第三話 絶対服従と最終判断
「──ステップ③、開始」
その声は異様なほど静かで、逆に胸の奥をざわつかせた。
息を呑む音すら憚られるほど、車両全体が凍りつく。
ここからは、肉体接触が許可される。
けれど、それは義務でも推奨でもない。
──選択がすべて。
誰かが、そっと誰かの髪に触れた。
別の誰かが、抱きしめた。
また別の誰かは、涙をこらえて背を向けるだけだった。
監視役の無機質な声が淡々と落ちる。
「不合格」
「排除対象」
「判定保留」
ほんの小さな判断の差が、生と死を分けていく。
最初に動いたのは、C-3ペア(村上直人&桐谷玲奈)。
直人は冷静を装い、玲奈の前に立った。
だが、その視線は迷いと恐怖を押し殺している。
「……余計なことは、しない。生きるために、な。」
玲奈は顔をこわばらせたまま、小さく頷く。
何もせず、ただ互いに視線を交わすだけだった。
「C-3ペア、ステップ③完了。合格判定」
乾いた声が響き、彼らは生存枠に残った。
次に、D-4ペア(松原拓真&三浦奈々)。
拓真は一歩前に出て、彼女に静かな声を落とした。
「……ここは、選ばないほうが正しい。」
奈々は震える指先を握りしめ、無言で頷いた。
お互いに触れず、寄りかかることもしない。
ただ、それが“判断”だった。
「D-4ペア、ステップ③完了。合格判定」
E-5ペア(相馬準&工藤沙耶)**は、少しの間、動かなかった。
準が短く舌打ちをした。
「……チッ、くだらねぇ。何もするわけねぇだろ。」
沙耶は不安げに彼の横顔を見たが、結局、準は何も選ばなかった。
それでも──それが生存の選択だった。
「E-5ペア、ステップ③完了。合格判定」
そして最後に、F-6ペア(佐伯遥&榊原黎)。
黎は腕を組んだまま、静かに遥を見ていた。
命令はない。要求もない。
ただ──決めろ、と言っている目。
遥は喉がひりつくのを感じながら、一歩だけ前に出た。
距離が、わずかに縮まる。
「そうだ。
恐怖に動くな、選択で動け。」
声は低く、淡々としているのに、妙に心臓に届く重みがあった。
触れない。
でも、確かに近づいた。
自分で選んだ、その沈黙の一歩。
「F-6ペア、ステップ③完了。全項目、合格判定」
監視役の声が乾いた空気を割った。
車両に残る血の匂いが、生存と死を分けた結果を物語っている。
遥の背を汗が伝う。
けれど、もう震えてはいなかった。
フードの奥で、黎がゆっくり目を伏せる。
その仕草が、まるで**「よくやった」**と言っているように見えた。
(……誰かに触れられるより、誰かを信じるほうが、よっぽど怖い)
でも──今の私なら、信じられる。
……信じて、いいんだよね?
「──第三ステップ、全ペアの処理完了。該当者には、移動指示を行います」
試験は終わった。
けれど、終わりじゃない。
生き残ったのは──111名。
最初は729人いた。
それなのに今、鉄と肉の匂いだけが、この車両で失われた命の数を静かに語っていた。
肩を震わせる者、無理に笑おうとする者、虚ろな目で座り込む者──極限を越えたあとの温度は、ひとりひとり違っていた。
そして、極限の中でも“選び方”が際立っていた4組。
•村上直人 & 桐谷玲奈
•松原拓真 & 三浦奈々
•相馬準 & 工藤沙耶
•佐伯遥 & 榊原黎
監視役が最後に呟いた。
「服従と反抗の境界を試す。どちらも同じだが、選べない個体が最も不要だ。」
(……やっぱりこれは、性でも繁殖でもない……)
狙いは別にある。
遥は、血の匂いが染みついた車両で、静かに思った。
──考えるのをやめたら、?この試験は終わるの?
息が止まる。鼓動の音だけが、やけに大きく響いた。
そしてその思考の奥に、
──まだ見えない“次の地獄”が、すぐそこに息を潜めている。




