その3
ここはリーガルという街にある宿屋兼食堂だ。あの森から一番近かった街である。俺とシュナイゼル(森で出会った美青年のこと。名前を訊いたらそう答えた)は、食堂の隅で顔を突き合わせていた。
「ではまず、君の記憶を取り戻すことにしよう」
俺が記憶を失っていることを話した後のシュナイゼルの言葉だ。あっさり信じたし、仲間になることを翻したりしなかった。本当に変わっている。大丈夫なのか、と俺のほうが心配になってしまう。
「さしあたって、一番に思い出してほしいのは、名前、かな。なんて呼んだらいいのかわからなくて困るからね」
いや最初がそこかよ!とツッコミかかって止めた。なんだか無駄な気がする。それに俺自身、自分の名前を早く思い出したいと思ったから。
「でも思い出そうと思って、思い出せるわけじゃないし・・・。どうしたらいいのか、全然わからないんだけど」
思考が行き詰って、もはや勇者っぽく喋ることも止めてしまった。
早く思い出して安心したい。それが俺の切実な願いだ。いや、それよりも先に風呂に入りたい。まだ泥だらけの汚らしい姿のままだし。
だがシュナイゼルは、そんな俺の願いなど知らない。よって適当な答えしか返ってこなかった。それは例えば、「頭を打ったら思い出すんじゃないかな?」とか「記憶を失った場所に行ってみるとか?」などなど、である。
本気で言っているのだろうか?だとしたら彼は、記憶探しなど本当はどうでもいいと思っているに違いない。
「まあ、記憶を思い出すまでは「勇者様」って呼ぶよ」
にこにこと笑ってそんなことを言う。それはそれで恥ずかしい。間違ってはいないが真面目にそう呼ばれるには抵抗がある。
止めて欲しい。そう言おうと彼を見るも、とっても愉しそうな笑顔を浮かべているだけだ。なんとなく名前を思い出した後も彼は「勇者様」と呼び続けそうな気がしてきた。妄想ではない、恥ずかしい未来を回避するため、頑張らなければならない。
そんな決意を密かに固めた俺の姿を見て、シュナイゼルは口を開いた。
「ま、とりあえず君はお風呂にでも入ってきたら?勇者様がそんな汚い恰好をしているのはどうかと思うよ」
「あ、ああ・・。じゃあ今日はこれで解散しようか」
宿は同じだが取った部屋は別々。なんだか信用されていないような、逆に一応の警戒心はあってほっとしたような、微妙な気分になった。
翌朝。俺の名前がわかった。