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未来の伝説  作者: 雲雀 あお
企み
13/23

その2

 役所はすぐに見つかった。しかしそこからが、大変だった。俺が勇者だと証明できるものは、腰にった聖剣『シュトラウス』だけ。まずこの時点で、疑われた。『シュトラウス』を抜いて見せても、反応が薄かったのだ。どうやら、そういった偽物にせものを何度も見せられたらしい。

 確かにそうだよな。勇者というだけで、いろいろと免除めんじょされることもあるのだ。特典目当めあてで身分詐称みぶんさしょうをする奴だって、当然出てくるだろう。

 何を隠そう、記憶を失ってすぐの俺も、抜くまでこれをレプリカだと思っていたこともあるのだから、一目で見抜くのは難しいのだろう。

 で、どうしたかというと・・・



***********



「馬鹿か、貴様ら。聖剣など、見ればわかるだろう?それとも、貴様らはそんなことも見抜けない節穴ふしあなしか持っていないのか?」


 ベリアスが小馬鹿にした態度で言い放った。

 さすがに、この言い方はまずいだろう。相手を怒らせるだけだ。急いで隣のベリアスをつつき、小声で注意しようとする。


「お、おい、もうちょっと言い方を・・」

「・・・君たち、我々は忙しいんだ。あまり邪魔をするようなら、警備隊を呼ぶが?」


 額に青筋を浮かべた職員が、俺の声を打ち消した。次いで、追い払うように手を振る。こんな対応をしたら、確実にベリアスは怒るだろう。そろり、と隣を見る。

 怖い。何もしていないし、口を開く気配もないのに、一瞬あとには殺されそうな雰囲気だ。殺気・・というか、もうこれは暴力に近い。

 隣に居る俺でさえ、そうなのだ。正面でそれを受け止めている、職員は大丈夫なのだろうか・・・?前へ視線を戻す。職員は、先ほどと同じ場所に立っていた。大丈夫なのかと思ったが、よく見たら、立ったまま気絶していた。


「ふん、軟弱なんじゃくな奴だ」

「・・い、行くぞ!」


 偉そうに腕を組んで冷笑を浮かべるベリアス。その腕をつかんで、廊下へ逃げる。人のいない奥へ足を向け、手近な部屋に飛び込む。さいわい、その部屋には誰もいなかった。どうやら、備品置場びひんおきばのようだ。


「今度は何だ、一体・・・。鼻息があらいな。どうした?」

「お前、自分のやったことわかってる・・・いや、何でもない」


 絶対わかってないに決まっている。それを証明するように、目の前の男は、既に俺から部屋に置かれた備品に興味を移していた。

 自由すぎる。やりたい放題じゃないか。これでは、総取締役そうとりしまりやくと会うどころか案内役すら確保できないぞ。

 今更と言えば今更だが、危機感が湧いてきた。このまま、こいつのペースで行っては駄目だ。主導権を握らなくては・・!でなければ、俺は気のつかいすぎで死にそうだ。


「な、なあ、作戦を立てよう」

「作戦?」

「そうだ。だってこのままじゃ、総取締役に会うことなんて夢のまた夢だ。だから、作戦を立てるんだ。俺たちの目的を実現するには、必要だろ?」

「・・・・ふむ、それもそうだな。だが、具体的にはどうするのだ?」


 よし!乗ってきた!これで、こいつを外にでも追いやって邪魔できないようにする。その間に、俺が職員の方々を説得すれば良い。完璧だ。説得自体は問題じゃない。懇切丁寧こんせつていねいに説明すれば、いずれわかってもらえるはずだ。でなくても、調べればわかる。ベリアスの言葉ではないが、俺自身が記憶を持っていなくても、俺が今まで関わってきた人たちは、俺のことを覚えているのだから。


「そうだな。じゃあまずは・・」

「この建物を制圧しよう」

「・・・えっと、そういうのは、ちょっと・・。もっと平和的解決方法がある・・」

「では、人質でも取るか」

「それもちょっと・・。だから、俺が考えた作戦は・・」

「そうだな。人質は生かしておかなくてはならなくて、面倒だ。全員殺そう」

「それ意味ないから!!お前、目的忘れてるだろ!あと、俺の発言をいちいちさえぎるなよっ!」

「うるさいぞ。そんな大声を出さなくても聞こえている」


 駄目だこいつ。話が通じない、とかじゃない。最初から、話を聞く気などないに違いない。こんな奴に外へ出ていてくれ、とか、俺に任せておけ、とか言っても聞くわけがない。どうしたらいいんだ・・・。


「・・・そんなに、平和的解決がしたいのか?」

「!ああ、もちろんだ」


 意外なことに、ベリアスはちゃんと話を聞いていたようだ。驚きだ。


「今失礼なことを考えていないか?」

「い、いや、そんなことはないぞっ」

「そうか・・・。まあいい。続きを話すぞ」

「ああ。まさか・・・平和的解決法を考えついたのか?」

「そうだ。・・・・何故そんなに驚く」


 そりゃ驚きもする。口を開けば暴力的なことしか言ってこなかった魔王が、よもや平和的解決法などを考えついたとは・・・。成長したな、ベリアス。


「・・・おい、その顔をどうにかしろ。生温かくて気持ち悪い」


 ベリアスこそ失礼じゃないか?しかも心底嫌そうにまゆを寄せているし。・・・そんなに気持ち悪かったのだろうか?俺としては、慈愛じあい眼差まなざしで見つめていたつもりだったのだが。

 おっと、そんなことより、ベリアスの考えた作戦だ。一体どんな突拍子とっぴょうしもないことを、思いついたのか・・。


「よし、では先ほどの部屋へ戻るぞ」

「え!?」


 止めるもなく行ってしまう。慌てて後を追いかける。ベリアスは、俺を気にする様子もなく、さっさと、先ほどの部屋へ入って行く。そういえば、ベリアスが気絶させた職員は、どうなっただろうか?気になった俺も急いで中へ入る。

 室内は、ついさっきより人であふれかえっていた。どうやら、気絶していた職員は無事に保護されたらしい。ここにはいないから、医務室かどこかへ連れて行かれたのだろう。他の職員たちは、何が起こったのか確認したり、とどこおった業務に追われたり、騒然そうぜんとなっていた。


「アリト、聖剣は勇者の証だ。では、何故そうなのか、考えたことはあるか?」


 周りの混乱を生みだした張本人は、その騒ぎになど目もくれず、俺に問いかけた。

 聖剣が勇者の証であるのは、何故か?そんなことは、考えたこともなかった。というよりも、考えること自体おかしいのではないだろうか。だって、そこを疑ってしまったら、俺は勇者という立場すら失うことになってしまうではないか。


「・・・そんなこと、今は関係ないだろ」

「関係なら、ある。・・『勇者』とは、本来、勇気ある者のことだ。そして、誰もが恐れる『魔王』に、勇気を持って立ち向かい、勝利した者のことをそう呼ぶのだ」

「それが・・・、どうしたっていうんだよ」

「つまり、『勇者』という称号は、事後に与えられるものなのだ。だが、お前は『魔王おれ』を倒していない」

「それは、そうだけど・・・。でも、それは仕方ないだろ?そもそも、お前や、国の偉い人たちが勝手に、勇者が魔王を倒すって伝承になぞらえたりするからいけないんだろ」


 しかし、考えてみれば、ベリアスの言う通りだ。『勇者』はあくまで、『魔王』を倒した者に与えられるべきものだ。まだ倒してもいないのに、名乗るのはおかしい。

 だが一方で、それは言葉の意味であって、実際には、『魔王』と戦うよう宿命づけられた者に対して使っている、と言うこともできる。使い道がふた通りある、というだけだ。そのいう点では間違っていない。


「そうだ。俺たちの考え通りに事を運ぶには、『勇者』がいる。しかし、『勇者』とは先ほど言った通り、後々(のちのち)生まれるものだ。だから、『勇者』とそうでない者を分ける必要があった」

「『勇者』と、そうでない者?」

「一般人、とでも言えばいいのか。ただの冒険者では、駄目だということだ。そこで、その見極みきわめとして、特別な道具をつくることにした」

「それって・・・、まさか・・・」


 腰に手をやる。そこには、いつもと同じように聖剣『シュトラウス』がある。つかに軽く触れると、乱れた心を落ち着かせる温かさが伝わってくる。


「聖剣は『勇者』の証、というのは、そういうことだ」

「・・・・・・」

「さて、『勇者』を証明する道具がただの道具では、意味がない。『それ』は誰が見ても、「聖剣である」と認められなくてはならないし、またそうあるべきものだ。では、万人ばんにんに認められるにはどうしたらいいのか?」


 新たな命題。だが、俺には答えがわからなかった。『勇者』とそうでない者を分けるための、道具。その響きが、思いのほか頭に残っている。ショックだった。理由はわからないけれど、何だか嫌だった。だから、そのことばかり脳裏のうりをよぎって、余計にわからない。


「わからないか?」

「・・・ああ、わからない。焦らしてないでさっさと、教えてくれよ」

「それはな・・」

「ねぇ、君たち、ここは、今ちょっといろいろあって、関係者以外立ち入り禁止になっているんだ。用事があるなら、受付の方に行ってくれるかな?」


 答えを聞く前に、俺たちに気付いた職員が声をかけてくる。若くて、人の良さそうな顔をしている男性だった。眉が困ったように垂れ下がっているのが印象的だ。彼が俺たちに声をかけたことで、室内の他の職員たちも俺たちに気付いた。

 随分ずいぶん長話ながばなしをしていた俺たちに気付かないほど、混乱していたらしい。そのうち一人が、驚きの声をあげた。


「あっ!貴方たち、あの時来てた、勇者をかたっていた人ね」

「どういうことだ?」


 彼女は、俺たちが例の職員と話していたときにそばにいたらしい。上司と思わしき人にその時のことを、報告する。話が進むにつれ、段々と上司の顔が強張っていく。


「・・・つまり、ナツカ君が倒れた時に近くに居た可能性があるんだな?」

「は、はい。私はその時、書類を整理するため部屋を出ていたので、犯行現場を見ていたわけではないのですが・・」

「君たち、ちょっと、話を聞かせてもらっていいかな?」


 一応疑問形だったが、拒否権はないと思っていいだろう。ナツカ、というのが、ベリアスが気絶させた職員の名前なのか。さて、どうなることやら・・。街の警備隊とかに突き出されるのだけは、勘弁かんべん願いたいが。俺はともかく、ベリアスは拙い。なんてったって、魔王だからな。


「おい、そこの豚。こいつの剣を持ってみろ」

「空気を読んで!お願いだからっ!」


 何でこいつは、拙い時にあえて拙い言い方をするかな!?さすがに、フォローできないぞ、これは。

 豚、じゃなかった、この中で一番偉いのだろうさっきの上司が、言葉を失っている。誰もが唖然あぜんとしている。そんな中、ベリアスだけはいつも通りだった。


「貴様らは、聖剣を見極めることも出来ない能無のうなしなのだろう?ならば、貴様ら豚のごとき無能な連中でもわかるよう、この俺が指導してやる。さあ、この剣を持て」


 ベリアスって、他人を虚仮こけにするときだけ、やけにきとするよな。その証拠に、今も愉しそうに笑っている。そして、目線で俺に「剣を抜け」と言ってくる。今逆らうと、今度は俺が標的にされそうな気がする。他人の目があるところでろされるのは、嫌だ。それに、多分、ベリアスにも考えがある・・・はずだ。ここは、黙って従おう。


 『シュトラウス』の柄を握り、さやから抜き放つ。淡い光が、場を包む。そばに居た、最初に声をかけてきた青年職員が、感嘆かんたんの声をらした。しかし、ベリアスはそんな彼を見向きもしないで、上司だけを見据みすえている。あの冷たい視線にさらされるのは、辛い。経験があるからわかる。案の定、上司の額から冷や汗が一筋ひとすじ垂れた。


「豚は知らないだろうが、聖剣は『勇者』にしか持てない。だからこそ、聖剣が『勇者』である証明となるのだ。お前は『勇者』ではない。そのお前が、聖剣を持ったらどうなるか・・。『勇者』とそうでない者の差を、見せてやろう」


 「さあ、持て」と、ベリアスがうながす。その場の全員がまれていた。もちろん俺も。だから、上司が震える手を差し出してきた時、素直に『シュトラウス』を渡してしまった。そして、すぐに後悔こうかいした。




 

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