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第13章【蒼い稲妻(Blue Eclair)】


 地下第4セクター『鉄屑市』の中央広場には、一時の静寂と、勝利の熱狂が入り混じった奇妙な空気が漂っていた。

 瓦礫の山となった市場。その中心で、異形のムカデ型重機動兵器の残骸を踏みつけ、青いパワードスーツ『Ef/2235』が蒸気を噴き上げている。

「やった……やったぞ! 俺たちの勝利だ!」

「見たかよ、あの動き! ありゃあ女神様だ!」

 自警団たちが煤けた顔で歓声を上げる。

 彼らは手に持った粗末な武器を掲げ、互いの生存を称え合っていた。

 マリアのガトリング砲による援護と、ヴィオラの獅子奮迅の働きにより、先遣隊であるドリラー部隊は全滅した。

 地下都市は守られた。誰もがそう信じて疑わなかった。

 だが、コックピットの中だけは違った。

「……違う」

 私は操縦桿を握りしめたまま、凍りつくような悪寒を感じていた。

 勝利の余韻などない。

 コンソールのレーダー画面が、赤一色に染まり始めていたからだ。

 

 ピピピピピピピッ!!

 警告音が鳴り響く。

 それは先程までの局地的な戦闘アラートではない。都市全体を飲み込むような、破滅のサイレンだ。

『サブさん! 上です! 頭上の岩盤から、信じられない質量の熱源が接近してきます!』

 通信機からMの悲鳴のような報告が入る。

 私は反射的にEf/2235のカメラアイを天井へ向けた。

「……総員、退避ッ!!」

 私の叫びと同時に、広場の天井――厚さ数十メートルはある天然の岩盤が、まるで薄氷のように砕け散った。

 ズゴオォォォォォォン!!

 ドリラーが開けた穴など比ではない。

 広場全体を覆うような巨大な崩落。

 土砂の瀑布と共に、空からそれは降ってきた。

 ドスンッ、ドスンッ、ドスンッ。

 重厚な着地音が大地を揺らす。

 砂煙の中から現れたのは、無骨な人型兵器の群れだった。

 『SAA-1873 ピースウォーカー』。

 機械軍の主力汎用機。右腕にガトリング砲、左腕にミサイルランチャーを装備した、殺戮のために量産された鋼鉄の兵士たち。

 その数、10機、20機……いや、測定不能。

 彼らは整然とした隊列を組み、感情のないセンサーアイで逃げ惑う人々を捕捉していく。

 だが、真の絶望はそれら量産機の奥にあった。

 ピースウォーカーたちが、恭しく道を開ける。

 その奥から、ゆっくりと、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら歩み出てくる一機の影があった。

 全高12メートル。

 深紅と漆黒に塗り分けられた、鎧武者の意匠を持つ重装甲パワードスーツ。

 頭部には巨大な鍬形が聳え、腰には身の丈を超える長大な戦術刀を佩いている。

 『壱拾肆式甲型・南部大剣』。

 以前、私が地上で戦った個体と同じタイプ。いや、違う。

 機体の各所から漏れ出す排熱の揺らぎ、装甲の継ぎ目から覗く内部フレームの輝き。

 あの時よりも遥かに調整され、強化された上位個体。

「……馬鹿な。こんな地下の掃討戦に、指揮官機が出てくるだと?」

 私は戦慄した。

 機械軍にとって、この地下スラムなど取るに足らないゴミ溜めのはずだ。

 そこに、これだけの戦力を投入する理由は一つしかない。

 ――私だ。

 TYPE.S-2235-AB。そして、私が守る「新人類」アル。

 教授は本気だ。本気で私達を消し去り、あるいは回収しようとしている。

『……見つけたぞ、逃亡者』

 南部大剣の外部スピーカーが震えた。

 低く、重く、腹の底に響く合成音声。

『我が主の命により、貴様を回収する。……もっとも、五体満足でとは言われていないがな』

 南部大剣が右手を掲げた。

 それを合図に、周囲のピースウォーカーたちが一斉にガトリング砲の空転を始める。

「撃たせるかよッ!」

 私はEf/2235のスラスターを点火した。

 考えるより先に身体が動く。

 ここで奴らに弾幕を張らせれば、背後の教会も、逃げ遅れたガルドたちもハチの巣だ。

「マリア! M! レベッカ! アルを連れて逃げろ! ここは私が食い止める!」

 私は通信機に怒鳴り、単機で敵の大軍へと突っ込んだ。


 Ef/2235は満身創痍だった。

 先程の戦闘で左腕の装甲は弾け飛び、内部フレームが剥き出しになっている。シールド機能はロスト。

 頼みの綱であるEfリアクターの出力も、長期間の地下発電による酷使と整備不良で、ピーク時の60%程度しか出ていない。

 対する敵は、万全の状態の精鋭部隊。

 自殺行為だ。論理回路が「生存確率ゼロ」を弾き出す。

 だが、私には退く場所がない。

「オオオオオオッ!!」

 私は咆哮と共に、右手の大型マチェットを振りかぶった。

 狙うは指揮官機、南部大剣。

 奴を倒せば、指揮系統が混乱し、ピースウォーカーの動きが鈍るはずだ。

 私の接近に対し、南部大剣は動かなかった。

 ただ、モノアイを冷ややかに光らせ、腰の刀に手を掛けただけだ。

「……遅い」

 一閃。

 視認できないほどの神速の抜刀。

 私が振り下ろしたマチェットと、敵の戦術刀が空中で激突した。

 ガギィィィィン!!

 凄まじい金属音が鼓膜を裂く。

 衝撃が両腕を駆け上がり、コックピット内のモニターがノイズで埋め尽くされる。

 競り合い? いや、違う。

 圧倒的な出力差。

 Ef/2235の膝が沈み込む。関節部のアクチュエータが悲鳴を上げ、火花を散らす。

『旧式の汎用機ごときが、我が壱拾肆式に力勝負を挑むか。……滑稽なり』

 南部大剣が、片手で刀を押し込んでくる。

 重い。山が降ってきたような重圧。

「くっ……うぅぅぅッ!」

 私はスラスターを全開にして押し返そうとするが、機体はミリ単位で押し潰されていく。

 マチェットの刃が悲鳴を上げ、亀裂が入る。

「姐さん! 加勢するぞ!」

 足元で、ガルドがロケットランチャーを構えるのが見えた。

 無謀だ。

「やめろガルド! 逃げろ!」

 私の制止は遅かった。

 ガルドが引き金を引く。ロケット弾が南部大剣の脚部に着弾する。

 だが、爆炎が晴れた後、そこには傷一つない深紅の装甲があった。

『……羽虫が』

 南部大剣は私と鍔迫り合いをしたまま、空いた左手の手甲部から小型レーザー砲を発射した。

 ヒュン。

 音もなく放たれた光弾が、ガルドの足元に着弾する。

「うあぁぁぁっ!?」

 爆発。ガルドの巨体が木の葉のように吹き飛ばされ、瓦礫の中に消える。

「ガルドッ!!」

 怒りで視界が赤く染まる。

 私は隙だらけになった敵の懐へ、頭突きを叩き込もうと機体を前傾させた。

『無駄だ』

 南部大剣は私の動きを完全に読んでいた。

 鍔迫り合いを不意に解除し、私が前のめりになった瞬間、強烈な前蹴りをEf/2235の腹部に叩き込んだ。

 ドゴォォォォン!!

 内臓が浮くような衝撃。

 8メートルの巨体がサッカーボールのように蹴り飛ばされ、広場を転がり、教会の外壁に激突した。

「がはっ……!」

 衝撃で頭部をコンソールに打ち付ける。

 口の中にオイルの鉄錆びた味が広がる。

 警告音の嵐。

 

【WARNING: RIGHT ARM DAMAGE】

【WARNING: REACTOR OUTPUT CRITICAL】

【WARNING: MAIN CAMERA LOST】


 右腕のマチェットは砕け散り、メインカメラの映像が途絶えた。

 サブカメラの粗い映像に切り替わる。

 砂煙の向こうから、南部大剣が悠然と歩いてくる。

 まるで死刑執行人のように。

『終わりだ、脱走兵。貴様の抵抗は無意味だった。この街も、貴様の仲間も、全て灰となる』

 南部大剣が、その長大な刀を両手で構え、上段に振り上げた。

 切っ先が、倒れ伏したEf/2235のコックピット、私の心臓を狙っている。

 動かない。

 操縦桿を引いても、ペダルを踏んでも、機体は死んだように反応しない。

 Efリアクターの鼓動が弱まっていく。

「……ここまで、か」

 死の予感が、冷たい手で私の心臓を握り潰そうとする。

 脳裏に浮かぶ走馬灯。

 娼館での日々。店長の小言。ダーティの軽口。

 雪原での逃避行。アルの温もり。

 そして、今、地下シェルターで震えているであろう、Mとレベッカ。マリア。アル。

 私がここで死ねば、彼らも死ぬ。

 アルは実験台にされ、Mたちはスクラップにされ、この街は地図から消される。

 嫌だ。

 死にたくない。

 まだ、何も果たしていない。

 アルに「世界は美しい」と教えていない。

 Mとレベッカに「ありがとう」と言っていない。

 マスターの仇も討っていない。

「……ふざ、けるな……」

 私は血の味を吐き捨てた。

 動け。動け。動け。

 鉄屑だと言われたこの機体。誰も乗せられなかった欠陥機。

 だが、私をここまで運んでくれた相棒。

「……こんなところで終わりたくない!!」

 私は叫んだ。

 壊れかけたコンソールを拳で叩く。

 私の胸部リアクターが、感情の高ぶりに呼応して異常な回転数を叩き出す。

 熱い。身体が燃えるようだ。

 私の「心」が、ケーブルを通じて機体の「心臓」へと流れていく。

『死ね』

 南部大剣の刀が振り下ろされた。

 その瞬間。

 ドクンッ。

 世界が止まった。

 いや、私の意識の中で、時間の流れが変わった。

 コックピットの奥底、ブラックボックス化されていた領域から、声なき声が聞こえた気がした。


 ――承認(Acknowledge)。

 ――パイロット、ヴィオラ。

 ――リミッター、完全解放。


 次の瞬間、死にかけだったEfリアクターが、爆発的な脈動を開始した。


 死の刃が、私の眼前に迫っていた。

 南部大剣の振るう巨大な戦術刀。その質量と運動エネルギーは、停止したEf/2235の装甲など容易く断ち割り、中のコアごと粉砕するに十分だった。

 時間は泥のように重く、視界の隅で砂粒が空中に静止しているのが見えた。

 (……まだだ)

 私の思考回路の奥底で、小さな火花が弾けた。

 諦めない。

 私は戦士だ。私は母親だ。

 こんな鉄屑の墓場で、名もなきスクラップとして終わるわけにはいかない。

 ドクンッ!!

 その瞬間、私の胸郭に埋め込まれたEfリアクターが、かつてないほどの激痛と共に脈動した。

 熱い。熔けるほどに熱い。

 私の意思が、電気信号となって脊髄プラグを逆流し、死に体だった機体へと流れ込む。

 ――聞こえるか、相棒。

 ――お前も悔しいだろう。こんなところで、「鉄屑」と呼ばれたままでいいのか?

 機体の深淵から、応答があった。

 それは言葉ではない。もっと原始的な、エネルギーの奔流。

 ギュイイィィィィン!!

 Ef/2235の胸部リアクターが、私の心拍と完全に同期した。

 二つのリアクターが共鳴し合い、増幅し合う。

 臨界点突破。理論値無視。

 コックピット内の全ての計器が振り切れ、赤い警告灯が弾け飛び、代わりに透き通るような蒼穹の光が満ちた。

『な……何だ!?』

 南部大剣の動きが止まった。

 いや、止められたのだ。

 Ef/2235の全身から噴き出した高密度のエネルギーフィールドが、振り下ろされた刃を空中で受け止めていた。

 バチバチバチッ!!

 青い稲妻が機体を駆け巡る。

 ノイズまみれだったモニターが一瞬でクリアになり、システムログが高速で書き換わっていく。


【SYSTEM REBOOT... COMPLETE】

【SYNCHRONIZATION RATE: 100%】

【LIMITER: RELEASED】

【MODEL NAME IDENTIFIED: BLUE ECLAIR】


 ――ブルーエクレール。

 蒼い稲妻。

 それが、お前の本当の名前か。

 形式番号Ef/2235などという味気ない管理コードではない。

 その名は、かつて開発者がこの機体に込めた、「戦場を駆ける閃光であれ」という祈り。

「……待たせたな、ブルーエクレール」

 私は操縦桿を握り直した。

 重くない。指先一つで世界を変えられるほどに軽い。

 機体が、私の手足そのものになっていた。

「起きろォォォォォッ!!」

 私の咆哮と共に、ブルーエクレールが爆発的なエネルギーを放出した。

 ドオォォォォォン!!

 衝撃波が広がり、南部大剣を後方へと吹き飛ばす。

 私はゆっくりと立ち上がった。

 剥き出しになった左腕のフレームからは、行き場を失った過剰なプラズマエネルギーが噴出し、まるで青い光の刃を形成していた。

『馬鹿な……その出力、リアクターが暴走しているのか!?』

「暴走? 違うな」

 私は一歩踏み出した。

 その一歩だけで、周囲の瓦礫が震え、舞い上がる。

「これが、私達の『本気』だ」


 世界がスローモーションに見えた。

 吹き飛ばされた南部大剣が体勢を立て直し、周囲のピースウォーカー部隊に攻撃指示を出す電子信号すら、光の軌跡として視認できる。

『撃て! あの化け物を蒸発させろ!』

 数十機のピースウォーカーが一斉にミサイルとガトリング砲を放つ。

 数千発の弾丸と爆炎の壁が、私に迫る。

 だが、止まって見える。

「遅い」

 私はスラスターを吹かした。

 ドンッ!

 音速の壁を突破する衝撃音。

 次の瞬間、私は弾幕の壁を「すり抜け」て、敵部隊の背後にいた。

 あまりの速度に、残像すら青い光の帯となって空中に焼き付いている。

 ズバァァァァァン!!

 私が通り過ぎた後、遅れて爆発が起きた。

 一列に並んでいたピースウォーカー5機が、一瞬にして両断され、花火のように爆散したのだ。

 私は何もしていない。ただ、すれ違いざまに、左腕から噴出するプラズマブレードで「撫でた」だけだ。

『なッ……!? 消えただと!? どこだ!』

「ここだ」

 私は空中に跳躍し、眼下の敵を見下ろした。

 重力すら振り切る機動性。

 右手のマチェットは砕けたが、私にはこの蒼い光がある。

 私は急降下した。

 稲妻が落ちるように。

 地面に激突すると同時に、周囲の敵機が衝撃波で吹き飛ぶ。

 残るは指揮官機、南部大剣のみ。

『おのれェェッ! 旧式風情が、調子に乗るなァァッ!』

 南部大剣が吼える。

 背部のブースターを全開にし、その巨体を砲弾のように突撃させてくる。

 戦術刀が紅い光を纏う。高周波振動による切断攻撃。

 まともに受ければ、今のブルーエクレールの装甲では耐えられない。

 だが、当たらなければどうということはない。

 私は敵の太刀筋を見切った。

 右からの袈裟懸け。

 踏み込みの深さ、肘の角度、重心の移動。全てが手に取るように分かる。

 ヒュン。

 私は最小限の動きで、刀の軌道を紙一重でかわした。

 鼻先を紅い閃光が掠める。

『なッ、避けた!?』

「隙だらけだ」

 私は敵の懐に飛び込んだ。

 ゼロ距離。

 左腕のプラズマブレードを構える。

 蒼い光が、極限まで圧縮され、眩い白色へと変わる。

「消え失せろ、亡霊!」

 私は左腕を突き上げた。

 昇竜のような一撃。

 プラズマの刃は、南部大剣の分厚い胸部装甲をバターのように切り裂き、その奥にある動力炉ごと貫いた。

 ズガァァァァァァッ!!

 光が、敵の背中へと突き抜ける。

 南部大剣の動きが止まる。

 モノアイの光が明滅し、そして消えた。

『バ……カ……な……この、出力……は……』

 断末魔と共に、深紅の巨体が崩れ落ちる。

 私は左腕を引き抜き、残心をとった。

 背後で、南部大剣が大爆発を起こす。

 その爆風に煽られながら、ブルーエクレールは悠然と立ち尽くしていた。

 広場に静寂が戻る。

 そして次の瞬間、爆発的な歓声が地下都市を揺らした。

「うおおおおおおお!!」

「勝った!ヴィオラの姐さんが勝ったぞ!」

「すげえ!なんだあの蒼い光は!」

 ガルドたちが、瓦礫の陰から飛び出してくる。

 Mとレベッカも、シェルターからアルを連れて駆け寄ってくるのが見えた。

「サブさん!サブさん!」

「やってくれたな、相棒!最高に痺れたぜ!」

 私はコックピットの中で、深く息を吐き出した。

 全身の力が抜けていく。

 共鳴が収まり、ブルーエクレールの光が徐々に収束していく。

 勝った。

 守りきった。

 モニター越しに、アルの顔が見えた。

 レベッカに抱かれた彼は、泣き止んで、きょとんとした顔でこちらを見ていた。

 そして、パチパチと小さな手を叩いた。

 ……あぁ。

 これが、守るということか。



 戦いの後、鉄屑市は祝祭のような騒ぎになった。

 広場では即席の宴が開かれ、生き残った人々が互いの無事を祝い、私を「救国の英雄」「蒼き守護神」と崇め称えた。

 だが、私はその輪には加わらなかった。

 私の戦いは、まだ終わっていないからだ。

 教会の地下、かつての武器庫。今は即席の整備ドックとなっている。

 そこで、ブルーエクレールの修復作業が急ピッチで進められていた。

「おいガルド。そっちの装甲板、サイズが合わねえぞ!削れ!」

「へいへい!任せとけって姐御!」

 指揮を執るのはレベッカだ。

 彼女の号令の下、ガルドをはじめとする鉄屑市の整備士たちが総出で作業に当たっている。

 資材は豊富にある。

 撃破した南部大剣の残骸。あの超硬合金の装甲は、最高の素材だ。

 深紅の鎧を削り出し、再加工し、ブルーエクレールの破損箇所に移植していく。

 蒼いボディに、所々赤い装甲が混じる、歴戦のツギハギ仕様。

 だが、その防御力は以前とは比べ物にならない。

「……いい機体になったな」

 私はタラップの上から、生まれ変わった愛機を見下ろした。

 左腕には、南部大剣から回収した小型シールド発生装置と、レベッカが即興で作ったプラズマ収束器が組み込まれている。

「おうよ。これで教授の元へ殴り込みに行っても、簡単には壊れねえぜ」

 レベッカが油まみれの顔で笑い、スパナを放り投げた。

 横ではMが、アルの健康診断を終えて戻ってきた。

「アルちゃんも異常なしですぅ!ちょっとビックリしてましたけど、肝が据わってますねぇ」

「……そうか」

 私はアルを抱き上げた。

 ずしりと重い。その重さが、私の覚悟の重さだ。

「M、レベッカ。……準備はいいか」

「愚問だな。俺らはいつでも準備万端だ」

「私もですぅ!久しぶりの里帰り、楽しみですねぇ!」

 二人は力強く頷いた。

 隠れるのは終わりだ。

 これからは攻める。

 元凶であるモリアーティ教授を討ち、この子が生きていける未来を勝ち取るために。

 出発の時。

 街の出口である搬入用エレベーターの前には、マリアが立っていた。

 彼女はもう戦闘用スーツではなく、いつもの黒い修道服に身を包んでいた。

 その顔は、慈愛に満ちた聖母そのものだ。

「……行くのですね、蒼き騎士よ」

「あぁ。世話になった、マリア。この恩は忘れない」

「恩などありません。貴女達は、この街に光をもたらしてくれました。……神もきっと微笑んでいるでしょう」

 マリアは私の手を取り、その甲に十字を切った。

「モリアーティ教授……あの男の闇は深い。ですが、貴女のその蒼い光ならきっと切り裂けるはずです。

 アルを……希望を頼みましたよ」

「……任せろ」

 私はマリアに一礼し、修復されたブルーエクレールのコックピットへ乗り込んだ。

 今回は一人ではない。

 コックピット後部に増設された補助シートにはMとレベッカが、そして私の胸元にはアルがいる。

 狭いが、これ以上なく心強い。

「ブルーエクレール、発進する!」

 リアクターが唸りを上げる。

 エレベーターが上昇を始める。

 マリアの姿が、そして鉄屑市の灯りが、眼下へと遠ざかっていく。

 

 見上げれば、天井の隙間から、地上の光が差し込んでいた。

 眩しい、夜明けの光。

 次なる戦場は、かつての故郷。

 そこにはミリンダがいる。仲間たちがいる。そして、全ての元凶がいる。



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