1、今日から当て馬妻はじめます①
お待たせしました!
2026.3.30連載版投稿始めます。
「君を愛することはない」
静かな部屋にはっきりとした拒絶が響く。
夜闇のような漆黒の髪に鋭く冷たい水底のような暗い青色の双眸。
にこりとも笑わない人離れした端正な顔立ち。
それら全てが、彼を取り巻く雰囲気を冷たいモノへと際立たせていた。
「だ、旦那さま」
先程書面を交わし正式に夫となったその人、クラヴィル・ヘイリス公爵は、
「何度でも言う。俺が君を愛することはない」
再度素っ気なく言い放った。
本日彼の妻となったばかりのステイシーはなんて事と大きな栗色の目を見開き口元を押さえる。
社交界で知らない人はいないだろうというくらい有名なクラヴィルだが、ステイシーが本人に会うのは彼女の人生において本日で二度目。
婚儀を済ませ、これから初夜を迎えるという今この瞬間での愛さない宣言なんて!
「旦那さまっ!」
クラヴィルが立ち去ろうとするより早く呼び止めたステイシーは、
「もう一回お願いします」
人差し指を立て鬼気迫った顔でもう一度と繰り返す。
「すまないが、君を愛することはない」
「もう一回! できたら今度は憎々しげに、この結婚は不本意だって感じを滲ませて」
「はっ?」
ステイシーからの思いがけない要望に素で聞き返したクラヴィルだったが、
「いえ、ですから何度でも言ってくださるのでしょう? もう一回"君を愛することはない"って言ってもらえます? あと何パターンか言い回し変えたバージョンも見たいです」
聞き違いではないどころか注文を上乗せしてきた。
「…………はっ?」
夫からの愛さない宣言に対し、絶望するでも泣くでも理由を問い詰めるでもなく、まさかのもう一回。
しかもこちらに向けられた栗色の大きな瞳はキラキラと輝き期待に満ちていて、ステイシーの手にはどこから取り出したのか分からないペンが握られている。
なんだこの状況は、と事態が飲み込めず固まるクラヴィルなど構う事なく。
「公爵ともあろう方がご自分の言葉に責任を取らないおつもりで? はい、もう一回っ!」
夜は短いのですよ、とステイシーは続きを促した。
**
「はぁ〜っ。最の高でございました、旦那さま」
ステイシーのアンコールに応え続けること数十回。
ようやく解放されたクラヴィルの目に映ったのは大層満足気な表情を浮かべた新妻の姿だった。
「結婚からの初夜という一大イベント前に容赦なく放たれる"愛さない宣言"! 人形のように感情を映さない冷たい瞳。非情な言葉を放つに相応しい傲慢さを孕んだ声音とそれでも読者の目を引きつける色香を纏った美貌っ! どれをとってもパーフェクト!! 完全解釈一致ですわぁ〜」
ステイシーの口から澱みなくツラツラと述べられる賛辞。
全く誉められている気はしないが、とりあえず愛さない宣言をされた妻の反応でない事だけは確かである。
「……君は一体なんなんだ」
疲労半分呆れ半分と言った感じのクラヴィルの問いかけに走らせていたペンを止めたステイシーは、
「あら、旦那さまは愛する予定のない妻にご興味がお有り?」
悪戯っぽい笑みと共に問いかけを返した。
「愛する予定はなくとも、これから生活を共にしなくてはならない仲だ」
そう、クラヴィルが望もうが望むまいがこの生活は続くのだ。何故ならこの婚姻は王命によって繋がれた縁だから。
彼、クラヴィルは騎士として名を馳せ、地位も財もおまけに美貌まで持っている。
そんなクラヴィルの妻の座を巡り、仁義なき戦いが繰り広げられた。
それこそ、冗談ではなく国を二分しかねない勢いで。
だというのにいつまでも伴侶を決めないクラヴィルにしびれを切らした国王陛下に命じられた強制的な婚姻。
それがステイシーとクラヴィルが結婚した経緯だった。
ちなみにステイシーが選ばれた理由は、彼女の生家であるエルネア伯爵家が、政治的に何の力も持っていない貧乏貴族だったからだ。
「そんなにご結婚されるのが嫌なのでしたら、下手に結婚の条件なんて出さずに国外にでもバックれたら良かったではないですか」
「まさか、あんな条件を満たす女性が見つかるとは思わなかったんだ」
そう言ってクラヴィルはため息をつく。
早く結婚しろ、という周りからの圧力と国に戻った途端鬱陶しく纏わりつくようになった令嬢達の視線にクラヴィルは辟易していた。
だからうっかり言ってしまったのだ。
「恋愛に興味がなく、放置されても文句を言わず、煩わせず、干渉せず、使用人を使わずに自分の事は自分でできて、必要時はパートナーとして公務を果たせるだけの教養を兼ね備えている相手となら結婚してもいい、でしたっけ? 要求がだいぶクズいですね! 旦那さま」
そう言ってあっけらかんと笑い飛ばすステイシーにクラヴィルは返す言葉もない。
伯父にあたる国王陛下の本気を舐めていた。
まさか本当にそんな条件を満たす女性を見つけてくるとは思っておらず、条件を満たす女性が存在した以上国王陛下と交わした約束を反故にはできなかった。
「心配しないでくださいな、旦那さま」
ステイシーはそう言って楽しげにその大きな瞳にクラヴィルを映す。
「そのうちちゃんと旦那さまには旦那さまの運命の人が現れますよ。まぁ、この時点での旦那さまは余りのクズさ具合にコメント欄荒れ放題ですけど。そこはまぁ物語が面白くなるための前座といいますか、運命の人に出会ってから誰かのために成長していく旦那さまの懸命な姿に、最終的には読者も心を動かされて公式カップルを応援してくれますし。何よりこの物語のラストはちゃんとハッピーエンドでしたから!」
うんうんと、満足げに語るステイシーに、
「一体なんの話だ?」
全くついていけないクラヴィル。
「こっちの話、ですね!」
だがクラヴィルの同意など一切求めていないステイシーはニコニコニコと笑うだけ。
より一層深くなった眉間の皺と不可解なモノを見つめる冷たい視線を浴びながら、
「だって一般読者です、なんて言っても意味不明でしょうし」
まるで堪える様子のないステイシー。
「まぁ、私から言えることがあるとすれば、"私はただの当て馬妻なので、別に愛してくれなくていいですよ。私も推してる旦那さまの物語をただ楽しみたいだけなので!" ってことくらいですかね」
とてもハキハキと元気にそう言ったステイシーはすくっと立ち上がると、
「確か離れを用意してくれてるんですよね。このままそっちに移りますわ。今日の分は十分摂取できましたし」
では期待していますわ、と言い残しステイシーはにこやかに部屋を後にした。
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