3、素直は美点
「おかえりなさいませ、旦那さま」
本邸に戻ったクラヴィルを迎えたのは年配の執事であるグレゴリー。
「ああ、今戻った。変わりないか?」
「特に大きな問題は起きておりません。ただ一つ、奥様が」
グレゴリーにそう言われてクラヴィルは結婚したんだったと思い出し、げんなりした表情を浮かべる。
結婚して早々、遠方への出陣命令がかかり、三週間ほど家を空けていた。
あまりの忙しさに、クラヴィルは自分が結婚した事はもちろん、あの衝撃的な一夜と強烈な妻の存在を綺麗さっぱり忘れていたのだが。
「なんだ、やはり自分のことを自分ですることはできないと? それとも離れは嫌だと駄々をこねているのか?」
はっと、嘲笑するクラヴィル。
この屋敷には、若い女性の使用人はいない。
外に出ればただでさえ鬱陶しいほどの視線を女から向けられるのだ。
屋敷に入れようものなら、何をされるか分からない。
必然的にメイドは置けず、年配で通いの女性か男の使用人しかここにはいない。
だから結婚の条件に"自分の事は自分でできる事"と貴族令嬢なら難しいだろうなぁと思う事をあげたのに。
それができないと言うのなら契約違反であり離婚理由になるのでは? とクラヴィルが思ったところで。
「いえ、そちらは全然問題なく」
スパッとグレゴリーに一蹴された。
「料理にしろ、掃除にしろ、完璧で非常に助かっております。特に裁縫の技術は素晴らしく、このままぜひとも雇用したい位でございます」
「……はっ?」
公爵夫人を雇用とはどういうことだ? と疑問符いっぱいのクラヴィルの背中に。
「あら、グレゴリーに褒められるなんて光栄だわ。私としても、離婚したあかつきにはぜひ公爵家で雇用していただきたいわ」
給金高いし、と凛と響くような明るい声がした。
「おかえりなさいませ、旦那さま。お勤めお疲れ様でございました」
1つに結ばれたふわりと揺れるミルクティーのような優しい色味の髪と、栗色の勝気そうな大きな瞳。
目を引かれるほど、完璧なカーテシー。所作だけ見れば、公爵夫人として申し分ないだろう。
メイド服を着ていなければ、だが。
「コレは、一体?」
どういう事だ? と驚いたようにクラヴィルは目を見開く。
「ああ、コレですか? 暇だったので」
可愛いでしょうとメイド服を広げ、その場でくるりと1周してみせるステイシー。
「はっ?」
本当にステイシーが何を言っているのかわからない。
が、グレゴリーをはじめ誰一人突っ込まないところを見るに、これはすでに市民権を得た当たり前の光景なのだろう。
なんでこうなったと、説明しろとばかりのクラヴィルの無言の圧を受けて、
「いやぁー私も最初はお金のある生活最高すぎる! って思ったんですけどね? 紐ニート生活憧れてたし。なんですけど、私じっとしてる才能はなかったみたいです」
体がなまっちゃいまして、とステイシーは笑い飛ばす。
「離れは手入れされてて快適だし、公爵夫人としての予算も充分つけてもらってるんですが、女主人としての権限はもらってないじゃないですか。私の場合、旦那さまが指定した時以外、公爵夫人としての務めを必要としていないでしょ? なので屋敷のお仕事は、特にありませんし。かといっていただいた予算で勝手に事業を始めるわけにもいかないし。そしたら後はもう、メイドやるしかないかなって」
というわけで、公爵家のメイドをしていますとステイシーは堂々と長台詞を言い切った。
さも当然とばかりのステイシーの態度に、なんでそうなると頭を抱えるクラヴィル。
「わざわざ働かなくても、不自由させてないつもりだが?」
「働かざるもの食うべからず、って知らないんですか?」
問いかけが問いかけで返ってきた。
「公爵夫人が働くなんて聞いた事もない」
深いため息をついたクラヴィルに、
「あら、それは聞き捨てなりませんね。貴族の妻のほとんどは"働いて"いますよ。ま、クズい旦那さまは"内助の功"なんて言葉知らないと思いますけど」
ステイシーはすぐさま反撃を開始する。
「旦那さまは貴族の妻が優雅に遊んで暮らしていると本気でお思いで? 女主人として屋敷を切り盛りしたり、社交に勤しみ夫にとって必要な情報を得たりしてくるからこそ家門が円滑に回るというのに」
やれやれ、と大袈裟な動作で肩を竦めるステイシー。
「ほとんどの夫人は自分が広告塔であることを自覚しています。だから着飾り、社交をし、特産品を売り込むんです。全て家門のため。でなければ、あんな堅っ苦しいマナーを身につけ、引き攣りそうな表情筋を酷使してまで笑ってませんわ」
はぁ、と大きくため息を吐いたステイシーは思いついたとばかりにパチンと楽しげに手を打つとコルセットを取り出し、
「旦那さま、後学のために一度締めてみます?」
私、少々腕に自信ありですよ! とにこにこにこにこと笑みを浮かべるステイシー。
だが、その目は全く笑っておらず、引く気が一切ない。
仮にも夫だというのに躊躇いなくクズ扱いしてくるのはやめろ、とか。
どっから出したそのコルセット、とか。
言いたい事はいっぱいあったけど。
「認識を改めるとしよう」
初夜の日、目を輝かせながら"愛する事はない"宣言を何度もアンコールしてきた彼女の事を思い出し、クラヴィルはぐっと言葉を呑み込んだ。
「それだけですか?」
が、じとっとクラヴィルを見つめ返す栗色の瞳は許す様子はなく、コルセットも持ったまま。
「……バカにしたつもりはない。悪かった」
仕方なくクラヴィルは両手をあげ降参の意を示す。
「仕方ないですね。このくらいで勘弁してあげます」
クスッと笑ったステイシーはようやくコルセットを仕舞った。
「旦那さまはクズいですけど、素直なところは美点だと思いますよ」
ではメイドとして働く許可をいただけたという事で、と勝手に了承をもぎ取ったステイシーは、
「それではそろそろお食事にいたしましょうか。
せっかくの料理が冷めてしまいます」
有無を言わさずクラヴィルを食堂に連行した。




