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未来の伝説  作者: 雲雀 あお
勇者と魔王と・・・
7/23

その1

「客をまねいた覚えはないのだがな」

「・・!」


 突然暗闇から聞こえた声。そして、いきなり視界が明るくなった。所々に置かれた灯りが広大な空間を照らし出している。

 明るくなった視界の中で、何かが動いた。それは、小さくて、羊のようなもこもこした体に、山羊やぎのような短いつのを持っていた。「それ」は床から30センチほど上に浮かんでいた。更に、黒い燕尾服えんびふく・・のようなものを着ている。

 なんだこの可愛い生物いきものは。

 そんな感想を持って見ていると、「それ」が俺の近くまで飛んで(文字通り、ちゅうを浮いたまま)きた。


が高い!」


 甲高かんだかい子供の声が響いた。こんなところに子供がいたのかと、顔を巡らせてみるが見つからなかった。代わりに、やたらと偉そうな男を見つけた。・・・距離があるのに何故偉そうだなんてわかったんだ、俺。自分の発想に疑問を覚えて、もう一度男を見てみた。

 そいつは短い階段の上、俺より高い位置に、遠目でも歴史があることがわかる椅子に座っていた。ひじ置きにもたれた右腕であごを支えている。目線は完璧に俺を見下していた。

 これだ。この上から目線が偉そうだと感じた要因だろう。立ち位置の問題なんて多分関係ない。こいつなら逆の立ち位置でも、見上げているのに見下ろす、という荒業あらわざをやってのけそうな顔をしている。

 目が合った。何か言ってくる。そう思って身構えたが、予想に反して何も言ってこなかった。何故かと考えたが、すぐに思い至った。距離があるからだ。遮るものがない空間とは言え、ちょっと大声を出さなければ届かない距離だ。


「貴様、頭が高いと言っておろうが!頭を下げよ!」


 また子供の声だ。そういえば子どもを探していたんだっけ。一度男の様子を見る。口を開く気はないらしい。ゆったりと座ったまま動こうとしない。あの男は後回しにしよう。とりあえず先に声の主を見つけることにして、視線を下げる。足元でぴょこぴょこと羊(?)が跳ねている。それ以外目につくものはない。

 明るくなったとはいえ、広いこの部屋が隅々まで見通せるようになったわけではない。柱の陰に隠れていたら俺には見えないだろう。かなり近くで聞こえたし、そちらの方が可能性があるか。なんて考えているとまた聞こえた。


「これ!無視するでない!」


 子供の声に似合わない老人のような喋り方だな。羊っぽいものが声に合わせて跳ねている。可愛らしくて、目的を忘れそうになる。思わずじっと見つめてしまう。


「返事をせんか!無礼者!!」


 苛立たしげな声が響く。目の前には、まるで自分が喋っているかのように口を動かす羊らしき物体。

 ・・・・・・まさか。

 外見はファンシーな「それ」は、怒ったように腕を振り上げて、再び「無礼者!」と怒鳴った。


「え・・えええー!?」

「うるさいぞ!・・とにかく頭を下げろ!ひざまずけ!」


 ぽーん、と「それ」は飛び上がって、俺の頭を小さい拳でぶん殴った。


「いでっ!!」


 予想外に痛い。たまらず頭を押さえてしゃがむ。


「跪け!あの方の前での無礼は、吾輩が許さんぞ!!」


 羊がぽこぽこ、と頭を叩いてくる。小さな見た目に反して、一撃一撃が重い。容赦のない攻撃に、意図せず跪いたような格好になってしまった。すると、ようやく攻撃が止んだ。


「うむ、それで良いのじゃ。魔王陛下の前では、常にその姿勢でいるようにするのじゃぞ」

「・・・・・・え・・?」


 今・・、聞いてはいけない単語を聞いた、ような気がする。

 いやいや、聞いてない。俺は何も聞いてないぞ!俺の旅の目的が目の前に居るなんて、そんなことあるわけないからなっ!


「これぃ!返事をせぬか、無礼者めが!」


 可愛い羊が横で起こっているが、俺は壇上だんじょうの男から目を離せない。

 ・・・・わかった。きっとあの人は聖国家の王様とかだ。羊も「陛下」って言ってたし、その前の単語は何か別な単語と聞き間違えただけだろう。そう考えれば納得だ。だって俺は聖国家に『転移』してきたんだから。うんうん、当たり前だ。

 一人納得した俺。


「遠いな・・」


 誰かの呟く声と、指を鳴らす音。


「うえあっ!!?」


 体が前に引っ張られた。とっさに踏ん張ろうと力を込めるが、両足とも宙を浮いてしまって意味を為さない。あっという間に男の姿が大きくなる。違う。近づいたのだ。と、引っ張っていた何かが消えた。しかし、飛んできた勢いまでは消えてくれなかった。今度は床が急速に近づいてくる。反射的に体を丸めて衝撃しょうげきそなえる。


「・・っ!!」


 頭を守る手に固い衝撃が。次いで体が転がる感触。最後にどこかの角に背中がぶつかって止まった。


「・・・~~っっ・・」


 打った背中が痛みでじんじんする。緩慢かんまんな動作で、丸まっていた体を伸ばそうとする。だが、体が思うように動かない。というか動きたくない。身動きすらできずにいる俺の頭上から、怒鳴り声が降ってきた。


「貴様、魔王様の御前ごぜんで何と無様ぶざまな姿をしとるか!しゃんとせい!」


 また羊の言う言葉が間違って聞こえた。耳は駄目らしいが、他は大丈夫だろうか。

 体中の感覚を意識する。そうすることで現状を理解しようと試みる。

 どうやら俺は、先ほど見た短い階段に逆さまに伸びているようだ。

 ようやく自分の状態を確認できた俺は、頑張って目を開けてみる。涙でにじむ視界に、俺が飛んできたのとは雲泥うんでいの差で、ゆっくりと安全に到着した羊の怒り顔が入ってきた。今はその姿に可愛いなんて思っていられる余裕がない。というかこの羊、俺が声も出せないほど痛がっているのが見えていないのか?


「そもそも貴様、一体どこから入ったのじゃ。不法侵入じゃぞ」


 小指の先ほども心配していないようだ。舌打ちしたいのを我慢して起き上がる。治まったのか麻痺したのか、ある程度痛みが引いた体を立て直す。床に胡坐あぐらをかいて座る。やっぱり背中は痛いが、頭は正常に働きだしている。試しに今羊が言っていたことを吟味してみよう。

 えっと、不法侵入がどうとかって話だったな。・・・いや、そもそも、浮いて喋る羊っぽいもの、という存在自体が常識外なやつに、常識をさとされたくない。それとも俺が忘れているだけで、この生物は普通に存在するものなのか?

 

「・・『転移』して来た、か。何の用で俺の城に来た?」


 俺が自分の中の常識を疑いだしたとき、背後から声がした。振り仰ぐと、壇上に立った男と視線がぶつかる。

 冷たい目だった。他人に命じることに慣れた態度で、羊が言っていた「陛下」という呼び方がしっくりくる。ということは、この男は本当に王様だということだ。そう思うと、にわかに緊張してきた。


「陛下が直々に声をかけて下さっているのだぞ!返事をせぬか!」

「あ、えっと・・・こ、ここはどこ、ですか・・?」


 羊にせっつかれて、関係ないことを口にしてしまった。案の定、男は眉をひそめる。

 冷静になれ、俺。意識して呼吸をゆるやかにする。そこで初めて、男の顔全体を見る余裕が出てきた。

 まず印象的なのは、その冷たい目だ。冷たいどころか凍っているようだ。そのくせ瞳の色は、炎の赤。切れ長の瞳の上には整った眉。すっきりした鼻筋に、大き過ぎず小さ過ぎない口。それらが乗る肌は、白い。病的な白さではない、白さ。その白い肌とは対照的な真っ黒な髪。

 ぱっと見ただけで、女の子にとてもモテそうな外見だった。

 いろいろと負けた気分を味わいつつも、せめて姿勢だけは上品でいようと、できる限り綺麗に跪く。上手くいったかどうかわからないが、視界の隅で騒いでいた羊が大人しくなったので、とりあえず良しとした。

 意識を男に戻す。男は無表情で俺を見下ろしていた。俺が男を観察したのと同様、俺の全身を眺めているようだ。


「あ、あの・・」


 沈黙に堪えかねて口を開く。男が俺と目を合わせてきた。


「何だ」

「え?いや、えっと・・、それで、ここはどこなのかっていうのは・・?」


 失礼を承知でもう一度同じ問いを発する。考えないふりをしていても、どうしても考えざる負えなくなってきたのだ。しかし、男は何も言わなかった。ただ視線を下へずらしただけだった。

 何だ?答えられないことでもあるのか?それとも気を悪くした・・?

 だがすぐにそれらが見当違いであることがわかった。男の視線は俺の腰にある、聖剣『シュトラウス』を捉えていたのだ。

 王様の前で武装しているのは如何いかにもまずい気がする。慌てて弁解しようとするが、男がにやりと笑ったのを見て言葉を飲み込んだ。まるで待ち望んでいたものが来たかのような、そんな歓喜かんきに満ちた、それでいてどこか物騒ぶっそうな笑みだった。


「意外と速かったな」

「はい?」

「だが、まあいい。さあ、始めるか」


 何のことを言っているのかわからない。何かをやる気満々な男が、俺に向かって右手をかかげる。俺はただ呆然とそれを見ているだけだった。


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