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第10章【地下の聖母(The Virgin of the Underground)】


 亡霊のゴーストタウンを後にしてから、さらに数日が経過していた。

 Ef/2235の足跡は、吹き荒れるブリザードによって瞬く間に消し去られていくが、私達の消耗は確実に限界へと近づいていた。

 物資は手に入れた。ミルクも、オムツも、当面を凌ぐだけの量は確保した。

 だが、決定的に足りないものがある。

 それは温度だ。

 Efリアクターが供給する熱エネルギーのことではない。人間が社会を営むことで生み出される、あの独特の、泥臭く、油臭く、そして温かい、社会という名の熱だ。

 荒野での野営は、アルの発育にとってあまりに過酷だった。

 気密性の高いコックピットといえど、24時間、狭いシートに縛り付けられているストレスは、赤子の情緒を不安定にさせる。

 ここ数日、アルは夜泣きを繰り返していた。

 その声は、私の聴覚センサーを通じて精神感情回路を直接ヤスリで削るように逆撫でする。

 疲労。焦燥。そして孤独。

 鋼鉄の揺り籠は、もはや私達の棺桶になりつつあった。

 私は決断した。

 人の森に紛れる。

 木を隠すなら森の中。逃亡者を隠すなら、薄汚れた雑踏の中だ。

 視界の先に、巨大な排気塔の群れが見えてきた。

 灰色の空に向かって、汚れた蒸気を吐き出し続ける無数の煙突。

 地下第4セクター。通称『鉄屑市スクラップ・マーケット』。

 かつての地下シェルターを基盤に拡張された、違法建築とブラックマーケットの巨大都市。

 ここでは身分証など紙切れ同然、金と暴力、そしてコネクションだけがルールだ。

「……アル、もうすぐだ。もう少しの辛抱だぞ」

 私はEf/2235の速度を落とした。

 都市の正規ゲートにこの機体で近づけば、即座に防衛隊の標的になる。

 私が目指したのは、都市の防壁から数キロ離れた、地図上では「高濃度汚染指定区域」とされている古びた廃棄場だった。

 ガイガーカウンターが警告音を発するが、人体に直ちに影響が出るレベルではない。

 フェイクだ。あるいは、過去の汚染が既に沈静化した場所。

 人々が忌避するこの場所こそが、私の「半身」を隠すのに最適なガレージとなる。

 巨大なプレス機の残骸と、廃棄されたコンテナの山。

 その隙間に、私はEf/2235を滑り込ませた。

 膝を折り、屈み込むような姿勢で機体を固定する。

 迷彩シートを被せ、さらに周囲の瓦礫や鉄屑を積み上げてシルエットを隠蔽する。

 コックピットが開く。

 冷たい風が吹き込む。

 私はアルを抱っこ紐で胸に固定し、亡霊の街で調達したサイズ違いの分厚い外套を羽織った。

 金髪を隠すためのニット帽。無機質な視線を隠すための、傷だらけの溶接用ゴーグル。

 準備はいいか?

 私はコンソールに手を置いた。


【SYSTEM: HIBERNATION MODE】

【WAKE-UP TRIGGER: BIOMETRIC AUTHENTICATION (VIOLA ONLY)】


 システム完全凍結。

 私の生体認証以外では再起動しない設定。

 Efリアクターの鼓動が止まり、機体の灯りが消える。

 まるで、巨人の心臓が止まったかのような静寂。

「……待っていろ。必ず迎えに来る」

 私は機体の装甲を一度だけ叩き、雪の地面へと降り立った。

 振り返らない。

 振り返れば、この鋼鉄の守護神に縋り付きたくなる。

 今の私は、ただの貧しい難民だ。子連れの、片腕が義手の、薄汚れた女だ。

 私は歩き出した。

 背中には全財産の入ったバックパック。胸には命よりも重いアル。

 足元の雪は泥に変わり、やがて都市から漏れ出す廃液と混ざり合って、黒い川となって流れていた。

 都市への入り口は、正規ゲートの脇にある搬入用エレベーター周辺に群がる闇市ブラック・マーケットの列だった。

 ここには、身分証を持たない難民や、訳ありのアンドロイドたちが列をなしている。

 検問という名の「通行料徴収所」。

 列に並ぶ人々の目は死んでいた。あるいは、獲物を探すハイエナのようにギラついている。

 私は外套の襟を立て、アルを隠した。

 赤子がいると知られれば、人攫いのターゲットになるか、あるいは「新鮮な臓器」として値踏みされるかだ。

「おい、次はどいつだ」

 検問の男、右腕が巨大な重機用マニピュレーターに置換されたサイボーグが、太い声で怒鳴る。

 私の番だ。

「……一人だ」

 私は声を低く加工して答える。

 男の義眼がギョロリと私をスキャンする。

「一人? その胸の膨らみはなんだ? 爆弾か?」

「……腫瘍だ。感染性のな」

「チッ、近寄るなよ汚ねえ」

 男は露骨に顔をしかめた。

 私はポケットから、亡霊の街で拾った「旧時代の貴金属」プラチナの指輪を一つ、男の手に握らせた。

 男の表情が変わる。

「……ふん、まあいい。通りな。ただし、中で死んでも掃除代は自分で払えよ」

 ゲートが開く。

 その先にある巨大な搬入用エレベーターに、他の難民たちと共に押し込まれる。

 錆びついたケージが降下を始める。

 ガガガガッ、という轟音と共に、私達は地下深くへと沈んでいく。

 気圧の変化で耳が痛む。アルが身じろぎするのを、背中を撫でて宥める。

 やがて、扉が開いた。

 ――熱気。

 ――騒音。

 ――光。

 そこは、カオスの坩堝だった。

 地底湖のように広がる巨大な空洞。

 天井まで積み上げられたコンテナハウスの群れ。

 無数のパイプラインが血管のように走り、そこから漏れる蒸気がネオンサインを滲ませている。

 屋台から漂う合成肉を焼く匂い、機械油の刺激臭、そして大勢の人間とアンドロイドの体臭。

 鉄屑市。

 ここは地獄の底だが、確かに「生」があった。

 機械軍の冷徹な秩序ではなく、泥に塗れて生きようとする、無秩序な生命力。

 私は雑踏に踏み出した。

 誰かと肩がぶつかる。罵声が飛ぶ。

 しかし、誰も私を「機械軍のスパイ」とも「賞金首」とも見ない。

 ここでは誰もが訳ありで、誰もが他人に無関心だ。

 私は安堵のため息をつくと同時に、強烈な目眩を覚えた。

 情報量が多すぎる。

 処理すべきタスクが山積みだ。

 住処、水、食料、そして金。

 Ef/2235という絶対的な力を手放した今、私はこの混沌の海を、己の身一つで泳ぎ切らなければならない。


 私が確保したのは、都市の最下層、排水処理施設の近くにあるドヤ街の一角だった。

 「ホテル・コクーン」という名ばかりの立派な看板が掲げられているが、実際はコンテナを改造したカプセルホテルだ。

 一泊、ジャンクパーツ数個分、あるいは現地通貨で500クレジット。

 手持ちの貴金属を換金した金で、一週間分の宿代を前払いした。

 部屋は狭かった。

 大人が一人横になれば埋まるスペース。

 壁は薄く、隣の部屋の話し声や、上の階の足音が筒抜けだ。

 だが、ここには「鍵」がある。

 そして、空調が効いている。

「……アル、ここが新しい家だ」

 私は狭いベッドの上にアルを下ろした。

 外套を脱ぎ、ゴーグルを外す。

 アルは目をぱちくりさせて、天井の染みを眺めている。

 泣かない。

 この子は、環境の変化に敏感なようでいて、妙に肝が据わっているところがある。アダムとイヴ、どちらに似たのか。

 私は荷物を整理した。

 粉ミルクの残量は、あと一週間分。

 オムツは現地調達可能だが、粗悪品しか手に入らないだろう。

 何より、金がない。

 検問の賄賂と宿代で、換金した資金の半分が消えた。

 この街の物価は、足元を見るように高い。

「……働かなければ」

 私はアルにミルクを与え、彼が眠りについたのを確認してから、再び外套を羽織った。

 部屋にアルを一人残すのは危険極まりない。

 だが、連れて歩けば仕事にならない。

 私は部屋のセキュリティロックに、自作のハッキングプログラムを上書きし、外部からの侵入を拒絶するよう設定した。

 さらに、室内に動体検知センサーを設置し、異常があれば私の通信機へ即座にアラートが飛ぶようにした。

 ――気休めだ。

 プロの泥棒や、ハイエナが本気になれば、こんなドアなど紙切れ同然だ。

 急がなければ。

 私は街へ出た。

 職業斡旋所といっても、掲示板に手書きのチラシが貼ってあるだけの広場に向かう。

 

 【求む:武装護衛。経験者優遇】

 ダメだ。荒事に関われば目立つ。追っ手に見つかるリスクが高まる。

 

 【求む:夜の接客。S型歓迎】

 論外だ。

 

 【求む:解体作業員。腕力自慢求む。日払い可】

 ……これだ。

 私は現場監督の元へ向かった。

 場所は、旧地下鉄のトンネル拡張工事現場。

 

「あぁ? 女ァ? ここは遊び場じゃねえんだよ」

 現場監督の男、全身に刺青を入れた巨漢は私を見下ろして鼻で笑った。

 私は無言で、近くにあったH形鋼の端材を片手で持ち上げた。

 重量、約200キログラム。

 リミッターを掛けた状態でも、この程度なら造作もない。

「……即戦力だ。文句あるか?」

 ドスン、と鉄骨を落とす。地面が揺れる。

 監督は目を丸くし、それからニヤリと笑った。

「……いいぜ。採用だ。ただしアンドロイドだからって手加減はしねえぞ。給料は人間の半分だ。文句あるか?」

「ない。今すぐ始める」

 労働は過酷だった。

 崩れかけたトンネルの瓦礫を手作業で撤去し、切断機で鉄骨をバラす。

 粉塵が舞い、削岩機の騒音が絶え間なく響く。

 私は黙々と動いた。

 他の労働者たちが休憩している間も、私は止まらない。

 疲れないのではない。休んでいる暇がないのだ。一秒でも早く仕事を終わらせ、アルの元へ帰りたかった。

 だが、問題は翌日に起きた。

「……おい、なんだその背中の膨らみは」

 翌朝。

 私はアルを部屋に残す不安に耐えきれず、抱っこ紐で背負い、その上から作業着を羽織って現場に来ていた。

 昨晩、部屋に戻ったとき、ドアノブに誰かが触れた痕跡があったからだ。

 この街の治安を甘く見てはいけない。

「……背中の腫瘍だ。気にするな」

「嘘つけ。泣き声が聞こえたぞ」

 監督が詰め寄ってくる。

 その時、背中でアルが「ウァァァン!」と声を上げた。

 騒音と粉塵。劣悪な環境に、アルが耐えられるはずもなかった。

「ガキ連れだと!? ふざけんじゃねえぞ!」

「……仕事に支障はない。ノルマの倍はこなす」

「そういう問題じゃねえ! ここはいつ崩れるか分からねえ現場だ! そんな爆弾抱えてチョロチョロされたら、こっちの気が散るんだよ!」

 監督は私を突き飛ばした。

「失せろ! 二度と来るな!」

「……待て。今日の分の給料は?」

「違約金で相殺だ! とっとと消えろ!」

 私は握り拳を作った。

 この男の頭蓋骨を粉砕するのは簡単だ。

 だが、やれば警察機構ポリスが来る。身分照会されれば終わりだ。

 私は拳を開き、無言で現場を去った。

 背中でアルが泣き続けている。

 

 路地裏。

 私は壁に背を預け、ズルズルと座り込んだ。

 解雇された。金が入らない。

 宿代が払えなければ、今夜にも追い出される。

 また、あの極寒の荒野へ戻るのか? アルを連れて?

「……どうすればいい」

 私は途方に暮れた。

 戦闘なら負けない。殺しなら誰にも負けない。

 だが、この「生活」という戦場において、私はあまりにも無力だった。

 託児所など、このスラムにあるわけがない。

 隣人の誰かに預ける? 誰を信用しろと言うんだ。

 その時、頭上の換気扇から、いい匂いが漂ってきた。

 安食堂の排気口だ。

 裏口から割烹着を着た初老の女性、アンドロイドではなく生身の人間が出てきて残飯をバケツに捨てていた。

 彼女は座り込んでいる私と背中で泣くアルに気づき、眉をひそめた。

「……あんた、そこで何してんだい。野良犬じゃあるまいし」

「……仕事を探している。だが、子連れじゃどこも雇ってくれない」

 私は自嘲気味に答えた。

 女将は私の薄汚れた姿と、背中の膨らみをじっと見て、ため息をついた。

「はぁ……これだから若いのは。腹を空かせてるのかい?」

 彼女は懐から、包み紙に入った固焼きパンを投げ渡してきた。

「食いな。乳が出なくなるよ」

「……すまない。金はない」

「出世払いでいいさ。……それにしても、その子を抱えて現場仕事は無理だね」

 女将はタバコに火を点け、煙を吐き出した。

「『懺悔の路地』に行きな」

「……なんだそれは」

「この区画のずっと奥、廃棄された教会のことさ。あそこには物好きなシスターがいる」

「シスター?」

「ああ。マリア様って呼ばれてる。食い詰め者だろうが、犯罪者だろうが、あるいはガキだろうが……助けを求めれば拒まない聖人様さ。ま、ちょっと変わり者だけどね」

 マリア。

 聖母の名を冠するシスター。

 罠かもしれない。新手の宗教勧誘か、あるいは臓器売買の元締めか。

 だが、今の私に選り好みしている余裕はない。

「……感謝する」

 私はパンを齧り、立ち上がった。

 味がしない。だが、胃の中に落ちた固形物が、僅かなエネルギーに変換されるのを感じた。


 教えられた場所は、スラム街の最深部、都市の構造体と自然の岩盤が交差する場所に在った。

 周囲は倒壊したビルや、黒焦げになった車両が放置されたままの無法地帯だ。

 その突き当たりに、奇妙な空間があった。

 そこだけ、時間が止まっているかのような静寂。

 瓦礫が綺麗に片付けられ、石畳の路地が続いている。

 その先にあるのは、戦前の石造りの教会だった。

 ステンドグラスは割れ、屋根の一部はトタンで補修されているが、その威容は損なわれていない。

 入り口の扉は開け放たれていた。

 私は警戒しながら足を踏み入れる。

 礼拝堂。

 ボロボロの長椅子が並び、祭壇には首の取れたマリア像と、手作りの木製の十字架が飾られている。

 蝋燭の微かな灯りだけが、闇を照らしていた。

 最前列の席に、一人の人影があった。

 黒い修道服に身を包み、背を向けて祈りを捧げている。

「……迷える子羊にしては、随分と血の匂いがするわね」

 私が声を掛けるよりも早く、シスターが口を開いた。

 凛とした、しかしどこか金属的な響きのある声。

 彼女がゆっくりと立ち上がり、振り返る。

 その顔を見て、私は息を呑んだ。

 美しい。

 白磁のような肌に、慈愛を湛えた瞳。

 だが、その左頬には大きな亀裂のような傷跡が走り、修道服の袖からは、祈りを捧げるには似つかわしくない、無骨な軍用義手が覗いていた。

 TYPE.A。

 それも、私のような後付けのキメラではない。

 骨格レベルから戦闘用に設計された、純正の軍用機。

 しかも、その機体の摩耗具合……数年やそこらの稼働ではない。

「……TYPE.A-0028。大戦モデルか」

 私が形式番号を呟くと、シスターは微笑んだ。

「ここではマリアと呼びなさい。外の世界での呼び名は、ここでは無意味です」

 マリア。

 彼女こそが、地下の聖母。伝説の古参兵。

「……懺悔室へどうぞ。迷える……狼よ」

 彼女の瞳が、私の外套の下にあるデリンジャーと、背中のアルを同時に捉えた。

「懺悔をしに来たわけじゃない。……取引がしたい」

 私はフードを脱ぎ、ゴーグルを外した。

 無機質なアンドロイドの顔を晒す。

 そして、背中の抱っこ紐を解き、アルを胸に抱き直した。

「この子を……預かって欲しい」

 マリアの表情が変わった。

 鋭い戦士の眼差しから、柔らかな聖母のものへ。

 彼女は歩み寄り、私の腕の中のアルを覗き込んだ。

「……人間の赤子。それに、あなたはアンドロイド。……拾ったのですか?」

「産んだんだ」

 私の言葉に、マリアは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに納得したように頷いた。

「……なるほど。この世には奇跡もあるということですね。あるいは悲劇か」

 彼女はアルの頬に、軍用義手の指先をそっと添えた。

 冷たいはずの金属が、不思議と温かく見えた。

「……それで、あなたはこの子を置いていくのですか?」

「違う。働きに出る間預かって欲しいんだ。現場には連れて行けない。宿に置けば拐われる。ここなら……あんたなら、守れると思った」

 マリアは私を見つめ返した。

 値踏みするような視線。

「ここは孤児院ではありません。ですが……この教会では全ての命は平等です。行き場のない魂ならば、神の御許で休む権利がある」

「……感謝する。報酬は払う。今は少ないが、必ず」

「金銭は結構です。ここは貧しいですが、パンとミルクくらいなら分け与えられます。それに、寄付を募るのも私の仕事ですから」

 マリアは手を差し出した。

 私はアルを彼女に渡そうとして、止まった。

「……もう一つ。取引材料がある」

「?」

「私にはもう一つ、隠したい『大きな荷物』がある。都市の外に置いてきた。あれを放置すれば、いずれ見つかる」

 私はマリアの目を真っ直ぐに見た。

「あれを、この教会の地下に隠させて欲しい。その代わり……教会に恒久的な電力を提供する」

 マリアの眉が動いた。

 この教会は寒い。照明も蝋燭頼みだ。電力不足は深刻なのだろう。

 地下都市において、安定した電力は金以上の価値がある。

「電力……まさか、大型ジェネレーターでも持っているのですか?」

「Efリアクターだ。パワードスーツに搭載されている」

 沈黙。

 マリアは溜め息をつき、それからクスクスと笑い出した。

「ふふ……あはは! 赤子を抱いたアンドロイドが、パワードスーツを背負って教会に来るなんて。神様も随分な脚本を書くものですね」

「……笑い事じゃない」

「ええ、そうですとも。……よろしい。聖堂の地下、かつての武器庫が空いています。そこならばあなたの鋼鉄の棺桶も入るでしょう」

 マリアは私の腕からアルを受け取った。

 慣れた手つきだ。アルも、彼女の腕の中では不思議と泣かなかった。

「契約成立ですね。……ヴィオラ」

 なぜ私の名を?

 いや、私が名乗る前に、彼女の広域ネットワーク検索が終わったのか。あるいは、私の瞳の奥にある名札を読んだのか。

「……あぁ。よろしく頼む、シスター・マリア」

 その夜。

 私は闇に紛れて都市の外へ戻り、Ef/2235を再起動させた。

 ステルスモードで教会まで搬入する作業は神経を削ったが、マリアの手引きもあり、無事に地下武器庫へと格納することができた。

 

 Efリアクターから教会の配電盤へ、ケーブルを接続する。

 スイッチ・オン。

 ブゥン、という音と共に、教会のステンドグラスに明かりが灯った。

 ダクトから温かい風が吹き出し、冷え切った礼拝堂を満たしていく。

 鋼鉄の巨人は地下で眠り、聖母の足元で教会の心臓となった。

 そしてアルは、聖母の腕の中で安らかな寝息を立てている。

 私は久しぶりに、肩の力が抜けるのを感じた。

 まだ追っ手はいる。生活は苦しい。

 だが、ここには「仲間」がいる。

 戦乙女と聖母。

 奇妙な共同生活が、ここから始まった。



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