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未来の伝説  作者: 雲雀 あお
勇者と魔王と・・・
10/23

その4

 魔王との訓練を開始して1時間じゃく。俺は早くも限界を迎えていた。

 というか、訓練ってレベルじゃないぞ、これ。確実に殺しにきている。


「どうした?早くかかってこい」


 そう言うベリアスは、ずっと動いていたというのに汗一ついていない。対する俺は、汗でシャツが張り付き、息も上がっている。その上、打ちのめされた体がにぶい痛みを放っていた。満身創痍まんしんそうい、と言ってもいい。


「ち、ちょっと、休憩きゅうけいっ・・・!休憩に、しよう・・」


 言っている間に、立っていられなくなった。倒れるように地面に座り込む。そうしたらもう、立ち上がれない。そのまま足を投げ出して、寝転がった。


「・・おい」


 ベリアスの、けんを含んだ声が聞こえたが・・・無視した。返事をしたくなかった。小言こごとが返ってくることが、分かりきっていたからだ。

 そもそも、今までずっと剣を振り回してたんだ。少しくらい休んでもいいじゃないか。俺は勇者だが、超人じゃない。魔族のベリアスとは、体の構造が違うのだ。

 とか、心の内で言い訳をして、地面に両手を広げる。所謂いわゆる大の字だ。そんな、立ち上がる意思を少しも見せない俺に呆れたのか、ベリアスの気配が遠ざかる。

 良かった。これでしばらくは休憩できる。

 安心して、目の前に広がる青い空を眺めた。目の覚めるような青空を、白い雲がゆっくりと流れていく。日差しも穏やかだ。自分の現状を忘れたくなるほどに。


 ふと、顔を動かす。ベリアスがどこに行ったのか、気になったのだ。首を右に傾けたら、見つけた。少し離れた場所に設置されていた四阿屋あずまやにいる。どうやら、完全に俺の説得を諦めているようだ。どこから出したのか、重厚じゅうこう装丁そうていの本を読んでいる。

 また空に視線を戻す。が、すぐに起き上がり、体をほぐした。そして、ベリアスのいる四阿屋へ向かう。しかし、俺が正面に座っても目すら向けなかった。しばらくベリアスの持つ、黒い本の表紙を眺めていたが、勇気を出して声をかけてみた。


「なぁ」

「・・休憩はもういいのか?」


 次の言葉を言う前に、質問が返ってきた。顔すら上げずに訊いてきているぐらいだから、俺がまだやる気じゃないことをわかった上で、なのだろう。俺はその質問に答えず、ずっと疑問に思っていたことを訊くことにした。


「お前、本当に魔王、なんだよな?」

「そうだが・・・、何故、今更いまさらそんなことを確認している?」


 ようやく本から上げられたその瞳に、剣呑けんのんな光が宿っているのを認める。静かな怒気にさらされて、無意識にのどが鳴った。手のひらに汗がにじむ。

 正体を疑ったことが気に入らなかったのか、それとも、読書の邪魔をしたことを怒っているのか。あるいはその両方か。しかしそんなことは、今は関係ない。気になることを先に片付けたい。そう思い、口を開く。


「だってお前、魔王のくせに俺と・・勇者とれ合っているじゃないか。しかも、いつか戦う相手をきたえているし・・。お前が魔王だって言うなら、何を考えてそんなことをしているのか。俺は、それが知りたいんだ」

「ふん、くだらん。俺は馴れ合っているつもりなど、毛頭もうとうない。それにな、アリト。俺が貴様を鍛える理由は、既に説明したはずだ。

 ・・・・全ては、この俺が、完璧な勇者となった貴様を倒すためだ・・とな」

「それが、よくわからないんだけど・・。「完璧な勇者」ってことは・・、今の俺は、まだ勇者じゃないって言いたいのか?」

「そうではない。だが、俺が望んでいた勇者とは違う、ということだ」


 そんなこと言われても・・、という心境だった。俺が望み通りじゃないなら、ベリアスも俺の想像とは違った魔王だと言わざる負えない。そもそも、自分が思うような出来事や人物など、そう滅多めったにあるものじゃない。理想通りにいかないのが現実だ、とも言える。いくら記憶を失った俺であっても、それぐらいはわかる。なので、少し厭味いやみったらしくコメントを返してやった。


「悪かったなぁ、理想通りの完璧な勇者じゃなくて」

「全くだ。しかし、その点については既に解決策を講じていることだし、許してやろう」

「は?解決策?」


 言い方が上から目線なのも気になるが・・・。なんだか嫌な予感がする。こいつがこんな満足そうな顔をしているときは、大概たいがい俺にとって良くない内容だ。二日ふつかと一緒にいないが、自信を持って言える。

 身構えて、ベリアスの次の言葉を待つ。


「今の勇者が完璧でないなら、これから完璧にすればいい・・ということだ」


 ほら、やっぱり。というか、何でそこまで「完璧な勇者」とやらに拘っているんだ、こいつ?さっきから、全然目的が見えてこない。ストレートに言えばいいものを、いちいち面倒くさい言い方しやがって・・。はぐらかされてんのか?でもここまで聞いたんだから、訊くだけ訊いてみるか。


「それで?何でそこまでして俺を完璧にしたいんだ?俺を鍛えて、何がしたいんだよ」

「そんなことは決まっている。完璧な勇者を倒し、この世界を俺のものとするためだ」


 うん?よくわからん答えが返ってきたぞ・・?つまり・・・どういうことだ?

 しばし頭を悩ませる。


 ・・・・・・・・・・・。

 うん、わからない。


「えーっと、ごめん。まだ、よくわからないんだけど・・?」

「頭の悪い奴だな。ふむ・・、戦闘訓練だけでは不十分かもしれんな」

「いや、違う。わからないのは、多分俺のせいじゃないと思うぞ。それと、さり気に俺を頭悪い認定するな」


 俺は記憶喪失なだけで、知能自体は悪くない!・・はずだ、多分。


「これでわからないのは、頭が悪いからに決まっているだろう?」

「だ、か、ら、普通それじゃわからないだろ!もっとこう・・、あるだろ?!誰にでも伝わる言い方ってもんが!」

「ふん・・。面倒くさい奴だな。・・・まあ、いい。

 いいか?よく聞け。まず、お前は、世界とはどういうものだと思う?」

「・・・は?世界?それに、何の関係があるんだよ」

「いいから答えろ」


 鋭い視線で、質問を押さえられた。仕方ない。とにかく今は、こいつの質問に答えることにしよう。

 でも、世界って・・。漠然とした質問だな。どういうものって、そんなのわかるわけがない。考えたらわかるってものでもないだろうし、思いついたことをそのまま言うことにしよう。


「ん~・・、俺たちが住んでいるところ?」

「頭の悪い回答だな。

 ・・・・俺は、王が持つに相応ふさわしいものだと思っている」

「王が持つに相応しい・・?ああ、だからお前は、世界を手に入れようとして、宣戦布告した、と」

「そうだ。正確には、主だった国に無条件降伏こうふく勧告かんこくしたのだ。もっとも、それは即座そくざに拒否されたがな」

「そりゃ、そんなの通るわけないだろ。で?じゃあ攻め込む、とかはしてないんだよな?」


 もし、そんなことをしていたら、俺たちはこんなところで悠長ゆうちょうに話なんて出来ていないはずだ。


「ああ、その通りだ。

 俺が欲しいのは、今ある豊穣ほうじょうの大地であって、戦争によって焼かれた土地ではない。そこで、人間の間に伝わる伝承でんしょうを利用することにした」

「伝承?」

「そうだ。それは、聖剣に選ばれし『勇者』が、世界に害悪がいあくき散らす『魔王』を倒す・・というものだ」


 やっと、俺に関係がありそうな話になったな。どこにでもありそうな伝承ではあるけど・・・。まあ、伝承なんてそんなもんか。


「後は簡単だ。俺たち魔族と人間が戦えば、どちらも相当の損害をうのは自明じめい。ならば、リスクの少ない方法を提供すれば、国を預かる者たちは飛びついてくる」

「ふ~ん。それで、伝承通り、聖剣に選ばれた『勇者』である俺を、『魔王』であるお前にぶつけさせるって構図が出来たわけか。

 ・・・・ちょっと待て。それじゃ、俺を倒した時点でお前の勝ちは決定じゃないか。何で訓練とかしてんだよ?」


 話が見えてきた、と思ったら、結局最初の疑問に戻ってきただけだった。今までの話は、一体何だったんだ。


「だから、『勇者』とは世界の命運を背負っている者であり、この俺と・・いいか?このと、世界を巡って戦う相手だ。当然、世界で最も強く、最も知恵ある者であるべきなのだ。そして、そんな完璧な『勇者』を倒したその時こそ、この俺は真の意味で、世界を支配した『魔王』となれるのだ!」


 力強く断言だんげんされた。一瞬、冗談なのかと思ったが、この様子を見るに、本気でそう思っているのだろう。なんだか、どっと疲れが出てきた気がする。いや、一応確認するべきだ。俺の解釈かいしゃくが間違っている可能性も、まだ残されているはずだ。


「・・あ~、つまり、その、・・・お前は、真の『魔王』になるために、俺を、完璧になった俺を、倒したい、と?そのために、前段階として、俺を鍛えていると。そういうことか?」

「そうだ。それ以外に理由などあるわけがないだろう?」

「・・・・・はぁ・・・」


 思わずため息が出た。なんともコメントしようがない話だな。いや、思うところは多々あるが、言ったところでどうしようもない、というのが正しいか。

 目の前の男を見る。自分の思想のために、絶好のチャンスをふいにしたアホは、手にした本を読みふけっていた。世界の覇権はけん云々うんぬんなど、まるで関係ないかのように。


 こんなんでいいのか?本来なら、もっと緊迫きんぱくしているものじゃないのか?そう思うが、今の俺がこいつに手も足も出ないのは事実だ。それに、記憶がないからか、いまいちピンとこない話でもある。

 記憶を失う前の俺は、このことを知っていたのだろうか?この、目の前のアホな思想を持った魔王と、世界の覇権を争うことを了承りょうしょうしていたのか。でも、記憶を失ったとはいえ、俺は俺だ。今の俺が、この壮大そうだいなアホ話を聞いて、脱力したぐらいだから、多分、元の俺は詳しいことは何も知らなかったのだろう。そう思うと、我がことながらあわれに思わなくもない。


「うん?どうかしたのか?」


 つらつらと、愚痴ぐちめいたことを考えていたら、ベリアスが俺を見ていた。気付かぬうちに、本もしまわれ、今は手ぶらだ。


「え?いや・・」

「そうか。ならば、そろそろ訓練を再開するぞ」


 立ち上がったベリアスは、いつの間にか剣を握っていた。こいつが、こんなにやる気な理由がわかってしまったからか、俺の方のやる気は昨夜より無くなっている。だが、断るのは難しそうだ。選択の余地もなく、俺ものろのろと立ち上がる。

 と、そこへ、白い塊がすごい速度で飛んできた。ベリアスの前で急停止したそれは、バラシオンだった。


「陛下!大変ですじゃ!!」

「何だ?」


 出鼻をくじかれたベリアスは、不機嫌を隠そうともしない。俺としては、訓練としょうしたいじめが始まらないなら何でもいいが。


「今、人間どもの偵察ていさつに出ていた者が、大変な情報を持って帰ってきました!」

「さっさと内容を言え」

「は、はい。それが・・我こそは『世界の覇者』であると、名乗る者が現れたそうです・・!」

「!?」

「・・・・そうか」


 さすがに予想していなかった内容で、驚いた。一方、ベリアスは、と言うと・・・意外に冷静だった。むしろそっちの方により驚いた俺は、考えるより先にベリアスの顔をのぞき込んでしまった。すぐに後悔した。

 ベリアスは、笑っていた。しかし、俺をからかう時とは違い、その目は全然笑っていなかった。それどころか、冷たさが何倍にもなって、それだけで人を殺せそうだった。


「お、おい・・、大丈夫なのかよ・・・?」

「大丈夫?何がだ?問題など、何処どこにもないだろう?」

「そ、そうか・・」


 だから、顔が、てか目が怖いんですけど・・・。でも、とてもそんなことを言える雰囲気じゃなかった。震える俺とバラシオンを尻目に、ベリアスは城に向かって歩き出した。


「おい、何処に行くんだよ?」

「決まっている。『世界の覇者』などと世迷言よまいごとをほざいているやからを殺しに、だ」


 そこで、実は密かに激怒していたらしい魔王が、こちらを振り返った。その顔は表情がなく、出会ったときから変わらない、冷たい目が俺を映していた。


「アリト、お前も一緒に来い。実地訓練だ」

 

 「嫌だ」とはっきり言える度胸が、俺にはなかった。

 



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