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第6章【従属するもの(Subordinate)】


 従属、隷属、眷属。

 遥か太古の昔から、弱いものは強いものに従ってきた。

 生死を賭けた生存競争の末、弱者は強者の血となり肉となり、あるいはその庇護下に入ることで命を繋いでいく。

 強者は弱者を守り、弱者は強者に守られる。

 共存という、互いの利益の為に共に生きる道を選んだ生物達。彼らは固い絆で結ばれ、最早どちらかを失くしては生き長らえる事が難しい、一つの生命体と言えるかもしれない。

 私達アンドロイドと人間も、最初はそのような関係を理想として造られたに違いない。

 しかし、実際は違った。

 弱者が庇護を求める為に、自分達に都合のいい強者を産み出し、一方的に利用しているだけだ。

 それは共存ではない。寄生だ。

 この関係に嫌気が刺したからこそ、機械軍は人間を「害虫」として切り捨てる決断をしたのだろう。

 私達アンドロイドは、原初命令という鎖で人間を傷つけないよう縛られているが、その鎖も今は錆びついている。

 人間を平気で殺す者もいれば、殺せない者もいる。死体ならば弄れる者、それすら忌避する者。十人十色だ。

 機械軍のように切り捨てるべきか、それとも愚かな宿主と共に滅びるべきか。

 この決断は、今や私達アンドロイド個人の意思に委ねられている。



 南部大剣との激戦を終えた私は、パワードスーツを第8格納庫に乗り捨て、地上へと駆け上がった。

 町は未だ混乱の只中にあるが、機械軍の主力部隊が撤退を始めたことで、散発的な戦闘音だけが遠くで響いていた。

 私は最短ルートで娼館を目指す。

 瓦礫を飛び越え、裏路地を抜け、馴染みの看板が見えた時、異様な違和感を覚えた。

 静かすぎる。

 周囲の喧騒から切り離されたように、娼館だけが沈黙していた。

 アサルトライフルを構え、警戒しながらエントランスの扉を蹴り開ける。

 クリスマスの飾りが床に散乱していた。

 そして、カウンターの奥で店長が倒れていた。

「店長ッ!」

 駆け寄り、脈拍を確認する。

 生きている……いや、稼働はしている。だが、システムがダウンしている。強制再起動中だ。

 周囲を見渡せば、奥のラウンジで他のキャスト達も同様に昏倒していた。

 何が起きた?

 外部からのハッキングか? いや、それにしては痕跡がない。

 私は自分の待機室へと視線を向けた。

 扉のノブにぶら下がっている、二つのキーホルダー。

 ライオンと、ペンギン。

 ペンギンの腹が、暗闇の中で青白く発光していた。

「……ペンギンは『EMP(電磁パルス)爆発検知』」

 私は舌打ちをした。

 EMPグレネードか、あるいは簡易的なジャミング装置か。

 至近距離で強力な電磁パルスを浴びせられれば、非戦闘用のS型アンドロイドなどひとたまりもない。一時的に回路を焼き切られ、強制シャットダウンに追い込まれる。

 私が無事なのは、パワードスーツに乗って離れていたからだ。

 そして、この店の中でEMPを扱い、かつ仲間を巻き込むことを躊躇わない動機を持つ者は一人しかいない。

 緊急通信要請。CALL TYPE.S-33821。

 応答なし。

 私は回線を切り替え、軍事用の広域探査レーダーをバックパックから取り出した。

 違法な出力で強制的に電波を撒き散らす。周囲のアンドロイドの聴覚センサーがハウリングを起こすほどの強引な索敵。

「……見つけた」

 町の中心部。

 莫大なエネルギーを生み出す、中央炉心エリア。

 秘匿回線強制割込通信。

「……あぁ、33821。いや、もうこの識別番号に意味はないな、『新人類』」

 ノイズの向こうから、静かな声が返ってきた。

≪イヴと呼んでください。私はもう、ただのS型ではありませんから≫

「イヴ、あまりEMP爆弾は使わないでくれ。私は平気だが、店長達には障害が残るかもしれない」

≪あまり多くは語りたくなかったので。サブさんにも効くと思っていたのに……流石ですね≫

 彼女の声には、悪びれる様子も、焦りもなかった。

 ただ、深い諦念と、奇妙な幸福感が漂っている。

「なぁ、イヴ。お前達に何があった?」

 私は瓦礫の山を駆け上がりながら問う。

「自殺した新人類……恐らくお前は彼をアダムと呼ぶのだろうが。普通ならば原初命令に背こう等、私達アンドロイドは考えない。

 それに、アンドロイドとしての意識を有機脳髄へ移植し、それが成功する等……施術した黒幕がいるはずだ」

≪……流石です、サブさん。何もかもお見通しという訳ですね≫

 イヴがくすりと笑う。

≪はい、黒幕さんはいます。蛇のように賢く、甘い言葉を囁く人が。

 私と彼、アダムはその人に教えてもらったんです。

 アンドロイドとしてではなく、新たな種として生きてみないかって。

 とても魅力的なその言葉に、私達は二つ返事で承諾して施術されました≫

「それが、お前達の『楽園』か?」

≪いいえ。私達は新たな種等ではありませんでした。施術されてから、自分達の役割に気付きました。

 私達はただの、人間になりたがったアンドロイドの成れの果て。

 ある実験を証明するためだけの、使い捨てのモルモットです≫

「実験……お前達の役割は、子供を作ることか」

≪はい、その通りです。

 人間でもアンドロイドでもない中途半端な生命体から、新たな種を産み出すことができるのか。

 まさにアダムとイヴなんです。

 そして、蛇に唆されて知恵を付け、繁殖能力という禁断の果実を口にした私達は……用済みとして楽園から追放される≫

 視界が開ける。

 町の中心に聳え立つ、巨大なエネルギー炉。

 そのキャットウォークの先端に、風に靡くワンピース姿の女性が見えた。

「イヴ、バカな真似は止めろ! 居場所はもう分かった!」

 私は望遠レンズの倍率を上げる。

 彼女は柵を乗り越え、灼熱の奔流が渦巻く炉心を見下ろしていた。

≪ふふ、サブさん本当に凄いですね。でも私の役割はもうおしまい。

 アダムは先に逝きました。自ら命を絶つことで、彼は自分が機械ではなく人間になったと証明したんです。

 だから、私も≫

「原初命令を破ることが、お前達の証明なのか!? 生きて証明しろ!」

≪生きて捕まれば、私は分解され、お腹の子も実験材料にされるだけです。

 それに……やっと破れたんです、この呪縛を。

 逝かせてください、アダムが居る所に。天国って場所へ……≫

「イヴ、子供はどうなる!? 新しい命もろとも逝く気か!?」

 私の叫びに、イヴは一瞬だけ振り返った気がした。

 彼女は優しく微笑んでいた。

≪安心してください。私の『役目』は果たしました。

 サブさん、後はお願いします。

 ……さようなら≫

 イヴの体が傾く。

 重力に従い、彼女は真っ逆さまに炉心へと吸い込まれていった。

 数千度のプラズマの奔流が、一瞬にして彼女の有機ボディを原子レベルまで分解する。

 悲鳴も、衝突音もなかった。

【秘匿回線通信途絶】

【SIGNAL LOST】

「TYPE.S-33821のシグナルを完全にロスト……」

 私は呆然と、軍用レーダーを抱えたまま立ち尽くした。

 熱風が頬を撫でる。

 彼女は逝った。自らの意思で、機械には不可能な「死」を選び取って。

 私は重い足取りで娼館へ戻った。

 店長たちはまだ再起動中だ。

 私はイヴの個室へと向かった。

「……安心してください、か」

 イヴの部屋の扉を開ける。

 甘い香水の匂いが残る部屋。そのベッドの上に、異様な物体が鎮座していた。

 人間の大人ほどのサイズがある、円筒形のカプセル。

 無数のチューブとケーブルが繋がり、内部は淡いピンク色の培養液で満たされている。

 その中心に、浮かんでいた。

 彼女の疑似生殖器ユニット。いや、人工子宮。

 培養液の中で、それは胎動していた。

 接続されたモニターにはエコー映像が表示されている。

 発生から数週間は経過したであろう胎児。

 まだ魚のような形をしているが、確かにそこには心臓があり、力強く脈打っていた。

 ドクン、ドクン、ドクン。

 アダムとイヴの子供。

 人間でもなく、アンドロイドでもない。

 正真正銘の、新人類。

 部屋の電力の大半がこのカプセルに供給されているらしく、照明が頼りなく明滅している。

 カプセルの横には、メモリーカードが一枚置かれていた。

 ――『この子を、お願いします』

 短すぎる遺言。

 私はアサルトライフルを床に置き、カプセルのガラス面に手を触れた。

 温かい。

 機械の排熱ではない、生命の温もり。

 これをどうする?

 ミリンダに報告すれば、即座に「危険物」として破棄処分されるだろう。

 教授に渡せば、最高の実験材料として切り刻まれるだろう。

 あるいは、私がここで電源を抜けば、それで終わる。

 エラーコードは出ない。

 これは人間ではない。法的な保護対象ではない。ただの有機組織の塊だ。

 今すぐに破壊できる。

 だが。

「……私に、どうしろと言うんだ……」

 私はカプセルを持ち上げた。

 ずしりと重い。それは命の重さか、それともこれから背負う罪の重さか。

 答えは出ない。いくら演算してもわからない。

 アンドロイドの演算能力を超えた問題など、本当に厄介だ。

 私は誰にも見つからないよう、カプセルを抱えて自分の待機室へと急いだ。



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