その2
役所はすぐに見つかった。しかしそこからが、大変だった。俺が勇者だと証明できるものは、腰に吊った聖剣『シュトラウス』だけ。まずこの時点で、疑われた。『シュトラウス』を抜いて見せても、反応が薄かったのだ。どうやら、そういった偽物を何度も見せられたらしい。
確かにそうだよな。勇者というだけで、いろいろと免除されることもあるのだ。特典目当てで身分詐称をする奴だって、当然出てくるだろう。
何を隠そう、記憶を失ってすぐの俺も、抜くまでこれをレプリカだと思っていたこともあるのだから、一目で見抜くのは難しいのだろう。
で、どうしたかというと・・・
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「馬鹿か、貴様ら。聖剣など、見ればわかるだろう?それとも、貴様らはそんなことも見抜けない節穴しか持っていないのか?」
ベリアスが小馬鹿にした態度で言い放った。
さすがに、この言い方は拙いだろう。相手を怒らせるだけだ。急いで隣のベリアスを突き、小声で注意しようとする。
「お、おい、もうちょっと言い方を・・」
「・・・君たち、我々は忙しいんだ。あまり邪魔をするようなら、警備隊を呼ぶが?」
額に青筋を浮かべた職員が、俺の声を打ち消した。次いで、追い払うように手を振る。こんな対応をしたら、確実にベリアスは怒るだろう。そろり、と隣を見る。
怖い。何もしていないし、口を開く気配もないのに、一瞬後には殺されそうな雰囲気だ。殺気・・というか、もうこれは暴力に近い。
隣に居る俺でさえ、そうなのだ。正面でそれを受け止めている、職員は大丈夫なのだろうか・・・?前へ視線を戻す。職員は、先ほどと同じ場所に立っていた。大丈夫なのかと思ったが、よく見たら、立ったまま気絶していた。
「ふん、軟弱な奴だ」
「・・い、行くぞ!」
偉そうに腕を組んで冷笑を浮かべるベリアス。その腕を掴んで、廊下へ逃げる。人のいない奥へ足を向け、手近な部屋に飛び込む。幸い、その部屋には誰もいなかった。どうやら、備品置場のようだ。
「今度は何だ、一体・・・。鼻息が荒いな。どうした?」
「お前、自分のやったことわかってる・・・いや、何でもない」
絶対わかってないに決まっている。それを証明するように、目の前の男は、既に俺から部屋に置かれた備品に興味を移していた。
自由すぎる。やりたい放題じゃないか。これでは、総取締役と会うどころか案内役すら確保できないぞ。
今更と言えば今更だが、危機感が湧いてきた。このまま、こいつのペースで行っては駄目だ。主導権を握らなくては・・!でなければ、俺は気の遣いすぎで死にそうだ。
「な、なあ、作戦を立てよう」
「作戦?」
「そうだ。だってこのままじゃ、総取締役に会うことなんて夢のまた夢だ。だから、作戦を立てるんだ。俺たちの目的を実現するには、必要だろ?」
「・・・・ふむ、それもそうだな。だが、具体的にはどうするのだ?」
よし!乗ってきた!これで、こいつを外にでも追いやって邪魔できないようにする。その間に、俺が職員の方々を説得すれば良い。完璧だ。説得自体は問題じゃない。懇切丁寧に説明すれば、いずれわかってもらえるはずだ。でなくても、調べればわかる。ベリアスの言葉ではないが、俺自身が記憶を持っていなくても、俺が今まで関わってきた人たちは、俺のことを覚えているのだから。
「そうだな。じゃあまずは・・」
「この建物を制圧しよう」
「・・・えっと、そういうのは、ちょっと・・。もっと平和的解決方法がある・・」
「では、人質でも取るか」
「それもちょっと・・。だから、俺が考えた作戦は・・」
「そうだな。人質は生かしておかなくてはならなくて、面倒だ。全員殺そう」
「それ意味ないから!!お前、目的忘れてるだろ!あと、俺の発言をいちいち遮るなよっ!」
「うるさいぞ。そんな大声を出さなくても聞こえている」
駄目だこいつ。話が通じない、とかじゃない。最初から、話を聞く気などないに違いない。こんな奴に外へ出ていてくれ、とか、俺に任せておけ、とか言っても聞くわけがない。どうしたらいいんだ・・・。
「・・・そんなに、平和的解決がしたいのか?」
「!ああ、もちろんだ」
意外なことに、ベリアスはちゃんと話を聞いていたようだ。驚きだ。
「今失礼なことを考えていないか?」
「い、いや、そんなことはないぞっ」
「そうか・・・。まあいい。続きを話すぞ」
「ああ。まさか・・・平和的解決法を考えついたのか?」
「そうだ。・・・・何故そんなに驚く」
そりゃ驚きもする。口を開けば暴力的なことしか言ってこなかった魔王が、よもや平和的解決法などを考えついたとは・・・。成長したな、ベリアス。
「・・・おい、その顔をどうにかしろ。生温かくて気持ち悪い」
ベリアスこそ失礼じゃないか?しかも心底嫌そうに眉を寄せているし。・・・そんなに気持ち悪かったのだろうか?俺としては、慈愛の眼差しで見つめていたつもりだったのだが。
おっと、そんなことより、ベリアスの考えた作戦だ。一体どんな突拍子もないことを、思いついたのか・・。
「よし、では先ほどの部屋へ戻るぞ」
「え!?」
止める間もなく行ってしまう。慌てて後を追いかける。ベリアスは、俺を気にする様子もなく、さっさと、先ほどの部屋へ入って行く。そういえば、ベリアスが気絶させた職員は、どうなっただろうか?気になった俺も急いで中へ入る。
室内は、ついさっきより人で溢れかえっていた。どうやら、気絶していた職員は無事に保護されたらしい。ここにはいないから、医務室かどこかへ連れて行かれたのだろう。他の職員たちは、何が起こったのか確認したり、滞った業務に追われたり、騒然となっていた。
「アリト、聖剣は勇者の証だ。では、何故そうなのか、考えたことはあるか?」
周りの混乱を生みだした張本人は、その騒ぎになど目もくれず、俺に問いかけた。
聖剣が勇者の証であるのは、何故か?そんなことは、考えたこともなかった。というよりも、考えること自体おかしいのではないだろうか。だって、そこを疑ってしまったら、俺は勇者という立場すら失うことになってしまうではないか。
「・・・そんなこと、今は関係ないだろ」
「関係なら、ある。・・『勇者』とは、本来、勇気ある者のことだ。そして、誰もが恐れる『魔王』に、勇気を持って立ち向かい、勝利した者のことをそう呼ぶのだ」
「それが・・・、どうしたっていうんだよ」
「つまり、『勇者』という称号は、事後に与えられるものなのだ。だが、お前は『魔王』を倒していない」
「それは、そうだけど・・・。でも、それは仕方ないだろ?そもそも、お前や、国の偉い人たちが勝手に、勇者が魔王を倒すって伝承に準えたりするからいけないんだろ」
しかし、考えてみれば、ベリアスの言う通りだ。『勇者』はあくまで、『魔王』を倒した者に与えられるべきものだ。まだ倒してもいないのに、名乗るのはおかしい。
だが一方で、それは言葉の意味であって、実際には、『魔王』と戦うよう宿命づけられた者に対して使っている、と言うこともできる。使い道が二通りある、というだけだ。そのいう点では間違っていない。
「そうだ。俺たちの考え通りに事を運ぶには、『勇者』がいる。しかし、『勇者』とは先ほど言った通り、後々(のちのち)生まれるものだ。だから、『勇者』とそうでない者を分ける必要があった」
「『勇者』と、そうでない者?」
「一般人、とでも言えばいいのか。ただの冒険者では、駄目だということだ。そこで、その見極めとして、特別な道具を創ることにした」
「それって・・・、まさか・・・」
腰に手をやる。そこには、いつもと同じように聖剣『シュトラウス』がある。柄に軽く触れると、乱れた心を落ち着かせる温かさが伝わってくる。
「聖剣は『勇者』の証、というのは、そういうことだ」
「・・・・・・」
「さて、『勇者』を証明する道具がただの道具では、意味がない。『それ』は誰が見ても、「聖剣である」と認められなくてはならないし、またそうあるべきものだ。では、万人に認められるにはどうしたらいいのか?」
新たな命題。だが、俺には答えがわからなかった。『勇者』とそうでない者を分けるための、道具。その響きが、思いのほか頭に残っている。ショックだった。理由はわからないけれど、何だか嫌だった。だから、そのことばかり脳裏をよぎって、余計にわからない。
「わからないか?」
「・・・ああ、わからない。焦らしてないでさっさと、教えてくれよ」
「それはな・・」
「ねぇ、君たち、ここは、今ちょっといろいろあって、関係者以外立ち入り禁止になっているんだ。用事があるなら、受付の方に行ってくれるかな?」
答えを聞く前に、俺たちに気付いた職員が声をかけてくる。若くて、人の良さそうな顔をしている男性だった。眉が困ったように垂れ下がっているのが印象的だ。彼が俺たちに声をかけたことで、室内の他の職員たちも俺たちに気付いた。
随分と長話をしていた俺たちに気付かないほど、混乱していたらしい。そのうち一人が、驚きの声をあげた。
「あっ!貴方たち、あの時来てた、勇者を騙っていた人ね」
「どういうことだ?」
彼女は、俺たちが例の職員と話していたときにそばにいたらしい。上司と思わしき人にその時のことを、報告する。話が進むにつれ、段々と上司の顔が強張っていく。
「・・・つまり、ナツカ君が倒れた時に近くに居た可能性があるんだな?」
「は、はい。私はその時、書類を整理するため部屋を出ていたので、犯行現場を見ていたわけではないのですが・・」
「君たち、ちょっと、話を聞かせてもらっていいかな?」
一応疑問形だったが、拒否権はないと思っていいだろう。ナツカ、というのが、ベリアスが気絶させた職員の名前なのか。さて、どうなることやら・・。街の警備隊とかに突き出されるのだけは、勘弁願いたいが。俺はともかく、ベリアスは拙い。なんてったって、魔王だからな。
「おい、そこの豚。こいつの剣を持ってみろ」
「空気を読んで!お願いだからっ!」
何でこいつは、拙い時にあえて拙い言い方をするかな!?さすがに、フォローできないぞ、これは。
豚、じゃなかった、この中で一番偉いのだろうさっきの上司が、言葉を失っている。誰もが唖然としている。そんな中、ベリアスだけはいつも通りだった。
「貴様らは、聖剣を見極めることも出来ない能無なのだろう?ならば、貴様ら豚の如き無能な連中でもわかるよう、この俺が指導してやる。さあ、この剣を持て」
ベリアスって、他人を虚仮にするときだけ、やけに活き活きとするよな。その証拠に、今も愉しそうに笑っている。そして、目線で俺に「剣を抜け」と言ってくる。今逆らうと、今度は俺が標的にされそうな気がする。他人の目があるところで扱き下ろされるのは、嫌だ。それに、多分、ベリアスにも考えがある・・・はずだ。ここは、黙って従おう。
『シュトラウス』の柄を握り、鞘から抜き放つ。淡い光が、場を包む。そばに居た、最初に声をかけてきた青年職員が、感嘆の声を漏らした。しかし、ベリアスはそんな彼を見向きもしないで、上司だけを見据えている。あの冷たい視線にさらされるのは、辛い。経験があるからわかる。案の定、上司の額から冷や汗が一筋垂れた。
「豚は知らないだろうが、聖剣は『勇者』にしか持てない。だからこそ、聖剣が『勇者』である証明となるのだ。お前は『勇者』ではない。そのお前が、聖剣を持ったらどうなるか・・。『勇者』とそうでない者の差を、見せてやろう」
「さあ、持て」と、ベリアスが促す。その場の全員が呑まれていた。もちろん俺も。だから、上司が震える手を差し出してきた時、素直に『シュトラウス』を渡してしまった。そして、すぐに後悔した。