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未来の伝説  作者: 雲雀 あお
「世界を救う」ということ
18/23

その2



**********



「じゃあ、今から説明するよ?」


 笑みを深めたシュナイゼルが、そう言った。しかし俺の中の、シュナイゼルの信用はいまや地に落ちている。言うことすこと全てが、胡散臭うさんくさく見えてくる。絶対に良案りょうあんは出さないと分かり切っている。


「まず、事を起こすのは明日にするよ。今日は警備の目にすきがないから。それと、逆に明日を逃すと、追手に見つかる可能性が上がるからね。ぶっつけ本番で行くことになるけど・・・覚悟かくごの上だよね?」


 まあ、それは俺たちの考えと一致いっちしているから、良い。だが肝心かんじんの侵入経路は、どうなっているのか。そこが問題だ。


「で、気になる侵入経路だけど、地下からがベストだと思うんだよね。ほら、主要施設も地下にあるし」


 やけに、にこやかな顔でそう提案する。たのしそうに笑っていることがすでに気がかりだが、そんなところから侵入っていうのは出来るのか?主要施設が地下、ということは、侵入者対策も地下の方が厳しいと考えるべきだろう。


「あ、そうそう。地下からは地下からだけど、君たちには下水道から這入はいってもらうから」

「え・・?」


 さらりと言われた言葉を、もう一度頭の中で流す。よく吟味ぎんみし、間違った受け取り方をしていないか考える。例え間違えようのない言葉でも、何度も確認する。


「・・・この俺に、人間どもの汚物おぶつが流れる道を行け、と?他に道ぐらいいくらでもあるだろう」


 おさえきれない怒りのオーラが、見えるようだ。だが、今回ばかりは俺もベリアスに賛成だ。下水なんて、好きこのんで通りたくもない。


「そこは我慢がまんしてもらわないと。確かに此処ここの地下は、何故だかたくさんの道、所謂いわゆる地下道があるけど、そこは絶対警備が厳重げんじゅうだよ。それに、相手の考えない経路を通るのが一番成功するって、僕は思うけどな」


 一理いちりある。あるけど、出来れば嫌だ。下水道を歩いたことはないと思うが、想像はできる。きっとすごくさくて、凄くきたない、嫌なところだろう。


「貴様の言うことは正しいかも知れんが、俺はそんなところを通るぐらいなら正面から行く」

「いや、さすがにそれは・・・」


 でも、俺も一瞬そっちの方が良いかな、とか思ってしまった。駄目だ。俺まで暴走したら、こいつを止められる者がいなくなる。・・・止められたことなんてないけど、努力はするべきだ。


「そうだな。下水、良いんじゃ、ないか・・?」

「顔が引きっているぞ」


 いかんいかん。心情が顔に出てしまった。これでは本当に、ベリアスは正面から特攻とっこうをしかねない。というか、確実にする。


「下水道が嫌なら、陽動ようどうをしてもらうけど?」

「陽動?」

「そう。ちょっとでも成功率を上げたいからね。本命は下水から、陽動は地下道から、それぞれ行く。陽動は派手はでわなに引っかかったり、警備の前に出たりして、向こうの目を引くのさ」


 他でばたばたやっている裏で、本命である俺たちが下水から侵入を果たす。そういうことらしい。それなら、下水からの方が安全に侵入できそうだ。気持ちの問題が立ちはだかっているけどな。


「・・・・」

「うーん、それでも嫌だって言うなら、魔王陛下は他に良い作戦があるのかな?」

「・・・・・ない」


 むすりとした顔で、答える。さっきの怒りはまだくすぶっているようだけど、とりあえずは賛成したようだ。というより、反対できなかった。


「じゃあ、勇者様と魔王陛下が本命、つまり下水組で、僕が陽動、で良いよね?」

「下水組は止めろよ、下水組は」

「待て。陽動にバラシオンも加えろ」


 俺がどうでもいい抗議こうぎの言葉を出した後、無表情に戻ったベリアスが言った。とうのバラシオン本人は、一切いっさい口をはさむ様子がない。変わらず、ベリアスのそばにひかえている。


「別に良いけど、どうして?」

「貴様は信用できない」

「えー、ひどいなぁ」


 もっともな理由に、大げさに肩をすくめたシュナイゼルが、俺を見る。


「勇者様も、それで良い?」

「え?あ、ああ、良いよ」

「良かった」


 満面の笑顔だった。さわやかで、裏なんて一切ないようだ。それが余計に、俺の警戒心を刺激する。「また何か、企んでいるんじゃないのか?」という考えが頭に浮かぶ。しかし、俺がそのうたがいを口にする前に、シュナイゼルは扉の前へ移動してしまった。


「じゃあ、僕はこれで。バラシオン君、地下道の入り口は東西南北に一つずつあるから、明日は東門に集合しよう。・・・それでは、良い夜を」


 綺麗きれいな礼を一つして、出て行ってしまう。何か言うひまさえなかった。仕方なく、正面に座るベリアスに目を移す。ベリアスは、まだシュナイゼルが出て行った扉を見ていた。


「・・・って、下水道の入り口は?」

「調べればすぐわかる」


 ぼそりと言った俺の問いに、ベリアスが簡潔かんけつに答えた。あまりに静かな声に、ちょっと不安になった。怒っているこいつと一緒には、居たくない。特に、静かに怒っているときほど怖いものはないのだ。しかし、俺の危惧きぐとは裏腹に、ベリアスは普通だった。普通に無表情だった。普通すぎて、やっぱり怖い。


「あ・・俺、食事に行こうかなぁ・・」


 正直腹は減っている。それ以上に、この部屋に居たくなくて逃げるように外へ出た。宿のおばあさんに、自分とエリィの食事を用意してもらう。

 部屋に戻ったらまたあの状態のベリアスと顔を会わせることになるのだろうか。考えただけで、気持ちがしずむ。もう沈みようがないほど沈んではいるが。

 食事中もずっと考えていた憂鬱ゆううつは、部屋に帰ってからも続き、結局眠気ねむけに負けるまで消えなかった。



***********



「というようなことが、昨日あったんだ」

「・・・そう。つまり、こういうことね」


 口元と鼻をハンカチで押さえたエリィが、剣呑けんのんな光が宿るをこちらに向ける。


「私たちが、こんな目に合っている原因は、そのシュナイゼル、とかいう者の仕業しわざなのね・・?」


 普段よりも低い声が、怒りを表している。分からないでもないが。

 俺たちは今、なぞの液体が流れる水路のわきを歩いていた。ただよ強烈きょうれつ臭気しゅうきと、足の下がねばつくわりすべりやすい通路は、予想以上に不快だった。湿気もかなりあり、肌に粘つく感じが一層不快感をあおっている。


「そうだな。でも、行くって決めたのはエリィだろ?」

「それは・・、そうだけど・・・」


 朝、ベリアスから下水道を歩くことを聞いたエリィは、一度は拒否きょひしたのだ。しかし、最終的に付いてきた。自分で選んだからには、責任を持ってもらいたい。このままでは、俺が怒りの餌食えじきになりそうだし。


「だけど、これほどとは思わなかったのよ。気持ち悪くて仕方ないわ」

「そうだな。・・なぁ、ベリアス?まだ着かないのか?」


 同意はするが、それ以上はどうしようもない。一刻も早く、此処ここから抜け出すしか方法はない。先頭を歩くベリアスに、声をかける。ベリアスは、昨日のうちにバラシオンに調べさせた下水道の地図に目を落としていた。


「まだだ。・・次の角は右だ」

「・・・わかった・・」


 俺とエリィの口から溜息ためいきこぼれた。


 ベリアス、エリィ、俺の順でせまい通路を進んでいく。時々、進路を指示するベリアスの声以外に聞こえる声はない。ただ、水音と3人が歩く音ばかりがひびいている。


「ねぇ、何か話さない?」

「・・いいけど、何かって何だよ?」


 しばらく無言で歩いていたエリィが、唐突とうとつにそう言った。沈黙にえられなくなったのか、不快感を少しでもまぎらわしたいのか、とにかく俺としては賛成だ。このままずっと黙っていたら、気がおかしくなりそうだったのだ。


「じゃあ、自分の好きなものについて話しましょ。まずは私。私は、本を読むのが好きなの。自分じゃ体験できないような冒険ぼうけんは、心がおどるわ。・・・ベリアスは、何か好きなもの、ある?」

「そうだな・・。いきがった相手を完膚かんぷなきまでにたたせて、身の程をわきまえさせることだな。特に、自分は最強だ、などと言っているやからひざまつかせるのが、愉しい」

「前々から思ってたけど、お前、空気を読むの苦手だよな」


 苦手というか、読むということをしないというか。全然、盛り上がらないんだけど。むしろ、盛り下がったんだけど。口を開く空気じゃなくなってんですけど!


「え・・、ええっと・・・、あ、貴方は?」


 どうにか口を開いたエリィが、俺に話を振った。この空気の中、俺の好きなことなんて言って盛り上がる気がしない。気なんか紛れないと思うぞ。しかし、振られたからには答えなければ。


「そうだなぁ、俺の好きなものは・・・」

「・・?好きなものは?」

「えっと・・」


 俺の好きなもの?記憶のない俺の、好きなもの?一体なんだ、それは。待て待て、落ち着け。よく思い出せ。記憶を失ってからの、あれやこれやを。きっと何か良いこととか、気に入った物とか、あるはずだ。


「・・・・・」


 駄目だ。今までのひどいことしか出てこないぞ。いや、逆転だ。逆転の発想をするべきだ。嫌なことはあるんだから、その逆の出来事ならきっと嬉しいし、好きになれることもあるはずだ。


 えっと、まず記憶喪失、の反対だから・・・「記憶を失わない自分」?・・・駄目だ。いろんな意味で駄目だ。

 次は・・・、シュナイゼルとの出会いと、『転移』先が魔王城だったってことか。これは、運が悪かったんだろう。シュナイゼルに出会いさえしなければ、この先の展開は一切なかったことになるんだからな。と、すると・・・「運の良さ」?って、好きなことではないだろ、これ。

 後は、ベリアスと出会ったこと、か?ベリアスの暴走に付き合わされたり、ベリアスの我儘わがままに付き合わされたり、ベリアスの・・・、えっと、つまりこれも「運」か?


「ねぇ、どうしたの?」

「えっ?いや・・、何でもないよ」

「そう?」

「ああ、何でもないよ、本当に。えっと、俺の好きなもの、だよな・・・」

「そうよ。深く考えなくても良いのよ?」

「うん、わかってる」


 好きなもの、好きなもの・・・。駄目だ。思いつかない。こうなったら仕方ない。適当に無難ぶなんなものを選んで答えよう。


「俺の好きなものは、シチューだよ」


 魔王城での食事はおいしかった。流石さすが城の食事だ、と思ったのが遠い出来事のようだ。


「・・・・」

「どうかした?」

「今、食べ物の話をしてほしくは、なかったわ」


 言われて気付いた。この嫌なにおいに囲まれた状態で、食事を思い浮かべると、胸がむかむかしてくる。おいしかったはずの食事が、途端とたん不味まずく思えてくるのだ。さらには、吐き気までもがこみ上げてくる。


「・・・・ごめん」


 小さくあらまって、顔を上げるとベリアスが立ち止まっているのが見えた。エリィにぶつかる前に、足を止める。


「どうしたんだ?」

「あれだ。あれが、地下施設と近接するかべだ」

「壁?」


 壁に出てどうするというのか。そこまで考えて、ひらめいた。

 俺は、地図を見ていないから知らないが、てっきり、施設とつながる場所があるんだとばかり思っていたのだ。いや、あるかもしれないが、そこは確実に汚水おすいれ流されている場所、となる。ただでさえ嫌がっていたベリアスが、そんなところからの侵入を選ぶはずがなかった。

 ゆっくりと右手を上げるベリアスを見て、予想が的中てきちゅうしたことを知った。


「ちょ、ちょっと待て・・!」


 目の前のエリィが邪魔じゃまで、一歩が踏み出せない。その間に、ベリアスが放った魔法が壁をえぐる。い上がる砂塵さじんに、とっさにエリィを腕の中に抱え込みかばう。目をつぶった外で、爆風ばくふうが通り抜ける。

 次に目を開けた時は、壁に見事に穴が開いていた。その向こうは、綺麗に整えられた清潔せいけつな通路が見えている。


「此処は・・・」

「ふ、・・さあ、行くぞ」


 唖然あぜんとする俺たちを置いて、ベリアスが白い通路に足を踏み入れた。



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