突然現れた甥っ子
ーside 孝成ー
大学の授業が終わって一人暮らしのマンションに戻り、エントランスでオートロックキーを開けようとした時のことだった。
「あの、孝成さん、ですか?」
突然、大きなボストンバッグを抱えた見知らぬ青年に 声をかけられた。
「はぁ……そう、ですけど?」
「良かった。僕、ずっと孝成さんを待ってたんです」
「えっと……君は……」
「孝成さんの甥、ですかね?」
「はあ? いや、俺に甥とか……しかも、え、高校生……?」
「十七歳です」
「なおさらですよ。十七歳の甥とかありえないので、人違いじゃないですか?」
「でも、もらってる写真と同じ顔してますし、マンションもここだって教えられましたし……」
「その写真とか、住所とか、誰に?」
「孝成さんのお兄さんです」
「……あんのクソ兄貴……。
わかりました。あいつ繋がりならしょうがないし、とりあえずここで問答しててもアレなんで、うち 来てください」
「ありがとうございます!」
ひとまずは、俺の甥と主張する青年を家に上げた。怪しさはあるものの、あの兄のことだ。ちらと聞いた彼の話はまったくの嘘とは思えなかったのだ。
青年をソファに座らせ、自分はキッチンに向かう。
「コーヒーでいいですか?」
「あ……ええと……。 はい。それで」
居心地わるそうにソファに浅く座る青年の前にコーヒーを置き、自分も向かい側に座った。
「で、詳しい話、聞かせてもらえますか?」
「はい。あの、僕、葵っていいます。一応、孝成さんのお兄さんの息子です」
「幾つの時の子だよ……。十歳とか? て、んなわけないわな」
「はい。一言でいえば、連れ子ってやつです」
「兄貴が結婚してるのすら知らなかったわ……」
「正確には結婚はしてないみたいなんですけど。俺の戸籍上の母とお兄さんが内縁関係というか……」
「何、その微妙な言い方」
「ええっと……僕を産んだ実の母の再婚相手の再婚相手が今の戸籍上の母で、その母がお兄さんと不倫の末に結ばれたようでして……」
「実の母の再婚相手の……なんだって?? よくわかんないけど、それはもはや他人では……」
「ええ。その通りですね。だから今、ここにいるんでしょうね。
あ、そういえば、お兄さんから手紙預かってます」
「はじめにそれ見せてくれたらよかったのに……。ええっと……
『俺は生涯をともにする運命の女性に出会った。しかし、その女性は悪い男に騙されて、血のつながりもない子供を押し付けられて身動きが取れない。
悲しいかな、俺もお前の知っている通り、立場上、この子供を認知することは難しい。
そんな時にお前のことを思い出したというわけだ。そろそろ、人と向き合って……』まあこの辺は読まなくていいや。
『あと、俺のおかげでそのタワマンに住めてるんだから、断る選択肢はないからな。じゃあ、まかせたぞ』
……って……! あんのクソ野郎!! 任せたって、んな無責任な!」
と、悪態をついたところで、ハッと、手紙を音読をしてしまったのは不味かったかと思い直す。
つまり、葵くんにとって両親にあたる人物に厄介払いされたという内容じゃないか。
葵くんは、ちょっと複雑そうな笑顔を見せた。
「あの……ごめん。なんというか……、大変そうだな……」
「そう。大変なんです。なので、その手紙にある通り、今日からよろしくお願いします」
葵くんは、身を乗り出した。必死の形相だ。
「いや……でも、現実問題……。急にそんなこと言われてもな……。俺もまだ大学生だし……」
「行くあてが他にないんです。孝成さんにすがるしか、できないんです。お願いします。なんでもしますから、ここに置いてください」
「うぅーん……。えーっと、じゃあ、とりあえず、今日のところはいてもいいから。兄貴にも連絡とってみる」
その後、兄貴に電話やらメールやらをしてみたけれど、見事にすべて無視された。
とはいえ、もし無事に連絡が取れたとして。じゃあ、気が変わってあの兄貴が葵くんを引き取るのかと考えると、そうは思えない。
初めに話した後からはソファにも座らず、居心地悪そうに部屋の隅の床でジッとしている葵くんを見て、覚悟を決めるしかないな、と思った。
この俺が、誰かと上手く暮らしていけるのか……わからないけど……。
「本当に部屋の一部を貸すだけっていうか、何かしてやれるわけじゃないけど……。それでよければ、いいよ。うちにいても」
「本当に⁉︎ ありがとうございます!」
「名前、呼び捨てでいいし、敬語もなしでいいよ。どうせ一緒に住むなら、仲良くしていきたいから」
「うん、わかった! コウセイの言う通りにするね!」




