空を泳ぐ魚 ー孝成ー
“あの日”から、どれくらい経っただろうか。
あれからアオイは、ずっとうちにいる。
「こんなつもりじゃ、なかったんだけどなぁ」
空っぽになった胸の中を何かで埋めてしまいたくて、味のしない煙草をベランダで延々と吸っている。
「最後の一本」
煙たがって眉根を寄せるアオイの顔がふと頭に浮かんで、そう呟いた。そろそろ、煙草にも飽き飽きしていたところだった。
「お前には伝わってなかったかもしれないけどさぁ。愛してたんだ。この上もなく」
「はぁああああ……」
愛してたからなんだっていうんだ。愛は何をやってもいい免罪符じゃない。
自分の想いを押し付けて、愛することを強要して。もう、愛想なんか尽きていただろうに。
俺は大きなため息と一緒に、まだ中身の残る煙草の箱をグシャっと握り潰す。
そして、それをベランダから外に落とし、はるか地上へと落ちるさまを眺めた。
「こんなことしたら、お前は怒る?」
「拾いにいくかな」
最短距離で。
ーside 葵ー
コウセイはベランダの手すり壁にヒョイと登った。
「まって、コウセイ。何してるの? お願い! 危ないから、そこから降りて! 僕はそんなこと望んでなんかない!」
「これで許してくれとか、お前の所に行きたいとか、そんなんじゃないんだ。
ただ、ただ、お前がいない世界では 息ができないんだよ」
「コウセイ! やめてってば!」
コウセイはスッと一歩踏み出した。僕は慌てて、コウセイの身体に抱きつく。
でも、やっぱりそんなことは無意味で……。無情にも僕のふわふわと空を泳ぐ透明な身体は、コウセイを通り抜けただけだった。
こんな結末は、望んでいなかった。
僕はコウセイの前からいなくなって、でもこうやって実はこっそり側にいて。
いつかは僕のことなんか忘れて……。
──それで、よかったのに……。




