その3
眉の垂れ下がった青年、セイオンの案内で俺たちは、国会議事堂の広い廊下を進んでいた。
ようやく、勇者と認められたのは良かった。目的であった、総取締役との会合も設定してもらえた。何もかも上手くいった。でも・・・納得いかない。
「何で、あんな暴力的な方法で、何とかなっちゃったんだろう・・・」
「いつまで終わったことを蒸し返している。鬱陶しい」
全ての元凶である魔王は、相変わらず自分のせいであることを理解していない。むしろもう一生理解しないんじゃないか、と思ってしまう。しかも今回は見方を変えれば、ベリアスのおかげであったと言えなくもないのだ。そのため強く言えない、というのもある。
「でもなぁ・・・」
確かにあの時、上司の人が聖剣を持ったことから、俺は勇者と認められた。正確には、持って、その後に起こった騒動によって、だが。でも、もっと良い解決方法が絶対にあったはずなのだ。今更な話ではあるが、やっぱり、後悔してしまう。
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『シュトラウス』が俺の手から離れた。輝く剣を持った上司は、最初、呆然としていたが、やがて我に返った。
「何も起こらないし、何もおかしなところはないじゃないか。・・・全く、変なことに付き合わされっ・・!!」
言っている途中で倒れた。恰も、電撃に打たれたようだった。倒れた後も、断続的に痙攣を繰り返している。
「ど、どうしたんですか?!大丈夫ですか?!!」
一気に場が騒然となった。慌ててしゃがみ込んで、彼の肩を揺するが、反応がない。不幸な彼は、白目を剥いて気絶していたのだ。
目覚める気配のない彼の手には、まだ『シュトラウス』が握られている。無意識に手を伸ばすが、先に別の職員に取られてしまった。
「と、とにかく仰向けにして、楽な姿勢にするんだ!後、医者!誰か、医務室へっ・・!?」
その職員も、上司と同じように痙攣して、倒れた。彼が倒れたことで、さらに混乱が強くなる。
ベリアスを見上げる。魔王である彼なら、治癒魔法も簡単に使えるはずだ。しかし、魔王はこの混乱を愉しんでいるようだ。それを見て、俺は逆に冷静になった。ベリアスは、こうなることをわかっていた。ということは・・・原因は『シュトラウス』しか有り得ない。『シュトラウス』を取り戻さなければ、と目で探す。その時には、既に別の職員が、前の2人と同じ末路を辿っていた。
更なる被害を防ぐために、慌てて『シュトラウス』を手に取る。しかし予想に反して、彼らは動かなかった。全員が、俺を見ている。
「わかっただろう?持ち主を選ぶ剣。そんなものは聖剣以外に有り得ない」
それはつまり、そんな剣を持てる俺が勇者である証拠だ。そう、ベリアスは言いたいのだろう。言葉にしなくても、この場に居る全員がわかった。でも、勇者を尊敬するとか、そんなプラスな感情で俺を見てくれている人はいない。したり顔で笑うベリアスよりも、どう考えても俺の方が、魔王を見る目で見られている。
泣きたくなってきた。でなくても、申し訳ない気持ちがしているのだ。抜き身だった『シュトラウス』をしまうことで、職員の方々から目を逸らす。
早くこの場を抜けたい。緊張感が、緩むことなく俺を覆っている。
「ふん、ようやく本来の目的が果たせるな」
場に満ちた空気を無視して、一人、話を進める。口を挟める者は、誰もいなかった。
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何度思い返しても、後悔しか湧いてこないなんて・・・。いっそ、なかったことにしたいぐらだ。だが、俺たちを案内するセイオンは、気弱そうな顔に明らかな畏怖の念を浮かべている。それが、俺に「忘れる」という選択肢を奪わせる。
「おい、アリト」
「何だよ・・?」
落ち込む俺を慰めることもしない奴が、小声で話しかけてきた。
「今から言うことを、よく頭に入れておけ。いいか?まず、俺は部屋に入ったら、奴の死角に入る。お前は、俺が動きやすいように奴らの気を逸らせ。機会が来たら、俺が奴を殺す。・・・ああ、退路の確保は自分でしておけよ」
これを本気で言っているところが怖い。ちょっとそこまで、みたいなノリで人を殺そうとしている。止めなければいけないけど、どうすればいいだろうか。とにかく、時間が欲しい。どうにかして時間を稼いで、その間に考えるか・・・。
「あ、あの・・ここです」
時間を稼ぐ前に、着いてしまった。隣で、ベリアスが厭な感じの笑みを浮かべている。もう止められない。
それでも、諦めきれずにドアノブを見つめる。これを開けないで済む方法は・・・考えつかない。すると、セイオンがそのドアノブを掴んで開けてしまった。
「あ・・・」
「あの、ど、どうぞ・・」
恐縮した様子で、扉を支えるセイオン。中に入るしかない状況に、肩を落とす。もう駄目だ。こうなったら、死を覚悟して捨て身で止めるしかない。どう転んでも良いことにはならない未来に胸を痛めつつ、中に入った。後ろで、扉が閉まった気配がした。
振り返っても仕方ないので、部屋の中に目を向ける。落ち着いた様式で、きっと高いに違いないセンスの良い家具が置かれている中、白いカーテンが眩しい窓際に、一人の男が立っている。
「こんにちは。貴方が勇者様、ですか?」
「あ、はい」
茶色の髪に翠の瞳。身に付けたスーツが良く似合う、ダンディ、というのか?そんな雰囲気の男だった。ただ立っているだけなのに、なんだか存在感がある。
ど、どうすればいいんだろうか?挨拶なんて考えていなかった。ああ、どうしよう・・!今更緊張してきた!
「どうぞ、座ってください」
「は?!は、はい!」
言われるがまま、一番近い椅子に座る。男が、低いテーブルを挟んで向かい側に座る。そこで気がついた。彼の後ろには、紺色のスーツを着た男たちが立っていた。よく見ると、部屋の出入り口にも居る。全員手を後ろに組み、まるで俺たちを監視しているかのようにじっと立っている。
「彼らは私のSPです。基本的には何もしないので、気にしないでください」
俺が見ていたからか、男が微笑んで教えてくれた。しかし・・・「えすぴー」って何だ?聞いたことない。訊ける雰囲気でもない。後で、調べておこう。
「さて、まずは自己紹介しておきましょう。私は、この商業国の総取締役をしている、オーガナイト・フィゼル・アスフィートと申します。オーガナイトと呼んでください」
「はあ・・。あ、俺は・・・」
「貴方の自己紹介は不要ですよ。実際に顔を合わせたのは初めてですが、話には聞いていますから。・・・ああ、何か飲み物を御出ししなくては。紅茶でよろしいですか?」
「はぁ、はい。いいです」
何を話したらいいのか、わからない。彼、オーガナイトはこういった接待は慣れているようだが、俺はこんな扱い初めてで、戸惑ってしまう。今までは・・・玩具扱いか、蔑ろにされるか、といったところだったのに。
記憶を失ってからのあれやこれやが、頭に蘇る。その間に、紅茶が運ばれてきた。良い匂いが湯気とともに立ち昇る。
「・・それで、私にどんな用事ですか?聞いた話では、何か困ったことがあったということですが?」
「あ、えっと・・・」
そうだった。会うに当たって、何か口実が必要だ、ということで「相談したいことがある」って名目を作ったんだっけ。・・・ベリアスが。一応設定は、魔王と戦うための装備を整える、というのだったな。
「いきなりで悪いのですが、魔王と戦うために装備を整えたいと思いまして・・」
「ふむ・・確かに、彼の魔王を相手にするのですから、当然の話ですが・・。何故私に?武器は聖剣がありますし、防具も、その聖剣が創られた聖国家の方が、我が国よりも良い物が揃っていると思いますが」
「えっ?そ、そうなんですか?」
「ええ。・・御存じなかったようですね。でしたら、こちらで護衛を付けますので、聖国家まで御送り致しましょうか?」
紳士的、且つ、魅力的な話だった。忘れていたが、俺は元々記憶を取り戻すために聖国家へ行く予定だったのだ。頷きたい誘惑に駆られたが、そうはならなかった。俺が口を開く前に、ベリアスが仕掛けたのだ。
目を潰す程眩しい閃光が、瞬いた。遅れて響いた轟音で、我に返る。ちょうどオーガナイトが座っていた所が、砂煙に埋まっている。
全く反応できなかった。捨て身で止めるとか・・・無理というか無謀だったことを知った。
「ちっ!外したか!」
言うや否や、何処からか出した大剣を握ったベリアスが、俺を飛び越えてテーブルに着地する。そして、未だ砂煙に覆われている正面に向かって、大剣を振り下ろした。
「っ?!!」
そのベリアスの一撃が、弾き返された。それも凄い威力で。ベリアスは、弾き飛ばされて、再び俺の上を飛び越えた。
驚き過ぎて腰を浮かしたまま固まっていた俺の目の前から、砂煙が収まっていく。やがて、先ほどと変わらない姿で座る、オーガナイトが現れた。
「これは、どういうことですか?」
「・・・え・・」
「私が開発した対魔族用のシールドが発動した。と、いうことは、彼は魔族だということです。そして、彼は貴方と共に来ました。これは、一体どういうことを指示しているのか・・・」
「えっと、あの、」
「ああ、今は、説明は結構です。そんなことより、彼を拘束しなくては」
立ち上がったオーガナイトの、視線の先を見る。ベリアスが、不機嫌そうな顔で立っていた。構えてはいないが、大剣はまだ握ったままだ。そしてその目は、オーガナイトを捉えている。漲る殺気が見えるようだ。しかし、その対象になっているオーガナイトは、薄く笑っている。
「ちょうど良かった。対魔族用とは言っても、実験できる素材がなかったので伸び悩んでいたのだが・・、良い材料が手に入りそうだ。・・・彼を連れてきてもらえたのですから、貴方には最上級の装備を御渡ししなくてはね」
・・・何を言っているのだ、こいつは?今、何と言ったんだ?実験?何をするつもりだ・・。
「ふっ・・、そうだな。ちょうど良い」
混乱する俺を置いて、ベリアスが口を開いた。不機嫌な顔から、不敵な笑みに変わっている。だが、これは怒っているに違いない。冷たい炎の色が、オーガナイトを睨んでいる。
「すぐに、実験など出来ないようにしてやろう」
「さあ?そんなこと出来るか、見てあげましょう」
身構えるベリアスに、余裕な態度を崩さないオーガナイト。一触即発の空気に、肌がピリピリする。しかし、何故オーガナイトはこんなに余裕なのだろうか?ベリアスが魔王だと知らないから?それとも・・・・何か奥の手があるのか?
嫌な予感がする。今までにないほどの規模の予感に、体が震える。このまま、ベリアスを戦わせてはいけない気がする・・!
気が付いたら、行動していた。
「!?何をする!!」
確証もないし、考えもなかった。でも、この嫌な感じは、駄目だ。そんな、本能レベルの直勘に従ってベリアスの腕を掴む。抵抗するベリアスを強引に引きずって、部屋を出ようとする。
「これはこれは。・・・それは勇者の取って良い行動では、ありませんよ」
何かが、顔の横を通り過ぎた。頬に鋭い痛みが走る。空いていた手で触ると、血がついた。どういうものかはわからないが、攻撃されたらしい。
「おい!放せ!」
怒りの滲む声でベリアスが、腕を引く。でも、それ以上の力で引っ張り返す。とにかく、全て後回しだ。ここから逃げることだけ考える。
どんどん強くなる抵抗を抑えつけながら、部屋の扉に突進する。再び何かが飛んでくるが、無視する。標準が甘いのか『勇者』を殺すわけにはいかないからか、体を掠るだけで済んでいる。その隙に、扉を蹴り開けて飛び出す。
いつの間に出たのか、えすぴーが俺たちを捉えようと手を伸ばすが、それはベリアスの剣で遠ざけられた。しかし、どんどんえすぴーの数は増えていく。今はいないオーガナイトも、すぐに部屋から出てくるだろう。
「ベリアス、とにかく今は逃げよう!」
「・・・ちっ!この貸しはいつか返してもらうからな!」
まだ戦う姿勢は解いていないが、とりあえず逃げることには同意してくれたみたいだ。
俺も聖剣を抜いて牽制しながら、えすぴーが少ない方を探る。
「こっちだ!」
ベリアスがいち早く動いた。群がる紺色を一掃しながら疾駆する。遅れては敵わないので、俺も走る。手加減はしているのか、ベリアスは大剣の腹で男たちを昏倒させていた。俺も習って、脇から飛び出した男を『シュトラウス』で殴る。次いで、進行方向に構えるえすぴーの足を掬う。
そうやって走っている内に、ここが何処なのかわからなくなってきた。しかし、どうやら奥に向かっているようだ。目の前に出てくるえすぴーはもういない。後ろからは追手の足音が聞こえる。まだまだ追ってくるつもりらしい。
先を走るベリアスは、まるで道を知っているかのように迷いなく進んでいる。少しでも遅れたら置いていく、というような速度で走り続ける。やがて、後ろの足音が聞こえなくなってきた。足の速さは、俺たちの方が断然上だったようだ。
それでもまだ、ベリアスは走る。だから、俺も走らざる負えない。息が上がり、心臓が壊れそうなぐらい鳴っている。と、唐突にベリアスが止まった。
「うわっ!!?」
俺は急には止まれない。ベリアスを追い越してしまう。そして、壁にぶつかった。
「・・・痛っ~・・、行き、止まりならっ・・、そう、言え、よ・・」
息が上がっている上に、ぶつかった痛みで、床にへたり込んでしまった。それでも、抗議だけはしておいた。例え、それが全く聞き入れられなくても、言わないなんて選択はしない。
「ふむ、撒いたようだな」
後ろを確認したベリアスは、俺を見下ろし、すぐそばの扉に手をかけた。
「俺はともかく、お前はもう限界だな。ここで休んでいくぞ」
そう思っているなら、手を貸してほしいんだが。そんなことをするわけもなく、ベリアスは扉を開けた。が、部屋の中へ入っていかなかった。
「どうしたんだ?」
何とか息を整えた俺が、体を起して訊くが答えはない。しょうがないから、疲れた体に鞭打って立ち上がり、ベリアスの隣にいく。渋面を作るベリアスは、部屋の中を見ている。
俺も中を覗いてみた。
「あ、貴方たち、誰?!」
俺も顔を顰めてしまった。