表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/46

アークライトの贖罪


 乾いた風が、荒野の砂塵を巻き上げて吹き抜ける。

 視界を遮るほどの砂嵐の向こうに、その都市は蜃気楼のように揺らめいて見えた。

 城塞都市アークライト。

 かつて鉄屑の山だった場所の上に築かれた、人類の生存圏を守る鋼鉄の砦。夜になれば荒野のどこからでも見えるというネオンの輝きは、この絶望的な世界において数少ない「文明」の証だった。

 大型トレーラーの助手席で、リリーナ・シュトルムは窓枠に肘をつき、紫煙をくゆらせていた。

 葉巻の先端が赤く燃え、車内のエアコンが効いた空気に甘く重たい香りが充満する。

「隊長、そろそろ検問です。煙、消してくださいよ。向こうの警備兵に変な顔されますから」

 ハンドルを握る運転手が、呆れたように声をかけた。

 リリーナはフンと鼻を鳴らし、携帯灰皿に葉巻を押し付けた。

「堅苦しいねえ。80年生きてきて、唯一の楽しみを取り上げるんじゃないよ」

「見た目が10代の少女が極太の葉巻を吹かしてたら、誰だって二度見しますって」

「見た目なんぞ飾りだ。中身はシワだらけの老婆さ」

 リリーナは自嘲気味に笑い、自分の手のひらを見つめた。

 小さく、白く、柔らかな手。銃ダコひとつない、まるで深窓の令嬢のような皮膚。

 だが、その皮膚の下には、人工筋肉と強化骨格、そして心臓の代わりにごく小さな、しかし強力な動力を生み出す『Efリアクター』が埋め込まれている。

 かつての瀕死の重傷から生き延びるために選んだ、永遠に成長しない仮初めの肉体。

 トレーラーが減速し、アークライトの巨大な外門の前で停車した。

 見上げれば、空を薄膜のように覆う『電磁防壁(EMシールド)』の微かな光の粒子が見える。あれがある限り、機械軍の侵攻はこの都市には届かない。

「傭兵組織アヴァランチだ。市長からの招聘を受けて来た」

 運転手がIDカードを提示する。重厚なゲートが軋みを上げて開き、リリーナたちを乗せたコンボイは都市の内部へと滑り込んだ。

 

 アークライトの第3格納庫。

 そこにアヴァランチの前線基地が設営されていた。

 到着早々、リリーナはトレーラーの荷台から降ろされる機体群のチェックに向かった。

 埃っぽい荒野の空気が、都市内部では濾過され、どこか人工的な匂いが混じる。

「おい、そこの3番機! 固定具の扱いが雑だぞ!」

 少女のような金切り声ではなく、腹の底から響くようなドスの効いた声。

 整備員たちが一斉に背筋を伸ばす。

 リリーナはコツコツと軍靴の音を響かせ、整備ドックに鎮座する巨人の足元に立った。

 SAA-1873 "ピースウォーカー"。

 全高8メートル級の汎用パワードスーツ。かつての世界大戦でも主力として運用された傑作機だ。

 アヴァランチが持ち込んだのは、その中でも状態の良い有人仕様機をさらに改修した特別モデルである。

 武骨な装甲はサンドベージュに塗装され、肩にはアヴァランチの部隊章――雪崩をモチーフにしたエンブレムが描かれている。

「隊長、到着早々お小言ですか? 旅の疲れもあるでしょうに」

 機体の膝関節付近で調整を行っていた男が、油まみれの顔で降りてきた。

 副長のバレットだ。短髪に巨躯、顔には歴戦の証である傷跡が走っているが、その瞳は理知的で穏やかだ。

「疲れるような身体じゃないさ。それよりバレット、例のブツの調子はどうだ?」

 リリーナが顎で指したのは、ピースウォーカーの背面、コクピットブロックの上部に増設されたハッチ部分だ。

緊急脱出装置イジェクションシートの射出用火薬ですね。湿気てませんよ。全機、動作チェック済みです。センサー感度も良好、機体が損壊判定を受けるコンマ5秒前にはパイロットを空へ放り出せます」

「上出来だ」

 リリーナは満足げに頷き、再び葉巻を取り出した。

 この脱出装置こそが、アヴァランチの哲学そのものだ。

 通常のピースウォーカーに脱出機能はない。兵士は機体と運命を共にするのがこの世界の常識だ。だが、リリーナはそれを良しとしない。

 金がかかっても、整備が面倒でも、パイロットを生還させる。

 機体は金で買えるが、経験を積んだ兵士の命はプライスレスだ――というのは建前で、本音はただ、若者が無駄死にするのを見たくないだけだった。

「隊長、こっちの機体を見てくださいよ! すげぇっす!」

 興奮した声が響く。新人のエースだ。まだあどけなさが残る青年が、リリーナの専用機を見上げて目を輝かせている。

 Ef/2234 "ホワイトロータス"。

 他の無骨な量産機とは一線を画す、流麗で異質なシルエット。

 純白の装甲に包まれたその機体は、背部から伸びる二本のサブアームを含め、計四本の腕を持つ。

 リリーナの小さな身体に合わせて設計されたコクピットと、彼女の反応速度に追従するための高出力アクチュエーター。

 そして何より、機体中央に収められたEfリアクターの静かな駆動音が、周囲の空気を震わせていた。

「エース、あまりベタベタ触るんじゃないよ。私の白蓮ロータスが機嫌を損ねる」

「す、すみません! でも、やっぱり隊長の機体は別格ですね。四本腕なんて、どうやって操作してるんですか?」

「慣れだよ、慣れ。80年も戦場にいれば、腕の二本や三本増えたところでどうということはない」

 リリーナは短く答え、エースの肩をポンと叩いた。

「それよりお前、自分の機体の足回りは確認したか? 砂を噛んでたら動きが鈍るぞ」

「あ、はい! 今すぐやります!」

 慌てて自分の機体へ走っていくエースの背中を見送り、リリーナはふっと息を吐いた。

 平和な光景だ。

 これから始まる任務が、ただのパトロール程度であればよかったのだが。

 その時だった。

 ブツンッ。

 唐突に、音が消えた。

 格納庫の照明が落ち、電動工具の駆動音が止まる。

 整備員たちのざわめきだけが、暗闇に取り残された。

「……停電か?」

 バレットの声が硬くなる。

 アークライトは豊富なエネルギー供給を誇る都市だ。計画停電ならともかく、何の前触れもないブラックアウトなどあり得ない。

 数秒後、赤い非常灯が回転を始め、不気味なサイレンが鳴り響いた。

『緊急警報。緊急警報。都市全域にて電力供給停止を確認。予備電源へ移行します。市民の皆様は直ちに屋内へ退避してください』

 無機質なアナウンスが響く中、リリーナの懐で通信端末が震えた。

 表示されたIDは、この都市の市長、ハミルトン。

「……嫌な予感が的中したようだね」

 リリーナは葉巻を噛み締め、通話ボタンを押した。

「ハミルトン市長。到着早々、手厚い歓迎だね。真っ暗闇で何も見えないが?」

『皮肉を言っている場合ではありませんよ、シュトルム隊長』

 通信越しの声は冷静だったが、その裏に焦燥が滲んでいた。

『緊急の仕事です。報酬は弾みます。今すぐ私の執務室へ来てください。……都市の命運がかかっています』


 アークライト市庁舎、最上階。

 予備電源によって薄暗く照らされた執務室から見える景色は、異様だった。

 かつて煌めいていたネオンは消え失せ、街全体が沈黙している。そして何より恐ろしいのは、上空だ。

 都市を覆っていた電磁防壁(EMシールド)の輝きが、目に見えて弱まっていた。

「単刀直入に言います」

 ハミルトン市長は、デスクに広げられた図面を指し示した。神経質そうな細身の男だが、その眼光は鋭い。

「テロリスト共に、地下の『生体炉心プラント』を占拠されました」

「生体炉心……?」

 リリーナが眉をひそめる。

 アンドロイドの動力炉であるEfリアクター。それを大規模運用する施設ということか。

「『自由と鉄の解放戦線』と名乗る連中です。彼らはメイン送電システムを物理的に遮断しました。現在、都市はキャパシタに残った予備電力だけで稼働しています」

 ハミルトンは腕時計に目を落とした。

防壁シールドの維持限界まで、あと4時間。それを過ぎればシールドは消滅し、我々は荒野の只中に裸で放り出されることになります。そうなれば、機械軍が黙っていないでしょう」

「4時間でテロリストを排除し、電源を入れ直せと?」

「その通りです。警察組織だけでは制圧に時間がかかりすぎる。貴女方のようなプロフェッショナルが必要なのです」

 リリーナは図面を覗き込んだ。

 地下深くに広がる巨大な空間。そこには無数の点が整然と並んでいる。

 その表記を見て、リリーナの目が細められた。

「……市長。この『炉心ユニット』という表記は何だ? まるで棺桶が並んでいるように見えるが」

 ハミルトンは表情を崩さず、淡々と答えた。

「効率化の結果です。アンドロイドの手足を切断し、意識レベルを下げ、栄養供給と排泄処理だけを行いながらリアクターをフル稼働させる。一個体あたりの発電効率を最大化するための、我が都市の心臓部ですよ」

 隣に控えていたバレットが息を呑む気配がした。

 リリーナは、自分の胸元――人工の皮膚の下にあるEfリアクターの鼓動を強く感じた。

 アンドロイドを生きた電池として使う。

 かつて人間が家畜にしてきたことと同じだ。だが、今の世界でそれをやる意味は重い。

「……趣味の悪い話だね。死に損ないを無理やり生かして、その悲鳴をエネルギーに変えているわけだ」

「彼らは機械です。痛みなど感じませんよ。それに、このシステムの恩恵を受けているのは市民全員だ。貴女が今吸っている空気の浄化システムも、彼らが動かしている」

 ハミルトンはリリーナを直視した。

「シュトルム隊長。貴女もEfリアクターを動力としていると聞きましたが、まさか機械人形に同情するわけではないでしょうね?」

 試すような視線。

 リリーナは葉巻を指先で回し、フッと笑った。

「同情? まさか。私は傭兵だ。金で雇われ、敵を排除し、味方を守る。それ以上でも以下でもない」

 彼女は図面をバレットに放り投げた。

「引き受けよう。ただし、報酬は提示額の3倍だ。これだけ急な呼び出しで、しかも気分の悪い現場だ。慰謝料込みにしてくれないと割に合わない」

「……いいでしょう。仕事さえ果たしてくれれば」

 交渉成立。

 ハミルトンが安堵の息を漏らしたのと同時に、リリーナは踵を返した。

「バレット、行くよ。整備班に伝えな。ホワイトロータスは待機。地下への突入は歩兵装備で行く」

「はっ! ……ですが隊長、本当によろしいので?」

 部屋を出て廊下を歩きながら、バレットが小声で尋ねる。

 リリーナは冷たい目で暗い廊下の先を見据えていた。

「市長のやり方は気に入らないが、シールドが消えれば街ごと全滅だ。そこに住む人間も、炉心にされたアンドロイドもな。まずは止血だ。手術はその後にする」

「了解しました。一番隊、閉所戦闘用意!」

 リリーナは歩きながら、胸元の服をギュッと掴んだ。

 地下で待つ光景は、きっと彼女にとって地獄だろう。

 自分と同じ動力源を持つ者たちが、ただの部品として消費される場所。

 

「……長生きはするもんじゃないね、本当に」

 老兵の呟きは、誰にも聞かれることなく闇に消えた。



 エレベーターのケージが軋んだ音を立てて下降していく。

 深度計の数字が増えるにつれ、空気は湿度を帯び、鉄とオイル、そして何か有機物が腐敗したような独特の臭気が鼻をついた。

「……酷い臭いですね」

 防毒マスク越しに、部下の一人が呻くように言った。

 リリーナはマスクを付けず、ハンカチで口元を覆っただけだ。彼女の呼吸器系は、とっくの昔に人工肺に置き換わっている。だが、その高性能な嗅覚センサーは、空気中に漂う成分を冷徹に分析していた。

 冷却液の揮発臭。高圧電流によるオゾンの匂い。そして、微かな血の匂い。

「ここは都市の消化器官さ。綺麗なわけがない」

 リリーナはアサルトライフルを点検しながら呟く。

 ケージが最下層に到達し、重厚な隔壁が開いた。

 そこに広がっていた光景に、歴戦のアヴァランチ隊員たちですら息を呑んだ。

 広大な地下空間。天井までは数十メートルあり、無数のパイプとケーブルが血管のように張り巡らされている。

 その空間を埋め尽くすように設置されていたのは、数千基にも及ぶ透明なカプセルだった。

 カプセルの中には、液体に満たされた「それ」があった。

 アンドロイドだ。

 だが、手足はない。両腕と両脚の付け根から先が切断され、断面には直接ケーブルが接続されている。

 頭部には視覚と聴覚を遮断するためのバイザーが被せられ、口には太いチューブが押し込まれて栄養剤が強制的に流し込まれていた。

「う……ぷっ」

 新人の隊員が耐えきれず、その場で嘔吐する。

 TYPE.E(工兵型)、TYPE.M(衛生兵型)、そして華奢なTYPE.S(愛玩型)。

 型式も性別も関係ない。ただ効率よく『Efリアクター』を稼働させるためだけに、彼らは「生きる部品」として並列接続されていた。

 ブゥゥゥン……という重低音が響いている。

 それは数千体のリアクターが唸りを上げ、都市の光を生み出している音だった。

「……市長の野郎、『効率化』なんて言葉で片付けるには、いささか業が深すぎるね」

 リリーナは眉をひそめ、胸元を無意識に押さえた。

 彼女の胸にあるEfリアクターも、同じ原理で動いている。食事を摂り、原子核融合を起こしてエネルギーを生む。

 違いは、彼女には自由があり、彼らにはないということだけだ。

 カプセルの中のアンドロイドが、ビクリと痙攣した。苦痛によるものか、単なる電気信号のノイズか。それは誰にも分からない。

「隊長、制御室はあそこです」

 バレットが指差した先、プラントの中央に突き出したガラス張りの区画があった。

 中には数名の人影が見える。テロリスト「自由と鉄の解放戦線」のメンバーだ。

「行くよ。余計な場所を見るな。今は任務に集中しろ」

 リリーナは部下たちを一喝し、足音を殺して鉄製の通路を進んだ。

 

 制御室のドアの前。

 リリーナはハンドサインを出し、突入のカウントダウンを開始した。

 3、2、1――。

 ドォン!

 爆薬でドアロックを破壊。間髪入れずに閃光手榴弾フラッシュバンを放り込む。

 強烈な閃光と爆音。

 悲鳴が上がる中、リリーナたちは雪崩れ込んだ。

「動くな! アヴァランチだ!」

「武器を捨てろ! 手を頭の後ろへ!」

 プロの制圧速度に、テロリストたちは為す術もない。彼らは作業着に軽武装のライフルを持っただけの、ただの市民や元技術者の集まりだった。

 だが、一人だけ。

 メインコンソールの前に立つ若い男だけは、怯むことなくリリーナたちを睨みつけていた。彼の手は、赤い緊急停止レバーにかけられている。

「近寄るな! これを引けば、全炉心が緊急停止スクラムするぞ!」

 男が叫ぶ。彼がリーダーのゲイルだろう。

 油にまみれた作業着、無精髭、そして充血した目。その瞳には、狂気にも似た義憤が燃えていた。

 リリーナは銃口を下げず、ゆっくりと歩み寄る。

「引きたきゃ引きな、若造。ただし、それを引けばシールドは消える。機械軍が雪崩れ込んで、お前が守りたいアンドロイドごと、この街は鉄屑の山に戻るだけだ」

「それでも……! こんな地獄が続くよりはマシだ!」

 ゲイルはガラス越しに、眼下の「墓場」を指差した。

「見ろよ、あれを! あいつらにも心があるんだ! 俺の相棒だった整備用のアンドロイドも、あそこに放り込まれた。ただ型式が古くなったってだけで! 人間は、あいつらの命を啜って生きてる吸血鬼だ!」

「その通りだ。否定はしないよ」

 リリーナの言葉に、ゲイルが驚いたように息を呑む。

 リリーナは一歩、また一歩と距離を詰める。

「ここは地獄だ。私もそう思う。吐き気がするほどにな。だがな、世界中どこへ行ったって、今の時代は地獄しかないんだよ」

 彼女は自分の胸を拳で叩いた。

「正義を語るのはいい。だが、生き残ってから語れ。死体は何も語らないし、誰も救えない。お前がそのレバーを引けば、それは『介錯』にはなるかもしれないが、『救済』にはならない」

「俺は……俺はただ……」

 ゲイルの手が震える。

 その隙を見逃すリリーナではなかった。

 ダンッ!

 床を蹴る音。

 見た目は少女でも、その身体能力は軍用アンドロイドに匹敵する。一瞬で距離を詰めたリリーナは、銃床でゲイルの手首を打ち据えた。

「ぐあっ!?」

 レバーから手が離れる。すかさずバレットが背後から回り込み、ゲイルを羽交い締めにして床に組み伏せた。

「確保!」

「離せ! くそっ、傭兵風情が! お前らも体制側の犬か!」

 喚くゲイルを見下ろし、リリーナは冷たく言い放つ。

「犬で結構。飼い主がいるだけ野良犬よりマシさ。……バレット、再起動シーケンスはどうなってる?」

 バレットがコンソールを操作する。しかし、彼の顔色が青ざめた。

「隊長、駄目です。システムがロックされています。彼らが物理的に回路の一部を焼き切ったようです。バイパスを繋いで復旧させるには……最低でも2時間はかかります!」

「2時間だと? シールドの維持限界は?」

「あと30分も持ちません!」

 その時、制御室の緊急回線にノイズ混じりの通信が入った。地上の監視班からだ。

『緊急入電! 都市外縁部のセンサーに多数の熱源反応! 機械軍です! 数は300以上!』

 リリーナが舌打ちをする。

『敵の先頭に識別信号確認……! 壱拾肆式甲型 "南部大剣" です! もう目視距離にいます!』

「……最悪のタイミングだね」

 リリーナは床に転がるゲイルの胸ぐらを掴み、無理やり立たせた。

「聞いたか、正義の味方さん。お前がモタモタしている間に、本物の死神が来たようだ」

「機械軍……!? まさか、こんなに早く……」

 ゲイルの顔から血の気が引いていく。

 リリーナは彼を突き放すと、バレットに向き直った。

「プランBだ。電源復旧は間に合わない。シールドが消えれば市街戦になる」

「し、しかし隊長! 我々の戦力だけでは、300の機械軍を相手にするのは不可能です! しかも相手は指揮官機付きだ!」

「だから、頭数を揃えるんだよ」

 リリーナは視線をゲイルに向けた。

 そして、ニヤリと凶暴な笑みを浮かべた。

「おい若造。お前たち、市場から横流しされたパワードスーツを持ってるな? 『改修型ピースウォーカー』だ」

「あ、ああ……隠してあるが……」

「出せ。今すぐにだ」

 リリーナは葉巻を取り出し、火も点けずに咥えた。

「街を守りたいんだろ? アンドロイドを救いたいんだろ? だったら、その安っぽいライフルを捨てて鉄の巨人に乗れ。私たちと一緒に戦え」

「な……お前らと手を組めって言うのか!?」

「嫌ならここで死ね。機械軍はお前も、お前の大事なアンドロイドも、平等に踏み潰してくれるさ」

 ゲイルは葛藤した。唇を噛み切りそうなほど強く噛み締め、震える手で拳を握った。

 そして数秒後、彼は叫ぶように言った。

「……分かった! だが勘違いするな、お前らを助けるわけじゃない! 俺たちの街を守るためだ!」

「上等だ。その意地、戦場で証明してみせな」

 リリーナは通信機を取り出し、地上に残る整備班へ怒鳴った。

「総員、第一種戦闘配備! 私のホワイトロータスを起動させろ! 死に損ない共のダンスパーティの始まりだ!」



 ブツン、という音が都市全体に響いた気がした。

 空を見上げれば、アークライトを守っていた薄紫色の光のドーム――電磁防壁(EMシールド)が、水泡のように弾けて消滅していくのが見えた。

 露わになったのは、鉛色の空と、そこから降り注ぐ酸性雨、そして無数の黒い点だ。

「来たか……!」

 地上に戻ったリリーナは、愛機ホワイトロータスのコクピットに滑り込みながら呟いた。

 ハッチが閉まり、外部の音が遮断される。代わりに、機体の駆動音とシステムボイスが耳を満たす。

『Efリアクター、出力安定。全システム、オールグリーン。おはようございます、マム』

「寝坊助のシールドのせいで、目覚めは最悪さ」

 リリーナは慣れた手つきでスイッチ群を弾く。

 メインモニターが点灯し、360度の視界が開ける。

 彼女の胸にある人工心臓(Efリアクター)が脈打ち、まるで機体の動力炉と呼応するかのように、戦いのリズムを刻み始めた。無論、システム的な接続はない。だが、80年もの間、鋼鉄の身体で生きてきた彼女にとって、パワードスーツは衣服以上に馴染んだ皮膚そのものだった。

「総員、聞こえるね? お客人の到着だ。派手にお出迎えしてやりな!」

『『『ラジャー!!』』』

 通信機から、アヴァランチ隊員たちの頼もしい返答が返ってくる。

 一方、少し遅れて、別の回線から緊張で上擦った声が聞こえてきた。

『こ、こちら解放戦線……全機、起動した。配置につく』

 ゲイルだ。彼らテロリスト部隊も、隠匿していた「改修型ピースウォーカー」を引きずり出してきたのだ。

 その数、およそ20機。アヴァランチの戦力と合わせれば50機近い。だが、その動きは素人目にもぎこちなかった。

「ゲイル、忠告しておくぞ」

 リリーナはホワイトロータスを歩かせ、防衛ラインの中央へ向かいながら通信を開いた。

「機械軍の『ピースウォーカー』は、お前らが乗ってるそれのオリジナルだ。感情もなけりゃ恐怖もない。ただ殺すためだけにプログラムされた純粋な兵器だ。人間ごときが正面から撃ち合って勝てると思うな」

『分かっている! 俺たちだって死ぬ気で……!』

「死ぬ気じゃ勝てないと言ってるんだ。……いいか、死角を使え。物陰から撃て。卑怯者と言われようが生き残れ。それが『人間』の戦い方だ」

 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、最初の砲弾が防衛ラインに着弾した。

 爆煙が上がり、サイレンがかき消される。

 アークライト防衛戦の火蓋が切って落とされた。


 ズズズズズズ……!

 重厚なガトリングガンの射撃音が、ストリートの谷間に反響する。

 機械軍の先鋒、無人機ピースウォーカーの群れが、蟻の行列のように防壁の切れ目から雪崩れ込んでくる。

 サンドカラーの装甲、単眼のセンサー。人間が乗るスペースを演算ユニットで埋め尽くした彼らは、一切の無駄がない動きで前進し、正確無比な射撃をばら撒いてくる。

「一番隊、右翼へ展開! 十字砲火で足を止めろ!」

 バレットの指揮が飛ぶ。

 アヴァランチ仕様の改修型ピースウォーカーが、廃ビルの陰から一斉に飛び出し、ロケットランチャーを叩き込む。

 爆炎の中で数機の無人機が吹き飛ぶ。プロの連携だ。彼らは敵の索敵範囲を熟知し、常に有利な位置を取り続けている。

「よし、いけるぞ! 俺たちも続け!」

 それを見て勢いづいたのか、解放戦線の機体が遮蔽物から身を乗り出した。

 塗装の剥げた、整備不良のピースウォーカーたちが、闇雲にアサルトライフルを乱射する。

「馬鹿っ、前に出るな!」

 リリーナが叫ぶ。だが遅かった。

 感情を持たない機械の群れは、突出してきた「熱源」に瞬時にターゲットを集中させた。

 ガガガガガッ!

 無数の銃弾が、解放戦線の先頭機に集中する。

 装甲が紙のように引き裂かれ、火花が散る。

『う、うわあああああ!』

 通信機越しに絶叫が響き、次の瞬間、その機体は内部の弾薬に引火して爆発四散した。

 爆風が隣の機体をも巻き込み、瞬く間に3機が鉄屑へと変わる。

『ジム!? カイル!? くそっ、なんてことだ!』

 ゲイルの悲痛な叫び。

 素人の無謀な突撃が招いた、当然の結果だった。

 一方、アヴァランチ側も無傷ではない。

 敵のロケット弾が直撃し、アヴァランチの隊員機、コードネーム『ブラボー2』が炎に包まれた。

 左腕と頭部を吹き飛ばされ、機体は完全に沈黙する。

「ブラボー2がやられた!」

 エースが悲鳴を上げる。

 だが、その直後だった。

 シュゴォォッ!

 炎上する機体の背部ハッチが吹き飛び、ロケットモーターの噴射音と共に、コクピットシートが空高く射出された。

 パラシュートが開き、パイロットが無傷で戦場から離脱していく。

『ブラボー2、脱出成功! 機体は全損ですが、五体満足です!』

 バレットの冷静な報告が入る。

 リリーナはホワイトロータスの四本腕でサブマシンガンを乱射し、敵を牽制しながら鼻を鳴らした。

「よし、修理費の請求書に『機体代』を追加しておけ。命が無事なら安いもんだ」

 その光景を見ていたゲイルが、呆然と呟くのが聞こえた。

『脱出装置……? 俺たちの機体には、そんなもの付いてないぞ……!』

 彼らが闇市場でかき集めた機体は、動かすのがやっとの代物だ。高価で複雑なメンテナンスを要する脱出装置など、とうの昔にオミットされているか、故障して作動しないものばかりだった。

「金だよ、ゲイル」

 リリーナは敵機を蹴り飛ばしながら、冷酷な現実を突きつける。

「私たちは命に金をかけている。機体を整備し、安全装置を積み、パイロットが生きて帰るためのコストを惜しまない。それが『プロ』だ」

 彼女はモニター越しに、燃え上がるテロリストの機体――友の棺桶を見つめるゲイルの機体を見た。

「正義感だけで戦場に来るからそうなる。お前の部下の命を奪ったのは機械軍じゃない。準備不足という名の『甘え』だ」

『く……ッ!』

 ゲイルは何も言い返せない。ただ歯噛みする音だけが伝わってくる。

 だが、感傷に浸る時間は与えられなかった。

 ズゥゥゥン……。

 突如、地面が大きく揺れた。

 ピースウォーカーの行進による振動ではない。もっと巨大で、圧倒的な質量を持った何かが、防衛ラインを強引に突破しようとしている震動だ。

「……来たね。親玉のお出ましだ」

 リリーナの視線の先。

 爆煙を切り裂いて、巨大な影が現れた。

 全高15メートル。通常のパワードスーツの倍近い巨躯。

 日本の武者を思わせる積層装甲に身を包み、身の丈に匹敵する「大型戦術刀」を引きずっている。

 機械軍指揮官機――壱拾肆式甲型 "南部大剣"。

『目標確認! 化け物だ、通常の火器が通じないぞ!』

 アヴァランチ隊員が叫ぶ。

 南部大剣は、向けられた銃弾をまるで雨粒のように装甲で弾き返すと、無造作に戦術刀を一閃させた。

 ゴゥンッ!

 風圧ごとなぎ払われた斬撃が、通りのビルを一棟、豆腐のように両断した。

 崩れ落ちる瓦礫に巻き込まれ、逃げ遅れたテロリストの機体が圧し潰される。

『うわあああ! なんだあれは!? 勝てるわけがない!』

 恐慌状態に陥る解放戦線のメンバーたち。戦線が崩壊しかける。

「狼狽えるなガキ共!」

 リリーナが一喝する。

 ホワイトロータスのリアクター出力を上げ、スラスターを噴射させる。純白の機体が、瓦礫の山を飛び越えて最前線へと躍り出た。

「8メートル級じゃ相手にならないか……。上等だ。サイズの違いが戦力の決定的差ではないことを教えてやる!」

 リリーナは四本の腕のうち、背部のサブアームにマウントしていたパイルバンカーとバトルアックスを展開した。

 彼女の瞳に、老兵だけが宿す冷徹な殺気が灯る。

「総員、雑魚を抑えろ! あのデカブツは私が踊り相手を務める!」



「警告。敵指揮官機、接近。相対距離、800」

 ホワイトロータスのコクピットで、無機質なアラートが鳴り響く。

 リリーナは葉巻を噛み砕かんばかりに強く咥え、操縦桿を握る手に力を込めた。

 目の前には、ビルの谷間を埋め尽くすような巨大な影。壱拾肆式甲型 "南部大剣"。その威容は、まさに動く城塞だった。

「デカブツが。図体がデカけりゃいいってもんじゃないってことを、教育してやる必要があるね」

 南部大剣のモノアイが、足元の白い機体を捕捉した。

 次の瞬間、全長10メートルにも及ぶ巨大な戦術刀が、轟音と共に振り下ろされた。

 ズォォォォン!

 アスファルトが砕け、衝撃波が周囲の廃ビルを揺らす。

 だが、そこにホワイトロータスの姿はなかった。

「遅い!」

 斬撃が地面に達するコンマ数秒前。リリーナは全スラスターを噴射させ、横方向へ跳躍していた。

 通常のパイロットならGで意識を失うほどの急機動。だが、リリーナの強化された心肺機能と、80年の経験がそれを可能にする。

 彼女はビルの壁面を蹴り、立体的に動き回った。

 8メートル級のホワイトロータスは、15メートル級の南部大剣に比べれば小回りが利く。彼女は都市の地形、崩れたビル、廃棄された車両、その全てを遮蔽物として利用した。

「ちょこまかと……! 演算能力の低い人間風情が!」

 南部大剣の外部スピーカーから、合成音声の苛立ちが漏れる。

 AIは効率的な動きを予測する。だが、リリーナの動きは非効率の塊だった。あえてバランスを崩したり、死角に潜り込んだり、火器を使わずに瓦礫を投げつけたりする。

「これだから機械は嫌いなんだよ。教科書通りの戦争しかできない能無しが!」

 リリーナは四本の腕をフル稼働させた。

 右の主腕でアサルトライフルを撃ちつつ、左のサブアームでスモークディスチャージャーを展開。煙幕で敵の視界を奪う。

 南部大剣が煙を払おうと腕を振るった隙に、反対側から接近し、バトルアックスを関節の隙間に叩き込む。

 ガギィン!

 硬質な金属音。装甲は貫けないが、動きを鈍らせるには十分だ。

 焦れた南部大剣が、再び大上段から刀を振りかぶった。今度は力任せの広範囲攻撃だ。逃げ場はない。

「……貰った!」

 リリーナの目が鋭く光った。

 彼女は回避しなかった。逆に、振り下ろされる刃の下へと、スラスター全開で突っ込んだのだ。

 轟風が機体を叩く。頭上数センチを死の刃が通過していく。

 完璧なタイミングでの「潜り込み」。それは、数多の死線をくぐり抜けてきた彼女の勘だけが成せる技だった。

「ここだぁッ!」

 懐に入り込んだホワイトロータス。

 リリーナは主腕の二本で、南部大剣の腰部装甲を鷲掴みにし、機体を固定した。

 そして、自由になった背部のサブアーム二本を振り上げ、その先端に装備された武装――「パイルバンカー(杭打ち機)」の射出態勢をとった。

 狙うは、装甲の継ぎ目。コクピットブロックが存在するであろう、胸部中央。

「食らいな! 年寄りの冷や水ってやつを!」

 ドォォォォンッ!!

 二本の巨大な鉄杭が、火薬の爆発力で同時に射出された。

 至近距離からの直撃。南部大剣の厚い装甲が悲鳴を上げ、ひしゃげ、そして貫通する。

 内部でショートした火花が散り、オイルが血飛沫のように噴き出した。

「ガ、ガガ……人間、ごとき、に……論理的、エラ……」

 断末魔のノイズを残し、巨人のモノアイが明滅する。

 膝から崩れ落ちた南部大剣は、地響きを立てて動かなくなった。

 リリーナは荒い息を吐きながら、パイルバンカーを引き抜いた。

 コクピットの中で、彼女は短くなった葉巻を吐き捨てた。

「ふん。図体ばかりデカくなりやがって。80年前の旧式(人間)に負けた気分はどうだい?」


 指揮官機を失った機械軍は、潮が引くように撤退していった。

 残されたのは、瓦礫の山となった市街地の一部と、くすぶる鉄の残骸、そして静寂だった。

 夜が明け、灰色の空が白み始める頃。

 アークライトの市長室に、リリーナの姿があった。彼女は煤けた戦闘服のまま、市長のデスクに泥だらけのブーツを乗せていた。

「約束の報酬は振り込んだ。……だが、シュトルム隊長。一つ納得がいかないことがあります」

 ハミルトン市長は不快そうに眉をひそめ、窓の外を指差した。

 そこでは、武装解除されたゲイルたち「解放戦線」のメンバーが、アヴァランチのトラックに乗せられようとしていた。

「なぜテロリストを連れて行くのです? 彼らは都市機能を停止させ、多くの損害を出した大罪人だ。即刻、処刑されるべきだ」

「契約書をよく読みなよ、市長さん」

 リリーナは懐からしわくちゃになった契約書のコピーを取り出し、ひらひらと振ってみせた。

「依頼内容は『テロリストの排除』と『電源の復旧』だ。彼らは武装を捨て、都市の外へ排除される。電源は復旧した。私は完璧に契約を履行したはずだが?」

「詭弁だ! そんな屁理屈が通ると思っているのか!」

「通すんだよ。……それとも何か? この街を救った英雄たちと、報酬の支払いで揉めたいとでも?」

 リリーナが凄むと、ハミルトンは言葉を詰まらせた。アヴァランチがいなければ、今頃この街は地図から消えていたのだ。

「……二度と、彼らをこの街に入れないでください。それが条件です」

「交渉成立だ」

 リリーナはデスクから足を下ろし、踵を返した。

 

 アークライトの外門から数キロ離れた荒野。

 アヴァランチのコンボイが停車し、ゲイルたちが荒れ地に降ろされた。彼らの手には、わずかな水と食料だけが握らされている。

「……なぜ俺たちを助けた?」

 ゲイルが、リリーナの背中に問いかけた。その声は憔悴しきっていた。多くの仲間を失い、自身の無力さを痛感した男の顔だった。

 リリーナは振り返らず、新しい葉巻に火を点けた。

「勘違いするな。助けたんじゃない。市長の野郎に貸しを作りたくなかっただけさ」

 彼女は紫煙を吐き出し、肩越しにゲイルを一瞥した。

「命を拾ったんだ。次はもっとマシなやり方を考えな。理想を語るなら、それを実現するための力と、泥水を啜る覚悟を持ってからにするんだね」

「……ああ。肝に銘じておく」

 ゲイルは深く頭を下げた。

 彼らが砂塵の向こうへと歩き去るのを見届けてから、バレットがリリーナの隣に立った。

「隊長。甘いですね。彼らはまた同じことを繰り返すかもしれませんよ」

「その時は、また私が依頼を受けて叩き潰すさ。それが傭兵の仕事だろう?」

 リリーナはニヤリと笑い、トレーラーの助手席に乗り込んだ。

「さあ、ずらかるよ。ここは空気が綺麗すぎて、喉がイガイガする」

 コンボイが動き出す。

 背後では、アークライトの街に再びネオンが灯り始めていた。

 その光は、地下で再び繋がれた数千体のアンドロイドたちの、声なき悲鳴によって輝いている。

 世界は何も変わっていない。

 強者が弱者を搾取し、機械が人間を狩り立てる、クソったれな日常が続いているだけだ。

 だが、それでも。

 リリーナ・シュトルムは、この幼い身体に宿る老いた心臓リアクターが動く限り、戦場に立ち続けるだろう。

 生き延びるという、人間だけの「意地」を見せつけるために。

「……まだ、錆びついちゃいないさね」

 荒野の風に混じり、老兵の呟きが微かに響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ