第一話 赤いパンフレットと旧駅の群れ
夢を見ることが多くて、
その夢を形にできたらいいなと思って書きました!
不思議でちょっと怖くて、でもどこか現実みたいな──
そんな夢のかけらから生まれた物語です。
まだ鳴る前なのに、目が覚めた。
ピピピ……。
アラームに負けるのは嫌だけど、勝つのもなんかムカつく。
意味わかんないけど、そういう朝。
天井の染みをぼんやり眺める。
……あれ、昨日より広がってる? いや、気のせいか。
でもこういう“ちょっとした違和感”って、妙に気になる。
──もしこれがホラーだったら、ここ伏線だよね。
やめてほしい。
キッチンから味噌汁の匂いが漂ってくる。
でも、魚がちょっと焦げた匂いもする。
あー、今日も焦がしてるなお母さん。
学習しないのかな、あの人。
テレビはついてない。
代わりに、“カチッ”と弁当箱の蓋を閉じる音が響いた。
……音だけが、やけに鮮明。静かすぎる。
「遥、これ」
母が机に置いたのは、一枚のパンフレット。
赤い帯が目に飛び込む。
『防衛キャリア適性セミナー参加者募集』
……うわ、絶対つまんなそう。
「高校生向けの体験セミナーなんですって。
無理に行かなくてもいいけど……ほら、一応ね?」
母は湯気の立つマグカップを両手で包んだまま、いつもの調子で言った。
命令でも説得でもない。
でも、声の奥に、静かな圧があった。
そのとき、母の指先がパンフレットの角を撫でるのが見えた。
母は何も言わず、ただ視線をそらした。
その微妙なタイミングが、やけに気になった。
無理に押されたわけじゃない。むしろ、優しかった。
でも──ああいう言い方、ずるい。
昔から、あの空気に逆らえたことなんてなかった。
だから私は、何も考えてないふりをして、パンフレットを手に取った。
玄関の扉を閉めるとき、息をひとつついた。
いつも通りの朝なのに──今日は、少しだけ空気が重かった。
「行ってきます…」
* * *
駅の入り口は、もう使われていない地下鉄の旧駅だった。
ガラスはひび割れ、錆びた鉄柵には落書きがぐちゃぐちゃに重なってる。
──え、ここ、ほんとに“セミナーの集合場所”なの?
どう見ても、なんかヤバい集会のやつじゃん。
「……ここ、だよね……?」
集合場所を二度見した。
誰に確認するでもなく、小さくつぶやいた。
声が、吸い込まれるみたいに響いた。
……うわ、やだ、この反響音。ホラー感増すじゃん。
改札を抜けると、表示板は真っ黒で、何も点いていない。
……うん、完全に営業してない駅。逆に雰囲気ありすぎて怖い。
ホームへ降りる階段の途中、壁に紙が一枚。
──**『臨時集合場 →』**
インクがにじんで、風にめくられて、ほとんど読めない。
てか案内雑すぎない?ちゃんと仕事して?
でも、なぜか“そこに行くしかない”って思わされる。……いや、なんでだろ。
足元の空気がじっとりしていた。
湿気だけじゃない。埃と古い鉄の匂いが混ざって、息が浅くなる。
──体育館裏の匂い+鉄サビブレンド。はい不安確定。
そこで、他の参加者と目が合った。
・ぼさぼさ頭でフード被ってる無口そうな男子
・制服はきちんとしてるけど、顔が死んでる優等生っぽい女子
・ガム噛んでる金髪のチャラい系男子
(あー、絶対同じクラスでも話さないタイプだなこれ)
制服の子もいれば、ジャージ姿の子もいる。
高校生も、大学生くらいも。
みんな、同じくらい不安そうな顔してた。
──うん、そりゃそうだよね。だってこの雰囲気だもん。
でも、誰も話さない。
いや、そりゃ話しかける勇気ないよね。私もないし。
誰かが階段を下りはじめると、自然と全員がついていく。
まるで、そうするしかないみたいに。
──やば。これ、ホラー映画のモブの動きじゃん。
フラグ立ってない?
私も、黙ってその列に混ざった。
──ここで「やっぱやめます!」って言える勇気、私にはなかった。
階段を降りきると、ひやりとした湿気が肌を撫でた。
天井の鉄骨はむき出しで、どこか錆びた匂いがする。
壁に、かすれて読めない標語があった。
──「不動の誇り」
……何それ。かっこつけた謎ワード。
誰が書いたのかもわからないのに、その言葉だけが、やけに生々しく残っていた。
「……なに、ここ……」
誰かが、小さくつぶやいた。
その声に、思わず振り返る。
でも、すぐにまた沈黙が落ちた。
──はい出た、気まずい沈黙タイム。
そして、さらに奥へ進むと──
一両だけの長い黒い列車が、ぽつんと停まっていた。
ロゴも、車両番号もない。
ただ、艶のない黒がそこにあった。
光を反射しない黒。
まるで、そこだけが空間から切り取られたみたいで、言葉が出なかった。
「……乗るの、これ?」
そんな疑問を口にする前に、黒服の係員が言った。
「こちらへ」
その声は冷たくて、淡々としていて、
まるで“乗る以外の選択肢なんて最初からない”とでも言うみたいだった。
──え、いやいやいや。選択肢ゼロ?こわ。
でも、誰も逆らわない。
逆らえる空気じゃなかった。
その静かな圧に、私の足も勝手に動いた。




