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「ごめん、もう一度言ってもらってもいい?」
「いや、だから」
――勇者の剣に選ばれてしまったみたい。
月に一度の王都への旅路についてきたいといった、幼なじみ兼婚約者のデューイはふらふらとどこかへ消えて、贔屓の宿へ戻ってくるなり爆弾発言を落とした。
「ごめん、デューイの言ってる意味がわからない」
「俺もちょっと混乱してるんだけど」
ちらりと後ろを振り返る。見ないようにしていたその人たちをついには視界に入れてしまう。あぁ、完全なる厄介事に巻き込まれてしまってる。
みるからにきらびやかで、私たち庶民とは住む世界が違う人種。絹の衣服など見慣れてはいるものの、それは商品としてであり、実際に着ているわけではいない。
商人の娘に生まれてそれなりに審美眼を磨かれていればそれが最高級の質であることがわかる。ウチで扱っているものよりはるかに高い。
「デューイ様」
「あぁ、うん。でも今俺はストーニー家に厄介になってる身だから」
今、世界情勢は傾いていることは知ってる。どこどこの国が理由もなく戦を仕掛けたとか、魔物が頻繁に街に現れるだとか、最終的に魔王が復活したからだ、と声を上げる一派がいることは巷に流れる噂で知ってはいた。私には関係ない、遠くの話として話半分に聞いていたけど。
「タケル様の再来を待つとか言ってたねー」
王都に来るなり、その噂が持ちきりだった。数百年前に現れた最後の勇者の名前があちこちで聞かれていた。どうやら神殿のお偉いさんが、神の啓示を聞いたとかなんとか。勇者の剣、つまりは歴代の勇者が使用していた剣が再び現れるとかなんとか。
はっきりとデューイに起きたことを悟ってしまって呆れてしまった。厄介事巻き込まれ体質もここまできちゃうか、と。
「サラ、どうしよう」
「どうしようと言われても。お偉いさまには逆らえないでしょう」
「そう、なんだけど」
「デューイ様」
再び、急かすように名前を呼ばれてデューイは振りかって、もう一度私を見た。
「サラも一緒だったら」
「え、ちょっと待ってよ。今回はお父様いないんだから」
今回のストーニー商会の代表は私、サラ・ストーニーであり、今後のためにと婚約者であるデューイが付いて来ていた。商談もこれからというところなのに抜け出せるはずもない。
「恐れ入りますが、このご令嬢とデューイ様のご関係をお聞きしても?」
「あぁ、そうだった。俺の婚約者のサラ・ストーニー。ストーニー商会の一人娘って言ったらわかるかな?」
「婚約者、ですか」
肩を抱くな、肩を。馴れ馴れしいデューイの仕種に、腕を払いのける。何やら思案顔のお偉いさんをよそに思わず叫ぶ。
「デューイ! 前々から言いたかったんだけど、確かに私たちは婚約者だけど、その巻き込まれ体質をどうにかしてくれないとウチの損失につながるのよ! 悪いけど、今回の同行でその損得を見るようにいわれてるんだからね、このままじゃ……」
右手で首を切る動作をする。
「えぇ! ちょっと待ってよサラ、」
「それはようございました!」
今にもすがりつきそうなデューイを止めたのは割り込んできたお偉いさん。というか、あなたはどこの誰ですか。
「申し遅れました。わたくし、神官を務めておりますマルイと申します。僭越ながらこのたび神の啓示を受け、きたる花見月の三日に現れるお方、つまりはデューイ様をお待ち申しておりました」
ここぞとばかりに言葉を重ねるマルイ様に私も思わず、引いてしまう。神に愛される神官らしく見目麗しい青年がぐぐいと近づいてくる。
「陛下に置かれましては、デューイ様に魔王討伐をお願いしたく、ひいては姫様の……。いえ、なんでもございません。勇者の剣がデューイ様を選ばれたことはすでに城の知るところ。別れを惜しむ気持ちもわかります。ですが、姫様、いえ城のみなはデューイ様をお待ちになっておられます」
つまりは道草食ってないで早く登城しろ、と。んでもって勇者に女はいらん、と。姫様のお相手になれ、と。
わお、すごく厄介事に巻き込まれてる。このままじゃいらぬ巻き添えをくいそうだ、と商談で培われた感が冴えわたる。
「マルイ様、こんな顔だけの頭の足りない男でよろしければどうぞ、お連れになってください」
「サラ! 顔だけって!」
突っ込みどころがそこだから顔だけの頭の足りない男なんだって! このままデューイと添い合ったら確実にストーニー商会はつぶれてた。よかったよかった。
一安心している間に、勇者様、勇者様、とぞろぞろと王国騎士団の制服を着た人たちがデューイを囲んで部屋からいなくなった。
きっと、周囲を巻き込みながらあれよあれよと魔王討伐を成してしまうのだろう。デューイという人間はそういう星の付きに生まれてきた。だからこそ、私の、ストーニー商会の跡取りとして婚約者になったんだけど。お父様、見る目だけはある。
「さすがに王国相手には逆らえないものねー」
「お話がはやくて助かります。さすが、サラ・ストーニー様ですね」
どうにもこうにも胡散臭い神官とその護衛と思われる青年の2人だけが残される。
「ということで、顔だけの頭の足りない男より、顔も頭も地位も金もある男はどうです?」
ん? 手を取られてどこかの貴族様を相手にするような、手の甲に感じる柔らかい感触に、ぞわぞわっと背筋になにかが這い上がる。
あれ、なんか予定と違うかも? 考えがまとまらないまま、それでは、と背を見せ踵を返す神官の青年。
「ご愁傷さまだな」
神官の後に続く前に意味深な言葉を残す、眼光の鋭い護衛の青年。
これから起こる嵐のような荒れ具合を頭のどこかで察知したのか、私は身震いしてしまった。
勇者とか幼なじみとか読んでたらついつい書いてしまった。
一応短編扱い、続くかどうかは……。
恋愛っぽいけど、これだけじゃ無理だろってことでファンタジーカテゴリで。
20111031 修正