その5
シュナイゼルの話を要約するに、俺たちが今いるのが『第二大陸』と言われるところで、国のない、街ごとに治められている、自治区と呼ばれる場所だ。そして、『第一大陸』はもっとも発展している大陸で、大国が密集しているらしい。『第三大陸』は、未開の地で行くだけでも大変な場所なのだとか。
「行くだけで大変な場所って、なんでお前はそんな危ない所に行ったんだ?」
「ん?さあ、なんでだったかな?それより、この3つの大陸は、北を上にして『第三』『第一』『第二』の順番で並んでいるんだ。そして、さっき言った魔王の住む孤島は、『第一大陸』から見て北東に位置する海洋にあるんだ」
「へえ。・・この数字って意味あるの?」
「ああ、この『第一』とか『第二』っていうのは文明の発展具合を表しているんだよ。だから『第一大陸』は一番発展していて、『第三大陸』は文明自体がない、とされているんだ」
ふむふむ、と相槌を打つ。段々頭に地図が出来上がってきたぞ。といっても大陸の具体的な形がわからないから、大きなたらこが縦に3つ並んでいるような地図だが。まあ、今はなんとなくわかればいいよな!
「詳しいところは省くけど、後で地図とか手に入れたほうがいいんじゃないかな。目で見たほうがわかるからね」
「そうだな」
「で、本題だけど・・魔王の居場所がわかっても、記憶のない今の君が行っても危ないだけだよね」
「まあ、そうだな」
今の俺は自分の身すら守れるか不安なぐらいだからな。
「そこで、先に君の記憶を取り戻そうと思う。それは昨日も言った通りなんだけど、実は、君の記憶を取り戻す方法に心当たりがあるんだ」
「えっ?本当か!?」
「こんなことで嘘は吐かないよ」
記憶を取り戻せる。それは願ってもないことだ。期待に、顔が笑みの形を作り始める。でも、名前がわかってから良いことばかりが続いている。もしかしたら、そろそろ悪いことが起こるんじゃないだろうか。そんな不安から笑みが中途半端になって、怪しい顔になってしまった。
頑張って笑みを堪えている俺と違って、シュナイゼルは綺麗な笑顔を浮かべている。いや、綺麗というよりは、愉しくて仕方ない、お気に入りの玩具を前にした子供のような笑顔だ。これから何して遊ぼうかな、とか言い出しそうな、そんな顔を見て、笑みが引っ込んだ。
何か嫌な予感がする。
「あれ?どうかしたのかい?もっと喜んでくれていいんだよ?念願叶うんだからさ」
「あ、ああ・・。それで、記憶を取り戻す方法ってのは?」
まさか・・・頭を強打するとか、変な薬を飲ませるとか、そういうのじゃないだろうな。もしそうだったら、全力でお断りしよう。魔王に挑む前に命がなくなる。
「うん、それはね・・・」
「それは・・・?」
「神官様に頼めばいいんだよ」
「?神官様?」
「そう。聖国家には神官っていう特別な役職があるんだ。その神官様は、祈りの力で様々な病気や怪我を治すことができるんだ。聞いた話では、記憶もある程度は戻すことができるらしいよ。どう?試してみる価値はあるんじゃないかな?」
確かにその話が本当だったら、試してみても良いかもしれない。それに、どうやら命に関わるような何かをされる心配もないようだ。なら、是非やってもらおう。
「よし、じゃあ、聖国家に行って神官様に頼んでみよう!・・・・ところで、聖国家ってどこにあるんだ?」
「さっきの話聞いてなかったのかい?聖国家は『第一大陸』にあるよ。でもここからじゃ船に乗って行かなきゃいけないし、距離も大分ある」
「そうか・・。てか、俺、金なかった。何か仕事しないと旅にも出れない・・・」
そう、俺の持ち物は今着ている服と、聖剣のみ、だ。金やその他の荷物は、多分どこかで落したんだろう。そういうわけで、俺は現在無一文だったりする。長期の旅になんて出る余裕はない。
「勇者が旅に出るために働くって・・・、それはそれで面白いけど、いらない心配かな」
「どういう意味だ?」
「いやだなぁ。勇者様は僕が何なのか忘れちゃったのかい?・・僕は魔法使い、だよ?『転移』の魔法くらい使えるよ」
「いや、魔法使いだなんて今初めて聞いたから!!」
「そうだったっけ?でも見たらわかるでしょ」
「見てもわかんないからっ!」
でもよく考えてみたら、魔法使いっぽい格好しているし、勇者の仲間になろうと言っているのだから何か出来て当たり前だろうし、推察しようと思えばできた、かも・・?・・・・・・。いや、無理だろ。
とか頭の中で推理したり、ツッコんだりしてから、目の前の青年に目を戻す。・・うん、見てもわからない。
「君の様子を見ているの愉しいんだけど、話を進めてもいいかな?」
「えっ?あ、ああ、いいよ」
「じゃあ、『転移』の魔法を使うから・・そうだな、被害が出ない街の外がいいかな。ついてきて」
そう言ってさっさと歩き出してしまう。その後ろ姿を追いかけて俺も歩き出す。
『転移』の魔法ってそんな危険なのか?魔法のことは、当然思い出せていない。そのせいか、どんなものなのか全く想像できない。
魔法とはどんなものなのか空想している間に街を出て、誰もいない森の片隅にたどり着いた。
「ここがいいかな。じゃあ、『転移』させるね」
「ちょっと待って。『転移』って危ないのか?」
「まあね。小さな物ならそこまで魔力はいらないけど、人間なんて大きなものを『転移』させようと思うと、大量の魔力がいるんだ。それが暴発したら・・・危ないでしょ?」
「そ、そうだな」
膨大な魔力が暴発して、辺り一帯が吹き飛ぶ様を想像してしまった。
「これって、俺は大丈夫なのか?」
「何?勇者様は僕の腕を信用してくれないの?」
「いや、そういうわけでは・・」
ただ、怖いだけ、とは言えなかった。無駄な虚栄心だが、言えないものは言えない。語尾を濁した俺を見て何を思ったのか、シュナイゼルは心から愉しそうな笑みをこぼした。
「心配しなくても、無事に送り届けるよ」
「あ、ああ。・・・送り届ける?一緒に行くんじゃないのか?」
「ああ、うん。さっきも言ったけど、人間を『転移』させるにはかなり魔力が要るんだ。それに、正確にコントロールしようと思うと、集中力も必要だ。だから、一人ずつ送ったほうが安全なんだよ」
「そうか・・」
「そう。不安だとは思うけど、大丈夫。ちゃんと送るから」
「・・・うん。信用してる。頼むよ」
腹を決めてシュナイゼルの前に立つ。それを確認したシュナイゼルは、荷物の中から杖を取り出した。
俺に向かって杖を掲げて、何かよくわからない呪文を呟く。
「・・・!」
変化は突然だった。訳のわからない呪文を聞いていたはずが、ふいに体が軽くなったのだ。そして一瞬の間の後、着地したような軽い衝撃を受けた。
気が付いたら、どこか、暗くて広い所に出ていた。恐る恐る辺りを見渡す。暗くてわかりずらいが、どうやら室内のようだ。それもかなりの広さがあるらしく、隅が見えない。近くに太い柱があるのが見えるが、それ以外は暗闇に呑まれていてわからない。暗さからくる本能的な恐怖に体が竦む。
何だってこんなところに『転移』させたんだ。それに室内でなくてもよかったはず・・。次に来るはずのシュナイゼルに言うべき文句を頭の中に並べる。そうすることで、少し恐怖が紛れた。
そうだ。ここは聖国家のどこかなのだ。それにシュナイゼルが変な所に飛ばすはずがない。恐れることは何もない。
のほほんと、シュナイゼルを待つ俺は完全に油断していた。だから、この後、死ぬほど驚いたし、実際死ぬかと思う出来事に遭遇することになった。