その3
「おい、ベリアス!陽動の意味を答えてみろ!」
「何だ、藪から棒に」
「お前、自分が何やってるのか分かってんのか?!」
「見てわかるだろう。歩いている」
「そうだな!出てくる奴を、片っ端から吹っ飛ばすしながら歩いてるな!!」
もう何人目か分からない、警備員を床に叩き伏せ、こちらを振り返る。俺たちが進んできた通路のあちらこちらで、警備員が気絶していた。命を取ってないだけマシとだと、そう思うべきなのだろうか。
しかし、この警備員も弱すぎるだろ。見たことのない筒状の武器を持っているが、何かする前にベリアスに倒されているから、どう使うのかさえわからない。
そもそもベリアスは素手だぞ。どうして、こうまで為すがままなんだ。いや、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「シュナイゼルとバラシオンが、陽動してくれている意味がないだろ」
「陽動は、俺たちを此処に侵入させやすくするためのものだ。侵入した後に俺がどうしようと、関係ないだろ」
しれっとそう言って、再び歩き出す。その後を、エリィが追いかける。さすがに此処は、彼女の父親が管理していると思わしき場所だ。緊張のあまり口数が少なくなっている。
「そんなに俺のやることが気に入らないなら、お前はお前で好きにすれば良いだろう?」
振り返りもせずにそんなことを言う。しかし、此処で別れたところで、もう意味なんてないし、こいつに常識を諭すのも必要だろう。
エリィにそれは期待できないし、何より俺自身、此処には興味があるのだ。興味というか、危惧というか。不安、嫌な予感、そういったおよそ放っておくと大変なことになりそうな感覚があるのだ。
「ついて行くよ。でも、そろそろ大人しくした方が良くないか?まだ何も見つけていないのに、捕まったりしたら今までのことが無駄になるだろ」
「・・・そうだな。憂さも晴らせたことだし、そろそろ目的を果たしに行くか」
憂さ?・・・ひょっとして、下水を通ったことか?
やっぱりあんな所を通ったことは、腹が立ったんだろう。それに、性格的に合わないシュナイゼルの手引によるものだしな。
わからないでもないから、これ以上五月蠅くいうのは止めておこう。
「ふむ、此処を右か」
「?お前、道わかるのか?」
T字路の右から飛び出してきた警備員を壁に叩きつけ、呟いたベリアスに訊く。ちらりとこちらを見て、肩を竦める。
「気付いていないのか?こいつらは、いつも一方向からしか来ていない」
「一方向?」
「ああ、例えば今まで通って来た道。此処の中には、挟みうちに適した一本道が幾つもあった。なのに、こいつらはそんなこともせず、前からしか襲いかかって来ない。それに、これ」
今倒したばかりの警備員。その腰に差し込まれていた、あの筒状の武器を手に取り、俺に見せた。
見ろと言わんばかりの動作をするので、エリィと一緒にもっとよく見てみる。
黒光りする筒はL字をしていて、一辺には穴が空いている。覗いてみると、何かが詰まっている。もう一辺は、握りやすくなっている。彼らはこの部分を握って、穴をこちらに向けて構えていた。
「恐らくこれは、この穴から何かを射出することで破壊力を出す武器だろう。握り方から考えて、簡単な動作で発動できるはずだ」
「そう、なのか?よくわかるな」
「バラシオンの報告にもあった。これは、人間なら誰でも使える、便利な武器だ。だが、奴らはこれを構えても、使おうとしなかった」
「つまり?」
「つまり、俺たちは誘われている、ということだ」
誘われている?何処へ?いや、そんなことより、誘われているとわかってて進んでいたのか?
「中の構造は、ある程度しかわからない。向こうから出迎えてくれたなら、有難いではないか」
「何かあるのがわかってて行くのは、どうかと思うぞ?」
「ふん。俺が人間如きに負けるわけがない」
自信有りげに言っているが、つい昨日オーガナイトに手も足も出なかったのは誰だよ。俺が逃げようと言わなかったら、ひょっとしたら負けてたかもしれない、とは考えないんだな。
まあ、今更か。こいつの自信はある意味安心できるし。さっきからする嫌な感覚が、少しは和らいだ気が・・しなくもない。気のせいかもしれないが。
「他に意見がないなら、先に行くぞ」
「・・わかったよ。行こう」
どう考えても俺には選択肢がなかった。エリィが反対しないかと期待したが、俺たちの会話が聞こえているのかいないのか、手にした武器を食い入るように見つめている。心なしか顔が青ざめているようなきもする。
声をかけようかどうしようか、迷っているうちにベリアスが先に進み始めてしまった。エリィもすぐにその後に続いた。結局声をかける機会を失った俺も、釈然としないまでも続く。
しばらく歩いて、異変に気付いた。さっきから警備員が出てこない。どころか分かれ道が出てこない。ずっと同じような通路が続いていて、先に進んでいるのかどうなのか、わからなくなってくる。
何度も振り返るが、後ろも似たような道なので、段々焦りが生まれてきた。
これは、いつかの魔王城での出来事と同じなのではないか?魔法で、同じところをぐるぐる歩かされているのではないだろうか。
と、先頭のベリアスが止まった。
「どうした?」
「あれを見ろ」
ベリアスが指す先。進行方向に壁があった。いや、壁のようだが、よく見てみると真ん中が少し開いている。どうやら扉のようだ。
「行くのか?」
「他に行くところがないだろう」
それはそう、なんだが・・・。嫌な予感が急速に拡大している気がする。だが、そんな俺のことなど知らずに、2人とも歩き出してしまう。あそこへは、行ってはいけない。でも、行くしかない。
少しだけ迷って、それでも行くしかないという結論に従って、俺も歩き出す。
2人はもう扉の前だ。早足で近づく。と、扉が勝手に動き出した。ゆっくりと左右に開いていく。
口内溜まった唾を飲み込んで、部屋の中へと目を走らせる。
中は、廊下同様、白くてがらんとしていた。ベリアスと初めて会った、あの広間並みに広いのに、天井を支える支柱が一本もない。おかげで、室内は一目で全部見えた。
「こんにちは。私の娘を連れてきてくれて、ありがとう」
部屋の奥。壁を背にして、オーガナイトが立っていた。優しげな顔で笑って、エリィに目を向ける。
「エリィ、怖い思いをさせて悪かったね。さ、家に帰ろう」
「父様・・・」
青い顔をしたエリィは、一歩だけ足を踏み出し、ベリアスを振り返った。ベリアスは、オーガナイトを視界に収めたまま動かない。多分、エリィのことは、頭から締め出してしまっているのだろう。
しばらく、ベリアスを見つめた後、再び父親に視線を戻した。変わらない笑顔で我が子を待つオーガナイトを見たエリィは、視線を床に落とした。
「エリィ?どうしたんだい?」
「父様、お訊きしたいことがあります」
「何だい?」
「これは・・・これは、何ですか?」
見せたのは、先ほどの武器だ。そういえば、捨てたところを見ていない。ずっと持っていたのか。そんなことをぼんやりと思っていた。今はそんなことより、オーガナイトに飛びかからんばかりの殺気を撒き散らすベリアスの方が、気になっているのだ。
「それは、君が持つべきものじゃないよ。返しなさい。そして、忘れなさい」
「父様!質問に答えて!これは、一体何?!」
エリィが堪え切れなくなったように、叫んだのと、ベリアスが踏み出したのは同時だった。
オーガナイトとの距離はかなりあるというのに、あっという間にその差が縮まった。さっきまでは確実に何も握られていなかった手に、剣を持ったベリアス。余裕の笑みを崩さないオーガナイト。俺とエリィは、呆然としていた。
「死ね!!」
「懲りないね、君も」
バリン、という音とともに、またしても吹き飛ばされるベリアス。だが、今回は違った。ベリアスは吹き飛んだが、それはオーガナイトも一緒だった。
無事に着地したベリアスは、油断なく剣を構え直す。一方オーガナイトは、床に転がって驚いた顔をした。
「まさか、このシールドを破るとは・・」
「はっ、命乞いをするなら今のうちだぞ」
「いやいや、これは彼の言う通りだったな」
彼、とは誰なのか。そんな問いが口をつく前にオーガナイトの背後の壁が左右に割れた。いや、壁だと思っていたが、どうやら向こう側も扉だったらしい。
その扉から、見知った顔が出てきた。
「・・っ!?シュナイゼル?!何で!?」
出てきたのは、性悪な魔法使いだった。
「何で、お前が此処に!?」
「落ち着いて、勇者様。簡単なことだよ。僕はこの、総取締役様と仲良しだからだよ」
立ち上がったオーガナイトの隣に立ったシュナイゼルは、いつもの爽やかな笑顔を向けた。
俺は、心の何処かで、まだこいつを信じていたのかもしれない。何かしでかすかも、って思っていたのに、こんな登場をしたことが信じられない。驚きで、まともに頭が働いていない。
しかし、俺以外はすぐに立ち直ったようだ。むしろベリアスは、気に入れないシュナイゼルを倒す絶好の機会に笑みを浮かべてさえいた。
「やはり、裏切ったな。まあ、いい。お前も死ね」
「それは嫌かな。ということで、これ、何でしょう?」
と、シュナイゼルが掲げたそれは、エリィが持つ武器と似ていた。しかし、それは、持ち手の部分からチューブが伸びていて、小脇に抱えられる大きさの容器に繋がっていた。
一体なんだ?見てもわかるわけもなく、ベリアスやエリィも訝しげに眉を寄せた。
「これは、私が開発した『魔力抽出機』だ。人間と比べ物にならない魔力を持つ魔族を、無力化することができる」
余裕の顔で説明するオーガナイトは、シュナイゼルからそれを受け取った。筒をベリアスに向け、構える。
「まあ、論より証拠。まずは見せてあげよう」
言って、持ち手の上にあったボタンを押す。と、ふいーんという何かが動く音と共に『魔力抽出機』が光り出す。でも、何かが出てくるでもなく、特にこれと言って何かが起こったようには見えない。
「・・これは・・!」
「!?べりあす?」
ふいに、ベリアスがよろけたように見えた。しかし、すぐに体勢を立て直して2人に目を向ける。
「ふむ、なるほどな。対象の魔力を吸い取ることができるのか。人間にしてはなかなかの物を作ったな」
「褒めてくれてどうもありがとう。しかし、この程度じゃ無力化出来ないのか」
「いえ、彼が特別なだけですよ。現に、彼の部下はこれで動けなくなりましたから」
「それって・・!」
「バラシオン、だっけ?あのお爺ちゃん。なかなか頑張ってたけどね。今は体中の魔力を奪われて、動けないよ、ほら」
小さく呪文を唱えて、バラシオンを召喚するシュナイゼル。確かに、バラシオンはぐったりとして、動く気配がない。それを見て、オーガナイトがさも「言い案を思いついた」、という顔をした。
「ほう、では、このバラシオンとやらの命が欲しかったら、私に協力してくれないかな」
そんなことを普通に言ってくる。
協力って、明らかに脅しているじゃないか!しかし、バラシオンの命は向こうが握っている。嘘かもしれないが、バラシオンは向こうの手の中だ。本当に殺してしまうかもしれない。かと言って、協力というのは頷けない。実験、ということを前に言っていたし、それこそ命の保証がない。
「好きにすればいい」
「ベリアス!?」
「それは、協力してくれるってことかい?」
「違う」
俺からは背を向けているからわからないが、多分いつもの無表情をしているのだろう。ベリアスの言いたいことがわからず、オーガナイトが眉を顰める。
「バラシオンの命など、どうでもいい。お前たちの好きにしろ。ただし・・、今この場で俺に斬られて生きてられたら、の話だがな」
再び構えて飛び出そうとするベリアス。しかし、緊張するオーガナイトと反対に、シュナイゼルが今度は手にナイフを召喚した。それをバラシオンに突きつける。俺の中で、何かが弾けた。
「駄目だ!ベリアス!!」
「!?離せ!」
正に踏み込もうとしたベリアスに、飛びつく。驚いたベリアスが、反射的に俺を振りほどいた時、視界の隅でオーガナイトは嫌な笑いを浮かべた。
足元の床が、ない。
気付いた時には、既に落下していた。
「え、え?ええええええーーーー!!??」




