アヴァランチ
「年齢?知って何になる。年齢なんて人間を表すひとつの記号にすぎない」
傭兵組織【アヴァランチ】の隊長、リリーナは小柄な姿で、先月入隊したばかりの一隊員の質問に答えていた。隊員は面を食らったように、その幼く見える隊長を見つめる。
リリーナの小さな体躯は、精鋭揃いのアヴァランチ隊員の中にあっては異質だったが、彼女の纏う威圧感と、戦闘で証明された実力が、誰も彼女の容姿を軽視させなかった。
「いえ、特にこれと言った意味はないんですが。少し気になりまして」
隊員は視線を逸らして言った。
リリーナは紫煙を静かに吐き出し、隊員を睨みつける。彼女の目には、80年以上の時を生きた老兵の重みが宿っていた。
「私の年齢に疑問を抱く暇があるなら訓練に励め。お前の腕はまだまだクソガキだ、さっさと訓練場でしごかれてこい」
隊員の顔が恐怖に引きつる。
「うぐ、失礼しました隊長」
リリーナ・シュトルム。彼女の肉体は、とある実験的な医療技術によって、10代前半の少女の姿に「巻き戻された」ものだ。
元の身体は戦場で致命的な損傷を負い、この世界に蔓延する機械軍に対抗するため、彼女は「Efリアクター」という特殊な動力源と一体化する延命措置を選んだ。
その代償として、彼女の肉体は老いることをやめ、この仮初めの姿に固定されてしまった。齢80を越える老兵の魂が、幼い少女の身体に宿っているという事実を知っているのは、腹心の副長だけだ。
隊長室から慌てて出ていく新入隊員と入れ替わりに、短髪でガタイのいい副長、名をバレットという男がやってくる。
彼はリリーナの過去を知る唯一の人間であり、彼女が最も信頼する人物だった。
「隊長、今期の決算書とパワードスーツの修理費ですが」
「副長、デスクに置いておいてくれ。後で眼を通しておく。それより、人的消耗はどの程度だ?」
バレットの顔が曇る。「先の戦闘で3機。合計6名が死傷しています。戦力の低下は避けられないかと」
リリーナは葉巻を深々と吸い込んだ。紫煙が天井に立ち昇り、老いた魂の嘆息のように見えた。
「……私の力不足だな。若者が消えていくのはいつの時代も辛いものだ」
バレットは直立不動で、感情を押し殺した声で言った。
「心中お察しします、ですがあまり隊長ご自身だけで抱え込まないよう願います。我々は隊長に助けられた者達ばかりです。隊長の為ならば、皆命を賭す覚悟はできています」
「それがいけないと言っているんだよ副長。自分の命は自分で守れ。最初に教えたはずだ」
リリーナは静かに、しかし強く言い放った。彼女の傭兵団アヴァランチのモットーは、「命を惜しむな」ではなく、「生き延びろ」だった。若い命を使い潰すような戦いは、彼女にとって最も忌避すべきものだった。
バレットは姿勢を正し、深く敬礼した。
「失礼致しました、頭を冷やしてきます」
副長が出ていくのと同時に、リリーナは新しい葉巻に火をつけ、深く蒸かした。窓の外、訓練場ではパワードスーツのぶつかり合う鈍い音が響いている。
「こんな仮初めの身体より、私は老いた老婆の姿がお似合いだ。皺だらけの顔で、孫の顔でも見ていたかったものだ……」
彼女は独り言を呟いた。機械軍との果てなき戦争が始まってから、人類の歴史は途絶し、未来は閉ざされた。彼女は、この幼い身体に閉じ込められたまま、未来ある若者たちの盾となることを選んだ。
「ガキの面倒を見るくらいしか、婆の仕事はないさね」
体の具合を確かめながら、葉巻を咥え訓練場へ向かう。訓練場の熱と命の価値
訓練場では、有人パワードスーツが訓練用の武器を手に組手を行っていた。彼らが身に着けているのは、アヴァランチの主力装備である重装甲のパワードスーツだ。これなくして、機械軍の無慈悲な攻撃から身を守る術はない。
「3番機、動きが遅れているぞ!もっと集中しろ!」
指導教官の怒声が響く。
「はっ、申し訳ありません!」
ここは傭兵組織アヴァランチの拠点であり、機械軍の攻撃を防ぐために重装パワードスーツが周囲を警備し、新人隊員達が訓練教官達に日夜しごかれている。
リリーナはアヴァランチを率いる隊長として、元軍人である自身の人脈や功績を最大限に活用して、未来ある若者達に、この価値のない世界で生き延びる術を教えていた。彼女が彼らに教えるのは技術だけではない。「人間性の維持」だ。機械のように効率だけを追求すれば、彼らは機械と何ら変わらなくなる。
彼女は指導教官に声をかけた。
「指導教官、新入り達の出来はどうだい?」
「はっ、隊長。まだまだひよっ子同然ですが、筋のいい奴が数名、戦略を練るのが得意な奴が一名います。特に『エース』と呼ばれている新兵は、反応速度と空間認識能力がずば抜けていますが、経験不足からくる無謀さがあります」
リリーナはパワードスーツの動きを注視する。エースと呼ばれる機体の動きは確かに速い。だが、その動きには「生命」を賭けた重みがない。
「そうかい、きっちりしごいてやんな。誰一人欠けないようにね。特にエースには、一歩引く『勇気』と『戦場の汚さ』を叩き込め。技術があっても、死んじまえばただの鉄屑だ」
「はっ、了解しました」
ふーっと煙を吹かして、パワードスーツの動きを見る。確かにまだまだぎこちなく危なっかしいひよっこばかりだ。筋が良くても、あの動きでは機械軍のパワードスーツを相手にするのは難しい。
アンドロイドや機械軍は、人間以上の演算能力、力、整備性能を持つ。「ごり押し」が一切通用しない相手だ。彼らは完璧な論理と効率で動く。
リリーナ達人間が唯一勝てるのは、「意地の悪さ」くらいだ。どんなに屈辱にまみれても、泥水を啜っても、生き延びようという「生への執着」、そして「諦めない意地」だ。
「技術や力じゃ勝てない。勝つのは、生きることを選んだ『魂』の強ささ」
リリーナはパワードスーツの動きから目を離し、再び隊長室へと戻ろうとした、その時だった。
「リリーナ隊長!機械軍の1個小隊がこちらに向かっています!警戒線突破まで残り10分!」
整備班長が訓練場に駆け込んできて、大声で伝達する。その顔は蒼白だ。
リリーナは葉巻を足元に落とし、それを踏み潰した。一瞬で、老兵の顔に戻る。
「訓練生は訓練を続けていろ!ここで勝てなければ、外に出ても勝てない。これは実戦形式の特別訓練だと思え!」
隊員たちに動揺が走るが、リリーナの指示には逆らえない。彼女は冷徹な眼差しでバレット副長と、後から駆け付けた参謀長に指示を出す。
「副長と参謀長は防壁にて指揮を行え。一番隊以下三番隊まではα装備で出撃用意。訓練中の機体は後方警備へ。私が出る。全機、私の機体に合わせろ」
副長は驚きを隠せない。
「隊長が出撃なさらずとも機械軍の1個小隊など我々だけで…」
「たまにはいいさね。腕試しと行こうじゃないか。私がどれだけ錆び付いたか確認する。私の機体を用意しな」
リリーナはジャケットを羽織り、格納庫へと向かった。彼女の背中は小さくとも、アヴァランチの全ての隊員にとって、巨大な壁のように見えた。
格納庫。リリーナ専用機がカタパルトに鎮座している。Ef/2234・ホワイトロータス。純白の機体は、まるで汚れを知らない白い蓮のように見えるが、その装備は凄まじい。両肩に備えられたサブアームを含め、計四本の腕を持つ異形のパワードスーツ。その動力炉にはリリーナの延命措置の核である「Efリアクター」が搭載されている。
「隊長の出撃だ!機体をカタパルトに乗せろ、武装はα、β、γ全部だ。ミスなんかしてっと隊長に頭蹴りとばされっからな!」
整備士達が慌ただしく動き、機体整備と武装の懸架を行う。
≪機体、カタパルトに配置完了。武装α、β、γ懸架完了。推進材、エネルギーパックセット、動力炉へエネルギー注入、動力炉点火、起動を確認。Efリアクター正常範囲で稼働中、各部駆動系シリンダー準備よろし。出撃準備完了、いつでも行けます隊長!≫
リリーナが機体に乗り込む。パイロットシートは彼女の小さな身体に合わせて調整されている。頭部センサーが光り、機体各部から高圧の蒸気が噴き出す。
「Ef/2234・ホワイトロータス。リリーナ・シュトルム出るぞ!」
カタパルトから射出されたホワイトロータスは、瞬時に最前線へと向かう。彼女の背後には、一番隊から三番隊までの精鋭機が続く。
機械軍の1個小隊に対して、こちらはリリーナ率いる3個小隊。数にすれば圧倒的に人間側が有利だが、機械軍の演算能力やパワードスーツの駆動では五分五分と言ったところだろう。彼らは一機の機体が、人間の小隊に匹敵する戦力を持つ。
リリーナは隊員達に最重要命令として、以下を下している。
【何としても生き延びろ。屈辱にまみれ泥水を啜っても生き延びろ】
この命令は、彼女の戦場での哲学そのものだった。
「一番隊から三番隊は随伴機体の相手をしてやりな!指揮官機体は私が仕留める!戦力温存!一機たりとも壊すな!」
≪了解、隊長!全員欠けずに後で一杯やりましょうや!≫
「おう、今日は私の奢りだ!たらふく食って酔いつぶれな!」
各機から歓声があがる。士気をあげるには美味い飯と酒に限る。リリーナの気風の良さが、彼らの緊張を一瞬で吹き飛ばした。
士気が上がった一番隊から三番隊は一気に随伴機のピースウォーカーを抑え込み、撃破していく。彼らのパワードスーツが、機械の群れに突っ込んでいく。
リリーナの視界には、機械軍指揮官機が捉えられていた。南部大剣。全長15メートルに迫る巨躯は、大型戦術刀を構えて静かにリリーナを待ち構えていた。
≪おのれ、小癪な。貴様ら人間が図に乗るな!この星を食い潰し歴史からなにも学ばぬ愚かな人間等、捻り潰してくれる!≫
南部大剣のスピーカーが、甲高い合成音で叫んだ。
「お生憎様だが、その『歴史から学ばぬ』ってのが、お前たち機械には理解できねぇ人類の『意地』って奴さね」
南部大剣が大型戦術刀を振り下ろす。その一撃は、鉄骨をバターのように断ち切るほどの威力を持つ。しかし、リリーナのホワイトロータスの片腕が握るバトルアックスで軽々と防がれてしまう。
金属が軋む凄まじい音。リリーナの機体のEfリアクターが、瞬時に出力を最大限に引き上げる。リリーナは機体内の衝撃をものともせず、優雅に身を翻した。
つばぜり合いに持ち込む暇もなく、ホワイトロータスは南部大剣の一撃をいなし、四つ腕のサブアームに持たせていたサブマシンガンを全弾掃射。弾丸の嵐が南部大剣の装甲を襲う。
≪小賢しい!!四つ腕のパワードスーツめ、何故人間ごときの演算能力でそれだけの機動ができる!?≫
「年の功って奴さ、人間を舐めるなクソ機械が!」
リリーナはサブマシンガンを捨てた両腕で、巨大なバトルアックスを握り直す。彼女は機体を極限まで加速させ、南部大剣の巨躯に肉薄した。
南部大剣のAIはその動きを予測できない。人間の動きは非効率で、論理的ではない。その「非論理的な動き」こそが、リリーナの最強の武器だった。
「私の人生の重さを食らいな!」
Efリアクター出力の違いを見せつけるような一撃。バトルアックスは、まるで豆腐を切るかのように、南部大剣の胴体を真っ二つにした。
動力炉を真っ二つにされた南部大剣は、凄まじい爆発を起こし、破片が戦場に散らばった。得物である大型戦術刀も砕け跡形もない。
指揮官機を失った機械軍は、たちまち統制を失い、アヴァランチ隊員たちの的となっていった。戦闘はリリーナの出撃からわずか15分で終結した。
「全機、帰投。負傷者、機体損壊、無し。お前らの訓練は無駄じゃなかったな」
リリーナの声が、全隊員に響き渡る。訓練生たちも、防壁の上からその戦いの終結を目撃し、歓声を上げた。
格納庫に戻ったリリーナは、バレット副長に迎えられた。
「隊長、お見事です。今回も死傷者ゼロ。我々の誇りです」
「生き残って当然だ。死に場所を探すのは、もう少し老いてからでいい。それより、若者が腹を空かせている。料理長に最高級の酒と、肉を焼かせろ。戦闘後の祝杯は、生きている証だ」
リリーナは自らの機体、ホワイトロータスを見上げる。この機体は彼女の第二の身体であり、彼女の命そのものだった。彼女は、この幼い身体を使い、老兵としての責務を果たし続ける。
「さぁ、ガキ共。祝杯だ、料理長がぶっ倒れるまで食い潰れな!」
彼女は再び葉巻に火をつけ、紫煙を夜空に吐き出した。戦いは終わらない。この星が機械に食い潰されようとも、リリーナ・シュトルムという老兵は、諦めない「意地」を教え続けるために、戦場に立ち続けるだろう。その小さき身体に宿した、80年を超える戦いの歴史と共に。




