第十一話 光秀の謀反、首で終了
信長が築き上げた安土城は、天下の象徴として輝いていた。だが、それは信長自身の努力と、信勝の冷徹な「任務遂行」という、埋められない溝を象徴する虚しいハリボテでもあった。信勝は、安土城の片隅で、ただ静かに過ごしていた。彼の「首外交」によって、もはや天下に敵は存在しない。信勝という名の「死神」は、斬る相手を失い、静かに次の任務を待っていた。だが、その任務は、いつまで経っても下されない。
そんな中、信長の家臣、明智光秀は、信長への複雑な感情を抱えていた。信長に才覚を認められ、重用される喜び。だが、同時に、信長の苛烈な性格と、度重なる屈辱的な仕打ちに、光秀の心は深く傷ついていた。
(このままでは、わしは信長殿に使い潰されてしまう。この光秀の矜持は、どこへ……)
光秀の胸に、謀反の炎が燃え上がった。信長を討ち、天下を平定する。それは、光秀にとって、自らの才覚と矜持を証明するための、最後の手段だった。
光秀は、丹波へと兵を動かした。信長は、光秀を深く信頼しており、疑うことなどなかった。信長は、ただ、安土城で天下統一の夢に浸っていた。
だが、信長の脳裏に、不穏な予感がよぎる。
(まさか……)
信長は、すぐさま信勝の居所を探させた。だが、信勝の姿は、すでに城内にはなかった。信長の予感は、的中した。信勝は、またしても、信長の思惑など知る由もなく、自らの判断で行動していた。
その日の夜、信勝は、夜の闇に紛れ、ただひたすらに光秀の陣へと向かっていた。彼の顔には、疲労も、感情もない。ただ、次なる「任務」を遂行する、冷徹な仕事人の顔があった。
その夜。
光秀は、本能寺で信長を討つため、京へと兵を進めていた。心臓が激しく鼓動する。長年の苦悩と、未来への希望が、入り混じった複雑な感情。光秀は、今まさに、自らの手で歴史を動かそうとしていた。
(この謀反、必ず成功させる。わしは、歴史書に名を刻むのだ。明智光秀、天下を平定する英雄として……後世に語り継がれるのだ!)
その時だった。
陣幕に、静かな足音もなく、一人の男が入ってきた。その男の顔に、光秀は覚えがあった。織田信長の弟、織田信勝。信勝は、一切の返事をせず、ただ静かに一歩、また一歩と、光秀に近づいてくる。光秀の顔から、血の気が引いていく。その男の瞳に宿る、無感情な光。それは、今川義元、武田信玄、そして上杉謙信の命を奪った、死神の目だった。
光秀は、信勝が来た理由を、本能的に理解した。
(まさか……信長殿が……)
信長が、己の謀反を察知し、この「死神」を送り込んできたのだ。
その時、陣幕の外から、信長の声が響いた。
「光秀! お前が謀反を企むと、信勝が申しておる。どうなのだ?」
光秀は、全身が震え上がった。信勝は、いつの間に信長に……。そして、なぜ、信長はここに……。光秀は、信勝の冷徹な眼差しと、信長の怒りに満ちた声に挟まれ、絶望的な状況に陥っていた。
信勝は、静かに、そしてゆっくりと、光秀に告げた。
「さあ、お選びください。兄に従うか、物言わぬ首になるか」
光秀は、震える声で答えた。
「……それは、私に、首だけになれと申されるのですか?」
光秀は、震えが止まらなかった。信勝は、無言で刀の柄に手を置き、光秀の喉元へと向けた。
光秀は、信勝の瞳に、ほんのわずかな感情もないことを悟った。信長は、光秀の才覚を認め、そして時には屈辱を与える。それは、信長にとって、光秀が「人間」であった証拠だった。だが、信勝は違う。彼は、ただ、命令を遂行するだけの、冷たい「仕事人」なのだ。
(生きていること自体が……罰だ……)
光秀は、信長との間にある人間的な葛藤を、この男に踏みにじられた。彼の謀反は、信勝という名の「死神」によって、一瞬で、無意味なものに変えられた。
信勝は、静かに刀を鞘に収め、一言付け加えた。
「賢明なご選択です」
そして、信勝は去っていった。残された光秀は、ただ一人、震えが止まらなかった。
信長の天下布武は、もはや信長自身の力で成し遂げる夢ではなく、信勝という名の「死神」が、ただ黙々とこなしていく、冷たい「仕事」になりつつあった。




