第23章【荒野の旅立ちと涙(Departure into the Wilderness and Tears)】
地下都市の空気が、いつもより少しだけ重く感じられた。
天井に張り巡らせたパイプラインが低い唸りを上げ、換気ファンが回る音が、僕の鼓動とシンクロしている気がしたからかもしれない。
僕はタクティカルスーツの襟を正し、少しだけ背筋を伸ばして、管制室の自動ドアをくぐった。
地下管制室。この街の心臓部。
十年の時を経て、機材は最新のものに入れ替わり、モニターの数も倍増している。
その中央に、彼女は立っていた。
ミリンダ司令官。
A型アンドロイド特有の冷徹な美しさはそのままに、長年の指揮による威厳が、その背中をより大きく見せていた。
「TYPE.S-2235-AB、ヴィオラ。及び、アル。到着した」
僕の隣で母さん、ヴィオラが報告する。
その声は、家で僕に見せるものとは違う、軍人のそれだ。
彼女は何も言わずに僕の半歩前に立ち、まるで僕を庇うような位置取りをしている。
……まただ。
僕は唇を噛み締めた。
僕はもう十歳だ。訓練課程も修了した。なのに母さんは、いつまで経っても僕を守られるべき子供の枠から出してくれない。
「……よく来たな」
ミリンダが振り返る。その青い瞳が、僕たち二人を射抜くように見た。
「ヴィオラ、そしてアル。お前たちに任務がある」
任務。
その言葉に、僕の心が跳ねた。
これまでは街の近郊での巡回や、害獣駆除といった訓練の延長のような仕事ばかりだった。
だが、わざわざ管制室に呼び出されるということは、もっと重要な、正規の任務に違いない。
「内容は?」
ヴィオラが短く問う。
「『鉄屑市』へ向かう交易キャラバンの護衛、および現地の治安視察だ」
ミリンダの言葉に、管制室の空気が凍りついた気がした。
鉄屑市。
この街から荒野を越えた先にある、アンドロイドと人間の吹き溜まり。
マリアさんやガルドさんがいる場所だが、そこへ至る道のりは、無法地帯の荒野だ。
「……却下だ」
ヴィオラが即答した。
その声には、有無を言わせぬ拒絶の響きがあった。
「護衛任務ならば私一人で足りる。あるいは他の部隊を回せ。
アルを連れて行く必要はない」
「待ってよ、母さん!」
僕は思わず声を上げた。
ヴィオラが鋭い視線を僕に向けるが、僕は引かなかった。
ここで引いたら、一生子供扱いだ。
「僕だって行ける! 訓練のスコアだってA判定だし、昨日の模擬戦だって……」
「シミュレーションと現実は違う!」
ヴィオラが怒鳴った。
管制室のオペレーターたちが驚いて手を止めるほどの剣幕だった。
「外の世界は、お前が思っているようなゲームのステージじゃない。
酸の雨が降り、放射能汚染区域があり、狂った野盗や機械がうろついている。
一度のミスが死に直結する場所だ。
お前にはまだ早い」
「早くないよ! 僕だって、この街の戦力になりたいんだ!」
僕はミリンダの方を見た。
「司令官! 僕を行かせてください!アダムとイヴに、僕の成長した姿を見せたいんです!」
アダムとイヴ。
僕の実の両親。
僕は、自分がヴィオラの実の子ではないことを知っている。
物心ついた時から、周囲の大人たちが話していたし、Mも隠さずに教えてくれた。
ヴィオラは遺志を継いで僕を育ててくれたのだと。
だからこそ、僕は焦っていた。
僕は、ヴィオラにとって何なのだろう?
愛すべき息子なのか?
それとも、死んだ友から押し付けられた任務なのか?
もし後者なら……僕が役に立つ兵士にならなければ、彼女の負担になるだけだ。
早く一人前になって、彼女に認められなければ、僕の居場所なんてない気がしてならなかった。
「……アルの言うことにも一理ある」
ミリンダが静かに言った。
「彼はこの十年の平和な時代に育ったが、牙は持っている。
いつまでも温室に閉じ込めておくことは、彼の成長を阻害する要因にもなり得る」
「ミリンダ!」
「ヴィオラ、お前の懸念も分かる。だが、今回のキャラバンは街の復興に不可欠なレアメタルを運ぶ重要な便だ。
戦力は一人でも多い方がいい。お前の指揮下で、実戦経験を積ませる良い機会だと判断した」
ミリンダはヴィオラをじっと見つめた。
二人の間で、無言の通信が行われているのかもしれない。
数秒の沈黙の後、ヴィオラは深いため息をついた。
「……分かった」
彼女は僕に向き直った。
その瞳は冷たく、完全に「教官」の色をしていた。
「いいだろう。連れて行く。
ただし、条件がある」
「な、なに?」
「私の指示には絶対服従だ。
『撃て』と言ったら撃て。『逃げろ』と言ったら逃げろ。
自分の判断など挟むな。お前は私の手足の一つとして動け。
……もし一度でも命令に背いたり、足手まといになったりした瞬間、即座に任務を解除し、強制送還する。
いいな?」
厳しい条件だった。
僕の人格など認めていない、ただのコマとして扱えと言われているのと同じだ。
でも、これはチャンスだ。
「……了解。
絶対に、母さんの……隊長の足は引っ張らない」
僕は敬礼した。
ヴィオラは敬礼を返さず、乱暴に踵を返した。
「出発は0800。
装備を整えろ。遅れたら置いていく」
その背中は、いつもより遠く、そして巨大に見えた。
巨大な防爆ゲートが開くと同時に、熱風が吹き込んできた。
地下の快適な空調に慣れた肌に、荒野の乾いた熱気と、硫黄の臭いがまとわりつく。
これが、外の世界の臭いだ。
僕たちは、装甲トラック3台からなる交易キャラバンの護衛についていた。
トラックの荷台には、地下都市で生産された精密部品や、浄化された水が積まれている。
これらを鉄屑市へ運び、向こうで採掘されたレアメタルや旧時代のパーツと交換するのだ。
ヴィオラは愛機である大型バイクに跨り、先頭車両の前を走っている。
僕は、その後ろを走る軽装甲車の助手席ではなく、剥き出しの後部銃座に乗っていた。
ヴィオラの指示だ。「風を感じろ。臭いを覚えろ。車内にいては殺気は読めない」と。
「……暑いな」
僕はゴーグル越しに空を見上げた。
鉛色の雲の切れ間から、容赦ない日差しが降り注ぐ。
地面は赤茶けた岩と砂ばかりで、草木一本生えていない。
ところどころにある水たまりは、毒々しい虹色に光っている。
酸性雨の跡だ。
『アル、右方警戒が甘い。視線が泳いでいるぞ』
インカムからヴィオラの声が飛んできた。
僕はビクリとして、慌てて右側の岩山に視線を戻す。
「ご、ごめん。ちょっと眩しくて……」
『言い訳無用。
敵は太陽を背にして襲ってくるのが定石だ。眩しいならバイザーの偏光度を上げろ。
それと、心拍数が上がっている。深呼吸しろ。過呼吸で倒れられては迷惑だ』
冷たい。
ただの業務連絡だ。
家では「ご飯食べたか?」とか「宿題終わったか?」と、口うるさいながらも温かみのあった声が、今は氷の刃のように僕の神経を削ってくる。
僕は深呼吸をして、グリップを握り直した。
僕が持っているのは、ヴィオラのお下がりのサブマシンガンだ。
重い。でも、この重さが今の僕の命綱だ。
キャラバンは荒れた街道を進んでいく。
途中、巨大な廃墟の脇を通った。
かつてのビル群が、溶けた飴のようにねじ曲がっている。
あそこで何があったのか、僕は知らない。
ただ、この世界が一度終わった場所だということは肌で感じられた。
『前方、汚染濃度上昇。
全車、フィルターレベル最大。アル、マスクの密閉を確認しろ』
ヴィオラの指示に従い、僕はガスマスクのベルトを締め直した。
シューッという吸気音が耳元で響く。
息苦しい。
まるで世界そのものに拒絶されているようだ。
運転席にいるE型アンドロイドのドライバーが、気楽そうにハンドルを握りながら話しかけてきた。
「よう、坊主。緊張してんのか?」
「……してないよ。警戒してるだけだ」
「ハハッ、強がんなって。
ヴィオラの姉御があんなにピリピリしてんのは珍しいぜ。いつもはもっと余裕あんだけどな」
ドライバーの言葉に、僕は胸がチクリとした。
ヴィオラに余裕がないのは、僕がいるからだ。
僕というお荷物を抱えているから、彼女は本来のパフォーマンスを発揮できていない。
(……やっぱり、僕は邪魔なのかな)
そんな弱気な思考が頭をもたげる。
アダムとイヴの息子。アンドロイドの遺児。
そんな肩書きばかりが立派で、中身はただの足手まといの子供。
ヴィオラは、そんな僕を守るために、自分の人生を犠牲にしているんじゃないか?
もし僕がいなければ、彼女はもっと自由に、最強の戦士として生きられたんじゃないか?
『……アル。
何をボケっとしている。
9時方向、岩陰に熱源反応。確認しろ』
ヴィオラの鋭い声が現実に引き戻す。
僕は慌てて左側を見た。
岩の隙間に、何かがキラリと光った気がした。
「熱源確認! ……動いてる! 動物……じゃない、機械だ!」
『総員、戦闘態勢!
野盗のお出ましだ!』
ヴィオラの号令と共に、平穏な行軍は一瞬で戦場へと変わった。
僕の初めての実戦。
それは、僕が想像していたような英雄的なものではなく、泥と油と恐怖にまみれた暴力の嵐だった。
「ヒャッハー! 上物だ! 久々の獲物だぜぇ!」
岩山の陰から飛び出してきたのは、改造バギーと武装バイクの群れだった。
乗っているのは、全身をジャンクパーツと刺青で装飾した野盗たち。
彼らは奇声を上げながら、キャラバンに向けて錆びついたマシンガンや火炎瓶を乱射してきた。
さらに厄介なのは、彼らが引き連れている改造機械獣だ。
狼や虎を模した旧式の警備ロボットを、違法な改造で凶暴化させたもの。
装甲を剥がされ、配線が剥き出しになった醜悪な鉄の獣たちが、涎のようにオイルを撒き散らしながらトラックに飛び掛かってくる。
『総員、迎撃せよ! 足を止めるな、走り抜けろ!』
ヴィオラの叫びと共に、戦闘が始まった。
彼女はバイクを急旋回させ、アサルトライフルを片手で構えて発砲する。
乾いた銃声。
先頭を走っていた野盗のバイクのタイヤが弾け、横転して後続を巻き込む。
鮮やかな手際だ。
「……来る!」
僕の乗るトラックの荷台にも、機械の狼が迫っていた。
赤いセンサーアイをギラつかせ、鋭い牙を鳴らしてジャンプしてくる。
僕は恐怖で震えそうになる指を必死で抑え込み、サブマシンガンの引き金を引いた。
タタタタッ!
9mm弾が機械獣の頭部に吸い込まれる。
火花が散り、獣は空中でバランスを崩して地面に激突し、転がっていった。
「やった……当たった!」
初めての実戦での戦果。
心臓が早鐘を打っているが、それは恐怖だけではない。高揚感だ。
僕も戦える。母さんの……ヴィオラの背中を守れるんだ!
その時だった。
キャラバンの中央、貴重なレアメタル交換用の物資を積んだトラックに、大型の多脚作業機を改造した野盗の車両が体当たりを仕掛けてきた。
ガシャーン!
激しい衝撃音。トラックが傾く。
荷台からコンテナが滑り落ちそうになり、護衛のE型アンドロイドたちが体勢を崩す。
「へへっ、頂きだ!」
野盗の一人がワイヤーを撃ち込み、コンテナを奪おうとする。
ヴィオラは前方の敵を排除していて、距離がある。
今、動けるのは僕だけだ。
(行かなきゃ! あの中には街の浄水フィルターの修理パーツが入ってるんだ!)
僕は迷わなかった。
ヴィオラの指示に従えという命令が一瞬頭をよぎったが、それを振り払った。
ここで動かなきゃ、任務失敗だ。
「やめろッ!」
僕は自分の乗っていたトラックから飛び降り、砂利道を転がりながら、敵の車両へと走った。
無防備な生身での突撃。
野盗が僕に気づき、ニヤリと笑って銃口を向ける。
「ガキかよ! 死ね!」
銃口が火を噴く直前、僕はスライディングしながら、敵車両のタイヤの隙間、サスペンションの基部に向けて銃弾をばら撒いた。
ヴィオラから教わった、車両の弱点。
バシュッ!
油圧パイプが破裂し、車両がガクンと傾いた。
野盗は照準を外し、弾丸は僕の頭上を掠めていった。
その隙に、僕はコンテナに駆け寄り、ワイヤーを切断した。
「確保した!」
僕はトラックの荷台にしがみつき、ドライバーに向かって叫んだ。「出して!」
トラックが加速し、野盗を引き離す。
守りきった。
僕は安堵と達成感で、顔を綻ばせた。
だが、その直後だった。
黒い影が僕の視界を覆った。
ヴィオラのバイクだ。
彼女はトラックに並走すると、鬼のような形相で僕を睨みつけ、インカム越しに怒鳴った。
『アル! 貴様、何をしている!
誰がトラックから降りろと言った!』
「で、でも、荷物が……!」
『黙れ! 死にたいのか!』
その声の鋭さに、僕の身体が竦んだ。
戦闘はその後、ヴィオラが敵のリーダー機を撃破したことで、野盗たちが逃走し終了した。
だが、僕にとって本当の地獄は、戦闘の後だった。
安全な場所まで移動し、車両点検のための小休止。
ヴィオラはバイクを降りるなり、ツカツカと僕の元へ歩み寄り、僕の胸倉を掴んで装甲車に押し付けた。
ガオンッ!
背中に衝撃が走る。
「……説明しろ。なぜ命令に背いた」
静かな、しかし煮えたぎるような怒りの声。
僕は震えながら答えた。
「だ、だって……あのままじゃ荷物が奪われると思って……僕しか近くにいなかったから……」
「荷物などくれてやればいい!」
ヴィオラの怒号が荒野に響いた。
「物資はまた作れる。トラックにも代わりはある。
だが、お前の命に代わりはないんだ!
生身で重機に突っ込む?自殺志願者かお前は!
もし流れ弾が一発でも当たっていたら、もし敵が隠し武器を持っていたら……お前は終わりだったんだぞ!」
「でも! 役に立ちたかったんだ!
母さんの……アダムとイヴの息子として、恥ずかしくないように!」
僕も叫び返した。
ヴィオラの瞳が揺れた。
だが、彼女の手は離れなかった。
「……聞き分けのない奴だ。
お前はまだ半人前以下だ。戦場の判断も、自分の命の重さも分かっていない。
……次は荷台に縛り付けておくぞ。二度と私の視界から出るな」
彼女は僕を突き放すと、背を向けて去っていった。
残された僕は、拳を握りしめ、地面を睨みつけることしかできなかった。
悔し涙が、乾いた地面にポツリと落ちた。
日は暮れ、荒野に冷たい夜が訪れた。
キャラバンは巨大な岩陰で野営を張っていた。
焚き火がパチパチと爆ぜる音だけが響く。
僕はトラックのタイヤにもたれかかり、膝を抱えて座っていた。
手には、配られた缶詰を持っていたが、一口も食べる気になれなかった。
遠くでは、ヴィオラが見張りに立っている。
その背中は、昼間よりもさらに遠く、冷たく感じられた。
(……やっぱり、僕はダメなんだ)
役に立ちたいと思ったのに。
褒めてほしかったのに。
結局、怒らせて、心配させて、邪魔になっただけだ。
「……アル」
不意に声がした。
顔を上げると、見回りを交代したヴィオラが立っていた。
彼女は缶詰を見て、眉をひそめた。
「食べていないのか。
燃料補給も任務のうちだと言ったはずだ」
また任務だ。
また命令だ。
僕の中で、張り詰めていた何かがプツンと切れた。
「……いらないよ」
僕は缶詰を置いた。
「どうせ僕は半人前だ。燃料なんて無駄だよ」
「……なんだ、その言い草は。拗ねているのか?」
「拗ねてなんかない!
……母さんは、僕のことが嫌いなんでしょ!?」
僕は立ち上がり、叫んでいた。
周りのアンドロイドたちが驚いてこちらを見るが、構わなかった。
「僕が……実の子供じゃないから!
アダムとイヴっていう、母さんの友達だったS型アンドロイドの子供だから!
死んだ友達との『約束』だから、仕方なく育ててるだけなんでしょ!?」
ヴィオラが目を見開いた。
僕は止まらなかった。ずっと胸に溜め込んでいたドロドロとした不安が、言葉となって溢れ出した。
「僕だって知ってるよ!アダムとイヴはただのサービス用のS型で、母さんと同じで、でも僕を守るために死んだって!
母さんにとって僕は、ただの『重荷』だ!
本当は邪魔なんでしょ?僕がいなきゃ、母さんはもっと自由に戦えるのに!
だから……だから早く役に立って、認められたかったのに……ッ!」
視界が涙で歪む。
ヴィオラの顔が見えない。
僕はしゃくりあげながら、地面に蹲った。
長い、長い沈黙があった。
荒野の風の音だけが聞こえる。
ああ、これで終わりだ。きっとヴィオラは呆れて、僕を見限るだろう。
ガシャン。
金属音がして、誰かが僕の前に膝をついた。
そして、硬いけれど温かい腕が、僕を強く抱きしめた。
「……違う」
耳元で、ヴィオラの声がした。
その声は震えていた。
「嫌いなわけがない。邪魔なわけがない。
……私が悪いんだ。すまない、アル」
ヴィオラは僕の背中に手を回し、不器用に、でも優しく叩いた。
「私は……怖かったんだ」
「……怖い?」
最強のS型である彼女が?
「あぁ。お前を失うのが、どうしようもなく怖い。
アダムとイヴとの約束? そんなものはとっくにどうでもいい。
お前は、私が育てた。私がオムツを替え、ミルクをやり、歩き方を教えた。
……お前は、私の息子だ。誰が何と言おうと」
ヴィオラの腕に力がこもる。
「だから、お前が危険なことをするのが許せなかった。
私の目の届かないところで、お前が壊れてしまうのが耐えられなかった。
……生存確率を上げることばかり考えて、お前の心を置き去りにしていた。
私は、母親失格だな」
自嘲気味に呟くヴィオラ。
その肩が、微かに震えているのを感じた。
彼女もまた、不安だったんだ。
僕を愛しているからこそ、失うことを恐れて、厳しくするしかなかったんだ。
「……母さん」
僕は彼女の背中に腕を回した。
硬い装甲の下にある、温かい駆動音を感じた。
「ごめん……僕も、ごめん。
僕、母さんの子供でよかった。ヴィオラの子供でよかったよ」
「……あぁ」
ヴィオラが僕の頭に顎を乗せた。
星空の下、僕たちはしばらくそうして抱き合っていた。
冷たい荒野の風も、今は心地よかった。
任務でも義務でもない。
ただの親子としての絆が、そこにあった。
翌朝。
空は高く晴れ渡っていた。
昨夜の涙雨が嘘のように、僕の心も晴れやかだった。
出発の準備をするヴィオラの元へ、僕は駆け寄った。
「おはよう、母さん!装備チェック、完了したよ!」
ヴィオラは振り返り、僕を見た。
その表情は、昨日のような険しい教官のものではなく、どこか憑き物が落ちたような、穏やかなものだった。
「おはよう、アル。
……目は腫れていないな。よし」
彼女は僕の頭をポンと撫でた。
その手つきは優しかった。
「行くぞ、パートナー。
ここから先も気は抜けないが……お前に背中は任せたぞ」
「……うん! 任せて!」
パートナー。
その言葉が、何よりも嬉しかった。
僕はもう、ただの荷物じゃない。彼女が背中を預けてくれる存在になれたんだ。
キャラバンは再び動き出した。
長い丘を越えると、視界が一気に開けた。
「うわぁ……!」
僕は思わず声を上げた。
地平線の先に、巨大な建造物が見えたからだ。
無数のパイプや鉄板、旧時代のジャンクパーツが複雑に組み合わさってできた、巨大な塔のような街。
煙突からは煙が上がり、雑然とした活気が遠くからでも感じられる。
鉄屑市。
僕が今まで話でしか聞いたことのなかった場所。
ヴィオラの友人というシスター・マリアや、ガルドさんが住む街。
「あれが……鉄屑市……」
「そうだ。あそこには、この世界の掃き溜めと、希望が詰まっている」
ヴィオラが僕の隣でバイクを走らせながら言った。
「マリアやガルドには連絡してある。昔話を色々と話してくれるだろう」
「うん。……楽しみだね」
僕はゴーグルを直し、前を見据えた。
新しい街。新しい出会い。
そして、母さんと一緒なら、どんな場所でも怖くない。
鋼鉄のキャラバンは、砂塵を巻き上げながら、希望の塔へと向かって進んでいった。




