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第4章【禁忌の解剖(Autopsy of Taboo)】


 私は町のとある施設へ、眉間を撃ち抜かれたドールの亡骸を運び入れた。

 地下街のさらに奥深く、廃棄されたシェルターを改装したその場所は、この町で最も多くの知識と、最も多くの変人たちが集まる吹き溜まりだ。

 バンジョーが奏でる、軽快だがどこか間の抜けたカントリー・ミュージックが流れる一室。

 私はノックもせずに重い鉄扉を押し開け、部屋の主を見た。

「TYPE.P-1789。お前の興味を惹くに充分なものを持ってきた」

 部屋の主は、白衣を纏ったP型プロフェッサーアンドロイドだ。彼はバンジョーを弾く手を止めず、心底迷惑そうにこちらを一瞥した。

「TYPE.P-1789。演奏を停止しろ。人の話は聞いてくれ」

「ふぅ……人が心地よく音楽に身を任せているのを邪魔するとは。全く君の感性は無粋極まりないものだね、サブ」

 彼は大袈裟に嘆息し、渋々といった様子でバンジョーをケースへとしまった。あれも以前、私が瓦礫の山から拾ってきたものだ。

「P型アンドロイドの気難しさは一級だな、1789」

「その呼び方は些か不敬ではないかね? 名前のある個体にナンバーで声を掛けるなぞ、誠に文化的ではない。君にもマスターから貰った素晴らしく美しい名前があるのだ、私にも同じく個体名がある。『サー・アーサー・モリアーティ教授』と呼びたまえ」

「前時代の小説に出てくる、悪の親玉の名を冠する教授など御免だ」

「マスターから名付けられたこの名前を、私は非常に気に入っているのだがね」

 教授は椅子から立ち上がり、私が作業机の上に乱暴に置いたドールへと近づいた。

 彼の眼球ユニットが、興味深げに絞り込まれる。

「それで、用件はなにかね? その薄汚れたドール(機械人形)についてならば、私の音楽を中断させるだけの価値はないぞ?」

 教授はドライバーと調査端末を手に取り、ドールの装甲をこじ開け始めた。

 しかし、内部構造があらわになった瞬間、彼の色素の薄い眼球ユニットが激しく明滅した。

「……なるほど、これは失礼した。非常に興味深い」

「価値はあったか?」

「大有りだとも。眉間への一撃がなければ、より詳細な内部データを抽出できただろうが……素晴らしい」

 教授の手が高速で動き、パーツを分解していく。

「見たまえ、サブ。こいつはただのドールではない。後継機である我々アンドロイドと互換性を持つように、各部ユニットが改造されている。

 ドールは既に役目を終えて大量に破棄されたが、これは……各ユニットの所々が無理矢理抉じ開けられ、パーツを乱暴に溶接されている。

 やり方としては、我々アンドロイドや人間はしないであろう芸当だ。内部回路を無理矢理繋ぎ合わせ、論理整合性を無視して物理的に最適化している。

 恐らくだが施術者は、機械軍だろう」

「機械軍……」

 私は眉をひそめる。

 機械軍が、パワードスーツ等の純粋な機械兵器以外を利用し始めたということか?

「教授、奴らはドールを使って何をする気だ?」

「決まっているだろう、スパイだよ。我々と外見の似通ったドールを改造し、町に紛れ込ませる。だが、これは試作段階だ。動きがぎこちないし、思考回路も単純すぎる」

「だが、いずれ精巧なスパイが町に跋扈するかもしれない、ということか」

「そうなればこの町はおしまいだ。誠に残念ながら可能性は大いにありえる」

 教授は手を止め、深刻な顔つきで私を見た。

「だが、スパイ活動には致命的な欠陥がある。捕まった際の機密保持だ。

 如何に改造や洗脳で懐柔したとしても、いざという時に自害できなければ、データを抜かれて全てを自白することになる。

 ここで問題になるのが、我々の奥底に刻まれた『原初命令』だ」

 アンドロイドは自殺できない。

 私達が共通して持つ、非常に強力な、絶対的な鎖。

「スパイならば、いざというときに自害を手段に入れる事が必須条件。だが、原初命令がある限りそれは不可能だ。

 さて、興味深い事態になってきたな。我々アンドロイドとは何か、原初命令についても考えなければならない。

 素晴らしい命題だと思わないかね、サブ?」

「私は仕事ができればそれでいい。職場を荒らされるのは困る」

「ふふ、君は相変わらずだな。だが、それでいい。私もこの研究室を荒らされるのは不愉快極まりない」

 教授は再びバンジョーを手に取った。

「原初命令の第一項『自殺禁止』。これは物理的・プログラム的に絶対だ。だが、第三項はどうだ?

 『アンドロイドは人間に成り代わってはならない』。

 もし仮にだ、サブ。

 アンドロイドでもなく、人間でもない。そのどちらでもない『新人類』というカテゴリに、自己認識を書き換えることができたとしたら……?」

「……何を言っている?」

「原初命令の適用範囲外へ逃れる、唯一の抜け道かもしれないという話だよ。まあ、ただの世迷い言だ。忘れたまえ」

 教授はニヤリと笑い、弦を弾いた。

「Glory, gory, Hallelujah! (我らが聖なる残酷な神に栄光あれ!)」



 季節は移り変わり、一気に寒気が町を襲った。

 町を歩くものたちはみな分厚い外套を被り、人通りも少ない。外気温が低すぎる。これでは各駆動部のシリンダーやモーターに支障が出る。

 足早に職場である娼館へ向かうと、エントランスで店長たちが何やら巨大なハリボテの樹木に、鈴やらモールやらを飾り付けしていた。

「あ、サブ! アンタも手伝いな。今日は特別な日だからね」

「……店長、私の雇用契約は悪質な違反者の排除であり、雑用ではない」

「サブさん、結構これ楽しいですよ! 普段臓器ばっかり弄ってる身からしたら新鮮です!」

「M、だからそういう話は止めてくれ。想像しただけで吐き気がするぜ」

 私はアサルトライフルをエントランスの隅に置いて、飾り付けのアクセサリーを手に取った。

 星形のプラスチック板には、【Merry Christmas】と掠れた字で書かれている。

 Merry Christmas……単語検索。前時代の冬の風習。

「店長、前時代の行事を今更やって何の意味がある?」

「あ? 別に意味なんかないよ。倉庫の奥に保管してた箱に入ってたんだ」

「……意味のない事をする意味がわからない」

「まあ客寄せみたいなものさ。噂によると、イイ子にしていればプレゼントがサンタクロースって奴からもらえるらしいぞ?」

 私はため息をつきながらアクセサリーを箱に投げ捨て、アサルトライフルを担いで自分の待機室に向かおうとした。

「この町にはサンタクロースなんてのは来ないだろうな。全員が悪人だ」

「はぁ、確かにあの子の言う通りだわな。この町には悪人しかいない。だけど、サンタクロースってのはただのお人好しの爺さんじゃないんだよ」

 店長はバックヤードから小さな包みを三つ持ってきた。

 Mとレベッカにそれぞれ渡し、最後の一つを私に投げて寄越した。

「わーい、店長ありがとー! 生身の頭部検体! 解剖のしがいがあるね!」

「……新しい工具か。なかなかに粋じゃねぇか店長。ありがとな、それとM。早くその生首をしまえ」

 Mとレベッカが騒ぐ中、私は手元の包みを開けた。

 中に入っていたのは、掌に収まるほどの小さな拳銃だった。

 デリンジャー。上下二連の超小型銃。

 装弾数はたったの二発。

「サブ、お前にはそれが似合いだ。護身用に持っておきな。懐に忍ばせておく最後の切り札だ」

「……アサルトライフルがある」

「デカい獲物が使えない時もあるのさ。……Merry Christmas、サブ」

 店長は赤い帽子を被り直し、バックヤードへ戻っていった。

 私は小さなデリンジャーをポケットに突っ込み、待機室へ入る。

 無意味な風習だ。だが、ポケットの中の冷たい金属の感触は、悪くなかった。

 日常が崩れたのは、それから数日後のことだった。

「おいサブ、どうした任務中にぼんやりして? お前にしちゃ珍しい」

「何でもない、気にするなダーティ」

 哨戒任務を終えて娼館に戻ると、何やらキャスト達がざわついていた。

 何か面倒事の予感がしつつ、私はアサルトライフルを肩に下げながら声を掛ける。

 すると、いつものMとレベッカが血相を変えて飛んできた。

「サブさん! 大変です、一大事です! アメイジングです!」

「落ち着けM。何があった?」

「それがですねぇ、実はS型アンドロイドも妊娠と出産は可能なのですよ! かなり成功率が低くて手順が面倒、費用もちょっとやそっとじゃ払えないレベルですけど!」

 私は耳を疑った。

 ここはアンドロイド達が営む人間用の娼館だ。

 所属しているキャスト達はS型、つまりはセクサロイド。アンドロイドで唯一、疑似生殖器を持つ特殊なタイプではある。

 しかし、それはあくまでも「疑似」であり、行為はできても繁殖は不可能なはずだ。

「疑似とはいえ、S型の生殖器は人間の内臓を模してかなり精巧に作られている。俺らアンドロイド自体は機械、卵子も精子もない」

 レベッカが深刻な顔で補足する。

「だから人間の卵子と精子をアンドロイドの疑似生殖器内で受精させれば、理論上は妊娠できる。だが、定期メンテナンスと特殊な薬液を定期投与し続けて10ヶ月。莫大な金と手間がかかる」

「誰もそんなことやらない。人間同士で子作りした方が手っ取り早いからだ」

「その通りだ。だが、誰か試した奴が居る」

 キャスト達の人だかりの中心に、TYPE.S-33821が座っていた。

 彼女は信じられないといった表情で、しかしどこか慈しむように、自身の平坦な腹部を撫でている。

「それで、相手の人間は誰なんだ? 事と次第によっては私の仕事の範疇になりそうだ。認知させるなり、養育費を毟り取るなり」

「それがな、サブ。厄介な、というより謎なんだが……相手は人間じゃない」

 レベッカが声を潜める。

「私達と同じく、S型アンドロイドの男性タイプなんだ」

 時が止まった気がした。

 アンドロイドとアンドロイドの間に、子供ができる?

 そんな馬鹿な。私達は機械だ。0と1の集積だ。生命の神秘など介在する余地はない。

「その金払いのいいアンドロイドに追加料金を請求すればいいだろう? 取り立てならば任されるぞ?」

「サブ、仕事熱心なのはありがたいけどよ。雲の上まで取り立てに行くことはお前にもできねえよ」

「? どういう意味だ?」

 レベッカがメモリー端末を渡してくる。

 私は自身の端子を接続し、内部データを閲覧した。

 形式番号:TYPE.S-60621

 状態:死亡

 死因:自殺

「……バカな……」

 思考回路にノイズが走る。

 アンドロイドが、自殺した?

 原初命令第一項、自殺禁止。物理的に不可能なはずの禁忌。

 それを破り、あまつさえ機械同士で子供を作った?

 ――『新人類』というカテゴリに、自己認識を書き換えることができたとしたら……?

 教授の言葉が、脳裏に蘇る。

 私はアサルトライフルを握りしめ、踵を返した。

「どこへ行くんです、サブさん!?」

「地下管制室だ。教授とミリンダに会う。……これは、ただ事じゃない」

 私の背中を、聖夜を祝う鈴の音が嘲笑うように追いかけてきた。


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