鉄屑峡谷のハイエナたち
その違和感に気づいたのは、リリーナ・シュトルムだけだったかもしれない。
荒野の太陽が真上から照りつける午後。移動中のコンボイの最後尾、トレーラーの荷台で待機状態にあった「Ef/2234 ホワイトロータス」のコクピット内で、リリーナは眉間に深い皺を寄せていた。
「……遅い」
彼女はマスタースレイブ(操縦桿)をごく僅かに動かした。
指先の動きに合わせて、機体の右主腕が連動する。モニター上の数値は正常。システムエラーの警告灯も点いていない。
だが、リリーナの感覚――80年以上戦場に身を置き、機械の体を第二の皮膚としてきた老兵の神経は、コンマ数秒の「ズレ」を感知していた。
「クレイドルでの無理が祟ったか。関節駆動系の摩耗……いや、伝達系の焼き付きか?」
先日の戦いで、彼女は機体のリミッターを解除し、ジャミング下でのマニュアル戦闘を行った。その代償は、機体の深部に確実に蓄積されていた。
このままでは、次の「本番」で命取りになる。
リリーナは通信回線を開いた。
「バレット、近くの交易ポイントの情報はどうなってる?」
『隊長、ちょうど報告しようと思っていたところです。ここから北へ30キロ地点、通称「鉄屑峡谷」にて、大規模な熱源反応と旧時代の識別信号をキャッチしました』
バレットの声には、少しの興奮が混じっていた。
『信号のパターンからして、旧軍の大型輸送機です。墜落してからそう時間は経っていない。おそらく、先日の砂嵐で埋もれていたのが露出したんでしょう』
「輸送機……。軍用規格の純正パーツが眠っている可能性が高いね」
リリーナは葉巻を取り出し、火をつけずに弄んだ。
今の世界、まともな交換パーツを手に入れるのは至難の業だ。市場に出回る安物はすぐに焼き付く。ホワイトロータスのような高性能機には、それ相応の「餌」が必要だった。
「行くよ、バレット。進路変更だ」
『了解。……ですが隊長、その場所は「魔窟」ですよ。有毒ガスに磁気嵐、それに……』
「分かってる。鼻の利くハイエナどもが、もう群がってる頃だろうさ」
リリーナはニヤリと笑い、葉巻を噛み砕いた。
「早い者勝ちだ。同業者だろうが機械だろうが、私の機体を直すための部品を邪魔する奴は、鉄屑にしてやる」
数時間後。アヴァランチの部隊は、巨大な亀裂が大地を走る「鉄屑峡谷」の入り口に到着していた。
そこは、世界の終わりのような光景だった。
切り立った崖の下には、過去数百年にわたって廃棄されたビルの残骸、壊れた戦車、錆びついたアンドロイドの死骸が堆積し、地層のようになっている。
谷底には黄色い有毒ガスが霧のように滞留し、視界を悪くしていた。
「うへぇ、ひどい臭いだ……。キャビンの中まで入ってきますよ」
通信機越しに、新人エースの呻き声が聞こえる。彼の乗るピースウォーカー(アヴァランチ仕様)は、防毒フィルターを最大出力にしているはずだが、それでも遮断しきれない悪臭。
「無駄口を叩くな。センサー感度を上げろ。ガスの中には何が潜んでるか分からないぞ」
リリーナはホワイトロータスを先行させ、崖の斜面を利用して谷底へと滑り降りていく。
四本の腕でバランスを取りながら着地すると、足元の瓦礫がグシャリと嫌な音を立てた。見れば、それは旧世代のアンドロイドの頭部だった。
「……反応あり。3時の方向、距離800」
レーダーに映る複数の反応。
目的の輸送機の残骸とおぼしき巨大な影の周囲に、既に誰かが陣取っていた。
黄色い霧の向こうに、刺々しいシルエットが浮かび上がった。
SAA-1873 "ピースウォーカー"。だが、その姿はアヴァランチが運用するものとも、機械軍のそれとも大きく異なっていた。
装甲板には威嚇用のスパイクが溶接され、錆止め代わりの赤いペイントが血糊のように塗られている。肩には髑髏とハゲタカを組み合わせたエンブレム。
「……出たね。『レッド・ヴァルチャー』だ」
リリーナが忌々しげに呟く。
この界隈では悪名高い武装強盗団だ。商隊を襲い、積み荷だけでなくパイロットの装備まで剥ぎ取る、正真正銘のハイエナたち。
相手の数は8機。アヴァランチの倍だ。
不意に、オープンチャンネルで下卑た笑い声が割り込んできた。
『ギャハハハ! どこのネズミが迷い込んだかと思えば、アヴァランチの「お嬢ちゃん」じゃねぇか!』
耳障りなノイズ混じりの声。リーダーのガントだ。
「ガントか。相変わらず趣味の悪い塗装だね。その機体、泣いてるぞ」
『うるせぇよ! ここにあるお宝は全部俺様のものだ。テメェらみたいな気取った傭兵団に恵んでやるビスは一本もねぇぞ!』
ガントの機体――ひときわ大きく改造された隊長機「ブラッディ・ヴァルチャー」が、巨大なマチェットを振り回して威嚇した。
整備不良による黒煙が背部から噴き出しているのが見える。エンジン出力を限界まで上げている証拠だが、それはいつ爆発してもおかしくない状態を意味していた。
「交渉の余地なしか。……バレット、警告は?」
『無駄でしょうね。彼らの辞書に「譲歩」という言葉はありません』
バレットがため息交じりに答えた瞬間、ヴァルチャー側の機体が発砲した。
警告射撃ではない。明確な殺意のこもったロケット弾が、エースの機体の足元に着弾する。
「うわっ!?」
「総員、散開! 戦闘開始だ!」
リリーナの号令と共に、アヴァランチの各機が遮蔽物へ飛び込む。
泥沼の戦いが始まった。
ガガガガガッ!
ズドォォン!
峡谷の底で、銃声と爆発音が反響する。
ヴァルチャーの戦い方は粗雑だった。味方の射線などお構いなしに、数に物を言わせて弾丸をばら撒く。
対してアヴァランチは、的確な連携で応戦する。
「右舷、2機! クロスファイアで沈める!」
バレットの指示で、二機のピースウォーカーが同時に射撃を行う。
ヴァルチャーの前衛機が蜂の巣になり、炎を噴き上げた。
『あ、あつっ! 助けてくれ、ボス! 脱出レバーが動かねぇ!』
通信機から悲鳴が響く。
ヴァルチャーの機体には、緊急脱出装置など搭載されていない。コストカットと、パイロットを逃がさないための拘束具としての側面もある。
『チッ、使えねぇ野郎だ。おい、そいつを盾にして突っ込め!』
ガントの非情な命令。
炎上する味方の機体を、後続の機体が蹴り飛ばし、それを遮蔽物にして距離を詰めてくる。
「……外道が」
リリーナの目が冷たく光った。
ホワイトロータスが躍り出る。駆動系の遅延を予測し、コンマ一秒早く操作を入力する。
四本の腕が流れるように動いた。
右手のライフルが敵機の脚部を撃ち抜き、姿勢を崩したところへ、左手のサブアームが持つパイルバンカーを叩き込む。
ドォン!
コクピットを避けて動力炉を破壊。機能停止させる。
殺しはしない。だが、この環境で機体を失えば、それは緩やかな死を意味する。
「おい、そこだ!」
リリーナの鋭い警告。
ヴァルチャーの背後、瓦礫の山から別の影が飛び出した。
装甲が剥がれ落ち、内部フレームが剥き出しになった人型機械。
野良アンドロイド(TYPE.B)の群れだ。
『敵……排除……』
『領域……侵犯……』
壊れかけた音声回路で呟きながら、彼らは錆びついた鉄パイプや、拾った銃器を手に襲いかかってきた。
ターゲットは無差別。アヴァランチも、ヴァルチャーも関係ない。
『な、なんだこいつら!? ゾンビかよ!』
ヴァルチャーの構成員がパニックに陥る。
乱戦はさらに混沌を極めていく。
「くそっ、厄介な場所だね……!」
リリーナはホワイトロータスを操り、迫りくるアンドロイドをバトルアックスで薙ぎ払う。
反応が鈍い。いつもなら装甲の継ぎ目を狙える一撃が、装甲板に弾かれる。
その隙を、ガントは見逃さなかった。
『へっ、あの白いのが大将か! 動きがトロいぜ!』
ガントの乗る重武装機が、味方の残骸を踏み台にして跳躍した。
両肩に積んだミサイルポッドが火を噴く。
「ッ……!」
回避行動。だが、反応が一瞬遅れる。
至近弾の衝撃でホワイトロータスの姿勢制御が乱れ、瓦礫の山へと吹き飛ばされた。
警告アラートが鳴り響く中、リリーナは歯噛みした。
「舐めるんじゃないよ……!」
だが、この騒乱が、さらに強大な「捕食者」を呼び寄せていることに、彼らはまだ気づいていなかった。
警報音が鳴り止まないコクピットの中で、リリーナは舌打ちをした。
ホワイトロータスが瓦礫の山に背中を預け、姿勢を立て直そうとする。だが、右脚のサーボモーターが一瞬遅れ、機体がガクリと傾いた。
「チッ、またか……! 反応速度が0.3秒遅れてる!」
コンマ数秒の世界で生きる傭兵にとって、この遅延は致命的だ。
リリーナが本来の動きをしようと入力しても、機体がそれに追いつかない。まるで水の中で踊っているようなもどかしさが、老兵の神経を逆撫でする。
『ギャハハ! どうしたお嬢ちゃん、踊り疲れたか!?』
ガントの嘲笑と共に、彼の乗る「ブラッディ・ヴァルチャー」がミサイルランチャーを再装填する。
整備不良で黒煙を噴き上げながらも、その火力だけは脅威だ。
「死ねやぁッ!」
発射されたミサイル群が、不規則な軌道を描いて迫る。
リリーナは回避を諦め、防御を選択した。四本の腕を胸の前で交差させ、最も装甲の厚い部分で衝撃を受ける。
ドガガガガッ!
爆炎と衝撃が機体を揺さぶる。装甲板が剥がれ飛び、内部フレームが軋む。
モニターにノイズが走る中、リリーナは視界の隅で動く影を捉えた。
「そこだ!」
煙を突き破り、野良アンドロイド(TYPE.B)が飛びかかってきたのだ。
手に持った鉄パイプを槍のように構え、コクピットを狙う。
ホワイトロータスの腕が迎撃に動く――はずだった。だが、動かない。被弾のショックで回路が一時的に断線したのだ。
(しまっ……!)
直撃を覚悟した瞬間。
横合いから飛び込んできた機体が、アンドロイドをショルダータックルで吹き飛ばした。
『隊長、無事ですか!』
エースの乗るピースウォーカーだ。
彼はそのままアサルトライフルを乱射し、群がるアンドロイドたちを牽制する。
「エース! 余計な真似を……と言いたいところだが、助かったよ」
『礼は後でいいです! それより囲まれてます、状況が悪すぎます!』
戦況は泥沼だった。
アヴァランチの精鋭たちは個々の戦闘能力で勝っているが、数で勝るヴァルチャーと、死を恐れない野良アンドロイドの波状攻撃に釘付けにされていた。
さらに悪いことに、ヴァルチャーの連中は味方の誤射などお構いなしだ。
『どけぇ雑魚ども! 射線に入りやがって!』
ガントの機体が、邪魔になった部下の機体を蹴り飛ばし、そのままガトリングガンを掃射した。
部下の機体と、それに群がっていたアンドロイドがまとめて蜂の巣になる。
『ボ、ボス!? 何するんですか!』
『うるせぇ! 鉄屑になりたくなきゃ俺の前に立つな!』
爆散する部下の機体。脱出装置のないコクピットの中で、パイロットが一瞬で炭化するのが見えた。
その光景に、リリーナの中で冷たい怒りが沸き上がった。
「……吐き気がするね。同族殺しもお手の物か」
『ハッ、綺麗事抜かすなよ傭兵! ここは奪うか奪われるかだ! テメェのその白い機体も、バラして俺のコレクションにしてやるよ!』
ガントが再びミサイルの照準を合わせようとした、その時だった。
ズゥゥゥン……。
地の底から響くような、重低音が峡谷全体を震わせた。
爆発音ではない。もっと規則的で、無機質な、巨大な何かが行軍する音。
「……なんだ?」
リリーナが視線を上げる。
黄色い有毒ガスの霧が、上空から降り注ぐ強烈なサーチライトの光によって切り裂かれた。
『熱源多数接近! 崖の上です! 数……20、いや30以上!』
バレットの切迫した報告が終わる前に、崖の上から「それ」は姿を現した。
峡谷の両側の崖上に、整然と並ぶシルエットがあった。
サンドベージュの塗装、赤い単眼センサー。
機械軍の主力、無人型ピースウォーカーの群れだ。
だが、彼らはただ立っているだけではない。その全ての銃口が、谷底で争う人間とアンドロイドたちに向けられていた。
『き、機械軍!? なんでこんな所に!』
ヴァルチャーの構成員が悲鳴を上げる。
彼らの騒乱と熱源反応が、エリアを巡回していた「掃除屋」を呼び寄せてしまったのだ。
そして、群れの中央から、一際威圧感を放つ機体が歩み出た。
ベースは同じピースウォーカーだ。だが、その肩幅は通常の倍近くあり、全身が分厚い増加装甲で覆われている。
両手には大型のガトリングガンを二丁装備し、背部には指揮用通信アンテナと大型放熱フィンが備わっていた。
SAA-1873改 "ヘヴィ・コマンダー"(機械軍指揮官仕様)。
対拠点制圧用に火力を極限まで高めた、殺戮のためのカスタム機だ。
「……厄介なのがお出ましだね」
リリーナが呻く。
崖上のヘヴィ・コマンダーが、ゆっくりと両手のガトリングガンを谷底へ向けた。
そのセンサーが赤く明滅する。
ブォォォォォォォッ!!
号令代わりの排気音が響き、次の瞬間、地獄の蓋が開いた。
崖上の数十機が一斉射撃を開始したのだ。
弾丸の雨。比喩ではない、物理的な鉄の豪雨が谷底へと降り注ぐ。
『う、うわあああああ!』
『いやだ、助けてくれぇぇ!』
遮蔽物のない場所にいたヴァルチャーの機体が、為す術もなく粉砕されていく。
野良アンドロイドたちは本能的に機械軍へ向かって駆け出すが、崖を登ることもできず、空中で四散していく。
『くそっ、撃ち返せ! やられる前にやれ!』
ガントが叫び、ミサイルを上空へ撃ち放つ。
だが、ヘヴィ・コマンダーは微動だにしない。ミサイルは増加装甲に当たって爆発したが、煙が晴れると、そこには無傷の怪物が立っていた。
装甲表面が赤熱しているだけで、傷一つついていない。
「馬鹿が! あんな距離から撃っても豆鉄砲だ!」
リリーナは叫びながら、ホワイトロータスを輸送機の残骸の下へ滑り込ませた。
「総員、輸送機の下へ潜れ! 装甲板が厚い、即席のトーチカになる!」
アヴァランチの隊員たちは、訓練された動きでリリーナに続く。
だが、統率のないヴァルチャーたちはパニックに陥り、我先にと逃げようとして狭い通路で詰まり、互いを踏みつけ合っていた。
そこへ、ヘヴィ・コマンダーが崖から飛び降りた。
ズシンッ!
重量級の機体が着地すると同時に、衝撃波が周囲の瓦礫を吹き飛ばす。
逃げ遅れたヴァルチャーの機体を、その太い脚部が踏み潰す。
グシャリ。
鉄と肉が混ざり合う、生々しい音が響く。
ヘヴィ・コマンダーは足元の残骸を気にも留めず、両手のガトリングガンを水平に構え、回転させ始めた。
キュイイイイ……ズダダダダダダダダダッ!
至近距離からの掃射。
逃げ惑うヴァルチャーの機体が、次々とチーズのように穴だらけにされ、爆発していく。
脱出装置のない彼らに、生存のチャンスはゼロだった。
『ひ、ひぃぃぃ……!』
ガントの機体が後ずさる。
彼の周りには、もう動く部下はいなかった。ただの鉄屑と化した仲間の残骸だけが転がっている。
「これが現実だよ、ガント」
輸送機の陰から、リリーナはその光景を冷徹に見つめていた。
「同族同士で殺し合い、足の引っ張り合いをした結果がこれだ。……機械軍はお前たちより遥かに『効率的』に殺しに来るぞ」
ヘヴィ・コマンダーのセンサーが、生き残った反応を探して動く。
そして、輸送機の陰に潜むホワイトロータスと、震えるブラッディ・ヴァルチャーを同時に捕捉した。
ガトリングガンの銃身が回転する不快な駆動音が、峡谷の岩肌に反響する。
機械軍指揮官機「ヘヴィ・コマンダー」は、輸送機の残骸に向けてゆっくりと歩を進めていた。その圧倒的な装甲と火力は、まさに死神の鎌だ。
輸送機の下、ホワイトロータスのコクピット内で、リリーナは冷や汗を拭った。
機体のコンディションは最悪だ。反応遅延は拡大し、今や0.5秒近いズレが生じている。まともな格闘戦など不可能だ。
その時、通信機にノイズ混じりの声が飛び込んできた。
『……おい、傭兵! 聞こえるか!』
ガントだ。彼の機体「ブラッディ・ヴァルチャー」は、少し離れた岩陰に隠れている。
『一時休戦だ! このままじゃ全員ミンチだぞ。俺が合図したら一斉に飛び出して、左右から挟み撃ちにする。奴の注意を引けば、勝機はある!』
リリーナは眉をひそめた。
あれほど自分勝手だった男が、土壇場で連携を提案してくるとは。
「……いいだろう。合図を待つ」
リリーナは短く答えた。
だが、彼女は即座に個別回線を開き、バレットに指示を飛ばした。
「バレット、スモークの準備だ。全弾撃ち尽くすつもりでやれ」
『挟み撃ちにするんじゃないんですか?』
「まさか。あんな外道が本気で共闘なんて考えるわけがない。……奴の狙いは別にある」
リリーナの視線が、ガントの機体が向いている方向――峡谷の壁面に走る、一本の狭い亀裂へと向けられた。あそこなら、小型のピースウォーカーならギリギリ通り抜けられるかもしれない。
『今だ! 行くぞォッ!!』
ガントが叫び、ブラッディ・ヴァルチャーが飛び出した。
だが、彼はヘヴィ・コマンダーに向かうことはなかった。
アヴァランチがいる方向とは正反対、あらかじめ目をつけていた「亀裂」に向かって、全速力で逃走を開始したのだ。
『ギャハハハ! 馬鹿め! テメェらが囮になってる間に、俺様だけは助かるんだよぉ!』
ガントはミサイルポッドの中身を、敵ではなくアヴァランチが隠れている輸送機周辺にばら撒いた。
爆煙が視界を塞ぐ。ヘヴィ・コマンダーのセンサーが、派手な爆発源であるアヴァランチの方へ向く。
「……やっぱりね。三流の考えることなんて、そんなもんだよ」
リリーナの声は冷ややかだった。
彼女は慌てなかった。ガントが裏切ることは、最初から計算に入っていた。
「エース、輸送機の翼を撃て! 支柱を崩せ!」
『は、はいッ!』
指示されたエースが、頭上の輸送機の残骸――腐食した主翼の根元をライフルで撃ち抜く。
金属疲労を起こしていた巨体が、悲鳴を上げて傾いた。
ズズズズ……ドォォォン!!
巨大な主翼が滑り落ち、ガントが逃げ込もうとしていた亀裂の前へと雪崩れ込んだ。
逃走ルートが、数トンの鉄塊によって完全に塞がれる。
『な、なにィッ!?』
急ブレーキをかけるブラッディ・ヴァルチャー。
行き止まりとなった壁の前で、ガントは立ち尽くした。
「出口は塞がったよ、ガント」
煙幕の中から、ホワイトロータスが姿を現した。
「お前が私たちを囮にしようとしたように、私たちもお前を『盾』にさせてもらう」
ヘヴィ・コマンダーが、逃げ道を失って孤立したブラッディ・ヴァルチャーに狙いを定めた。
最も動きが大きく、無防備な獲物。機械の論理は、優先的にそちらを処理することを選択したのだ。
『ま、待て! 違うんだ! 俺は……!』
ガントの絶叫が峡谷に響く。
ヘヴィ・コマンダーの両腕にあるガトリングガンが回転を始める。
死の旋律。
『傭兵! 助けろ! 同じ人間だろうがァッ!』
ガントが泣き叫ぶ。プライドも何もない、ただの命乞い。
リリーナは冷徹にそれを見つめ、静かに答えた。
「人間なら、自分のケツは自分で拭くもんだ。……あばよ、ハイエナ」
ズダダダダダダダダダッ!!
暴力的な弾幕が、ブラッディ・ヴァルチャーを襲った。
逃げ場のない袋小路。粗悪な改造装甲は紙切れのように引き裂かれ、コクピットブロックごと粉砕されていく。
脱出装置のない機体の中で、ガントの肉体が鉄屑と共に散った。
その爆発が目くらましとなっている一瞬。
それが、リリーナたちが待っていた唯一の勝機だった。
「今だ! コンテナを回収しろ!」
アヴァランチのピースウォーカーたちが、輸送機の腹から露出していた「軍用パーツコンテナ」にワイヤーを撃ち込む。
エースとバレットが左右から牽引し、ホワイトロータスが殿を務める。
「煙幕、最大濃度! このまま南側の古い坑道へ抜けるぞ!」
プシューッ!
峡谷の底が濃密な白煙に包まれる。
ヘヴィ・コマンダーがガントの機体を完全に破壊し終え、次の標的を探した時には、アヴァランチの姿は既に煙の向こうへと消えていた。
無機質なセンサーアイが周囲を索敵するが、そこにはただ、破壊された鉄屑と欲望の残骸が転がっているだけだった。
数時間後。
ジャンク・キャニオンから遠く離れた安全地帯。
夕闇が迫る荒野で、アヴァランチの整備班が慌ただしく動いていた。
回収したコンテナの中身は、期待以上の上物だった。
旧時代の純正サーボモーター、高精度のジャイロセンサー、そして希少なレアメタルのインゴット。
ホワイトロータスを完全な状態に戻すには十分すぎる収穫だ。
「……ふぅ。これでやっと、まともに踊れるようになるね」
リリーナはコクピットから降り、整備中の愛機を見上げた。
外装には新たな傷が増え、オイルの焦げた匂いが漂っている。だが、その白い機体は、死地を生き延びた者だけが持つ凄みを増しているように見えた。
「隊長。……あの強盗団、全滅しましたね」
エースが複雑そうな顔で近づいてきた。
「彼らも、やり方は間違ってましたけど、生きるのに必死だっただけなんですよね……」
「そうだね。必死じゃない奴なんて、この世界にはいないさ」
リリーナは新しい葉巻を取り出し、火を点けた。
紫煙が夜空へと昇っていく。
「だが、必死だからって何をしてもいいわけじゃない。同胞を食い物にする奴は、いずれ自分が食われる側になる。それがこの世界のルールだ」
彼女はエースの肩をポンと叩いた。
「お前はそうなるなよ、エース。食うなら泥水にしておけ。腐肉を漁るようになったらおしまいだ」
「……はい、肝に銘じます」
エースが背筋を伸ばして敬礼する。
修理を終えたホワイトロータスのリアクターが、力強い鼓動を取り戻し始めていた。
人間同士が争い、機械がそれを踏み潰す。
救いのない連鎖は続く。だが、アヴァランチは今日も生き延びた。
それだけが、確かな真実だった。
「さあ、出発だ。夜の荒野は冷えるからね」
リリーナ・シュトルムはトレーラーに乗り込む。
その背中には、80年の歳月が積み重ねた「業」と、それでも折れない鋼鉄の「意地」が宿っていた。




