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第7章【揺り籠(Cradle)】



 後日、イヴの葬儀が娼館の裏庭で慎ましやかに行われた。

 遺体はエネルギー炉の熱に溶けて消失してしまった為、ここには存在しない。

 空になった棺の代わりに、彼女が愛用していたワンピースや、ドレッサーに残された安物のアクセサリー、そして店長以下全員で町の郊外から摘んできた小さな花々を焼却炉へ入れて、火を点けた。

 煙が冬の曇天へと昇っていく。

 アンドロイドには感情がある。涙するものもいれば、静かに祈りを捧げるものもいる。

「サブ、あまり気に病むなよ? あの娘はいい子だったよ」

 喪服代わりの黒いコートを羽織った店長が、私の肩に手を置いた。

 私は無言で頷く。

 表情筋を動かさないよう、精神感情回路のリセットを繰り返しているからだ。そうでもしなければ、回路が焼き切れてしまいそうなほどの負荷ストレスがかかっていた。

 炎が爆ぜる音だけが、静寂を埋めていた。

 誰も知らない。彼女が遺した最大の秘密が、今もこの建物の壁一枚隔てた場所で生き続けていることを。

 日常は、薄氷の上を歩くように戻ってきた。

 私は変わらずトラブルシューターとして働き、夜は誰よりも早く自室へ戻るようになった。

「そういえばサブ、お前待機室で何かしてるか? 今月の電気代の請求が、馬鹿みたいに跳ね上がってるんだが」

 廊下で店長に呼び止められ、突きつけられた端末には、通常の三倍近い電力消費量が記録されていた。

 私は顔色一つ変えずに、用意していた嘘を吐く。

「あぁ、自分の身体のメンテナンスをな。あの整備工場の、整備士の悪ガキの目が嫌なんだ」

「悪ガキ? あぁ、あいつはお前の改造ボディに興味津々だからねぇ」

 店長は呆れたように肩をすくめた。

「私は元々S型だが、今はA、B型のキメラだ。特殊な規格のパーツが多い。たまには身体のメンテナンスを自分でしてもいいだろう?」

「はぁ、全く可愛げがないね。色気付いたガキの相手くらいしてやりなよ」

「……私はマスターの娘だ。相手は勝手には決められない」

 私が頑なな態度を見せると、店長は溜め息をついて端末を下げた。

「……わかったよ。但し、加算された電気代はサブの給料から差し引くからね。結構な額になるよ?」

「構わない。必要経費だ」

 私は店長から逃げるように背を向け、自室の重い鉄扉を開けた。

 何重にもロックを掛け、防音壁を確認する。

 ここだけが、私の世界。そして、秘密の揺り籠だ。

 部屋に入ると、ブーンという低いモーター音が鼓膜を震わせた。

 本来、私が休息を取るためのシングルベッドは、巨大な円筒形のカプセルに占領されている。

 部屋のコンセントというコンセントから延長コードが這い回り、カプセルの生命維持装置へと電力を供給し続けている。

 淡いピンク色の培養液の中で、それは眠っていた。

 アダムとイヴの子供。

 回収した時は魚のようだった胎児は、日に日に、通常の人間ではあり得ない速度で成長していた。

 既に手足の指が形成され、眼球の膨らみも確認できる。

 私はアサルトライフルを立てかけ、部屋の隅にある小さすぎるソファーに身体を沈めた。

 ここ数日、ベッドで横になっていないせいで、人間でいうところの肩凝りが発生している。背部パーツを開けて人工筋肉のメンテナンスをした方がいいのは確かだ。整備士に頼めない以上、自分でやるしかないのだが、この部屋の電力事情では高出力のメンテナンスキットは使えない。

 カプセルのモニターを見る。

 心拍数、正常。培養液濃度、安定。

 イヴの遺したメモリーカードによれば、カプセル内は胎児の育成に必要な栄養素とナノマシンを含んだ特殊薬液で満たされている。電力さえ絶やさなければ、あと数週間で「完成」するらしい。

 こんなカプセル、最初は破棄すべきだと考えた。

 ミリンダに報告すれば即座に処分班が来る。教授に売り払えば莫大な研究費が手に入る。

 そうすれば、私は安眠を取り戻せるはずだった。

 イヴの遺言など反故にしてしまえばいい。奴らの頼みを聞く理由も、義理もない。

 私はソファーから身を起こし、アサルトライフルを手に取った。

 安全装置解除。

 銃口をカプセルの中心、胎児の頭部とおぼしき影に向ける。

 赤いレーザーサイトの点が、ガラス越しに胎児の額を捉える。

 エラーコードは出ない。

 何時でも引ける。指先に少し力を込めるだけで、この厄介ごとは消滅する。

 これは人間ではない。ただの有機組織の塊だ。あるいは、世界を破滅させるかもしれない怪物だ。

 殺すべきだ。論理回路がそう叫んでいる。

 だが。

「…………」

 私の指は、石になったように動かなかった。

 ドクン、ドクン。

 モニターから流れる電子的な心音が、部屋の時計のようにリズムを刻んでいる。

 温かい。

 硝子越しでも分かる、圧倒的な生命の熱量。

 私は銃を下ろした。

 何度目かの敗北だ。

「私に、どうしろと言うんだ……」

 答えは出ない。

 薄暗い部屋の中で、私はカプセルの淡い光に照らされながら、終わりの見えない明日を見つめ続けた。



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