第二話 接触か、尊厳か
「──ステップ②、開始」
疑問が整理される前に、再び短い声が響いた。
それだけで、車両の空気がひやりと沈む。
ざわり、と息が揺れる。
「……マジで、やらされんのかよ」
「触れたら死ぬんじゃねーの……?」
誰もが戸惑っていた。
ルールは穴だらけだ。
•接触は禁止──でも、興奮を確認しろ?
•ステップ③までは触れるな──じゃあ、どうやって?
わざと曖昧にしてる。
「察して動け。でも間違えたら死ね」ってこと。
前方のA-1ペアが動いた。
「いいから脱げって、命かかってんだろ?」
金子大地が苛立ちを滲ませ、乱暴に吐き捨てる。
「チンタラしてたら殺されんだろ……ほら、脱げよ」
森下彩花が、震える声で首を横に振った。
「……いやだ、こんなの……」
「死ぬのがいいのか!? だったら──」
パシュッ。
大地が彩花に手を伸ばした瞬間、空間がひりつくように震えた。
次の刹那、彩花の胸元に赤い線が走り、そのまま音もなく崩れ落ちる。
同時に大地の喉が内側から裂け、血が一筋だけ噴き出す。
ふたりは息を詰めたまま、床に沈んだ。
金属の焦げる匂いが立ち込める
監視役の声は無機質だった。
「A-1ペア、排除」
……血の匂いだけが生々しいのに、死の痕跡はきれいすぎた。
「ルール違反に対する排除措置です。止められなかったペア相手も、排除対象となります」
淡々とした声。
でも、血の匂いは鮮明すぎる。
続いて、B-2ペアが崩れた。
吉岡俊は完全にパニックだった。
「無理だ……俺、わかんねぇよ! やらなきゃ殺されんだろ!? なぁ、美咲!」
高田美咲は怯えた目で俯いたまま、何も答えない。
俊は焦って、震える手を伸ばす。
「……もう、やるしか──」
──パシュッ。
吉岡の喉元から血が吹き出し、同時に美咲の胸元にも切り裂く線が走った。
抵抗する間もなく、ふたりは倒れた。
「B-2ペア、排除」
血が床を染め、焦げたような匂いが立ち込める。
わずか数分の間に、4人の命が一瞬で消えた。
遥は息を止めていた。
隣の黎はまだ動かない。
腕を組んだまま、ゆっくりと遥を捉える視線だけがある。
命令はしない。
触れてもこない。
ただ──待っている。
「……ルールを“命令”だと思うから死ぬ。
“判断”だと思えば、選べる。」
さっきの低い声が、頭で響いた。
でも、選べるって何を?
正解がないのに、どうすればいいの?
遥は、ゆっくり立ち上がった。
息が詰まるほど静かな車両で、その動きだけがわずかに響く。
黎の前に立つ。
近すぎず、遠すぎず。
触れないギリギリの距離。
呼吸を整える。
何かを決める前に、ほんの一拍。
黎の目は、微動だにせず、ただ受け止めていた。
言葉も、接触もない。
でも、確かに何かが交わる。
「F-6ペア、ステップ②、完了と判定」
静かな声が割った。
……完了?
監視役の声が落ちたあとも、車内は息をひそめたままだった。
遥の心臓が、まだ速い。
隣で、黎が目を伏せたまま、ぽつりと呟いた。
「……お前は、ちゃんと選べてる」
その声は低くて、淡々としているのに──どこか、温度があった。
胸の奥に、ほんの一瞬だけ呼吸が戻る。




