第二話 通路側の席と、裂けた音
制服の子もいれば、ジャージ姿の子もいる中で
でも、みんな目を合わせようとしない。
視線は吊り革とか、自分の靴とか……いや、それ見て楽しいの?
全員“話しかけるなオーラMAX”。
……私も同じだったけど。
窓際の席に座ったのは、
・黒髪ロングで背筋が伸びてる優等生っぽい女子
・ガム噛んでるチャラい金髪
・顔色悪くてフード深くかぶった無口そうな男子
通路側には、
・真面目すぎて顔が強張ってる男子
•ムードメーカー気取りで小声で何か呟いてる男子
・おっとりした田舎っぽい女子・ポニーテール
……みんな知らない顔
「……なんだろう、これ……セミナー、だよね?」
かすかにそんな声が聞こえた。
でも、誰も返事しない。
秒で沈黙ターン。
空気が重すぎて、余計なこと言ったら“死”みたいな雰囲気。
中央の通路を挟んで、両サイドに二列ずつのシート。
昔の地下鉄みたいな造り。少し湿った、古い匂いがする。
──いやいや、こんな車両でセミナー会場行く?
映画なら序盤の「絶対生き残らないモブが乗るやつ」だよ、これ。
私は、譲られる形で窓側の席に座った。
「いいですよ」って言われて、ただ頷いただけ。
だから──通路側に座った人が、結果的に“中央”に来ることになった。
そのときは、何も考えてなかった。
ただ座っただけ。
……それだけだった。
耳鳴りがした。
低い、鈍い音。
え、なに今──
──ドンッ。
「っ……!」
音がした、と思った瞬間。
目の前の空気が、ゆがんだ。
一瞬だけ、目に見えない何かがそこを“引き裂いた”みたいだった。
ガラスが割れる音がしないのに、ガラス片が飛び散るような錯覚。
空間がねじれて、床に影が走る。
次の瞬間、ポニーテールの子の制服だけが、スローモーションみたいに空気を裂いた。
その中身だけが、跡形もなく削ぎ落とされた。
……血。
ひと呼吸遅れて、鉄と肉の匂いが鼻の奥を突き刺した。
鼓膜が破れそうなほど痛くて、息ができなくなる。
反射的に、隣を見た。
──でも、もうそこには、いなかった。
さっきまで座ってた、ポニーテールの運動部っぽい子の姿が。
さっきまであった制服の影が。
跡形もなく、消えていた。
視界の端で、何かが床に落ちる音がした。
見たくないのに、勝手に目が追ってしまう。
ひと呼吸遅れて、鉄と肉の匂いが鼻の奥を突き刺した。
脚が勝手に震えた。
「な、なに、今の──……」
誰かのかすれた声が、やっと聞こえた。
でも、すぐにまた静かになった。
誰も動けない。
もし、立ち上がったら──次は自分が裂ける気がした。
息が止まった。
後方では別の席が“崩れる”音がした。
ふとそっちを見たやつが、次の瞬間、喉の途中から消えていた。
声だけが、切り取られたテープみたいに途切れる。
床には、息をする直前の肺だけが転がっていた。
(……違う、ただ死んだんじゃない。切り分けられたんだ)
通路側の座席──そこにいたはずの人たちの“跡”だった。
残っていたのは、座席の裂け目に張りついた赤いものだけ。
皮膚だったもの。骨だったもの。
……見たくないのに、目が逸らせない。
夢、だよね。
でも、この匂いがリアルすぎて、もう否定できなかった。
匂いがくる。
鉄の匂い。生ぬるい肉の匂い。
それが鼻の奥にへばりついて、吐き気が込みあげた。
見るな、って思ったのに、視界の端が勝手に動く。
……脚。
さっきまで隣に座っていた子の脚だけが、ぐしゃりと金属に挟まれて残っていた。
制服のリボンがまだゆるんだままで──でも、もう、彼女じゃなかった。
「……っ……う、そ……嘘でしょ……? いや、いや……」
声が震える。
自分の声だってわからないくらい、変な音になった。
……音が、消えた。
誰も叫ばない。
立ち上がる人もいない。
息をする音すら──怖い。
だって、もし今、動いたら。
視線を少しでも逸らしたら。
“次は、自分の番だ”って思った。
喉の奥が熱くなった。
何かがせりあがってくる。吐く、吐きそう。
でも──駄目だ。
声を出したら、壊れる。
音を立てたら、終わる。
震える手で口を押さえた。
指先が冷たい。なのに、手のひらの内側だけが、ぐちゃぐちゃに濡れていた。
汗なのか、涙なのか、もうわからない。
……何が起きてるの。
何を、見せられてるの……。
そして、沈黙の底に、何かが這い寄るような気配があった。
──次は、誰?




