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地属性魔法を極めて森とか造ってたら、神と勘違いされました  作者: 豚汁


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じいさん

 村長は半信半疑の表情でリクトを見つめていた。

 深く刻まれた皺の間に、かすかな困惑が浮かんでいる。


 シシリアも、リクトの決意を感じ取ったのか期待の色を浮かべていた。

 十年間という長い歳月を共に過ごし、彼女はリクトの魔法がどれほど凄まじいものかその目で見てきた。


 毒キノコを魔法で無害化して食べられる食材に変え、水脈を掘り抜いて温泉を湧き出させ、硬い岩石の中から宝石を掘り当て……。

 きっと今度も、何か信じられないような奇跡を起こしてくれるに違いない。


「種じゃな。待っておれ……どこかにあったはず……」


 村長の声は風に混じって消えそうになりながら、家の奥へ向かっていく。


 しばらくすると村長が戻ってきた。

 手には小さな布袋を大切そうに抱えている。

 村長がそれを振ると、中から軽やかにカラカラと音が響いた。


「これっぽっちしかないわい」


 村長は袋の口を開けて中を見せた。

 袋の底に、干からびた種が数粒転がっている。

 茶色く変色し、皺が寄って縮んでしまった種は、一見すると生命力を完全に失ってしまったかのように見えた。


「もう何年も前のものだから、豊かな土地でも芽が出るか分からん」


 リクトは袋から種を一粒手に取った。

 指先に感じる種の感触は硬く、表面はざらざらとしている。

【構造把握】の魔法を使ってその状態を詳細に確認してみる。


 魔法の感覚が種の内部構造を探っていく。

 細胞壁は厚く硬化し、内部の水分はほとんど失われている。

 しかし、完全に死んではいない。

 種の中心部に、微かだが確かに生命の火が燃え続けていた。

 弱々しく、今にも消えそうな小さな炎だが、まだ消えてはいない。


「これなら大丈夫だ」


 リクトの確信に満ちた声に、村長は眉をひそめた。


「ここら辺の土はどう?」


 リクトは村の外れの空き地を指差した。

 かつては村の共有地として使われていたのだろう、広い平坦な土地が茶色く広がっている。


「全部駄目じゃ。魔神の力に汚染されてしもうて、何を植えても枯れてしまう」


 しかし、リクトは既に膝をついて土に手を触れていた。

 指先で土を掴んでみると、明らかに異常なのが分かる。

 土の感触は冷たく、ざらざらとしている。

 一般的な土とは明らかに質感が違う。

 まるで灰のような軽さで、指の間からさらさらと零れ落ちていく。


 土本来の粘りや湿り気が完全に失われ、生命力を奪われた土は、もはや土としての機能を果たしていない。


「吸収・毒素分解」


 リクトは小さくつぶやいて魔法を発動した。

 土に深く染み込んだ邪悪な魔力、生命力を阻害する負の力を吸い取るのだ。


 手のひらから、黒い霧のようなものが立ち上がり始めた。

 それは魔神の残留魔力が可視化されたものだった。

 霧は粘性があり、まるで生きているかのように蠢いている。

 触れると冷たく、生命力を奪い取ろうとする意志を感じる。


 リクトはその黒い霧を自分の体内に取り込み、地属性魔法の力で中和し、無害化していく。

 十年間の鍛錬で培われた魔法制御能力が、今まさに真価を発揮していた。


「な、なんじゃと……」


 村長は目を見開いた。

 長年この土地を蝕んできた呪いが、目の前で浄化されているのを目撃しているのだ。

 黒い霧が土から立ち上がる様子は、まさに悪霊が祓われるかのような光景だった。


 シシリアも驚きの表情で見つめている。

 リクトの魔法は十年間見慣れているはずだが、これほど大規模な浄化は初めて見た。


 やがて黒い霧は完全に消え去った。

 リクトの手のひらから立ち上る最後の一筋が風に溶けて消えると、土の色が微かに変化しているのが分かった。

 完全に元通りとまではいかないが、死んだような灰色だった土に、僅かながら茶色い色合いが戻っている。


「……構造把握」


 リクトは土壌の成分を詳細に分析した。

 窒素、リン酸、カリウム。

 植物の成長に必要な基本的な栄養分がほとんど残っていない。

 土壌を豊かにする微生物も完全に死滅し、土壌生態系が根本から破綻している。


 しかし、これらも地属性魔法で修復可能だった。


「生命力付与」


 リクトは土に必要な成分を魔法で生み出し、濃縮して目の前の土地に注入していく。

 同時に、森から持参した小さな土の袋から少量の土を取り出し、その中に含まれる微生物を移植した。


 森の豊かな土壌には、数え切れないほどの有益な菌類や微生物が生息している。

 それらが新しい土地で繁殖すれば、土壌生態系の復活も可能だ。


 村長とシシリアは、リクトの真剣な表情を、息を詰めて見守っていた。


「よし」


 やがて、土壌改良が完了した。

 種を植える準備が整ったのだ。

 改良された土は、見た目にも明らかに変化していた。

 死んだような灰色から健康的な濃い茶色に変わり、手で握るとほどよい湿り気と弾力がある。

 指で軽く掘ると、柔らかく崩れて、豊かな土の香りが立ち上った。


「じゃあ植えるよ」


 リクトは古い種を大切そうに手のひらに乗せ、改良された土に小さな穴を掘って埋めた。

 種が土に触れる瞬間、まるで故郷に帰ったかのように安らかに収まった。

 そして、リクトは埋められた種の上に両手をかざし、魔法を発動した。


「植生促進・急速成長」


 種に直接生命力を送り込む。

 古くなって弱った生命の火を、リクトの豊富な魔力で補強し、活性化させる。


 土の中で種が反応した。

 魔法で強化された生命力が急速に細胞分裂を促進させる。

 まず根が土に向かって伸び始め、次に芽が地表を押し上げ始めた。

 土の表面が僅かに盛り上がり、何かが下から突き上げているのが分かる。


 そして次の瞬間――


 土がもっこりと盛り上がり、緑色の小さな双葉が顔を出した。


「ば、ばかな……」


 村長は思わず腰を抜かした。

 杖が手から滑り落ち、カランと地面に音を立てる。

 数分で種が発芽するなど、自然界では絶対に有り得ない現象だった。

 何十年も農業に従事してきた村長にとって、これは奇跡以外の何物でもなかった。


 しかし、奇跡はまだ始まったばかりだった。


 土の中で微生物が活動を始め、栄養分が循環し、生命のサイクルが復活する。


 トマトの種を植えた場所では、みるみるうちに茎が伸び、葉が茂り、黄色い小さな花が咲く。

 緑色の小さな実が膨らみ始め、どんどん大きくなり、やがて鮮やかな真っ赤なトマトへと変貌を遂げた。


 ナスは深い紫色に輝いていた。

 まるで宝石のような艶があり、ヘタの部分は濃い緑色で美しいコントラストを成している。


 ピーマンは鮮やかな緑色で、ぷっくりと肉厚に育った。

 光沢のある表面は健康的で、触ると張りのある弾力がある。


 通常なら数ヶ月かかる成長過程が、数分で完了していく。

 老人は言葉を失ったまま、目の前で展開される超常現象を見つめていた。

 口は開いたまま閉じることができず、瞳は驚愕で見開かれている。


「よし、これでこの土地は大丈夫だ」


 リクトは満足そうに手を払って土を落とす。

 空き地は完全に菜園として生まれ変わり、新鮮な野菜が豊かに実っている。


「本来はゆっくり育てた方がいいんだけどね。急速に成長させたから、味や鮮度は少し落ちるけど、それでも十分美味いと思うよ」


 リクトの説明に、村長はようやく声を絞り出した。


「なんと……信じられん……お主は、一体何者なのじゃ……」


 声は震え、全身が小刻みに震動している。

 目の前で起こった出来事は、老人の世界観を根本から覆すものだった。


「うーん、改めて聞かれると俺って何者なんだろうな? ……まあ、元勇者かな?」


 リクトの何気ない言葉に、村長の震えが激しくなった。


「勇者じゃと!?」


 村長の叫び声が夜の静寂を破った。


「……ゆ、勇者って、本当なの? リクト」


 シシリアも同じように驚いている。


「あれ? 言ってなかったっけ? 実は俺、異世界から勇者として召喚されたんだ。訳あって追放されたんだけどね」


 その説明にシシリアは妙に納得した表情を見せる。


「たしかに……リクトってどこか変だと思ってたど、異世界人だったなんて」


 リクトの奇天烈な性格や、常識を超えた魔法の力。

 それらの謎がようやく解けた。


 村長の反応はさらに劇的だった。

 老体にも関わらず、突然立ち上がって震える手を天に向けた。


「ま、まさか……まだ勇者様が居たとは……四人目の勇者様が……」


 老人の目に、光が宿った。

 それは絶望の底から救い上げられた者だけが抱く、純粋な希望の光だった。


「希望は……希望はまだあるのかもしれん! 人類はまだ終わってなどいない!」


 村長は泣いていた。

 長年溜まっていた絶望が一気に溢れ出し、同時に新たに芽生えた希望が涙となって流れている。


「じ、じいさん、急にどうした」


 リクトは慌てて村長の肩を支えた。


「勇者様……いえ、リクト様。お願いがございます」


「何だよ、じいさん。改まって」


「どうか、どうか魔神を倒してくださいませ。人類を救ってくださいませ」


 老人の切実な願いに、リクトは困ったような表情を見せた。


「うーん……正直、俺一人で魔神を倒せるかどうか分からないんだ。他の三人の勇者だって負けちゃったんだろう?」


「ですが、あなた様にはこのような奇跡を起こす力がおありです。きっと他の勇者様とは違う……」


 村長の言葉に、リクトは少し考え込んだ。

 確かに自分の魔法は他の勇者たちとは性質が違う。

 彼らは攻撃的な魔法や剣技に長けていたが、自分は生命を育み、土地を蘇らせる力だ。


「分かった。とりあえず、今から王都に行ってみるよ。現状を見てから考えてみる」


 リクトの言葉に、村長は慌てたように首を振った。


「行ってはなりません! 王都は魔神軍に占拠されています。」


 村長の声には、恐怖と心配が入り混じっていた。

 ようやく見つけた希望の光を失いたくない一心だった。


「でも、何もしないわけにはいかないでしょ?」


「それでしたら……」


 村長は一度深呼吸をしてから、振り返って村の外れの方を指差した。


「私はここに来るまで、地下のシェルターにおりました」


「シェルター?」


「はい。そこに五百人ほど、魔神軍の手を逃れた生存者たちがひっそりと暮らしております」


 村長の説明によると、シェルターは村から北に二十キロほど離れた、古い採石場の跡地にあるという。

 石切り場として使われていた洞窟を拡張し、複数の階層に分けて居住空間を作り上げたのだそうだ。


 シェルターの入り口は巧妙に偽装され、まるで崖崩れでもあったかのように岩で覆い隠されているのだそうだ。

 魔神軍の偵察が何度か付近を通ったが、自然の地形に紛れて発見されずに済んでいるという。


「なるほど……そんな場所があるんだ」


「まずはそちらに行ってみてはいかがでしょうか。きっと皆、勇者様を歓迎するでしょう」


「そうだね。まずは生存者の皆に会ってみるか」


 リクトの返答に、村長は安堵の表情を浮かべた。


「シェルターの位置を教えましょう。わかりにくい所にあるのです」


 村長は地面に枝で簡単な地図を描き始めた。


「村から北の森を抜けて、古い街道を二里ほど行くと、大きな岩が三つ重なった場所があります。そこから西に向かって谷を下ると、岩壁に縦に裂けた隙間が見えるはずです。その隙間の奥がシェルターです」


「見張りとかいるの?」


「はい。見張りが気付いたらきっと先導してくれるでしょう」


 地図を見ながら、リクトは道筋を頭に入れた。


「分かった。ありがとう、じいさん」


「いえいえ、こちらこそ……」


 そのとき、リクトは井戸の方を見た。

 さっきから気になっていたのだが、村長の顔色があまり良くない。


「そういえば、じいさん、ちゃんと水飲めてるか?」


「水ですか? 井戸はありますが、汚れてしまって……」


「なら、ついでに井戸も復活させておくよ」


 リクトは村の中央にある古い井戸に向かった。

 井戸の周りには緑色に変色した苔がびっしりと張り付き、縁の石材も風化して崩れかけている。


「浄化・水質改善」


 魔法の力が井戸の内部に浸透していく。

 汚染物質が除去され、水質が改善され、さらに地下水脈そのものが活性化されていく。

 井戸の底から、新鮮な地下水がこんこんと湧き上がり始めた。


 同時に、井戸の周囲の苔も除去していく。

 見る間に井戸は元の美しい姿を取り戻していく。

 最後に、リクトは井戸の水を一口飲んでみた。


「うん、美味い」


 清涼で喉越しがよく、まるで山の湧き水のような美味しさだった。


「おおっ……神の御業じゃ……」


 村長は井戸から立ち上る清らかな水蒸気を見て、再び涙を流した。

 何年ぶりかの清らかな水。


「これで水の心配はないね」


「ありがとうございます……ありがとうございます……」


 村長は何度も頭を下げる。


「ところで、じいさんはシェルターに戻らないの?」


「いえ、私はもうずっとここにおります」


 村長は穏やかな表情で答えた。

 希望を取り戻した今、恐怖よりも故郷への愛着が勝っていた。


「一人だと寂しくない?」


「いえいえ、もう慣れましたから。それに……」


 村長は復活した花壇を見回した。


「これほど美しい村を見捨てることなどできません。きっと他の村民たちもいつか戻ってくると信じているのです」


「そっか……」


 リクトも村長の気持ちが分からなくもなかった。

 生まれ育った故郷への愛着は、簡単に捨てられるものではない。


「そろそろ失礼するよ。達者でなじいさん。無理しちゃだめだぞ」


「はい……勇者様も、どうかお気をつけて」


 リクトの別れの言葉に、村長は深く頭を下げた。


 シシリアも丁寧にお辞儀をした。

 いつしか漠然とした人間への恐怖は薄れつつあった。

 この老人の涙が、彼女の心の不安を取り除いたのかもしれない。


「本当に良いことをしたね、リクト」


 シシリアがつぶやいた。


「うん。少しでも希望を与えられたかな」


「きっと大丈夫。村長さん、とても嬉しそうだった」


 小さな親切が、絶望の中に一筋の光を灯した。

 それは世界を救うような大きな奇跡ではないかもしれないが、リクトは一人の老人の笑顔を取り戻すことができたのだった。

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