第二十五話 創られた無の世界の中で①
イデスとアデスの対決が終わった頃、イネスはまだ霧の中で戦っていた。
『…私じゃ届かない…せめて、この渦の中から引き摺り出せれば…』
イネスは青い髪の女性体には自分の声が届かない事には気付いたが、この状態で赤い髪の女性体を連れてくるのは難しく、何か方法はないかと考えあぐねていた。
『……アンゼス様…そうだ!アンゼス様はきっと彼女と一緒にいるはずだわ!』
ここにきて漸くイネスはアンゼスを思い出した。
『アンゼス様…アンゼス様、聞こえますか?アンゼス様!!』
『は〜い。どうした、イネス?』
『あっ!アンゼス様、良かった!!あの、アンゼス様は今、先程の赤い髪の女性体の方と一緒に居られますか?』
『…いるよ〜。何で?何か用事?』
『あ、はい!そうなんです!ちょっとこちらに連れて来てもらえないかと思いまして…』
『……イネス…気付くの遅過ぎ!』
『…ぅ…すみません…』
『まぁ、クジラ達の覚醒も出来たし、今回は許してあげよう。』
『ありがとうございます!で、申し訳ないんですが、直ぐにこちらに連れて来て頂けますか?私、そろそろ限界です…』
『了解〜』
アンゼスはオアリスを見て、漸く其方の出番が来たよと言って手を取ると瞬間移動した。
『……え?何?えっ!ちょっ…』
シュッ…
『お待たせ、イネス♪』
『…ぅわっ!ビックリした!!』
『直ぐに来たでしょ?さて…この後のイネスの考えは?』
『それがですね…渦の中の彼女に私の声は届かないけど、彼女の哀しみの原因である…こちらの方…の声なら届くと思うんです。それで、彼女に話しかけてもらって一先ずこの渦を止めたいと思います。お二人の間に何か誤解があるような気がして…それを解決出来れば、彼女の哀しみが晴れてモヤも消えると思うんです。どうでしょう、アンゼス様?』
『う〜ん…まぁ…そうだね。……簡単過ぎてつまらないけど…仕方ないか。という訳で、オアリス頼める?』
『……分かったわ。アス、それから皆さん、あの子がご迷惑おかけしてごめんなさい。私の声が届くか分からないけどやってみます。』
ペコリと頭を下げ、オアリスは黒い渦に向き直る。
アンゼスに腰を抱えられ宙に浮かんだ状態だったが、自分で翼を出し一人で渦の方に近付く。
『ねぇ!聞こえる?私と少し話さない?』
ゴォゴォ唸っていた渦の勢いが無くなり、渦ではなくモヤに変わりその中心からゆらゆらと影が出てくる。
『…………私と話してくれるの?』
『うん。ちゃんと話そう?』
『……話したらまたどっか行っちゃうんでしょ?また私、一人ぼっちになるんでしょ?だったら…』
そう言うと、モヤが濃くなり渦を巻こうとし始める。
『…っ!待って!!そうじゃないの!離れるとか一人ぼっちとか、そうゆう事言わないで!ちゃんとお互いの気持ち話そう?ね?』
『……分かった…』
『じゃあ、私の話から聞いてくれる?』
『……うん…』
『私ね、貴方と一緒にいるのが最初は楽しかった。何でも話し合ったよね?私と貴方と、意見が分かれて喧嘩みたいになった時もあったけど、私は嫌じゃなかったよ。寧ろ、お互い自分の気持ちを言い合えるって、それだけ相手を信頼してるって事でしょ?だから嬉しかったの。でも貴方は…そうじゃなかった…のよね?貴方はどう思ってたの?』
『……私は…私も初めは楽しかったわ。でも、度々喧嘩するようになって…会話が減ってきて…何か気まずくて…貴方に嫌われたんじゃないかって…それが怖くて…だって、だって、私達二人きりだったでしょ?二人きりで嫌われたら…辛いじゃない…悲しいじゃない…だから、喧嘩にならないように…意見言うのやめたのよ…それなのに…貴方は…』
『…そっか。ごめんね…私は嫌ってなんかなかったし、逆に貴方が意見言わなくなった事の方が嫌だった。二人でいるのに、私の意見しかないなら一人でいるのと同じでしょ?それじゃ、二人の意味ないじゃん…って思ってた。』
『…っ!!私だって…私だって、自分の意見位あるわ!でも、貴方みたいに上手く話せないし、面白い話も出来ないから…だから段々話すのが嫌になって…私だってもっと上手く話せるなら話したかったわよ!!私のそうゆう気持ち、何でも上手く出来る貴方になんて分からないわ!!』
『何でも上手くなんて出来ないわ。出来てたらこうして貴方と離れたりしなかった!上手く出来ないから話し合うんじゃないの?』
『なら、そう言ってくれれば良かったじゃない!』
『私、貴方の意見を聞かせてって何度も言ったわよね?それでも貴方は言わなかった!何度も何度も言ったのに、最後まで貴方は答えてくれなかったから私は限界だと思って、貴方と離れたいって思ったの!!』
『やっぱり私が悪いって言うのね…そうね…私が出来損ないだから悪いのよね…臆病で不器用で何も出来ない私が悪いんでしょ!貴方はいつもそうよ!そうやって私を追い詰める…私を惨めにさせる…貴方なんて…貴方なんて…大っ嫌いーーーーーーーーーっ!!』
その叫びと同時に、彼女の体から黒いモヤが一気に噴き出した。
それはもの凄い勢いで広がり氷海を真っ黒に染める。
先程までは何ともなかった氷土すら黒く染め、まるで真っ黒な「無の世界」に入り込んだようだった。
アンゼスとオアリスには馴染みのある真っ黒な世界だが、イネスやシィ達にとっては初めての世界で、これ程に真っ黒な闇を感じた事がないせいで、ちょっとしたパニック状態だった。
『イネス様!何処ですか?』
『イネス様〜!シィ様〜!ご無事ですか〜』
『皆、落ち着いて!』
『……暗過ぎて何も見えない…』
『シィ様!シィ様〜!怖いよ〜!』
『皆!私はここよ!皆は無事なの?』
暗闇が徐々にイネス達の心を蝕んでいく。
アンゼスとオアリスは黙って様子を窺う。
『アハハハ…そうよ、こうすれば皆一緒に居られる。私は一人ぼっちじゃないわ!』
イネス達は恐怖に押し潰されそうになりながらも、互いに声を掛け合いながら必死に抗う。
『オアリス……ここは其方達が居た空間か?』
『……分からない。似てるけど…違う気もするし…』
『……もしかして自分で創ったのか?』
アンゼスが創る空間とも少し違う気がするが、恐らく彼女が創った空間で間違いないだろう。
『……趣味が悪い…』
『……ねぇ!こんな事しても虚しいだけよ!皆を解放してあげて!!』
『…お断りよ。皆…皆…私と一緒にこの暗い世界で、互いの顔も分からずただお喋りしてればいいのよ!そうすれば、いつか仲良くなれるわ!!』
『バカな事言ってないで、早くここから出して!!』
『嫌よ…出たかったら自分で何とかしなさいな。貴方は得意でしょ?そうゆうの…ふふ…あはは…』
『…なんて事を!!』
ずっと静観していたアンゼスが声を発する。
『ホントに出ていって良いのか?』
『やれるもんならどうぞ?』
『……そうか…じゃあ、遠慮なく。』
その直後、シィとクジラ四姉妹の気配が消えた。
『……え…嘘でしょ…何で…』
『この程度なら造作もない。オアリスも出たいなら手を貸そうか?』
『…アス……いいえ。私は大丈夫。自分で出るわ。』
『……了解〜』
アンゼスによって外に出られたイネス達は、何が起きたか未だに理解出来ず呆然としていた。
『……出られた…の?』
『『『『『イネス様!!』』』』』
『あ!皆!大丈夫?何ともない?』
『私達は大丈夫です。でも、アンゼス様とあの赤い髪の方は?』
『……分からないわ。アンゼス様が一緒なら大丈夫だと思うけど…あそこは何だったの…?』
『…とても…怖い場所でした…』
時間にしたらほんの僅かであるが、それでもあの空間を思い出すと恐怖心が襲い、身震いがして己の身を縮こませるイネス達であった。




