01
「マルイ? どうした、とつぜん涙なんか流して。お前が泣くところはじめて見た」
テオから言われて、手を頰に持って行くと指先が濡れた。そこでようやく自分が涙を流していることに気づいた。
「どうしてかな? なぜだかわからないけど、涙が止まらないよ」
ポロポロとこぼれ落ちる涙の止め方がわからず、俯く。とにかく、胸が苦しい。
「どうした? どっか痛むのか?」
テオが俯く僕を覗き込んでくる。悲しいわけでもない、痛いわけでもない。これは、
「すごく、うれしい」
「はあ? うれしいぃ? まえから思ってたけど、マルイって変だよな」
テオがなにか言っているが、一つも僕の耳に入ってこない。そう、これは歓喜だ。僕が、喜んでる。
「ははうえ!」
「おいっ! マルイ! 待てよ、どこいくんだ!」
母上のもとに走り出す。数えきれないほど訪れたことがあるテオの屋敷の庭。遊び盛りの坊ちゃんのためにと庭師のニールが作ったなんども迷って出られなくなってしまった迷路も、今まで見つけられなかった母上が迷路の1番奥の奥の四阿で、小さく歌っていることも。
いま、父上がテオのおじさんと一緒にチェスをしていることも、そして、おじさんが手を抜いて父上を勝たせてくれていることも、知らずに喜ぶ父上も。今の僕にはわかる。
こんなにも目の前の世界がキラキラして明るいことなんて、ついさっきまで知らなかったけど。
迷路を迷わず進む。道はわかる。右、右、左。そして、行き止まりで立ち止まる。
「マルイ? そこは行き止まりだぞ」
遅れてついて来ていたテオが僕の肩を掴む。
「大丈夫、見ていて」
一歩一歩進んで、行き止まりの植木に手を伸ばす。あ! とテオは声を上げる。僕がぶつかると思ったのだろう。けれど、空気がゆらりと揺れる。目の前の光景がぐにゃりとゆれて、植木があったはずの場所には何もなく、その先には四阿が見えた。
「ははうえ!」
小さく歌声も聞こえてくる。結界が解けたからだろう。母上が僕を見ながらにっこりと笑った。
「あら? 私の可愛い坊やはなんで泣いてるの? とうとうそのときがやって来たのかしら?」
「そう、涙が止まらないよ。これがははうえが言ってた喜びなんだね」
「まぁ、おめでとう。私の小さな勇者さん。あなたもついに見つけたのね」
未だ泣き止まない僕を見て喜ぶ母上を見て、テオは首を傾げているけれど、きっとこれは僕と母上しかわからないんだろう。父上でさえも同じ思いを共感することは出来ないだろう。
「ねぇ、聞いてよ、ははうえ! 僕の唯一の子が産まれたんだよ!」
お待たせしました、と言わざるを得ない。