その1
~前回までのあらすじ~
目覚めたら、記憶を失っていた俺。そんな俺は、性悪魔法使いシュナイゼルによって、魔王城へと送られてしまう。そこで出会った倒すべき敵、魔王ベリアスフロゥは、アホな思想を持っていた。そのおかげで、俺はベリアスと行動を共にすることになった。さらに、『世界の覇者』を名乗る者が出現する。そして、ベリアスはそいつを殺すと決め、魔王城を出た。・・・俺を連れて。
「というわけで、来てしまった・・・」
商業国と呼ばれる、第一大陸に存在する、商人たちの国。その首都『コミューズ』に俺とベリアスはいた。ベリアスの魔法によって『転移』してきたのだ。その際に、軽くこの国の情報を教えてもらえた。
どうやら、この国の総人口の約7割は、商人とその関係者で構成されているらしい。しかし、国というスタンスをとってはいるが、国王がいるわけではなく、総取締役をトップとした商会代表者たちが政務を務めている、らしい。・・・本当はもっと詳しく説明されたが、よくわからなかった。とにかく、その首都はとても近代的で文化的なところ、だということだった。が、今は巻き込まれたことの方が重要でそれどころではない。
小さな不満が胸に溜まっているのがわかる。気が重い。記憶を失ってからここまでのことを思い返して、さらに重くなった気がする。
「何をぶつぶつ言っている」
「いや、別に・・、何でもない」
本当は何でもあることばっかりだけどな。でも、何を言っても無駄なことは経験済みだ。人の意見というものを聞かない性格なのだろう。かと言って、無下にされるのは嫌うんだけどな。
さて、そんな魔王を差し置いて、『世界の覇者』を宣言した人は、というと、どうやらこの商業国の総取締役らしい。というか、別に『世界の覇者』だとか名乗ったわけではないようだ。
その総取締役(名前は、オーガナイト・・・・後は忘れた。なんだか長かったのは覚えているが・・)は「勇者といえど、一人の人間。そのたった一人の人間に、世界を任せる、というのはおかしい」という至極まっとうな理由から、自衛のための武力を集めていただけだった。いや、だけというわけではないんだろうけど・・。武力自体は脅威だろうし。まあとにかく、魔王のお株を奪っているわけではなかった。
しかし、ベリアスは、
『何を言っている。そんなものは建前だ。奴の真の目的は、この世界を支配することに決まっている』
と断言し、さらには、
『そして、隙を見てこの俺を殺害つもりなのだ!』
と、ありもしない妄想を展開した。
「殺られる前に殺れ」ということを当たり前の顔をして言われた時、俺は何と言って止めるべきだっただろうか。いや、止めることより逃げることを考えた方が、いくらか建設的だったのではないだろうか。今更考えても仕方ないこととは言え、後悔せずにはいられない。最初に断れなかったのが間違いだったことは明白だったが、あの時ベリアスに逆らっていたら俺は生きていなかったかもしれない。
俺は記憶がない。だからこそ、直勘は信じるべきだ。そうだ、だから俺が考えるべきは、これから如何にしてこの面倒事を片付けるか、だ。
広く、清掃の行き届いた表通りを、我が物顔で歩くベリアス。その後ろ姿を見る。堂々としていて、正直とても格好良い。道を歩く人々が振り返る。道端で女の子たちが、こちらを見ながら、興奮した様子でひそひそと話をしている。
「それにしても、人間の街は随分と騒がしいな」
前を行くベリアスが迷惑そうに言った。
「そりゃそうだろ」
何と言っても、ベリアスは、見目だけは麗しいからな。それに、どこか気品というのか、華やかさがある。着ているのは地味な黒い服だというのに・・。見た目も雰囲気も、普通じゃない。どう見ても貴族・・しかも上流階級が、供一人(多分俺はそう見えているだろう)だけを連れて歩いているのだ。見るなという方が無理だろう。
「俺の顔を知っているとは・・・なかなか侮れんな」
「ん?何言ってんだ?」
「?こいつらは、俺が魔王だから警戒しているのだろう?」
振り返ったベリアスが怪訝そうな顔をする。だが、多分俺も似たような顔をしているのだろう。俺は、ベリアスの言っていることがよくわからなかった。
「えっと・・?」
「・・・どうやら俺とお前で、認識に差があるようだな」
「ああ・・。うん、つまり、お前は、自分が魔王だから注目されている、と思っている・・・のか?」
「そうだ」
確認した俺に頷き返す。
「いやいや、そんなわけないだろ。皆は、お前を見て騒いでるだけだ」
「だから、俺が魔王だと・・」
「ああ、違う。えっと・・、・・お前は、俺たち人間から見て、格好良いんだよ。わかるだろ?」
「いや?よくわからん」
本気でわかっていない顔をされた。これ以外に何て言えばいいんだ?格好良いで伝わらないなんて・・。
「・・・・よし、じゃあこれでどうだ。
まず、お前は見た目が良いんだ。この場合の「良い」は、「好ましい」ってことだ。で、人間の中には、「好ましい」見た目の奴が少なくて、・・・そう、珍しいんだ。だから皆お前を見るんだよ」
「・・・ふむ、ではちょっと殺してくるか」
「なんでそうなるんだよ!?」
意味がわからない。魔族は、注目する人間は殺すって常識でもあるのか?!
今にも魔法を発動させそうなベリアスを路地に引っ張りこむ。とにかく人気のない所に連れて行こう。
路地裏をいくつか抜け、人手の少ない裏通りに出た。ここならしばらくは大丈夫だろう。振り返ると、渋面を作ったベリアスと目が合った。
「おい、いきなり何をする。邪魔をするな」
「あのなぁ・・。お前いきなり殺すとか、何考えてるんだよ?」
「この俺を珍獣扱いした屑人間に、格の違いを教えてやろうとしただけだ」
「はあ?」
何言ってんだこいつ。また認識の差が出来てるようだな。珍獣扱いって、どこでどうなったらそんな話に・・。
「あ、そういうことか・・。違う、違うぞそれは」
「?何がだ」
「珍しいって、そういう意味じゃなくてだな、あんまり居ないから新鮮っていうか・・。とにかく、悪い意味じゃないってことだ!」
「む・・、納得がいかん」
まだ渋い顔をしているベリアスに気付かれないよう、そっと溜息を吐く。ちょっと前から思っていたが、こいつと一緒だといちいち疲れる。何でこう、一般常識というものがわかってないのだろうか。記憶のない俺の方が常識人って、おかしいだろう。しかし、ここで愚痴を垂れてもしょうがない。意識を切り替えよう。深く考えても良いことは一つもないのだから。
何処を見るともなしに彷徨わせていた視線を、ベリアスに戻す。
「で、どうすんだよ?これから」
「ん、ああ。そんなことは決まっている。総取締役とやらを殺す」
「・・・忘れてなかったんだな」
「当然だ。目的を忘れるなど、愚者のすること。・・さあ、俺を案内しろ」
「・・うん?何だって?案内・・・?」
案内って、誰が、誰を?まさか俺ではないだろうな。くどいようだが、俺は記憶喪失だ。そんな記憶に頼った行為、出来るわけがない。でも、こいつの言うことだからな・・。どんな無茶でも言いそうだ。
「・・・一応訊くけど、俺、じゃないよな?」
「お前だ」
「・・・・・・・・・。忘れてるみたいだから、もう一度言うぞ?俺は記憶がないんだ」
「だが、お前以外はお前のことを覚えている。そうだろう?お前は勇者だ。その名の権力を、今使わずに何処で使うんだ?」
勇者は世界のために命がけで戦う。だから、各国の協力を得ることも出来る。つまり、然るべき場所に申請すれば、案内役などいくらでも使えるし、多分、総取締役にも会える。・・・と、いうことか?
「まさかとは思うが・・、もしかしてそのために俺を連れて来たのか?」
「当たり前だ。そうでなければ、何のために貴様と二人きりで来たと思っているのだ」
実地訓練というのは、こういうことか?そして、こいつが部下を連れて来なかった理由もなんとなく察しがついた。
あまり大勢で動いては警戒されるから、というのもあるだろうが、俺の仲間として行動するには少人数の方が都合が良かったから、だろう。何処までも自分中心で、俺がどう考えるか、など全く考慮に入れていないところがベリアスらしい。
最近気づいたんだが、どうも俺は流されやすい性格をしているようだ。これが記憶を失ったからか、元からなのかはわからないが、そのせいで面倒事に巻き込まれまくっている気がする。そして、それを周りに良いように利用されているような気もする。・・・気がするだけならいいけど、そんなことはないだろう。むしろ断定口調でもいいぐらいだ。
考えただけでも溜息が出る。
「ようやく理解できたようだな。では、行くぞ」
「・・・はぁ・・」
しかも、「魔王の手引をする勇者」って・・・本当に勇者と言えるんだろうか?
役所を目指して意気揚々(いきようよう)と行く魔王の後ろを、肩を落として続く勇者。絶対勇者じゃない。こんなの勇者とは程遠いだろうな・・・。
今日何度目かもわからない溜息が零れた。
***************
アリトとベリアスが役所を目指していた頃、国会議事堂の奥、品の良い家具が置かれた一室に、一人の少女がいた。
白とピンクが基調のドレスを着て、優雅な手つきで紅茶を飲んでいる。その正面には、紺のスーツに身を固めた男たちを従えている、身なりのいい紳士が座っている。
「いいかい、エリィ。父様は、今から重要な会議に出なくてはいけないんだ。折角可愛いエリィが見学に来てくれたのに、すまないね。会議が終わったら少し時間が空くから、その時は一緒に国会議事堂を探検しよう。それまでは、ここで大人しく父様を待っていてくれるかな?」
「・・・はい、わかりました。お父様、お仕事頑張ってくださいね」
にっこり笑うエリィ、エリトリカ、に紳士は笑顔を返す。
「良い子だ。じゃあ、行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃいませ」
席を立ち、廊下へ出ていく紳士たちに手を振る。ぱたりとドアが閉まって、たっぷり30秒ほどその姿勢のまま立ちつくす。もう戻ってこないだろうと確信できるまで待った少女は、大きく溜息を吐いた。
「全く、父様はいつもいつも・・。まだ私のこと小さい子供みたいに扱って。私はもう16なのよ。もう少し大人として扱ってほしいわ。ねぇ、アニー?」
「そうでございますね」
エリトリカは部屋の隅で控えていた侍女に声をかけて、乱暴に椅子に座った。
「ですが、お嬢様?淑女たるもの、そのような座り方をなさってはなりませんよ」
「・・・・わかってるわ」
明らかに不満顔ながら、ドレスの皺を伸ばし、座り直す。そんなエリトリカの前に、アニーと呼ばれた侍女が新しい紅茶のカップを置いた。
「旦那様がお戻りになるまで、本でもお読みになられますか?」
「そうね。そうするわ。どうせ長くなるでしょうから」
「では、どれになさいますか?」
「決まっているじゃない!勇者と魔王のお話よ!・・・ああ、この世界の何処かで、今まさに勇者と魔王が戦っているかと思うと、ドキドキするわね!」
先ほどの不満顔が消え、満面の笑顔になる。胸の前で指を組んで、目をキラキラさせる。そんなエリトリカに、本が差しだされる。
「お嬢様は、本当にこの伝承がお好きですね。やはり、この世を救う勇者は格好良いですか?」
「そ、そうね・・。あ、ありがとう。本に集中したいから、少し席をはずしてくれる?お茶はいいから」
「そうですか?では、少し外を歩いてきますね。遠くには行きませんので、何かありましたらお呼びください」
何処か挙動不審なエリトリカに首を傾げつつも、一礼して部屋を出ていくアニー。残されたエリトリカは、天井に向かって溜息を吹きかけた。
「父様もどうかと思うけど、アニーもちょっと過保護だわ。それに・・・」
手にした本を撫でる。それには、エリトリカの大好きな、勇者と魔王の伝承が書かれているのだ。
「私は・・勇者より、魔王の方が好きだわ」
小さく呟いて、本を開く。開き癖のついたそのページは、古いタッチの絵が描かれていた。両手を広げ魔法を放とうとする、角の生えた男と聖剣を構え、斬りかかろうとする鎧を着た青年。それは史実から起こされた、勇者と魔王の姿だった。
「これは、魔王が悪役だけど、きっと本当の魔王は優しい人よ。だって、魔王は戦争を起こしたりしなかったもの」
絵の魔王に触れる。まるでそこに、本物が居るかのように優しい手つきだった。
本当の魔王は、優しい。そう信じる少女は、何度も読んだであろう本を抱きしめて、窓の外へ目を向けた。
「会ってみたいな・・・」
窓の外は、雲一つない晴天だった。