デッサン
三題噺もどき―きゅうひゃくごじゅうよん。
外から車の走る音が聞こえてくる。
更に遠くから、サイレンの音。
昨日の夜も響いていたのに、ここの警察は毎日忙しそうだ。
他の県でもこんなものなのだろうか。
「……」
その音にまじって幽かにクラシックが流れてくる。
これは、ちなみに音楽の授業ではない。
芸術に分類される授業ではあるけれど、私が選択したものは決して音楽ではない。
「……」
音楽の授業もたのしそうではあったのだけど、少ない人数で、歌わされるのがあまりにも耐えられないので選ばなかった。
あと普通に担任が嫌い。
「……」
芸術の選択授業にはもう一つ書道がある。
小学生の頃に通っていたし、道具もまだ残っているからそれでもよかった。
基本的には静かだろうし、筆を走らせること自体は好きではあった。担任も音楽と違って好感を持てるいい人だ。
「……」
けれど、書道の何が嫌って、片づけが面倒なのだ。
筆1つ洗うことにも気をつけないといけないし、まちがえるとだめになってしまう。
手も真っ黒に汚れることだってあるし、なにより通っていた書道教室にいい思い出がない。
「……」
だから私は、この芸術の選択ははじめから美術のつもりだった。
多少お金はかかったので親には若干嫌そうな顔をされたが、1年生からずっと、この芸術の授業を受けている。
「……」
今だって、私は芸術の授業を受けているはずなのだ。
教室の真ん中の机の上。
どこで見つけてきたのか、ショートケーキの食品サンプルがおかれている。
少しかけたのと、きれいに整っているもの。
「……」
その横には、透明なガラスのボトル。
フタは元からなのか、あいており中身はから。
ああいうのでよく見るのは、しっかりとフタがされているイメージだったが、そうでもないらしい。
「……」
その隣には、これまた定番のりんご。
赤くつやつやとした肌を空気にさらして、そこに居座っている。
この時期はスーパーにいくと、どこにでもこんなりんごがいる。
おいしそうだとは思うが、私は香り以外苦手だ。
「……」
それらの乗った机を丸くかこむように座っている。
それぞれの座席の前には大きめの紙がおかれた台。
各々が好きな角度でそれに向き合い、えんぴつを走らせている。
がさがさと勢いよく走らせる音もあれば、しゃっしゃっと流れるような音もする。
「……」
それにまじって、クラシックの音が流れる。
なんの授業かって……もちろん、美術の授業だ。
私がずっと、3年間選び続けてきたのは美術しかない。
「……」
今度は激しい曲調のものが流れてくる。
さっきは大人しくてまだましだったのに、さらにさわがしく感じてしまう。
これが幽かに遠くにも聞こえるだけだから耐えられているようなものだ。
「……」
聞き覚えのある……たしか「運命」というのだったか。
あまり詳しくはないから知らないのだけど、いろんなところで耳にする曲だ。
うるさいったらありゃしない。
「……」
今は美術の授業中で。それなりに集中を必要とするデッサンの授業をしている。
私はその、その道に進むわけではないし、この学校からそちらに行くのはあまりいないと思う。
しかし、担任がこれをしなさいと言うのだからやるしかあるまい。
「……」
しかしその集中を邪魔してくるものがある。
ひとつ上の階で授業をしている音楽だ。
教室のドアをしめていないのか、窓をあけているのか。
音がすべて遠くから幽かに、しかし確実にきこえてくる。
「……」
もう残り少ない授業数で、美術は他の教科に比べて申し訳ないが重要度は低い。
それでも私はちょっとした息ぬきもかねてこの授業が好きだった。
し、他の生徒も、まぁ適当に選んだにしろ、しっかりと受ける意志はある。
「……」
それをこのタイミングで邪魔をしてくる。
これだから音楽の担任は嫌いなんだと、美術教師がぼそぼそと言っている。
「……」
実は少し前に一度、声をかけにいった。
数秒は静かにしていたのだけど、すぐに再開された。
まあ、そういう先生だからな…と、私はもうあきれるしかなかった。
「……」
教師の方もそれを分かっているからか、もう一度言いに行くことはしなかった。
まあ授業時間もたいして残っていないし、あちらもすぐにおわると判断したのかもしれない。
「……」
なんというか。この状況でどれだけ集中できるか、みたいになっている。
私は気になって仕方がないが、何人かはものすごく集中しているようだ。
担任はときおり見回りながら、自分もデッサンをしている。自由な人だな。
「……」
私もなんとなくえんぴつを走らせながら、ちらりと時計をみる。
遠くからきこえるクラシックに耳を塞ぎたい気持ちになるが、残り時間は限られていた。
「……」
さすがに集中して描かないと終わりが見えてこない。
残り時間だけでも、集中して描くしかない……。
お題:ショートケーキ・運命・えんぴつ




