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第12章【地下の戦線(Underground Front)】


 教会の地下深くに広がるかつての武器庫は、今や巨大な鋼鉄の心臓が支配する聖域となっていた。

 薄暗い空間の中心に鎮座する青い巨人、パワードスーツ『Ef/2235』。

 その背部から伸びた太いケーブルが、教会全体へ、そして私の知らないところでこのスラムの一角へ、温かな血液のようなエネルギーを送り続けている。

 Efリアクターの低い駆動音だけが、静寂を震わせていた。

「……信じらんねえな。まさかこんな場所に、特級の軍事機密を隠してやがったとは」

 呆れたような、しかし感嘆を含んだ声が響く。

 声の主は、オイルの染みた作業用ツナギに身を包んだ、ショートカットの女性型アンドロイドだった。

 TYPE.E-44475。通称レベッカ。

 ボーイッシュな顔立ちに、鼻筋に付いた黒いグリスの跡。腰には愛用のモンキーレンチをぶら下げている。

 彼女はEf/2235の脚部装甲をコンコンと叩き、腕を組んだ。

「俺たちが血眼になって探してた『脱走兵』が、シスターのコスプレして地下で発電機ごっこだ。……笑い話にもなりゃしねえ」

「サブさぁぁぁぁん!!生きてて良かったですぅぅぅ!!」

 レベッカの皮肉をかき消すように、白衣姿の女性型アンドロイドが私に飛びついてきた。

 TYPE.M-22749。通称M。

 豊かな胸と腰つき、そして甘ったるい声を持つナース型の外見だが、その瞳孔は常に興奮で開き気味だ。

 彼女は私の腰にしがみつき、頬をすり寄せている。

「ううっ、寂しかったですよぉ!サブさんがいなくなってから、新鮮な解剖検体が全然手に入らなくて!」

「……M、離れろ。動きにくい」

「嫌ですぅ!また何処かに行っちゃうんでしょう!?今度は逃しませんよ、ホルマリン漬けにしてでも連れ帰ります!」

 私はため息をつき、Mを引き剥がそうとするが、医療用モデル特有の拘束力で張り付いてくる。

「……おいレベッカ、こいつをどうにかしろ」

「ほっとけ。そいつも気が張り詰めてたんだよ。……俺もな」

 レベッカは私の前に立ち、じっと私の目を見た。

 その瞳には、怒りや非難の色はなく、ただ深い疲労と、再会の安堵が混じり合っていた。

「……悪かったな、サブ。いきなりスパナを向けて」

「気にするな。それがお前たちの任務だろ」

「任務、ね……。まあ座れよ。積もる話があるんだろ?特に、その『隠し子』についてはな」

 私たちはEf/2235の足元に車座になって座った。

 私はマリアに預けていたアルを抱き寄せ、二人に紹介した。

「……この子がアルだ。アダムとイヴの忘れ形見」

「へぇ……これが、あの時の」

 レベッカが興味深そうに覗き込む。

 Mは先程までの興奮を鎮め、プロの医療用アンドロイドの顔つきでアルをスキャンした。

「……驚きました。バイタルは完全に人間そのものです。でも、細胞の活性化レベルが異常に高い。ナノマシンの残滓でしょうか?……サブさん、この子、本当にとんでもない『爆弾』ですよ」

「あぁ。だから連れて逃げた。教授に渡せば、解剖されて終わりだ」

「でしょうねぇ。教授なら、細胞の一つ一つまで分解して歓喜の歌を歌うでしょう」

 Mは肩をすくめた。

 そこには、かつて教授を崇拝していた頃の熱狂はない。あるのは、純粋な嫌悪感だった。

「で、街はどうなってる?」

 私が核心を突くと、レベッカの表情が曇った。

 彼女はポケットからタバコ型の冷却スティックを取り出し、口に咥えた。

「……最悪だ。地獄と言ってもいい」

「機械軍か?」

「ああ。お前がいなくなってから、奴らの攻勢が激しくなった。今まではサブ、お前という『規格外の戦力』がいたから均衡が保ててたんだ。

 ピースウォーカー部隊が、防衛ラインを毎日のように食い破ってくる。店長も、娼館の連中も、みんな避難シェルター暮らしだ」

 胸が痛んだ。

 私が逃げたせいで、彼らは日常を奪われた。

「……ダーティは?」

「あいつか。……あいつは馬鹿だ。お前がいなくなった穴を埋めようとして、無茶しやがった」

 レベッカが唇を噛む。

「右足を吹き飛ばされたよ。命に別状はねえが、もう狙撃銃を持って走り回ることはできねえ。今はシェルターの警備をしてる」

「……そうか」

 私の拳が固く握りしめられた。

 ダーティ。あの軽薄だが腕の立つ相棒。

 彼が足を失ったのは、私のせいだ。私が彼を見捨てて逃げたからだ。

「……ミリンダはどう言っている?」

「あの鉄仮面か?あいつは相変わらずだよ。感情論は抜きだ。『TYPE.S-2235-ABの戦線離脱により、被害甚大。即時帰還を命ず』……それだけだ」

「アルのことは?」

「報告はしてある。『未確認の有機生命体を確保』とな。

 ミリンダは、『その件については保留とする。まずは戦力の回復が最優先』と言って、上層部への報告を止めてるらしい」

 私は目を見開いた。

 あの規律の塊のようなミリンダが、報告を止めている?

「……意外か?あいつも、教授のことが気に食わねえのさ。それに、昔馴染みを実験台にされるのは寝覚めが悪いんだろうよ」

 レベッカは苦笑した。

「だから俺たちを寄越したんだ。『壊してでも連れてこい』じゃなくて、『説得して連れ戻せ』って裏命令付きでな」

 Mが頷く。

「そうですぅ。ミリンダさん、カンカンに怒ってるフリしてましたけど、こっそり私達にサブさんの予備パーツを持たせてくれたんですよ?ツンデレですねぇ」

 彼女たちの言葉に、私の胸の奥で錆びついていた何かが解けていく感覚があった。

 私は孤独ではなかった。

 敵だと思っていた彼女たちは、ずっと私を待っていてくれたのだ。

「……戻りたい」

 本音が漏れた。

「戻って、機械軍を叩き潰したい。ダーティの仇を取りたい。お前たちとまた、馬鹿話をしながら背中を守りたい」

「だったら……!」

 レベッカが身を乗り出す。

 私は首を横に振った。

「だが、教授がいる。私が戻れば、必ず教授はアルを狙う。ミリンダがいくら庇っても、あの男の権限と狂気には勝てない」

「……」

 沈黙が落ちた。

 それが、越えられない壁だった。

 教授を排除しなければ、アルに未来はない。だが、教授は地下施設の最深部に居り、その周囲は洗脳されたドールと最新の防衛システムで固められている。

 私たちが束になっても、今の戦力では「王手」には届かない。

「……詰み、かよ」

 レベッカが吐き捨てるように言った。

 その時だった。

 ズズズズズズズ……!

 不気味な地鳴りが響いた。

 Ef/2235の巨体が揺れ、天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。

 地震?いや、この規則的な振動は……。

「……掘削音?」

 私のセンサーが、地中からの接近音を捉えた。

 それも一つではない。複数。そして、巨大だ。

「おいおい、冗談だろ……ここは大深度地下だぞ?ここまで掘れる重機なんて……」

 レベッカの顔色が変わる。

 直後、教会の上の階、地上の方から、爆音と悲鳴が聞こえてきた。

「サブさん!上です!街が!」

 Mが跳ね起きる。

 私はアルを抱きかかえ、モニターコンソールへと走った。

 教会の外部カメラ映像を表示する。

 そこに映っていたのは、地獄絵図だった。


 平和なスラム街は、一瞬にして瓦礫の山へと変わっていた。

 市場の広場の真ん中、アスファルトを突き破って出現したのは、巨大な円錐形のドリルだった。

 回転する金属の牙が、屋台を、建物を、そして逃げ遅れた人々を粉砕しながら地上へとせり出してくる。

 現れたのは、土色に塗装された無骨なパワードスーツ。

 『ピースウォーカー・ドリラーカスタム』。

 地下侵攻用に特化改造された、機械軍の攻城兵器だ。

 その数は一機ではない。三機、四機……次々と地面を食い破り、鉄屑市の中枢へと雪崩れ込んでくる。

『うわあああああっ!!』

『助けてくれ!家が、家がぁ!!』

 カメラのマイクが、人々の悲鳴を拾う。

 自警団が、削岩機や火炎瓶を持って応戦しているのが見えた。

 だが、相手は軍用兵器だ。

 ドリルのひと薙ぎで自警団自慢の重機アームが紙屑のようにねじ切られ吹き飛ばされるのが見えた。

「くそっ!」

 私は思わず叫んだ。

 モニター越しに見る惨状。

 この街の人々は、荒っぽいが温かかった。

 私を受け入れ、職をくれ、パンをくれた。

 その彼らが、今、私の目の前で蹂躙されている。

「……なんでだよ。なんでこんな吹き溜まりを襲う必要がある!?」

 レベッカが拳でコンソールを叩く。

「……奴らの目的は、制圧じゃない。殲滅だ」

 私は冷静に分析した。

 機械軍は人類の抹殺を掲げている。地上だけでなく、地下に逃げ込んだネズミも一匹たりとも逃さないつもりだ。

 あるいは、ここに私がいることを察知してのついでの掃除か。

 ズドォォォォン!!

 教会の壁が大きく揺れた。

 近くにドリラーが出現したのだ。

 天井の漆喰が剥がれ落ちる。

「ウワァァァァァァァン!!」

 アルが泣き出した。

 その声にハッとする。

 そうだ、アルを守らなければ。

 逃げるか?

 この地下武器庫には、更に深層へと続く非常脱出路があるかもしれない。

 私とアル、そしてMとレベッカだけなら、逃げられる。

「……サブ、逃げよう」

 レベッカが私の考えを読んだように言った。

 彼女の声は震えていた。

「この戦力差じゃ無理だ。俺たちの武器じゃ、あの装甲は抜けない。お前のEf/2235だって、ここで起動したら生き埋めになるかもしれねえ」

「そうですぅ!逃げましょう!アルちゃんだけでも守らないと!」

 Mも同意する。

 それが、合理的で正しい判断だ。

 だが。

 モニターには、逃げ遅れた子供を庇って瓦礫の下敷きになる女将の姿が映っていた。

 あの時、私にパンをくれた女将だ。

「……逃げれば、この街は全滅する」

「仕方ねえだろ!俺たちは軍隊じゃねえんだ!全部を救うなんて無理だ!」

「……いいや」

 私はアルを強く抱きしめ、そして彼をそっと、部屋の隅にある耐震シェルターへと運んだ。

 アルを中に寝かせる。

「サブさん?何を?」

「……私はもう、逃げない」

 私は立ち上がり、二人を振り返った。

 その瞳に迷いはなかった。

「私は母だ。子供に、背中を見せて逃げる姿は見せたくない。

 そして、私は戦士だ。仲間を荒らされて、黙って尻尾を巻くような犬じゃない」

 レベッカが目を見開く。

「……本気かよ。相手はドリラーカスタムだぞ?地下戦のエキスパートだ」

「だからどうした。こっちは『鉄屑市のヴィオラ』だ。解体作業なら負けない」

 私はEf/2235のケーブル接続パネルに手を掛けた。

 このケーブルを抜けば、教会への電力供給は止まり、Ef/2235は全出力を戦闘に回せる。

「レベッカ、M。お前たちはアルを頼む。もし私が失敗したら……連れて逃げろ」

「……馬鹿野郎」

 レベッカがスパナを握り直した。

 その顔には、不敵な笑みが戻っていた。

「誰に向かって口きいてんだ。俺はTYPE.Eだぞ?お前の背中のメンテナンスは誰がやるんだよ」

「私もいますよぉ!怪我したらその場で縫い合わせますから、安心して突っ込んでください!」

 Mがメスと大型注射器を取り出す。

 馬鹿な仲間たちだ。

 だが、最高だ。

「……行くぞッ!」

 私はケーブルを一気に引き抜いた。

 バチバチッ!

 火花が散り、教会の照明が落ちる。

 代わりに、Ef/2235のカメラアイと、胸部リアクターが強烈な青い光を放った。

 コックピットハッチが開く。

 私は飛び乗った。

 神経接続プラグが延髄に突き刺さる。

 懐かしい痛み。そして全能感。


【SYSTEM ALL GREEN】

【Ef-REACTOR: MAXIMUM OUTPUT】


 その時、頭上の扉が開いた。

 暗闇の中に、蝋燭の灯りを持った人影が現れる。

 シスター・マリアだ。

「……騒がしいですね、ヴィオラ」

「すまない、マリア。約束の電力を切った。……これから少し、大掃除をする」

 私が機体のスピーカーから声を出すと、マリアは静かに微笑んだ。

 彼女は着ていた修道服を脱ぎ捨てた。

 その下には、ボディラインにフィットした戦闘用スーツと、歴戦の傷跡が刻まれた軍用装甲が露わになっていた。

「奇遇ですね。私も丁度、神罰を下そうと思っていたところです」

 マリアが祭壇の裏から引きずり出したのは、彼女の身の丈ほどもある巨大な銃器。

 6本の銃身が束ねられた、大戦時代の遺物。

 多砲身ガトリング砲『ジャッジメント』。

「……聖母がそんな物騒なものを」

「聖書にもあります。『剣を取る者は剣で滅びる』と。……彼らには、鉛の雨で滅んでもらいましょう」

 ガチャン、とマリアが弾帯を装填する音が響く。

 地下の聖母は、戦乙女へと戻った。

「作戦開始だ。M、レベッカはアルの護衛と避難誘導。マリアは地上からの援護射撃。私は……」

 Ef/2235のマニピュレーターが、背中の大型マチェットを引き抜く。

「……地下の害虫駆除だ」

 スラスター点火。

 私は天井のハッチを蹴り破り、戦場と化した鉄屑市へと躍り出た。


 地下都市の天井、それは天然の岩盤と、幾重にも重なった配管、そして補強用の鉄骨で構成された偽りの空だ。

 その空が悲鳴を上げていた。

 無数の亀裂が走り、巨大なドリルが突き破るたびに、土砂と瓦礫の雨が降り注ぐ。

 広場はパニックに陥っていた。

 逃げ惑う人々、瓦礫に足を挟まれて動けないアンドロイド。

 自警団が放つ小銃の弾丸は、ピースウォーカー・ドリラーカスタムの分厚い装甲に弾かれ、虚しく火花を散らすだけだ。

「ヒャハハハ! 壊せ、壊せ! 人間もアンドロイドロイドも纏めてミンチだ!」

 ドリラーカスタムの外部スピーカーから、不快な電子音声が響く。

 自律思考型AI。学習の末に破壊の快楽というバグを獲得した、狂った機械たち。

 先頭を行く機体が、逃げ遅れた親子の前に立ちはだかり、血塗られたドリルを振り上げる。

 絶望が広場を支配した、その瞬間だった。

 ズドォォォォォン!!

 広場の外れ、教会の屋根が内側から爆ぜた。

 舞い上がる粉塵とステンドグラスの破片。

 その中から、蒼き稲妻が飛び出した。

 着地と同時にアスファルトが砕け、衝撃波が周囲の煙を吹き飛ばす。

 立ち上がったのは、全高8メートルの鋼鉄の巨人。

 パワードスーツ『Ef/2235』。

 その胸部リアクターは臨界寸前の青い光を放ち、背部のスラスターが熱気を吐き出している。

「な……なんだアレは!?」

「青い……パワードスーツ?」

 自警団も、敵のAIも、一瞬動きを止めた。

 コックピットの中で、私は神経接続された機体の「腕」である操縦桿を強く握りしめた。

 視界には、あちこちで表示される赤い敵性反応。

 思考が加速する。

 恐怖はない。あるのは、愛するものを脅かす敵への、冷徹な怒りだけだ。

「……随分と派手にやってくれたな、鉄屑野郎ども」

 外部スピーカーを通し、私の声が広場に響き渡る。

 ドリラーカスタムのモノアイが、ギョロリと私の方を向いた。

「識別不明機……? 排除スル! 排除スル!」

 3機のドリラーが一斉に私に向かって突進してくる。

 重い機体をキャタピラで走らせ、先端のドリルを高速回転させる。

 単純だが、暴力的な突撃。

「遅いッ!」

 私はスラスターを噴射し、正面から突っ込んだ。

 激突寸前、左へサイドステップ。

 ドリルの暴風が機体を掠める。

 私はすれ違いざまに、背中の大型マチェットブレードを抜き放ち、逆手で敵機の脚部キャタピラを薙ぎ払った。

 ガギィンッ!

 金属断裂音。

 キャタピラを切断された1機目が、バランスを崩して横転し、自身のドリルの回転力で地面をのたうち回る。

「まずは一機!」

 残る2機が左右から挟み撃ちを仕掛けてくる。

 回避スペースはない。

 だが、私には援護がいる。

「アーメン!」

 高らかに響く、祈りの言葉。

 直後、教会の屋根の上から、雷のような銃声が轟いた。

 ブブブブブブブブブブッ!!

 毎分6000発の鉛の嵐。

 20mmガトリング砲『ジャッジメント』が火を噴いたのだ。

 シスター・マリアだ。

 彼女は崩れた屋根の梁に仁王立ちし、巨大な銃身を軽々と操っていた。修道服の下にあった戦闘用スーツが、マズルフラッシュに照らされて艶かしく光る。

 弾丸の雨が、右側のドリラーに降り注ぐ。

 頭部センサー、関節部、吸気口。

 精密に狙われた弾幕は、敵機の装甲の薄い部分を食い破り、内部メカを粉砕していく。

「ギャガガガガッ!?」

 右の敵機が穴だらけになって沈黙する。

 マリアが口元に笑みを浮かべ、銃身を撫でた。

「迷える魂に、鉛の救済を。……さあヴィオラ、左は任せましたよ!」

「了解!」

 私は残った左の敵機に向き直った。

 1対1。

 敵はドリルを構え直し、最大出力で回転させる。

「死ネ! 死ネェェェッ!」

「死ぬのはお前だ。……ここから出て行け!」

 私はアサルトライフルを捨て、両手でマチェットを構えた。

 ブースト・オン。

 正面衝突。

 敵のドリルと、私のマチェットが火花を散らして競り合う。

 パワーは互角。いや、土木作業用のあちらの方がトルクは上か。

 Ef/2235の関節がきしむ。警報音が鳴る。

 だが、私にはテクニックがある。

 私は敵の押し込む力を利用し、機体を沈み込ませた。

 巴投げの要領で、敵機の重心を浮かせる。

「ッラァァァ!!」

 敵が浮いた一瞬の隙。

 私はマチェットを滑らせ、敵の胸部――動力炉の装甲の継ぎ目へと切っ先を突き立てた。

 ゼロ距離からの、Efリアクター全開出力による突き。

 ズドォォン!!

 マチェットが深々と突き刺さり、背中へと貫通した。

 敵機が痙攣し、オイルを噴き出して停止する。

 私はマチェットを引き抜き、機能停止した敵を蹴り倒した。

「……ふぅ」

 排熱音と共に、白い蒸気を吐き出す。

 広場に静寂が戻る……いや、まだだ。

 これは先遣隊に過ぎない。

 地面の振動は止まっていない。本隊が来る。


 瓦礫と化した市場の一角で、白い影と、油まみれの影が動いていた。

 Mとレベッカだ。

 彼女たちは戦闘の合間を縫って、逃げ遅れた人々の救助に当たっていた。

「しっかりしてください! 今、止血しますからねぇ!」

 Mが瓦礫の下敷きになった男に駆け寄り、手際よく応急処置を施す。その白衣は既に泥と他人の血で汚れていたが、彼女の表情は真剣そのものだ。

「おいババア! 死にたくなきゃ走れ! ここはもうすぐ戦場になる!」

 レベッカは崩れかけた建物の柱を、その細腕で支え、中にいた老婆――食堂の女将を逃がそうとしていた。

「レベッカさん、そっちは!?」

「うるせえ! M、お前は西側のガキどもを連れてけ! 俺はこのババアを担いでいく!」

 二人は、かつての仲間を守るように動いていた。

 彼女たちにとって、ここは見知らぬスラム街だ。

 だが、「ヴィオラが守ろうとした街」だからこそ、彼女たちは命を懸けている。

 その時。

 レベッカたちの背後の地面が盛り上がった。

「……あ?」

 レベッカが振り返る。

 アスファルトを突き破り、新たな敵影が出現する。

 それはドリラーカスタムよりも更に巨大な、多脚型の重機動兵器だった。

 6本の脚と、巨大な粉砕アームを持つ、ムカデのような怪物。

「嘘だろ……なんでこんなデカブツが……!」

 怪物はセンサーアイをぎらつかせ、レベッカと女将をロックオンした。

 巨大なアームが振り上げられる。

 レベッカは女将を庇って立ち塞がるが、彼女の持つモンキーレンチでは、あの装甲に傷一つつけられない。

「逃げろレベッカ!」

「無理だッ! 動けねえ!」

 アームが振り下ろされる。

 死の影が彼女たちを覆う。

 ――させない。

 私は叫んだ。声帯機能ではなく、魂で。

 Ef/2235のスラスターを限界まで吹かす。

 距離、50メートル。

 間に合うか? いや、間に合わせる!

「どけぇぇぇぇッ!!」

 私は機体をスライディングさせながら、敵とレベッカの間に滑り込んだ。

 防御姿勢など取る暇はない。

 私は自身の左腕――シールドのついていない、マニピュレーターだけの腕を突き出し、振り下ろされた巨大アームを受け止めた。

 グシャァッ!!

 嫌な音がした。

 Ef/2235の左腕装甲が弾け飛び、内部フレームがひしゃげる。

 衝撃がコックピットを激しく揺さぶり、私の左腕にも激痛が走る。

 警告アラートが視界を埋め尽くす。

 だが、止めた。

「……サ、サブ!?」

 足元でレベッカが目を見開いている。

 Ef/2235の巨体が、彼女たちを完全に覆い隠す盾となっていた。

「……無事か、レベッカ」

「お前……腕が……!」

「……私の仲間に手を出した代償、高くつくぞ鉄屑野郎」

 私は痛みを怒りに変換した。

 右手のマチェットを逆手に持ち替える。

 左腕は使い物にならない。敵のアームに食い込んだままだ。

 ならば、拘束されているのは「私」ではなく「敵」の方だ。

「逃げ場はないぞ!」

 私は残った右腕でマチェットを振り上げ、敵の頭部ユニットめがけて振り下ろした。

 一撃。

 二撃。

 三撃。

 野獣のような連撃。

 装甲がひしゃげ、カメラアイが砕け、オイルが飛び散る。

 敵機が断末魔のような駆動音を上げて崩れ落ちるまで、私は叩き続けた。

 ズズ……ン。

 巨大なムカデが動かなくなる。

 私は潰れた左腕を引き抜き、荒い息を吐いた。

 周囲を見渡せば、広場に侵入した敵機はあらかた片付いていた。

 マリアの狙撃と、私の乱入によって、第一波は撃退されたのだ。

「……やったか?」

 自警団が、瓦礫の陰から顔を出す。

 そして、私の機体――青い巨人を見上げた。

「おい……あれ、姐さんか?」

「マジかよ……鉄骨運んでただけじゃなかったのか……」

「すげえ……俺たちの街を、守ってくれたのか……」

 歓声が上がった。

 最初は小さく、やがて波のように広場全体へと広がっていく。

 「ヴィオラ!」「鉄腕のヴィオラ!」

 その声は、かつて私が娼館の用心棒として聞いていたものとは違う。

 もっと熱く、強い、信頼の声。

 私はコックピットの中で、少しだけ口角を上げた。

 悪くない気分だ。

 だが、油断はできない。

「……M、レベッカ。怪我はないな」

 外部スピーカーで呼びかける。

 二人は瓦礫の上で手を振った。

「ピンピンしてますよぉ! サブさん、カッコよすぎです!」

「ったく、無茶しやがって……。その左腕、後で俺が完璧に直してやるから覚悟しとけよ!」

 レベッカが強がりながらも、涙ぐんでいるのが見えた。

 私は教会の屋根を見上げた。

 マリアがガトリング砲を担ぎ、親指を立てている。

 地下にはアルがいる。

 ここには仲間がいる。守るべき街がある。

 私はEf/2235のマチェットを掲げ、勝利の咆哮を上げた。

 ウォォォォォォォォン!!

 機体の駆動音が、地下都市の空に響き渡る。

 それは、ただの逃亡者だった私が、真に「守護者」として覚醒した瞬間だった。

 だが、戦いはまだ終わらない。

 地底の暗闇の奥で、さらなる悪意が蠢いているのを、私のセンサーは感じ取っていた。



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