第三話 合格と呼ばれた生存者
……音が、消えた。
誰も叫ばない。
立ち上がる人もいない。
息をする音すら──怖い。
時間が止まったみたいに、列車の中は静まり返っていた。
でも、血の匂いだけが、生々しく残っている。
さっきまで、そこに“生きていた人間”がいたのに。
──うわ、頭の奥がじんじんする。
心臓、早すぎる。これ、パニック一歩手前だ。
喉が痛い。
声を出したら、全部が壊れそうだった。
夢、だよね。
夢だって言ってほしい。
でも、この匂いがリアルすぎて、もう否定できなかった。
その沈黙を破ったのは──
「──第一試験、終了しました」
……は?
突然、車内に機械音声が響いた。
抑揚も感情もない、冷たい声。
「生存者は、合格とみなされます」
選択とは、意識せずとも行われる。
座るだけで命を差し出す者と、座るだけで命を拾う者。
それだけの差が、あなた方の“価値”です」
……合格?
あまりに唐突すぎて、意味がわからなかった。
“試験”って、今のこれが──試験?
「……は? 冗談、だろ……」
かすれた声を出したのは、かれも窓側に座ってた短髪の男子──サッカー部っぽいノリのやつだ。
「……試験って、なんだよ……これ……!」
別の誰かが怒鳴る。
茶髪のチャラ男、あのガム噛んでたやつ。
でも、その声もすぐに消えた。
通路の奥に立つ黒服の係員は、直立したまま微動だにしない。
まるで、最初から**“説明する気なんてない”**みたいに。
ざわめきが、少しずつ広がる。
立ち上がる者。
泣き崩れる者。
何も言えずに座ったまま震える者。
でも、誰も外には出られなかった。
列車の扉は閉じたまま。
窓の外は、曇った闇だけ。
──いや、これ……何?
……何が起きてるの。
何を、見せられてるの……。
何が“試験終了”なの?
……っていうか、なんで私はまだ生きてるの?
私は動けなかった。
まだ、何も……何も理解できていなかった。
ただ、座っていただけ。
窓側の席に──それだけ。
「……わたし、なんで……生きてるの……」
声にならない疑問だけが、喉の奥でぐるぐると回る。
血の匂いが染みついた空気のなかで、ひとつだけはっきりわかった。
──これは、セミナーなんかじゃない。
母が机に置いた赤いパンフレット。
“見るだけ”と聞かされていた体験。
そのすべてが、音もなく崩れ落ちていく。
……これは何?
生き残った?
“合格”って──何?
けれど、なぜ?
どうして誰も説明しない?
理由も、正解も、誰にもわからない。
ただ、“そこに座っていただけ”で──死んだ。
私は、手のひらを見た。
まだ震えている。止まらない。
心臓の音が、耳の奥で鳴り響く。
これは夢じゃない。
血の匂いも、裂けた座席も、現実だった。
ほんとうに──死んだ。
目の前で、人が。
ただ、それだけのことが、受け入れられなかった。
でも、起きてしまった。
自分が今、生きてここに座っていることだけが、唯一の“事実”だった。
(……なんで?)
誰も、なにも教えてくれない。
それが、一番怖い。
「……誰か、いないの……」
「教えてよ……」
その声は、空気の奥に吸い込まれていった。
返事なんて、最初からあるはずがないのに。
ただ、冷たい沈黙だけが、車両の隅に張りついていた。
そして、まだ名も知らない──
地獄の続きが、息を潜めて待っている。




