部屋に戻ると噂の神官さまが優雅にティーカップを傾けてらっしゃる!
「不法侵入ですよ」
突っ込むのは体力の無駄だとここ数日で学んだ。神出鬼没の神官さまは神に愛されたことで付随してきた能力を己の欲求のまま使いまくっている。
「デューイ様のお披露目が正式に決まりました、それに伴い姫様との婚約も」
「ぽっと出の勇者を姫様の婚約者とするのはあまりに無謀なんじゃ」
商談だってそうだ、正式な保証書がある高貴な商品も信用の置けない見ず知らずの人間が持ってきたら疑いたくもなる。
「それには及びません、デューイ様ですから」
「あぁ、デューイだもんねぇ」
デューイの持って生まれた星を思えばついつい同意してしまう。きっと姫様は落ちているんだろうなぁと城を眺める。
「勇者のお披露目とともに魔王討伐のメンバーが決まりましたので、あいさつにと」
ん? 挨拶って、なぜに私に。疑問が飛び交う私を置いて神官さまはいとも簡単に告げてくださった。
「テオトバルト、ヨシュカ。まあこの2人はいづれお目通りすることもございましょう。そして僭越ながらこのマルイ・ヨシカワ。精一杯、デューイ様に仕えさせていただきます」
勇者へ忠誠を誓っているにも関わらず、いつのまにかティーカップをその場に置き、部屋の入口で固まったままの私の前で跪いてその手を……。
ぞぞぞと背筋にうすら寒いものが走る。文字通りその場に置いた、ティーカップが自然とテーブルへと降りていく様子にも、手の甲に感じるいつかの記憶も、そのすべてがあたしの琴線に触れる。
なにか違う、と心底そう思った。
「お待たせしました、サラ様。さあ行きましょう」
そんなやり取りから数日経って、いったい誰がこの状況を想像できただろう。きっとあの胡散臭い神官さまだけに違いない。
続いてしまいました(笑)