その2
体中がとても痛いです。
思わず敬語が出てしまうぐらい痛めつけられた。
「弱過ぎて話にならんな」
壇上から男の声がする。何で、こんなことになったのか。俺の身に起こったことは単純明快だ。いきなり魔法で攻撃されたのだ。しかも連続で。反撃どころか、『シュトラウス』を抜く暇もなかった。そして、あっという間に意識は彼方に飛んで行ってしまった。気を失っていたのは、そんなに長くはなかったようだが、おかげでダメージは少しも回復していない。
動かない体で、男の苛立った声を聞く。
「加減してもなお、避けることすら出来ないとは・・・。貴様、鍛錬は充分に行ったのか?それに、仲間を一人も連れてこないとは・・。「その胆力は良し」というものだがな、勝つためには手段を選んでいる場合ではなかろう。おかげでこちらは随分と退屈だったぞ」
なんだろう・・・。何で俺は、ぼこぼこにされた挙げ句に説教されているんだろう?
頭が痛い。攻撃を受けたから、だけではないだろう。どうしたらこんな、わけのわからない状況になるんだ。そろそろ限界だ。体的にも、頭的にも。
「うん?また気絶したのか?軟弱この上ないな。・・・仕方ない」
盛大な溜息が聞こえた。
ふわっ、と体が軽くなる感覚がした。次いで労わるかのような優しいぬくもりが体を包み込む。心地良い風が頬を撫でる。体が動かないのをいいことに、ゆったりとその感覚に浸る。しばらくそうしていると、やんわりと包み込んでいた空気が薄まってきた。やがて完全に消え、俺は目を開けた。気がつくと、体の痛みが全く感じられなくなっていた。
「痛く、ない・・?」
寝転がっていた体を起こす。あちこち触って確かめてみるが、どこにも痛みはない。不思議に思っていると、羊が目の前に飛んできた。
「貴様の傷を治したのは、魔王陛下である。感謝の言葉を述べるのじゃ!」
「・・・・・」
ああ、俺は本当に何と聞き間違えているんだろう。しかし、訊き返すのは躊躇われる。というか、普通に恥ずかしい。状況が許さなかったとはいえ、最初に聞き直すべきだったな。反省反省。
「何故黙ったままなのじゃ。魔王陛下に失礼であるぞ!」
まだ良く聞こえないな。
・・・・・・・とか、現実逃避している場合じゃないか。ああ、本当に、何でこんな早くに、最終目標と出会ってしまったんだろうか・・・?
ふと、シュナイゼルの愉しげな顔が頭をよぎる。考えまいとしていたが、ほぼ間違いなく、絶対、あいつのせいだ。でなければ、運命のいたずらだ。
今となってはどうでもいいことを考えながら、立ち上がる。改めて、魔王と向き合う。
魔王は、最初に見たときと同じように、椅子に座ってこちらを見下ろしていた。先ほどと違うのは、その足元に、聖剣『シュトラウス』が無造作に置かれているところだろう。
さて、どうするか・・。と考えるが、唯一の武器を取り上げられては、どうしようもない。とは言っても、完膚なきまでに叩きのめされた後で、もう一度戦う、なんて選択肢は浮かびもしないが。かといって、このまま殺される、という展開にはしたくない。なんとかしなくては・・!
せめてもの抵抗、ではないが、眼前の魔王を睨みつける。冷たい双眸が、俺を見据える。
「・・・何だ、その眼は。負けを認めないつもりか?それとも、言い訳でもするのか?」
小馬鹿にしたように鼻を鳴らす様は、「魔王」のイメージ通りだった。
ここで怯んではいけない。腹に力を込めて息を吸い込む。
「違う」
「ほう・・?では、何だ?」
「・・・話を、聞いてほしい」
「話?」
そこで魔王は、考えるように口を閉ざした。冷めた視線は、俺の考えを読み取ろうとしているのか、少しも逸らされない。と、魔王が微かに笑った。「面白い」。そんな声が聞こえてきそうな笑みだ。
「その話とやら、聞いてやろう」
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またしてもというか、何というか。記憶を失ってからの俺が出会うのは、何でこう人の不幸を愉しんじゃう手合いばかりなんだ。
あの時俺が話したのは、特に意外性もない、俺の現状だった。つまり、俺の記憶がないって話だ。その結果、俺は魔王の城に滞在することになった。
「何でなんだ・・・」
あれは、時間稼ぎを考えての発言だったのだ。そう、俺としては、あの場をどうにかできればよかったのだ。そういう点から考えれば、成功したのだろうが・・・。
それにしれも、戦いを楽しみたい魔王に対して、「記憶を取り戻してから戦ったほうが楽しめるよ!」と言ったつもりが、何故こうなった。魔王は受け取り方すら予想外なものなのか?
どう聞き取ったのか、俺の話を聞いた魔王は、こう言ったのだ。
『面倒くさいな。今から、強くなるために鍛えたほうがよっぽど有意義だ』
思い出す度に、「どうしてなんだ」と思わずにはいられない。しかもその後、
『それに、ちょうど暇を持て余していたところだ。並みの戦士では、手も足も出ないほど強くしてやろう』
とか言った。嬉々としてそう言った魔王は、何て言うか、悪意の塊のように見えた。俺に嫌がらせをしているようにしか見えない。
それからは、必死で抗議する俺を無視して話は進み、今に至る。いつの間にか城に滞在することになったし、魔王直々に戦闘訓練を受けることになっていた。
「どこで間違えたんだろうか・・?」
可愛い羊に案内された俺の自室、ということになった一室で、俺は何度目かの溜息を吐いた。
何度思い出しても、現状を打破する方法がわからない。溜息ばかりが出てくるだけだ。そして、最後には必ず、あの魔王の嬉しそうな顔を思い出す。あれはどう考えても、俺をどのようにして痛めつけるか考えている顔だ。明日からの訓練とやらで、生き残れる自信がない。
「・・・・はあ・・。寝るか」
うん、明日のことは明日考えよう。とりあえず今日は、これ以上何もないと良いな。そんな願いを胸に、やたらと豪奢なベッドに身を横たえる。目を閉じると、すぐに眠りが訪れた。