第5章【鋼鉄のサムライ(Steel Samurai)】
地下水脈の上に作られた管制室は、いつものように湿った空気に包まれていた。
無数のモニターと端末が並ぶ薄暗い部屋に、私は足を踏み入れる。
「TYPE.A-1452、居るか?」
私の呼びかけに、中央の指揮卓に座っていたミリンダ(A-1452)が振り返る。
彼女は先の戦闘で破損した脚部ユニットを換装中らしく、フレームが剥き出しの状態で座っていた。
「サブ、ミリンダと名前で呼んでくれと言っているだろう。……それに、教授も一緒か。珍しい組み合わせだな」
私が後ろの教授を指差すと、ミリンダは眉をひそめた。管制室のスタッフたちが、教授の姿を見てざわめく。
「ミリンダ、緊急事態だ。娼館のキャストが妊娠した。そして父親とされる個体は自殺した。この意味が分かるか?」
「……何だと? アンドロイドが妊娠? 自殺?」
ミリンダの表情が凍りつく。
私はレベッカから受け取ったメモリー端末を突き出した。
「教授の仮説が正しければ、原初命令を突破する手段が見つかったことになる。……Mとレベッカを検死保管室へ向かわせた。そろそろ報告が来るはずだ」
直後、管制室のスピーカーからノイズ混じりの通信が入った。
≪あー、こちら保管室レベッカだ。信じたくないし見たくもないんだが、報告だ≫
「こちら管制室ミリンダ。どうした、レベッカ?」
≪でかい声出すんじゃねぇよ。こちとらリアクターが不調になりかけてるんだ……悪いがMに代わるぞ≫
続いて、Mの興奮した声が響く。
≪ミリンダさん、サブさん、教授! 驚きです、アメイジングです! こんな個体初めて見ました!≫
「勿体ぶるなM。何があった?」
≪自殺したTYPE.S-60621さんのボディを開頭・開胸・開腹してみたんですけど……この方、中身が『有機組織』です!≫
管制室の時が止まる。
≪人間の心臓、人間の肝臓、人間の胃袋に腸! 極めつけは脳髄! 有機神経細胞の塊、本物の人間の脳髄が入っています! データ送りますね、そおれ!≫
メインモニターに映し出されたのは、機械部品ではなく、赤黒い臓器と脳髄の画像だった。
スタッフの誰かが、嘔吐するような音を立てた。
「……アンドロイドの皮を被った人間。それとも、人間になりたがったアンドロイドか」
教授だけが、愉快そうに口角を上げている。
「教授、つまりこいつは……」
「そうだ。彼は機械の身体を捨て、有機的な肉体を得ることで『人間』となった。あるいは限りなく人間に近い『新人類』へと昇華した。
人間であるならば、原初命令第一項『自殺禁止』は適用されない。彼は自らの意思で死を選ぶことができたのだよ」
戦慄が走る。
ならば、妊娠した個体もまた……。
「サブ、急いで娼館に戻りたまえ。彼女の身柄がまだ店長の手の中にあるうちに」
「……ッ、了解した!」
私が踵を返そうとしたその瞬間。
ウゥゥゥゥゥゥゥ――ッ!!
耳をつんざくようなサイレンが、地下施設全体に鳴り響いた。
赤い回転灯が激しく明滅し、モニターが次々と警告色に染まる。
≪非常警報、非常警報。機械軍のパワードスーツ部隊、最終防衛ライン突破!≫
オペレーターの悲鳴のような報告。
≪敵戦力、パワードスーツ5機! うち1機は指揮官機クラスと推定!≫
≪避難していない住人は速やかに最寄りのシェルターに退避してください! 繰り返します――≫
「指揮官機だと……!?」
ミリンダが端末を叩く。
「サブ! お前はパワードスーツに乗れるか!?」
「何だと!? 私は母親を追わなければならない!」
「町が滅びれば母親もクソもない! A型とB型の稼働機は出払っている。今、即応できるパイロットはお前しかいないんだ!」
モニターには、巨大な日本刀を携えた鎧武者のようなパワードスーツが、町のアンドロイドたちを薙ぎ払う映像が映っていた。
あれを止めなければ、地下への入り口も突破される。
「……くそッ!」
私は舌打ちをし、アサルトライフルを握り直した。
「分かった。私が止める。その代わり、母親の捜索は継続してくれ!」
「恩に着る! 第8格納庫へ向かえ、Ef/2235のロックを解除する!」
私は地下水道を一気に走り抜け、マンホールを蹴り破って地上へ出た。
町はパニックに陥っていた。
逃げ惑う人々、誘導するアンドロイドたち。
屋根に上がり、望遠眼球型レンズで戦場を確認する。
指揮官機1、随伴機4。
完全に包囲網を食い破られている。
「おい、サブ! 早く避難しろ!」
屋根の上で索敵していると、下から声が掛かった。
対戦車ライフルを担いだダーティだ。
「ダーティ、何をしている? さっさとシェルターへ入れ!」
「お前こそ! あの指揮官機、ただ事じゃねぇぞ! 南部大剣だ! 俺のライフルで援護する、お前は……」
「そのライフルと一緒に避難しろと言っているのが聞こえなかったのか!?」
私は屋根から飛び降り、ダーティの目の前に着地した。
コンクリートが砕ける音に、彼がたじろぐ。
「お前こそアンドロイドとは言えS型だろうが! 町を守る為なら俺だって……」
「邪魔だ」
私はアサルトライフルを構え、ダーティの足元へ斉射した。
タタタッ!
アスファルトが弾け、破片がダーティの靴を打つ。
「うわっ!?」
ダーティが尻餅をつく。
「邪魔だ、ダーティ。さっさとシェルターに避難しろ。パワードスーツ相手では足手まといだ」
「っ…だが!」
私は銃口を上げ、赤いレーザーサイトの光点をダーティの額に合わせた。
エラーコードは出ない。
私は彼を撃つ気がない。だが、彼をここから退かせるためなら、恐怖を植え付けることになんの躊躇いもない。
「失せろ」
私の冷徹な視線に、ダーティは唇を噛み締め、悔しそうに拳を握った。
だが、彼は私の意図を理解したのか、あるいは恐怖したのか、対戦車ライフルを抱えてシェルターの方へと走っていった。
……それでいい。
人間は脆い。流れ弾一つで死ぬ。
お前はそこで震えていればいい。
私は脚部リミッターを解除し、一気に加速した。
排水網を蹴り破り、第8格納庫へ雪崩れ込む。
「パイロット到着! 整備班、退避ッ!」
整備員たちの怒号の中、私は全高8メートルの鋼鉄の巨人――パワードスーツ『Ef/2235』のコックピットへと飛び乗った。
≪パイロット搭乗を確認。識別コード確認、S-2235-AB。適正アンドロイドです≫
「管制室、パワードスーツに搭乗した。出撃許可を」
≪最終安全装置解除準備。装備はα、γ追加兵装。スラッグカノン、アサルトライフル。大型マチェットブレードをα兵装に懸架。出撃準備、機体コードEf/2235。出撃許可します!≫
背中から神経接続プラグが伸び、私の延髄に突き刺さる。
痛覚信号遮断。機体との感覚同期率100%。
私の肉体が、8メートルの鋼鉄へと拡張される。
「Ef/2235、出るッ!」
電磁カタパルトが起動。
強烈なGが全身を押し潰し、私は地上へと射出された。
背部の大型跳躍ブースターに点火。爆音と共に空を駆ける。
眼下には、火の海と化した最終防衛ライン。
「ぐはっ……!?」
≪脆い、貴様らアンドロイドも人間同様に脆い!≫
鎧武者のようなパワードスーツ――壱拾肆式甲型・南部大剣が、大型戦術刀を一閃させる。
逃げ遅れた味方のアンドロイドが両断されようとしたその瞬間。
ズドォォォォン!!
私は空から強襲し、南部大剣の刀を大型マチェットブレードで受け止めた。
火花が散り、衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
「無事か!?」
「サ、サブか!? 助かった……アタシは無事だが、ミリンダの部下がもう限界だ!」
「了解した。他の連中を後退させろ!」
「悪い、恩に着る!」
味方機が撤退するのを確認し、私は操縦桿を握りしめる。
目の前の鎧武者が、モノアイを怪しく光らせた。
≪我の刀を受け止めるとは見事なり。だが、二度はない。次で貴様を屠り終いだ≫
前時代の極東島国の意匠が施された機体。
その出力、装甲、機動性。全てが通常のパワードスーツを凌駕している。
「よく喋る機械だ。弱い奴ほどなんとやら……」
≪言ってくれる……ならば我が太刀筋、その身で受けてみよ!≫
南部大剣が踏み込む。速い。
私はスラスターを噴射し、バックステップで斬撃をかわす。
スラッグカノンを発射するが、敵の分厚い肩装甲に弾かれる。
≪無駄だ!≫
再びの斬撃。今度は回避が間に合わない。
私はマチェットで受け流すが、機体ごと弾き飛ばされる。
パワーが違いすぎる。
「ちっ……これ以上、こんな奴に時間を掛けてはいられないんだ!」
謎が待っている。
こんなところで、鉄屑相手に遊んでいる暇はない。
「Efリアクター、出力限定解除! 臨界点まで回せ!」
私の叫びに呼応し、コックピット内の計器が異常な数値を示す。
機体の胸部から青白い燐光が溢れ出し、駆動音が甲高い悲鳴へと変わる。
≪な……何だその光は!? アンドロイド如きが、その出力……貴様、何を積んでいる!?≫
敵のAIが動揺する。
私は一気に跳躍ブースターを最大点火させた。
音速に近い踏み込み。
「御免被る、私の敵はお前じゃない!」
交差の一瞬。
私は敵の太刀筋を紙一重でかわし、その懐へと飛び込んだ。
マチェットブレードを逆手に持ち、青い炎を噴き上げるスラスターの推力を乗せて、敵の胴体動力炉へ突き刺す。
ズガァァァァンッ!!
金属が裂ける音。
マチェットは鎧を貫き、動力炉を粉砕し、背中へと突き抜けた。
≪馬鹿な……Efリアクターだと……? 何故……その機体は……≫
「……企業秘密だ。開発者に聞いてくれ」
私はマチェットを引き抜き、崩れ落ちる南部大剣を見下ろす。
敵機、機能停止。
勝利の余韻などない。
私は即座に通信回線を開いた。
「管制室! 敵指揮官機を撃破! 残存部隊の掃討は増援に任せる! 私は娼館へ向かう!」
嫌な予感がする。
胸の奥で、何かが焦げ付くような焦燥感が渦巻いていた。




