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未来の伝説  作者: 雲雀 あお
企み
15/23

その4

 部屋の中で、一人の少女が手をげていた。まるで、その手から何か出そうとしているようなそのポーズに、一体何の意味があるのか。さらにその姿勢しせいで、テーブルに片足を乗せている。ドレス姿の女性がそんな格好をしているとは、誰も思わないだろう。何でそんなポーズをしているのか、見ただけでは理解できなかった。


「な、何を見ているの?!」


 動揺どうようしながらも、急いで机から足を降ろす少女。普通に立った彼女は、それなりに可愛かったが、先ほどの姿が頭から離れない。


「ここで、何をしているのっ!早く出て行きなさい!」


 何をしていたのかは、俺の方が訊きたい。だが、今はそんなことより、人に見つかったことを気にするべきだろう。どうやら、俺たちがいろいろとやらかしたのは知らないらしいが、人を呼ばれると面倒だ。


「ベリアス、とりあえず場所を移すぞ」


 まだしかつらをしているベリアスに、声をかける。


「何故だ?今から動いた方が、余計に見つかるだろう」

「いや、それはそうなんだけど・・・」

「貴方たち、何かしたの?」


 あ、ヤバイ。なんか、警戒されてる。これ以上騒がれたら、まずい。なんとか誤魔化ごまかさないと・・・。


総取締役そうとりしまりやくとやらを殺そうとしたが、失敗した。・・・こいつのせいで」

「お前はもう、口を開くな!」


 それと、さりなく俺のせいにするな!

 誤魔化す前に、こいつの口をふさぐべきだった。少女の顔がみるみるけわしくなっていく。ああ、これはもう駄目だ。言い訳とかしても無駄だろう。


「父様を殺す?何て事を・・。貴方の目的は何?!」

「て、何でそこで俺を見る!?」


 何を勘違いしているのだろうか。何故か、彼女の中で主犯しゅはんは俺になっていた。違うから。俺じゃないから。主犯どころか、助けようとしてたんだよ、これでも。


「・・ん?あれ?「父様」って・・・」

「あら、知らなかったの?私は、貴方が殺そうとした総取締役、オーガナイトの娘よ」

「娘?」

「ほう・・」


 堂々と名乗った少女は、険しい目つきで俺をにらんだ。だから、俺じゃないって、犯人は。だが、隣のベリアスは何を考えているのか、あらぬ方向を見ていて会話に参加しようとしない。何で余計なことは言うのに、こういう時は口を挟んで来ないんだ。


「そうよ。エリトリカ・ラナ・アスフィートよ。貴方たちが此処ここに居ること、すぐに父様に知らせてやるんだから」


 そう言って、部屋の奥へと向かう。部屋の出入り口は俺たちが塞いでいるのに、どうしようというのか。


「む、仕方ないな」

「ベリアス?」


 部屋の壁を見ていたベリアスが、急に動いた。残像が残るくらいの速さで駆け、窓に手をかけたエリトリカの首根くびねっこをつかむ。そして、驚いたエリトリカが叫ぶ前に、床に叩きつけた。


「おまっ、何やってんだ!!」


 我に返って、床に倒れたエリトリカを抱きかかえる。息は・・・している。衝撃で気絶しているだけのようだ。しかし、女の子に何て事をする奴だ。彼女を抱えたまま、睨んだが、何故睨まれているのかわかっていないのか、きょとんと首を傾げた。・・・こいつは一から十まで説明しないと、わからないのか?


「・・・何でこんなことしたんだよ」

「こいつが逃げ出そうとしたからだ」


 そこで、ようやく俺も彼女の行動が理解できた。エリトリカは、窓から叫ぶか、あるいは出るかして、誰か呼ぶつもりだったのだ。見た目は良家りょうけのお嬢様なのに、随分とお転婆てんばだな。というか、理由があれば酷いことをして良い、ということにはならないからな。


「だからって、これはひど過ぎだろ?もっと方法はあったはずだ」

「これが一番、手っ取り早いだろう?そもそも、お前がめれば済んだ話だ。何もしなかったお前に言われたくはない」

「それは、そうかもしれないけどな・・、相手は女の子だぞ。女の子には、もっと優しく接するものだ」

「・・・よくわからんな。何故、女なら優しくしなくてはならないのだ?」

「えっとだな・・」


 駄目だ。こんな根本こんぽんからわかっていないなんて、思っていなかった。というか、上手く説明できる自信がない。こういうのは、感覚でするというか、理屈でそうするもんじゃないと思うんだが・・・。

 返答に困って口をまごまごさせていると、ベリアスが扉の方を見た。何かあったのか?と、俺も扉へ視線を移す。すると、扉をノックする音と「お嬢様、ただ今戻りました」という声がした。

 拙い。誰か来た。


「お、おい・・!」

「出るぞ」


 出るってどこから、と思ったら、ベリアスは、先ほどエリトリカが飛びついた窓を開け放った。そこから出る、というわけか。考えなくても、今出入りできるのはそこだけだったな。外へ出る前に、気絶したエリトリカをソファへ移動させようと、抱え上げる。


「お、お嬢様・・!」

「えっ・・」


 いつの間に開けたのか、扉の向こうには、驚くメイドさんが居た。彼女の目に、今の俺はどう映っているのか。

 開け放たれた窓。そこから今まさに出ようとしているベリアス。そのそばで、気絶したエリトリカを抱える俺。

 誰が見ても、俺たちは人攫ひとさらいに見えるだろう。


「ち、違うっ!俺は、彼女を・・!」

「誰かー!!誰かっ、お嬢様が!お嬢様がーっ!!」


 弁解べんかいの言葉をかき消す程の大音量だった。すぐに廊下を走る足音がしてくる。


「急げ!」

「んなこと言ったって・・!」

「ちっ・・!とろくさい奴だな!」

「!うわっ!」


 俺のそばに戻ってきたベリアスが、エリトリカごと俺を持ち上げる。そして、そのまま窓から外へ飛び出る。すぐに、しばの敷き詰められた庭に、乱暴に降ろされた。


「行くぞ」

「ちょっ、この娘はどうするんだよ・・!?」

「知るか。そこら辺に、捨ておけ」

「出来るか!!」


 床に叩きつけて気絶させた上に、外まで連れ出してしまった彼女を庭に放置とか・・・。どんだけ酷い仕打ちをするつもりだ。かと言って、連れて逃げるなんて、とんでもないリスクを負う必要はないし。いやいや、だからって庭に放置は駄目だろ。きっとすぐに見つけてもらえるとは思うが、「女の子は大切に」と偉そうに言った手前、そんなことはするべきではない。

 短い間にそれだけ悩んだ。悩んだだけで、答えは出なかったけど。


「!来た。・・・こっちだ!」


 ベリアスが先導して、低木ていぼくの間を進む。ええい、仕方ない。可哀想かわいそうだけど、置いて行こう。

 やっと決心した俺が、行動に移す時間はなかった。


「居たぞ!!」


 ベリアスが進んだのと反対方向から、スーツの集団が駆けてくる。彼女を降ろしていたら、確実に捕まる・・!


「う・・、くそっ!」


 ベリアスの後を追って駆け出す。両手にエリトリカを抱えているから、走りづらくて仕方ない。それでも、捕まることを考えたら逃げるしかなく、結局降ろす機会がないまま、国会議事堂を再び走ることになった。



***********



 ようやく、足を止めたのは『コミューズ』の街中だった。完全に安全な魔王城へ帰りたかったが、ベリアスががんとして譲らず、結局街中に潜伏せんぷくすることになってしまった。


「なあ、帰ろうぜ」

「駄目だ。あいつを殺すまでは、帰らん」


 さっきからこの調子だった。

 街の中でも特に人通りのない路地に、ぽつんと建っていた小さな宿屋やどや。俺たちはそこに、部屋を取った。といっても、見つかる確率が高いこの街に、いつまでも居るわけにはいかない。早く出たほうが良い。それぐらいベリアスもわかっているだろうに。よほどさっきのことが、腹にねているのだろう。


「落ち着けよ。確かに、あのオーガナイトとか言う奴は、おかしなことを言ってたけどな、今は安全を確保した方が良いだろ?」

「・・・・・」

「なぁ・・」

「うるさいぞ。帰りたいなら一人で帰れ」

「それが出来てたら、とっくにしてるって・・・」


 溜息ためいきこぼれた。かたくなだな、本当に。

 不機嫌顔ふきげんがおで黙るベリアスから視線をずらす。そこには、部屋にそなえ付けのベッドがあった。今そのベッドには、ドレス姿の少女が寝かされている。エリトリカだ。抱えて逃げて、ここまで連れて来てしまった。

 また溜息が口かられる。何処どこをどう間違えてしまったんだろうか。・・・・・・・最初からか。小さな失敗が大きな失敗を呼んでいる気がする。

 三度目の溜息。どうしたものか。ベリアスの説得は難しい。でも、こいつを説得しないと俺は歩いてこの国を逃げなければいけなくなるわけで、それだと捕まる率がとんでもなく高くなるわけで・・。今は気絶しているエリトリカを、どうするかってことも考えなければいけないし。

 溜息、しか出てこない。どうしよう。


「・・ん・・・?」


 悶々(もんもん)と悩む俺の耳に小さな声が届く。見ると、エリトリカが目を覚ましたようだ。緩慢かんまんな動作で体を起こした彼女は、自分がどこに居るのかわからず、おびえたようにシーツを引き寄せた。

 ああ、今からこのに説明もしないといけないのか・・。誤解を解くにはどうしたらいいのか、考え始めたら頭が痛くなりそうだ。


「ここは・・何処?貴方たちは、誰?」

「・・・あれ?」


 ベッドの上で怯えている彼女は、まるで俺たちのことなど知らないみたいだった。これは・・、記憶喪失、とか?


「記憶がないのか」

「ええ・・。私、商業国の総取締役の娘よ。ここは何処?国会議事堂ではないの?父様は?貴方たちは誰なの?」


 ベリアスの問いに、割と明瞭めいりょう声音こわねで答える。どうやら頭を打ったせいで、俺たちに会った前後の記憶が飛んでいるようだ。俺みたいに全部忘れているわけではないようなので、その点は良かった。面倒な誤解もなくなったようだし、体調も悪くはないらしい。ということは、上手く説明すれば彼女の方の問題は片付きそうだな。

 心の軽くなった俺が口を動かしたとき、横から声がした。

 

「落ち着け。順を追って話してやろう」


 何だと・・!?ベリアスが、あのベリアスが説明をするだと・・!!それだけは駄目だ!

 阻止しようと、口を開く。


「いや、俺が説明する・・うごっ!!」

「俺がする、と言っているだろう・・・?」 

 

 横から鋭い角度で手刀が飛んできた。次いで放たれた脅しを含んだ声が、俺の抗議を封じる。痛みにかがみ込む俺を無視して、エリトリカに向き直る。


「そうだな。お前はどこまで覚えているんだ?」

「え、えっと・・、朝、お仕事に行く父様を見送りをして、家庭教師と勉強をして・・・国会議事堂が出来るまでを習って、それで、国会議事堂のこと何も知らなかったから、父様に「見学したい」って言ったら呼んでくれて・・・・通された部屋で本を読んでいたわ。その後は・・・。・・・・。・・えっと、その後のことは、何も覚えていないわ」


 ということは、エリトリカと出会ったときの、あの謎のポーズをしていた理由は彼女自身覚えていない、ということか。実は、あの理由が一番知りたかったんだがな。


「そうか。では、俺が知っている限りのことを教えよう。まず、お前が部屋で本を読んでいた頃合ころあいだと思うが、ぞくが国会議事堂に潜入せんにゅうした」

「・・・お、おい、それ言っていいのかよ・・?」

「・・・黙れ。ちゃんと考えている」


 本当か・・?今までのことを考えると、怪しすぎるセリフだぞ、それ。そんな疑いの眼差まなざしをする俺なんて気にせず、ベリアスは説明を続ける。


「それで、賊は壁や扉を壊したが、結局それ以外には何もせずに逃走した」

「まあ、そうだったの。じゃあ、父様やアニーは無事なのね」

「ああ。2人とも怪我けが一つない」


 まあ、オーガナイトは無傷なのは知ってるし、アニーというのは多分あのメイドさんのことだろうから、嘘は言っていないな。俺たちがその賊だってことをのぞけば。


「では、ここは国会議事堂の中なの?それにしては、その・・古い感じがするけど・・・」

「いや、ここは国会議事堂ではない。『コミューズ』ではあるがな。ここは、街の片隅かたすみにある貧相ひんそうな宿屋だ」


 エリトリカが、気を使って言葉をにごした部分を明確に言ったな。しかし、なんだか今のベリアスは優しくて、気持ち悪いな。一体何をたくらんでいるんだ・・?


「国会議事堂じゃない?じゃあ、何で私はここに居るの?それに、貴方たちは・・?」

「それを今から説明する。まず俺たちは、とある用事があって総取締役、お前の父親に会いに来た。だが、先ほど言った賊騒ぞくさわぎがあり、一旦いったん外へ避難することにしたんだ。その途中で、同じく避難していたお前と会った。しかし、そのさい賊の仕業と思われる爆発に巻き込まれて、お前は気絶した。周りは混乱していて頼りにならない。だから俺たちは気絶したお前を連れて、その場をだっしたわけだ」


 そして、ここに腰を落ち着けたら、エリトリカが目を覚ました、という話か。よくもまあ、そんなこと堂々と言えるな。お前が気絶させたのに。いや、賊のせいで気絶したってことは、あながち間違ってはいないか。そう考えると、ほとんど真実を言っているわけだからな。伏せているのは、俺たちが賊そのひとであることと、エリトリカを連れてきたのは偶然の産物だってことだけだ。

 まさかちょっと変えるだけで、つみおんに変わるとは・・・。言葉って恐ろしいな。


「そうだったのね。・・私を助けてくれて、ありがとうございます。えっと・・」

「ベリアスだ。こいつはアリト。呼び捨てで良い」

「ベリアス、ね。私は、エリトリカよ。エリィと呼んで」


 エリトリカ改め、エリィは、居住まいを正して丁寧に礼をした。しかし、気のせいか・・?彼女、俺の方を見ようともしていないんだが・・?


「あ、あの、ベリアスは、何の用で父様を御訪おたずねになったの?」

「うん?ああ、ちょっとな。・・・実はこいつは勇者なんだ」

「勇者?それは、あの・・?」

「そう。おろかにも魔王に立ち向かおうとしている、あの勇者だ」


 おい、その言い方は酷くないか?というか、当の本人を無視して会話が進んでいるってどういうことだ。と、いじけてみるも、2人とも見ていないのだから意味がなかった。


「その勇者の装備を整えるために来たんだ」

「そう・・。貴方は?貴方は勇者の仲間なの?」


 どうせ「そうだ」とか、嘘つくんだろ?わかってる。どうもこいつは、エリィを仲間に引き込んで、オーガナイトとの再戦をはかるつもりなんだろう。だから、さっきから気持ち悪いほど優しいのだ。


「いや、俺は魔王だ」

「ここで、それは駄目だろ!!」


 馬鹿だ。こいつは、正真正銘しょうしんしょうめいの、馬鹿だ。

 自らの計画を、水泡すいほうすほどの。

 

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