2、今日から当て馬妻はじめます②
――数ヶ月前。
「コレは、正直詰んだわね」
伯爵家の危機的な財務状況を確認し、ステイシーは頭を抱える。
幼少期から貧乏貴族。だからステイシーは今まで色んなところで働き、技能を身につけてきた。
その一方で知識は身を助けるという伯爵家の方針に従って勉学も疎かにはしなかった。
そして、学業に専念するためにステイシーが生家を離れている間に事件は起きた。
「すまない、ステイシー」
そう言って項垂れる父にかける言葉が見つけられない。
父が保証人になった昔馴染みに逃げられ、そのタイミングで冷害に見舞われ、領地の特産であるワインの原料となるブドウが壊滅的な状態になってしまった。
どうにもならない危機的な状況で伯爵領へと呼び戻されたステイシーに告げられたのは、
「本当にすまない、ステイシー。この方に嫁いでくれないか?」
突然の縁談だった。
「こうなっては仕方ありませんわ、お父様」
人が良いだけでは領地を治めることはできない。
上に立つモノとして、この責を取らなくては。
伯爵家とはいえ政治的な影響力皆無の貧乏貴族の娘。
政略結婚による高位貴族からの援助はほぼ見込めない。となれば、相手は年の離れた方の後妻か箔をつけたい商人あたりだろうか。
どんな人だろう、とドキドキしながらステイシーが姿絵を開けば、冷たい水底のような濃い青色の双眸と目が合った。
「!! この方はっ」
クラヴィル・ヘイリス公爵。
その瞬間、ステイシーは前世というモノを突如として思い出した。
自分は愛されない当て馬妻だ、と。
この物語においてステイシー・エルネアは脇役だった。
もっと言えば、クラヴィルが真実の愛に気づくためのただの比較対象。
愛のない白い結婚生活。
愛されないと宣告された上、夫に一切興味を持ってもらえず、まるで鳥籠の鳥のように過ごし、そして最後には一方的に離縁されるのだ。
確かに何も知らずにそんな生活に突入すれば、少なからず心を病んでしまうのかもしれないけれど。
「これは、チャンスだわ」
そう言って、ステイシーは形の良い唇で弧を描く。
これはあくまで政略結婚。
ステイシーは、お金のため。
クラヴィルは、体裁を取り繕うため。
お互いがお互いを利用しているだけなのだと、割り切ってしまえばなんと言う事は無い。
「お望み通り、愛したりしませんわ」
絵姿をパタンと閉じたステイシーはそうつぶやくと、クラヴィルとの結婚を決めた。
**
目が覚めて一番初めに入ってきたのは、見慣れない天井。
パチ、パチッと大きな栗色の目を瞬かせたステイシーは、あぁ結婚したんだったとぼんやり思い出す。
ゆっくりとした動作で身体を起こしたステイシーは、んーっと思いっきり伸びをする。
「はぁ、ふかふかのベッド最高っ! あー結婚してほんっと、よかった。とりあえずこれでお金の心配は要らないしね」
結婚式の疲れが吹っ飛ぶほど、よく眠れた。いい朝だ、と満足気に起きたステイシーは部屋の中を探索する。
ほとんど使わない離れとは思えないほど調度品の質は良いし、日当たりもよく掃除も行き届いている部屋。
勝手にクローゼットを開ければ中にはお高そうな普段着用のドレスがいくつも揃えてあった。
「コレで嘆く意味がマジで分からないんだけど。愛されないだけで絶望するとか貴族令嬢のメンタル弱過ぎない?」
旦那さまATMとして優秀過ぎる、とステイシーは感謝の意を込めて本邸方向を拝んでおいた。
「さて、と。んじゃ、はじめますか」
ここにあるモノは好きにして良いと聞いている。なら遠慮なく使わせてもらおう。
ステイシーは一番シンプルで動きやすそうな服を選ぶと自分で身なりを整えはじめた。




